077
「ふぐっ!!?」
腹部に衝撃が走った。
「おにーちゃーん! 起きてーっ!」
その後に声が聞こえてきた。
「ふ、普通声を掛けても起きなかったら攻撃するものじゃないですか?」
「うん?」
俺の腹の上に座り、わざとらしく首を傾げるカレンさん。
「な、何事ですかコウさん!?」
隣で寝ていたリーゼはカレンの声で驚いて起きたのだろう。結構な声量だったからな。
「ああ、すまん、言ってなかったな。ここは酪農場でな、朝早いんだよ。そして今からお手伝いに行こうと起こされたわけだ」
なっ。とカレンに問いかけると、うんっ! と元気に返される。
「そ、そうだったんですね」
「でもリーゼはミリアさんと家事をしてくれていて――」
「えー、お姉ちゃんも一緒にやろーよー」
俺が言い切る前にカレンが口を挟む。
「え、ええっと……私でもできるなら」
「大丈夫!」
即答したカレン。
俺た……俺は布団から出て行く準備を開始した。
リーゼは布団から出た瞬間カレンに跳びつかれ布団に戻っていった。なにやら昨日プレゼントした、自分が考えた服を自主的に着てくれている姿を見て嬉しかったそうな。
カレンとリーゼがいちゃつくのを横目で見ながら、俺は先に部屋を出て、着替えて酪農場へと向かう。ジャンさんに挨拶をして、ウギたちとの戯れの始まりだ。数年ぶりだが、体が覚えていたようで、なんとか手伝いはできている。
遅れてきたカレンは慣れた手つきで手際良くウギたちを誘導していた。もう1人の遅れてきた、普段着に着替えているリーゼは、まずジャンさんに謝りに。ジャンさんは全く怒っていなかったのだが、遅れて申し訳ないと思ったリーゼは平謝りをしていた。そして今度はカレンに引っ張られウギと戯れている。おっかなびっくりウギに触ると、ウギは「モー」と鳴いた。それに驚いたのか尻餅をついていたリーゼ。隣で笑っているカレン。何か微笑ましい光景だな、と俺は少し離れた所から思っていた。
久しぶりだったが何とかなったミルク搾りが終わり、続いては朝食だ。
リビングに行くとミリアさんが作ってくれたご飯がテーブルに並んでいる。ノナンさんはというと、朝食の前にタイミング良く起きてきていた。
「では、いただきます」
との掛け声でご飯は始まる。
変わってないな。そう感じながら俺もいただきます。と手を合わせた。
「そういえば、これからずっとこっちにいるのか?」
ジャンさんがそう聞いてくる。
「10日ほどで中央に戻ろうかと思っています」
「ふぇーっ!」
カレンが口に食べ物を詰め込んだまま驚いた。
ミリアさんの鋭い視線がカレンに向けられたからか、呑みこんでからカレンは話し出す。
「……これから一緒に暮らすんじゃないの?」
「あっちに家を借りたままだから、そこで暮らそうと思ってるんだ」
「そっかー、お姉ちゃんと一緒にいろいろしたかったのに」
寂しそうにするカレンだが昔のように泣き出したりはしなかった。
「それまで沢山遊んでもらえばいいじゃない。リーゼさん、やんちゃな娘ですけど遊んでやってもらえませんか?」
「は、はい、もちろんですっ」
ミリアさんに言われ即答するリーゼ。
「10日かぁ、まあそれまでくつろいで行ってくれ。10日以上いたっていいんだからな」
「はい」
ジャンさんの言葉に俺は素直に返事をしたが、10日以上いるとここから出て行きたくなくなってしまうような気がする。なので10日だけと決めているのだ。
「こんにちはー」
そんな時、どこからか声が聞こえてきた。
「あら、この声は」
ミリアさんはそう言うと立ち上がり声のした方へ、玄関へと向かって行く。
「お客さんですよー」
と、ミリアさんはリビングへと返ってきた。
「ノナンさんとこに行ったらこっちに来てるって聞いて遊びに来ましたー」
そう言いながら姿を現した人は、外見が少し変わっているが雰囲気でわかる。フェルドだ
その後ろにコル、ロダ、と、もう1人。最後に入ってきた女の人は初めて見る顔だった。
「ひ、久しぶりだな」
いきなりのご対面で驚いたが、なんとか声を出す。
「だな!」
「お久しぶりです」
「…………」
コルは頷いた。
心の準備が出来ていなかったので掠れた声になってしまったような気がしたが、何のツッコミもなかったので大丈夫だったのかな。もしかしたら流してくれたのかも知れないけど。
「おぉー、よく来たねぇ」
最後にノナンさんが今来た4人に向けてそう言ったのだった。
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ご飯も終わり、ジャンさんは町に向かって行ってしまった。ミリアさんは家事、リーゼもそれを手伝うと行ってしまう。それに続いてカレンも行ってしまい、今はフェルたちがリビングにいる。
どうやら4人は朝ご飯を食べにノナンさんの家に寄ったらく、そうしたらこっちに来てると、今住んでいる子たちに言われ来たそうだ。今、残ったものだけどと出された食事と、ノナンさんがちょこちょこっと作ったものを食べていた。
「どうだい? 美味しいだろ」
ちょっかいを出すように4人に言っているノナンさん。それに対して美味しいですよ。と4人。
「そうだろそうだろ、んじゃ私は日向ぼっこでもしてくるかな」
美味しいといわれて満足したのかリビングから出て行ってしまった。
「それにしてもコウが妻まで連れて帰って来るとはな」
4人が来て簡単な自己紹介は済ましていた。リーゼは相も変わらず、俺の妻です発言をしてしまい4人を驚かせていた。まぁ間違いではないのだが、慣れないから聞いている俺が恥ずかしくなっていたりする。
「俺も色々あったからな」
それとロダパーティの1人、俺が始めて会った人の名はノイルと言う。近接アタッカー兼タンクの仕事もしてくれているそうだ。身長もコルの次高く、あの4人の中では3番目の高さだ。体格も見た感じごついという印象は受けないが、力強い人なんだそうだ。
俺が町を出てから、あのシェアハウスにきて一緒に行動するようになったとか。
「ところで、コルはとはどうなっているんだ?」
ご飯を食べ終えた4人はそれぞれキッチンに食器を運んでいた。その時、フェルだけに聞こえるように耳元で囁いた。
「なに内緒話をしてるんだ? 気になるじゃないか」
ロダがそう言う。堂々と耳元に聞きに行ったんだ。そう思われるのは当たり前だろう。
「それは後でだな」
フェルに素早く耳打ちされ、「別れの時の話をちょっとな」と取り繕っていた。
女性陣はキッチンで洗い物をしてくれている。
「そういえばおやじんとこ行ったか?」
「…………?」
「ギルドの受付にいたおやっさんだ」
今も現役だがなとフェルは付け足す。
「……ああっ! あの人か。行ってないけど何でだ?」
「今のノナンさんのとこにいる子たち迫って来ませんでしたか?」
ロダに言われて思い返す。確かに質問攻めになりかけた。いや、なったなあれは。
「なったなぁ」
「あれの原因を作ったんだよおやじは」
どういう事か、詳しく聞くと、どうやらギルドの資料でドラゴン退治の時の参加者と依頼達成者の中に俺の名前があり、それを見つけたあのおじさんが、この町出身なんだぞと、言いふらしていたそうだ。そして次のダンジョン捜査依頼の時も俺の名を見て我が子の様に自慢していたとか。
「それであの人気になったんだよ」
俺たちもコウと組んでいたからか持ち上げられたよなぁ。とも呟かれる。
フェルの呟きは流すことにして、ギルドの連絡網にはそのような情報も流れるのだと初めて知った。
「というか、俺以外にはこの町出身で活躍している人はいないのか?」
正直に言うとこの町出身ではないのだが、それはややこしくなるので言わない。
「現役だとコウくらいだな」
「西の都市で活躍している人ならいますけど、複数の大陸規模の活躍者はそうそういないんですよ。そういう人は大抵SとかAランク級ですからね」
フェルに続いてロダもそう教えてくれる。
「……俺な、討伐依頼はもうできない体になっちゃったから現役は引退したんだよ」
今の言葉の後に言うのは言いにくかったが、ここで言わなければ言う機会を逃す気がした。なので言った。言ってしまった。
「色々あって右手がな――」
苦笑いをしながら右手を動かした。
「――これが最高なんだ」
早く動かそうとしてもこれが限界だ。
右手はゆっくり動いている。
「だからあの子たちに強くなりたいって言われたんだけど、立ち合いは難しくてね。昨日1人の子とやったんだけど、あの子がちゃんとした剣術を身に付けたら今の俺と同等位になると思うんだ」
すぐ抜かされるとも思う、だからしっかり教えてあげてね。
と、話題の方向を変えた。
「コルちゃん! ノイルちゃん! ひまー? あそぼーっ」
唐突にリーゼを連れてカレンがリビングへと戻って来た。何をしていたかはわからないが、2人とも少し息を切らしていながら楽しそうに笑っている。
「丁度終わった」
「んじゃ行こうっ」
コルが言うと、リビングの入口にリーゼを置いて、キッチンから来た2人を掴み、連れて行ってしまう。リーゼを先頭に、カレンがリーゼの背中を頭で押しながら進んで、リビングからいなくなる。
「……嵐みたいだな」
「だよね」
「まぁそこが良い所だよね」
「「……シスコン」」
2人にそう呟かれた。いや、ロダには言われたくな……ってかシスコンなんて、この世界にもその言葉あったのか!!
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俺たちはのんびりと過ごしていた。
フェルとコルは俺が町を出てから半年後程で付き合い始めたらしい。そして今も順調だそうだ。ロダには誰もいないかと言うとそれは違った。「ノイルさんがロダさんの事を好きみたいなんです。内緒にしておいてくださいね」と言いながら、リーゼは俺に教えてくれた。
パーティを組んでから結構時間は経っていたが、ある時助けてもらってから好きになったとか。コルさんは、あの時の事ね。と言っていてわかっていたみたいですけど。と、女子トークで花を咲かせた事を、夜、寝る前に楽しそうにリーゼは話していた。こういうのはあまり言いふらさない方が良いと思うのだが、リーゼが楽しそうに話しているのを俺は止められない。け、決して、聞きたいから止めないとかではないぞ。ええ。
それにしても、ここに来て友達が増えたようでなによりだ。
告白するしないで揉めたらしいが、本人の希望によりまだしないという事になったそうな。
10日間、ジャンさんのうちでの時間が経つのは早かった。
10日目の昼、ジャンさんは町に行っていて居なかったが、ミリアさんとカレンにお見送りをされた。
別れ際カレンにぎゅっとしてと言われ、言われた通りぎゅっとしてあげると横から頬に柔らかな感触があたる。それで一瞬思考は停止した。次にはカレンが満面の笑みで、「いってらっしゃい」と手を振ってくれて意識は戻る。何をされたのか、他の人は誰も俺に言っては来なかったし、俺も誰にも聞かなかった。もしかしたら見えてなかったのかも知れないし、それとも俺の勘違いという事もあるかもしれないからだ。
帰り道は俺、リーゼ、ノナンさん、フェル、ロダ、コル、ノイルさんと総勢7人で歩いていた。
ノナンさんちにまた泊まってから中央都市に向かうのだ。
フェルたちは骨休めついでに一緒に泊まって一緒に帰ることにしたんだとか。ミリアさんもジャンさんも嫌な顔一つせず泊めてくれるから懐が深いとつくづく思う。カレンに至っては喜んでいたから何も言うまい。
俺は帰り道のついでに、町のギルドに行ってこようと思った。おじさんに会うために。
みんなに了承をもらい、町に着いてからギルドへと向かう。リーゼもついてくると思ったが、私は今回は遠慮しておきますと言われて、驚きと、何か寂しさを感じてしまう。でもいいんだ! 少しずつ自分の好きな事に目を向けてくれれば……。
みんなと一旦別れ、そう考えながら町の中を進んだ。
ギルドは大通りに面している。だから迷う事はない。
久しぶりについたギルドでは、すぐおじさんが目についた。
お久しぶりです。そう言うとおじさんは目を見開いて驚き、喜んでいた。ここまでになるとは思わなかったと。
そして俺が右手の事を話すと、活躍している人ほど引退は早いからな。生きているだけよかったよ。と、しみじみ話してくれた。
これからは中央都市で住みます。たまに帰って来るかも知れないけど。と言うといつでも遊びに来いよ。と言ってくれて心が温まる。この町の人はやっぱり良い人が多いみたいだ。昼過ぎという時間帯が良かったのか、ギルドには冒険者が誰もいなかった。なので、恥ずかしい思いをあまりする事なくおじさんと話してノナンさんの家へ帰る。おじさん、良い人なんだけど、誰かに人の活躍を自慢しまくって恥ずかしいんだよな。
ノナンさんの家の前。
ギルドからだとあまり迷わずここまでたどり着けた。
家の前では新人4人に対して早速剣術、魔法の指導をしているようだ。
「おっ、長剣は俺よりあいつの方が上手いからあっちに聞いてくれ」
サムズアップで俺をフェルが指してくる。
前もできたんだ、右手が使えなくても教えるくらいは出来るだろう。
「おうよ」
そう返事をすると、前に剣が上手くなりたいと言っていた娘が俺の方へと駆け足で来る。
「お願いしますっ」
目の前で頭を下げられた。
教えると言っても俺は実践派だ。ジャンさんにやられて、弱点をカバーしてなんとか戦えるようになった身。
「えー、模擬戦をやりましょう」
昔、ルナと遊んだ時に使った木刀を2本取りだす。
「習うより慣れろ。と言った感じでやるんで好きなように俺に攻撃して。俺はそれに迎え撃つ。隙あれば攻める。……手加減は?」
「いっ、要りません!」
んむ、余計な事を言ったようだ。
「怪我してもコルが治してくれるだろうし、全力で!」
俺は、その娘と「晩ご飯だよー」と、ノナンさんが呼びに来るまで模擬戦を続けていた。
魔法使いの男の子以外全員がボロボロだ。俺でもまだしのげるレベルの娘だったので助かったが、吸収が早く、2、3回ダメージを受けそうになった時があった。
怪我をした子たちはコルとその男の子に治してもらってからのご飯となるが、ロダたちもいるため、椅子が足りなかった。最初に若い子たちに食べてもらい後から俺たちは食べることにする。ノナンさんが、それまでは男どもは私の部屋にいてとの事。ただし、物をいじったら死より恐ろしい制裁を下すから見といてねロダ君。とのお言葉つきで。
ノナンさんの部屋に向かう前、ご飯を食べる前だというのに相当疲れているのか前衛の3人は今にも舟を漕ぎだしそうだ。
それから数分後、ノナンさんの部屋にいた男どもは呼ばれ、寝てしまった子たちを部屋まで連れて行ってとお願いされる事となる。
「明日行っちゃうんだろ?」
食事中、フェルに言われる。
「そうだな。あっ、そうだ、もしあっちまで来たら遊びに来てよ」
そう言って、住所を記した紙を作ろうとしたが、俺は住所を覚えていないことに気づいた。
「…………」
無言で隣に座るリーゼを見る。
「は、はい」
気づいてくれたようで、紙に住所を綴ってくれた。流石はリーゼさん、覚えていてくれたようだ。
「ありがとう」
とお礼を言ってから、
「はい」
とフェルに渡した。
「……できた嫁さんだこと」
「ありがとう」
「いや、コウを褒めたんじゃ……いや、うん、リーゼさんが素晴らしい」
「ほぇ! わ、私なんて……」
皮肉なのはなんとなくわかったが、あえての返事。リーゼは照れたように身をねじっていたがその姿が周りに笑いを生んでいた。
それから昔の話など、ドンチャンと騒ぎ立て、晩餐はお開きとなった。
ロダたちは自分に家に帰るという。今は4人で暮らしているそうだ。
「それじゃ。明日の見送りはいらないからな、いつ出るかは決めてないし」
「おうよ」
「元気でいてくださいね」
2番目にコルが言ってくれた。
「ありがとう」
「中央までの道中は大丈夫ですか?」
「大丈夫俺も少しは戦えるし、リーゼもいるからな。いざとなったら逃げるから」
「き、気をつけてくださいね」
ノイルさんが言ってくれた。俺は2人っきりでノイルさんと話したことがない。いや、話せなかった。人見知り、というか男にあまり免疫がないようで、男で初対面だとどもってしまうらしい。今では普通に話せるが俺らも最初は苦労した。コルがいなかったら仲良くなれなかったかもな。と男3人だけの時フェルとロダが笑って話していた。ノイルさんがここに入った理由もコミュニケーション力を上げたいという理由だったらしい。
リーゼとはすでに仲良しらしく、色々な話をしているという話を聞いている。
「ありがとう」
声を掛けてくれた事に対しても感謝の意を込めて言った。
「リーゼちゃんも気をつけてね」
コルが言う。
「ありがとうございます。大丈夫です、コウさんがいますから」
と、リーゼは恥ずかしげもなく言うのだ。
「じゃ、またな」
そう言って玄関から出て行くフェル。だが俺は見てしまった、アイツが笑いを堪えて振り向いていったのを。
それに続いて3人も別れの言葉と共に出て行く。
「……行っちゃったね。さて、またお酒でも飲むか」
ノナンさんはリビングへと戻って行く。残った俺たちも後に続いた。
リーゼがここまで仲良しになるという事は、やっぱり奴隷という枷が原因で前までは自分を抑えていたのだろう。
そう考えると、すぐに開放して自由になってもらっていた方が楽しい思い出も増えたのではないかと考えてしまう。俺と居る居ないは別にしてもだ。
……こんな事を今リーゼに言ったら何と言われるか。
リビングに向かいながらそんな事を考えていた。
「リーゼちゃんものもーよー」
ノナンさんが隣に座ったリーゼに絡んでいる。絡み酒ってやつだ。フェルたちがいた時から飲んでいたノナンさんだ、酔っていても不思議ではない。
「わ、私はもういいですよ」
「もういいって、一滴も飲んでないじゃ~ん」
ほらほら~、と言いながらコップに注がれるお酒。
「グイッと一杯」
「で、では……いただきます」
注がれたせいで諦めがついたのか、コップに入ったお酒をリーゼは飲み始めた。
なくなっては注がれてを数回繰り返し、リーゼは早々に酔いつぶれてしまう。
「今更言うのもあれなんですけど、この飲み方、体に悪いですよね」
「そうだねぇ」
自分のコップに入っているのをチビッと飲んでいるノナンさん。
「でもねぇ、なんてったってコウ君が連れてきた子なんだから、一緒に飲みたいじゃない?」
コウ君は付き合ってくれないし。と文句を垂れられる。
「俺、それは苦手なんですよ」
甘いやつなら付き合いましたよ。そう言うと、
「ん! じゃあこれねっ」
とノナンさんはボックスから何かを取りだした。
「これは甘いし文句はないよね、一緒に飲もう! 潰れよーっ」
おーっ! と1人で言いながら、俺のコップに並々注ぐ。
「カンパーイ」
「かんぱーい」
テンションは違うが付き合うことにした。
「……ぷはぁー、可愛いのぅこの娘は」
うりうり、とノナンさんは、酔いつぶれて自分の肩を枕代わりにしているリーゼの頬を突っついている。
それを見ながら俺は注がれたお酒を飲んだ。
おっ、甘い。フルーティーってやつだな。
「ふっふっふっ、何かお姉さんは嬉しいよ」
少しなくなったコップにノナンさんは酒を注いできた。
「俺そんな強くないんですけど」
そう言いながらも、お礼とばかりに俺もノナンさんのコップに注いでいく。
「ありがと。大丈夫、ここで寝たって今の時期は風邪引かないよ」
「まぁ今は夏ですから、お腹出して寝たりしない限りは大丈夫だと思いますけど……俺たち明日出るんですよ」
「いいじゃない、お姉さんに付き合ってくれたって。ふふふっ」
「……まぁ付き合いますけどね」
ノナンさんの楽しそうな顔を見ていると断る気が起きなかった。なんだかんだで世話になりまくっているしこのくらい付き合わないとな。
俺とノナンさんは他愛のない会話を酒のつまみに、チビチビと飲んでいた。意識がなくなったのはそれから数時間してだった。
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次の日、思った通りテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。
前にはノナンさんとリーゼが椅子を3脚使って掛け布団を2人で1枚使い、寝そべっている。落ちないなんて器用な。と思いながら周りを見渡した。飲みちらかしていた食器類はない。動くと後ろに何かが落ちた感覚がある。見ると薄い毛布が落ちていたのだ。
そういや、ノナンさんとリーゼにも掛かっているな。
あの子たちが掛けてくれたのだろう。
家の中から物の音はない。すでに出掛けた後みたいだ。
「……顔でも洗うか」
水道に向かおうと立ち上がった。
バンッ
「――ッ痛い!」
テーブルの脚に足をぶつけて反射的に大きな声を出してしまう。
「な、なに事ですか! あっ、えっ!? キャッ!!」
ドシンっ
……そんなに痛くないのに声って何で大袈裟に出てしまうんだろうな。
「いたたっ」
「大丈夫かリーゼ?」
俺の声に反応して起きてしまったリーゼは、バランスを崩して椅子から転げ落ちている。すまん、俺のせいだな。
「大丈夫です、驚きましたけど」
まだ寝ボケているのか、とろんとした目でリーゼは微笑んだ。
「大丈夫かい」
「あっ、落ちますよ。あわっ、の、ノナンさんっ」
もっと寝ぼけているノナンさんが、リーゼを覗き込んでそのままダイブ。リーゼが上手く支えたおかげか、大きい音もなく無事に落ちたようだ。
「すべすべ~」
懐いているノナンさんは平常運転そうだな。
「よし、顔洗いに行こう」
「コウさん!? ノナンさんを……!」
リーゼの言葉は聞き流した。
「ようし、ご飯を食べてから行くよね?」
顔を洗い終えて戻ってくると、聞きながらも作る気は満々そうなノナンさん。俺はもちろんと頷く。
リーゼはノナンさんに生気を吸われたようで、テーブルの下で倒れていた。
「大丈夫かぁー」
「はいぃぃ」
小さく長い返事が返ってくる。
「もしかして二日酔いかー?」
首を横に振られる。二日酔いではないみたいだ。という事はこのダメージはやっぱりノナンさんから受けたものとなる。恐るべしノナンさん……!
ご飯が出来るまでにリーゼは復活していた。ご飯を食べ、一息ついて俺たちは出発することにした。
玄関で、
「お世話になりました」
とリーゼ。
「またいつでも遊びに来てね」
ノナンさんはそう言いながらタッパーのようなケースを5つほど出している。
「これ持っていって。お弁当だよ、懐かしいでしょ」
「あっ、あの時のあっちに置いてきたままだ」
「ああ、いいよいいよ。あげる。このケースもあげるから捨てるも使うも好きにしちゃってね」
「ありがとうございます!」
俺ではなくリーゼが先にお礼を言っていた。
「気にしないで。美味しく食べてくれれば嬉しいからさ」
俺に手渡してくれたケースをすぐにボックスにしまい込む。
「美味しくいただきます。前のも美味しかったですよ」
「そうかい、ありがと。……では、気をつけて行ってらっしゃい」
名残惜しくて言いにくかった言葉をノナンさんが先に行ってくれた。気を使ってくれたのかも知れない。
「行ってきます」
「はい!」
「あっ、あの子たちによろしく言っておいてください」
別れの挨拶を忘れていた4人に言伝を頼み俺は玄関のドアを開けた。
「あいよ~」
と後ろから返事が聞こえた。俺の言葉に対してのだろう。
「で、では、行ってきます!」
リーゼもそう言うと玄関から出て来た。
ノナンさんは玄関の戸が閉まるまで手を振ってくれていた。俺もリーゼもそれに対して手を振って応えたのだった。
「……時間かかるけどのんびり行こうな」
「はい」
「行き当たりばったりだから馬車がないかも知れないけど、まぁ歩いてもウィンデルまではそんなかかんないから大丈夫だろ」
前は1人だったけど今回は2人なのだ。寂しくならないと思う。
「コウさん、良い家族でしたね。カレンさんたちはもちろんですけど、この家も住んでいた人たちが家族のように、兄弟のように繋がっていてコウさんもその中に……」
「そうだな」
「…………」
リーゼはそう言うと考え込むように黙ってしまった。
「あんな家族は羨ましいか?」
「……はい」
リーゼももう一員なんだぞ。とは言いにくかった。言ったら多分、そんな事ないですよ。私はまだまだです。とかこんな感じの言葉が帰って来そうだと思ったからだ。
だから俺はリーゼの手を取った。
「それじゃ、俺たちもあんな家族になろうな」
前を見ながら、リーゼの方を向かないで俺は言った。
隣で息を呑む音。
「はいっ!」
声と共に握った手が強く握り返された。
閲覧ありがとうございます!!
連続投稿します。次で最後です。後日談……というか数年後のお話です。




