盗人の真相・3
仕立て屋に向かって駆け出すロザリーはすぐ後ろを走るザックの声に我に返った。
「待て、ロザリー。クリスが追いかけてきてる」
「ええっ。あ、本当ですっ」
必死に走っているから声も出せないらしく、口をパクパクとさせながら両手両足を必死に動かすクリスが見える。
ロザリーは立ち止まり、後ろから走ってくるクリスのために両手を広げた。
「ま……って。おいて、……いかな、……で」
クリスは全身で息をしている。よたよたになりながら、ロザリーのスカートに向かってダイブした。
「ごめんなさい。追いかけてきてるなんて思わなくて」
「私が……失く……たの。だから、じぶんで……」
「そうですね。自分で見つけて、お母さんに見せたいんですよね」
ロザリーもその気持ちはよくわかる。
クリスの息が整うのを待ってから、今度は歩いて仕立て屋へ向かった。
「ランディなら今日はまだ帰ってきてないよ。最近、いい仕入れ先から断られて腐ってるからね。ちゃんと行商でいい布買ってきてくれれば、こっちだっていいドレスが作れるってのにさ」
彼の妻である仕立屋店主はあきれたように肩をすくめた。どこか行った場所に心当たりはないかと尋ねたが、芳しい返事はもらえなかった。
仕方なく手あたり次第に探そうとしていたとき、広場でニールが内緒話でもするように、ランディの肩を抱いているのを見つけた。
「だからさ、この指輪を渡して口説けば一発だって」
「しかし……」
「傷心なんだろ? チェルシーは。今なら五万ガルで売ってやるよ」
「五万ガル? 高くないか?」
ガルはこの国の通貨単位である。大体、成人男子の給料が十万ガルといったところだ。
ちなみに記念硬貨として作られた金貨は、貨幣価値としては五百ガルだが、販売価格は千ガルだった。
「へぇ、お前のチェルシーへの気持ちはそんなに安いんだ? まあ俺はいいぜ。嫌なら質屋に持って行ったっていいんだ。でも今すぐ欲しいんだろ? だったら、これ以上のものはないと思うけどなぁ」
何やら不穏な空気である。
ランディは迷いつつも財布を取り出している。
「やっと追いついた!」
背中をたたかれ、驚いて振り向くと、そこにレイモンドとオードリーがいた。
クリスは母親が追いかけてきたことが嬉しかったのか、ザックの腕に抱かれているにも関わらず、手を伸ばし足をバタバタとさせた。
「ママ!」
「クリス。……ごめんなさいね、さっきは叱りつけたりして」
「ううん。クリスこそごめんなさい」
ザックの腕から逃れ、クリスは母親の腕にしがみつく。ザックとオードリーはそれほど顔見知りというわけでもないらしく、「すみません、うちの娘が」と軽く会釈をするにとどまった。
「クリス、あの指輪があるから、ママがパパのことを忘れられないんだと思ったの」
娘の真摯な訴えに、オードリーは瞳をゆがませた。
「……違うのよ。あれはパパの指輪じゃないの。……逆だわ」
泣きそうな声だ。その理由は、ロザリーにはわからない。問いただすにも今はそれどころではなかった。
話している間にもランディとニールの間に動きがあった。
支払いをしようと財布を出したランディだったが、手持ちが足りない。
じゃあ質商に行こうとニールが肩を組んでランディを連れ出そうとしたのだ。
「だが、すぐにチェルシーを追い駆けたい。後で必ず払うから」
「いいや。俺は今すぐ金が必要なんだよ。お前のその時計があれば、三万ギルくらいは借りられるだろ」
「だが。えっと」
「ほら、早く早く」
どちらも引かない。気弱なランディはむしろ押され気味だ。
ロザリーとザックが目配せしてふたりの間に割って入ろうとした。だが、それをレイモンドが止めた。
「ここは俺に任せておけ」
レイモンドの目からは怒りが感じられる。普段、忙しそうにしていて隙は無いものの、感情をあらわにすることのない彼の怒りは珍しく、ロザリーは何も言えなくなってしまった。
「レイモンドに任せようか」
ザックが不安げな彼女を支えるように肩をたたいたので、ロザリーは頷いて彼らの動向を見つめた。
「ランディ! ここにいたのか」
「あれ? レイ。どうしたんだ厨房は」
「お前こそ、無言で仕事を抜け出すんじゃないよ」
「あ、ごめん。つい……」
まずレイモンドはランディのほうへと声をかけた。ニールも一瞬ぎょっとしたようだったが、その怒りがランディに向かっているのだと思ったのか、軽い調子で続ける。
「まあそういうなよ、レイ。ランディだって今必死なんだからさ」
彼らは年代的に近い。おそらくは学生時代の既知なのだろう。ニールとレイモンドも気やすい態度だ。
「チェルシーを射止めるために必死なんだ。だから見逃してやってくれよ」
そのまま、ランディの肩を掴んで歩き出そうとする。不自然に左手をポケットに入れて指輪を隠したこともロザリーは気になった。
しかし、レイモンドもちゃんと気づいたようで、「待てって、ニール」と呼び止めると、すかさず左腕を掴み、彼の腕を引っ張り出す。
「これはどこで手に入れたんだ?」
ニールの手には、琥珀のついた指輪がある。彼はさっと青ざめたが、とっさに言い訳をし始めた。
「え? 何処でって。そりゃ……俺が昔カミさんに贈ったものだよ。デザインが若い子向けだしもういらないだろうってんで……」
「そりゃあおかしいなぁ」
レイモンドがニールの腕を強く掴む。ニールは驚いて振り払おうとしたが、毎日鉄鍋と格闘するレイモンドの腕力は意外にも強い。
「この石は、俺が採掘士に頼んで原石からもらい受け、加工した一点ものだ。特徴的な濁りがあるだろう。明らかに、俺が昔誰かに贈った指輪だと思うんだがなぁ」
「なっ、は、離せよ」
蒼白になったニールは、レイモンドの足をけり上げた。下半身への反撃が来るとは思っておらず、レイモンドが一瞬力を緩めると、ニールは腕を振り払って駆け出した。
悪かったのは、彼が向かう先がロザリーがいる方向だったことだ。
突然近づいてくる彼に対応できず、力いっぱいニールに押しのけられる。
「どけよっ」
「え、わ、きゃっ」
体の小さなロザリーが彼の力にかなうわけがなく、後ろに飛ばされた。
しかし、転ぶことがなかったのは、ザックが受け止めてくれたからだ。
「……女性に対する態度がなってないな」
ロザリーがしっかり立ったのを確認すると同時に、ザックは怒りもあらわにニールを追い駆ける。
「待てよ」
「なんだよっ、お前。離せっ」
首根っこを掴まれ、かっとなったニールは肘でザックの顔を狙う。さっと頭を下げてそれを受け流した彼は、身を低くしたまま彼の服を掴み投げ飛ばした。
ザザッと滑る音とともに、「殿下っ」と叫ぶ数人の黒服の男たちが現れる。
「遅い! 役立たずども」
ザックが彼らを睨みつけると、一同は頭を下げて「すみませんっ」と平身低頭の構えをとる。
「謝るのも後でいい! こいつを縛るロープか何かないか。探してこい!」
「ははっ」
黒服の男は二手に分かれ、ふたりがニールを取り押さえ、もうひとりはロープを探しに店へと向かった。
突然現れた黒服の男たちに、ロザリーだけではなくレイモンドやオードリーもあっけにとられている。
「今、殿下って呼ばれてませんでした?」
ロザリーがポソリとつぶやくと、ザックはため息をつきながら、耳のいいロザリーにしか聞こえないくらいの小さな声で答える。
「全く。役立たずの上にうっかりものばかりだ。これで護衛だというんだから笑わせる」
そして、身を起こすと、ニールをひと蹴りした後、ロザリンドに近づき耳元に囁く。
「ここいらでお互い正体をばらしてもいいかもしれないね。ロザリンド・ルイス嬢」
教えていないはずの家名と本名を告げられ、ロザリーの頭は真っ白になった。
「なっ……、どうして」
「両親を亡くしたと言っただろう。最近の事故記録を当たればある程度絞れる。国は広くても調べ方さえ間違わなければ正解にたどり着くのは容易だ」
「ザック様……もしかして」
「君にもヒントはあげたはずだけどな。白檀は熱帯性の植物だ。この国では採れない。そもそも、黒髪自体が結構特徴的なはずなんだが」
言われて、いくつもの情報が頭を駆け巡る。
しかしそれがまとまる前に、黒服の男が戻ってきてロープでニールを括り付ける。
「でん……ザック様、この男はどうしましょうか」
「事情を聞こうか。レイモンド、切り株亭の食堂を借りてもいいか?」
「もちろん。ゆっくり話を聞かせてもらわないとなぁ? ニール」
「ひいっ」
レイモンドからも怒りのオーラを感じ取り、ニールからは締めあげられた時のような声が出た。




