第25話・合理を拒絶し感情だけで動く獣のなんと度し難いことか
––––ミリシア王国首都 在王国アルト・ストラトス大使館。
大英雄グランポーツマスは、額に汗滲ませながら通路を歩いていた。
国力を示す絵画や装飾品があちこちに飾られているが、目もくれず1つの部屋の前へ立つ。
「グラン・ポーツマスです」
2回ノックしてそう言うと、中から「入りたまえ」と声が返った。
木製の扉を開けると、そこは執務室だった。
シンプルだが仕事に必要なものの全てが揃っており、部屋の主人の合理的な性格が出ていた。
「やぁグランくん、久しぶりだね」
奥の椅子に腰掛けていたのは、金髪で非常に整った顔をした若い男。
全身を黒い軍服で固めており、メガネの奥の碧眼が優しげにこちらを見つめる。
グラン・ポーツマスはその男の名を呼んだ。
「お久しぶりです、在王国駐在武官––––ジーク・ラインメタル大佐殿。仕事中毒なのは相変わらずですね」
「ハッハッハ、それを言うなら君もだろう。有望な人材を学園に連れてこいとは言ったが、竜王級をスカウトしてくるなんてさすがに思ってなかった」
このラインメタル大佐という軍人は、大洋の向こうに君臨する超大国––––アルト・ストラトス王国の人間だ。
このミリシア王国とは友好関係にあり、大佐とグランはプライベートでも仲が良かった。
そして、大英雄である彼の恩師でもある。
「今日きみが来た件は理解している、例の魔導士モドキだな?」
ペンを指でクルクル回す大佐へ、グランは「そうです」と静かに返した。
「全く度し難いもんだ、古今東西どの場所においても人間の本質というのはまるで変わらない。いつだって虚構や偶像にすがりつく……」
「つまり、人間は常に現実を否定して夢に溺れる……ということですか? 魔導士モドキが他人の能力を買って暴れ狂うのもまた道理と」
「あぁ、楽して名声や力を得たいと考える人間は山ほどいるが、得てして上手くはいかん。今コミフェス会場で暴れ回ってる連中だって、合理を否定して感情だけで動く獣だ」
ラインメタル大佐は、私物の魔導タブレットを向けてきた。
近づいてそれを見たグランは、思わず息を呑む。
「”能力売買“が行われている闇マーケットだ、ついさっきやっと見つけた」
タブレットに映っていたのは、まるでデパートのように表示される能力の数々だった。
グレードによって値段が大幅に変化しており、数少ない魔人級魔導士の能力は2億以上の価格がついていた。
机を指でトントンと叩きながら、ラインメタル大佐は表情を崩さず続ける。
「考えたものだよ、ユグドラシルのサーバーを使って裏サイトで売買するとはな。おおかた王国三大闇ギルドのどれかが関与してるんだろうが」
「ユグドラシルの本社は、気づいてますかね……?」
「いや、おそらく気づいていないだろう。いくつもの外国サーバーを経由して、特殊なツールをくっつけた魔導タブレットでないとアクセスすらできん」
噂には聞いていたが、実際目にすると頭が痛くなるな……と、グランは額を押さえた。
「コミフェスを襲ったテロリストは、公安本部がかねてより目をつけていた過激派組織の一員と見ている。ヲタクは全員性犯罪者予備軍、ヲタク文化は根絶すべしと訴える典型的なレイシストだ」
「そんな奴らが能力を買えば、憎悪を爆発させるのも当然というわけですか」
非常に困った、アルスやミライの安否がいっそう気になってしまう。
こんなことならコッソリ銃を持たせるんだったと、グランは激しく後悔した。
「身内が心配かね?」
「えぇ……、とてつもなく」
「君も変わったな、1年前は国民のことを人的資源とかボロクソ言ってたのに」
「井の中の蛙だった僕を、あなたが去年ボコボコにしてくれたからですよ......」
「ハッハッハ、愛は人を育てるということか」
タブレットを切り、ペンを置いたラインメタル大佐は椅子に座り直す。
「まぁ信じてみようじゃないか、君が直にスカウトした魔導士だろう? なら大丈夫だ」
グランは1つ言いそびれていた。
アルスたちはもちろん心配だが、本当に心配なのはそのテロリスト連中だった。
––––アルスくん、まだ手加減できないから会場ごとテロリストを吹っ飛ばしそうなんだよなぁ。
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