075
「お久しぶりですー」
とある宿で俺は声を上げた。
「はーい。あ、あらあら、あらあらあらコウさん、本当にお久しぶりですね」
笑顔で出迎えてくれた人は宿の女将さん、ミレーナさんだ。そう、俺たちは帰って来たのだヴィンデルに。イーロはこの街に来たことはないらしいけど。
「2日ほど泊まりたいんですけど」
そう聞くとミレーナさんは俺たちの顔を見てから頷いた。シュリカの事については聞かれない。職業柄どうなってしまったか想像がついてしまったのかも知れない。聞かれたところで俺も話しづらいので、心遣いか、はたまたそれが普通なのかはいまいちわからないが助かった。
「部屋はどうします? 1部屋? 2部屋?」
「2部屋で」
「はい、ではこれ鍵ね。部屋は前と同じ三階の301と302だから」
ありがとうございます。と俺は受け取り階段を上がった。
一旦それぞれの部屋に入るなり、即集合。場所は俺とイーロの部屋となった301だ。
時刻は夕方。日が落ち始めている。
「俺はこれからリーゼを連れて行きたいところがある。明日は墓参り。明後日解散だな」
今後の予定を簡単に説明した。
誰からの意見もない。これで良いということなのだろう。
「んじゃ、リーゼ、ちょっと行こう」
「は、はい」
「……コウちゃん、道わかるの?」
ルナに言われて思い出す。最近は地図を見ての移動や、馬車での移動だった。まちに来ても適当な宿を取って次の日にはそのまちを出ていた。なので忘れていた。俺が方向音痴だったという事を。そして極みつけは、俺はゴードンさんの店の場所を覚えていない。北の方だったかなとは記憶しているが正確な場所はわからない。
「…………ルナさん案内お願いしても? あと、イーロさんも一緒に来ます?」
結局全員で行くことになりました。
「ここは……新しい人を買うんですね! 私の後輩をっ」
ルナの案内で日がくれる前にゴードンさんの店の前にたどり着けた。
「こういう店の近くはやっぱりこんな感じなのか。ファンセントにある店の近くと似てるな」
リーゼの言葉を無視してイーロが言う。俺が見る限り、前来た時と今、この場所に変化はないように見える。という事は中央にある奴隷のお店も夜中に近くを1人で通るのは怖いと思える場所なのだろう。
「……そうなのか」
「ああ、オレは外で待ってるわ。見知った人たちだけの方がやりやすいだろ。この雰囲気も懐かしいしな」
俺もリーゼの言葉に返事をせず、イーロの言葉には頷いてから店に向かった。
「コウ様どんな子を買うんですか?」
店に入る前にリーゼが言ってくる。
だがそれも聞き流す。
「いらっしゃい」
店に入るなりそう言われたので、俺はゴードンさんを呼んでほしいとお願いする。リーゼの腕についている輪を見せながら。
少々お待ちくださいと、応接間に通された。前と同じ部屋のような気がする。正確には覚えていないが。
「おう待たせたな。おおっ、久しぶりだな! 元気そうで何よりだ」
待つこと5分くらいだろうか、ゴードンさんは以前あったときと変わらない姿で現れた。
「また誰か買って行くか? 今ならなんと龍人族の娘がいるんだよ。目玉商品だ」
豪快に笑いながら勧めてくる。だが悪い気はしない。それがゴードンさんの人柄なのだろう。
「そんなお金、今はないですよ」
気にはなったが大金はもちろんないので買えない。俺も笑いながら受け答えた。その時リーゼの方から息を呑む音がした気がした。
「今日はリーゼを解放してほしくて来たんですよ」
「そうか、まぁお金がないって言ったらそれしかここに来る理由はないよな」
もしかしてわざわざここまで帰って来たのか? とも聞かれた。
「イーガルの方に用があって、通り道なんでここに立ち寄ったんですよ。他じゃお金かかるなら無料の方が良いじゃないですか」
「あっはっはっはっ、そりゃそうだな」
何で笑われたのだろう?
「んじゃ、ちゃっちゃとやっちまおうか」
おいでとばかりにリーゼを手招きする。
「はい」
リーゼは力なく返事した。
作業は簡単そうだった。ゴードンさんがリーゼの腕輪に触り、何かを呟いている。すると自動的に腕輪が外れ地面に落ちたのだ。
「ほい、これで終わりだ。良かったな嬢ちゃん」
「……良くありません」
落ちた腕輪を拾いながら言ったゴードンさんに、リーゼは冷たく言い放った。ゴードンさんは本気で言っていたのだろう。それに対して言ったリーゼの言葉も本気に聞こえた。
「これで、これで私はコウ様と一緒にいるための理由がなくなってしまいました! もうパーティも解散しているんです。いきなり解放されて私は何を生きがいに生きればいいんですか? これからどうすれば良いんですか? 私はずっとコウ様の奴隷で良かったのに……何で勝手な事を……」
リーゼは崩れ落ちる。床に座り涙を流している。
この店に来た時のあの言葉、誰を買うのかと言う言葉は、奴隷でいさせてほしいという表れであることは気づいていた。ルナとイーロでさえわかっただろう。俺はリーゼが生きたいように生きろ、という意味でここに来て奴隷から解放しようと考えたのだ。
だから俺は口を開いた。好きに生きて良いんだよ。やりたい事をしても良いんだよと言うために。
「……たまにいるんだよなぁ。嬢ちゃんのような元奴隷が。ずっと主人に仕えていたいけど、その主人が何らかの理由で奴隷を開放しに来るんだ」
俺が口を開けた丁度その時、ゴードンさんが先に話し出してしまった。
「でだ、どうしても解放されたくないという奴隷と、もうの奴隷は要らないという客の場合は奴隷をうちで引き取り、新たな主人に売ったりする。最初は暴れるが、少ししておとなしくなるしな。まぁそこは奴隷商の腕次第なんだが。だが、嬢ちゃんは違うだろ。コウの事だ、好きに生きろとでも言おうと思ったんじゃないか? 自由だ自由。自由の意味はわかるか?」
「……はい」
リーゼはすすり声で返事をした。俺は開いた口をふさげていない。
「ということは、だ。嬢ちゃんがコウについて行こうが行かぬが好きにして良いってことだ。わかるか?」
「…………っ! はい!」
声が一気に元気を取り戻す。
「コウ様っ」
「あっ、えー……もう様は要らないかな」
開いたままの口から言葉を出した。
「なんか言おうと思った事は言われちゃったからな……まぁ好きに生きて良いよ。城に帰るも良し、俺についてくるも良し、どこかに行くも良し。まぁ、俺は前に一緒に家に帰ろうとは言っていたんだがな」
今更かっこ悪いなぁ。とは思いつつもそう口にした。
ウェルシリアを通った時リーゼは城の方を見ていたし、それとなく寄ってももいいんだぞと言ったのだが断られていた。でも奴隷じゃなくなった今なら堂々と帰れるのではないかとも思える。そのままユリーナさんの下で騎士になるのも良いかもしれない。それか自由に風来坊としてルナのように生きるという道もある。生き方はリーゼ次第だな。
「わ、私勘違いして……捨てられるのかと……」
ずびっ、ずびっ、と鼻をすすりながらリーゼは言う。
「私はコウ様と……コウさんと一生一緒に暮らしていきたいです」
涙目で、上目使いで見つめられる。その破壊力に目線を逸らした。逸らした目線はゴードンさんと合ってしまう。何か申し訳なさそうな表情と、手ぶり。悪いな、と軽く謝られたのがその動きで伝わった。
「ダメ……ですか?」
追い打ちをかけるような声。
「リーゼちゃん、コウちゃんはさっきなんて言ったと思う? 好きに生きて良いって言ってたよね。だから勝手にコウちゃんの横にいれば良いんだよ」
「はっはっはっ、長年やっているがオレもまさか元奴隷の方からのプロポーズを見るとは思わなかった。ほんと良い主人だったんだなコウは。嬢ちゃん、コウを幸せにしてやってくれな」
「え!?」
…………っ!!?
リーゼの驚きが聞こえた。俺は息を呑んで驚いている。
なんか勝手に話が進んでいませんか!?
プロポーズだって? いつされた!?
『コウさんと一生一緒に暮らしていきたいです』
これか! 確かにそうとも聞き取れる!!
くぅぅぅぅぅぅぅぅ!!! と脳内発狂。
相当俺も恥ずかしいぞ、今更だが。
体が熱い。心臓も早く動いている。
「コウちゃんリーゼちゃんのこと嫌い?」
無言だった俺に痺れを切らしたのかそう聞いてきた。
俺はリーゼの事が嫌い? そんな事はない、好きだ。
「……………………わかった。リーゼ、結婚しよう」
開き直ることにした。確かに俺は結婚なんて考えたことはなかったが、今年二十歳になったのだ。もう家族だと思っていた存在のリーゼだが、いなくなられると悲しいし、ずっと一緒にいるつもりでいた。もちろんリーゼ自身が嫌といったら離れるつもりでもあったが。だがリーゼは俺と居たいと言ってくれたじゃないか。なら答えようぞ、その気持ち。ふっはっはっはっは。
「……コウちゃんが壊れた」
「あら、オレ変な事言っちゃったか?」
翌日、聞いた話だがルナが言うには俺は口を開いたまま、不吉な声を漏らして固まっていたそうな。
俺の記憶ではリーゼに……け、結婚、しようといった所までが最後、その後の記憶が薄れている。というかない。リーゼの返事すら記憶にない。これで断られていたら俺はやばかっただろうな。でも、リーゼは、はい。と答えてくれていた事をルナに聞いたのでこの命、絶たずに済みそうだ。
帰り道にイーロも話を聞き、俺の事を冷やかしに来たそうだが放心状態の俺には全く記憶になかった。
あとは、ゴードンさんが気がついたら謝っておいてくれ、なんかすまんって。と言っていたとルナから聞いた。多分ゴードンさんの言葉がなければこんな事にはならなかった。しかし、なかったら結婚なんて考えていなかったと思う。これは感謝すべきなのか、どうなのか……。
----
「ここがシュリカの親友たちの眠る場所だ」
リーゼ解放から1日経ち、俺たちはお墓の前に来ていた、ルナの案内で。
お墓の前にはお花が添えてあった。俺たちもお花を買ってきてしまっている。まぁ多くても大丈夫だろう。
先に供えられていた花の横に俺たちが買ってきた花も置き、手を合わせ目を閉じだ。
すまない、シュリカを守れなかった。と。
一緒の所に埋葬してあげたかったが遠すぎる。シュリカのお墓はあの島に作られ、墓標も建てられているだろう。ギルドがちゃんと作ってくれると前にイーロが言っていた。
何を言っていいかわからないけど、俺は謝った。それしか言えることがなかった。
最後に、すまない。本当にすまなかった。と、俺は顔を上げた。
「よし、これからどこ行くか?」
みんなは既にお墓から一歩離れた所に立っていた。
「コウさ、ん、ちょっと待ってください」
リーゼがそう言いながら俺に近づいて来る。
「なんか、さんって変な感じです」
昨日、タメ口、呼び捨てでも良いと言ったのだが、さん、で行きますと譲らなかったリーゼは、はにかみながら俺の目尻を拭ってくれた。俺は涙を流していたのかと驚いたが、リーゼの表情でドキドキしている気持ちが勝ったらしい。顔が火照っている。
一歩引いた所から見ている2人の表情にはからかいの文字が浮き出ているように感じる。
色々言われるな数年は。そう思い空を見上げた。雲が多いが天気は良い。雲がなかったら最高だったのにな。と考えながら、俺はこれからこの人と幸せに生きようと思う。もし会えたなら、勝手だけど、シュリカと会っていたらお礼と今の言葉を伝えてほしい。と、お墓の前で最後に手を合わせた。
それから、その足で俺たちはハセルの家に向かった、ルナとリーゼの案内で。言わなければいけない事があるからだ。
ハセルの家につき、扉をノックすると出てきたのは母だった。
俺はまず頭を下げた。それから言う、シュリカの最期を。
そうですか。と言ったハセルの母の声は穏やかだ。
「シュリカちゃんが楽しんで過ごせていたのなら、おばさんは何も言わないわ。だから顔を上げてください」
そう言われ、言われた通り顔を上げた。
「シュリカの遺品と、シュリカが持っていたハセルとスティナの物もお返しします」
俺はボックスから取り出そうとしたが、その前に片を掴まれ体の動きが止まる。
「いいえ、それはあなた方が持っていてください。一緒にいて、思い出を増やしてあげてください」
「……はい」
「わざわざありがとうございました」
ハセルの母はそう言うと家に戻っていった。
これで、この街でやる事は終えた。
「……コウ様」
「様じゃなくって、さんで良いってば」
消え入りそうな声で俺はリーゼに言っていた。これ以上は駄目だ。
「帰ろっか」
「そうだな」
ルナとイーロが動きだす。
それに俺もついて行った。
----
「ここでお別れか」
次の日、ヴィンデル中心部のギルド前に俺たちはいた。
「だな」
イーロの言葉に俺は答える。
「うん、楽しかったよ。また遊ぼうね」
「はいっ」
………………。
いざ別れとなると何と言っていいかわからないものだな。前はこんな事なかったのに何故だろうか。
「それじゃあ、また遊びに行くねっ」
ルナが切り出し、去っていく。
「元気でな」
イーロも言い、ルナに続いた。どこに行くかは聞いていないが、2人は結局一緒に行くことにしたのだ。
「おう!」
「またお会いしましょう!」
俺とリーゼが言う。
2人はもう振り返る事はなかった。
呆気ない気もするが、変に別れを長引かせるよりはこれで良かったのだと思う。
「……よし、俺たちも行くか」
2人の姿が見えなくなってから口を開いた。
「はい」
昨日のうちに馬車は手配している。イーガルまでは4日か5日ほどで着くとか言っていた気がする。歩いて来るときは色々あったんだよななぁ。と思い返しながら俺とリーゼは動きだす。
馬車に乗っている人は俺たち2人だけだった。これはマクシさんの力でだ。昨日、ギルド行き、馬車を手配しようとしたらマクシさんに会い、世間話ののち、ここら辺の街道の魔物は弱いから大丈夫だよね。と言われたので、もちろんと答えた結果がこれだ。右手の事は話してはいないが少しくらいなら大丈夫だろう。むしろ話して良い条件がなくなるのは望ましくないしな。
俺たちの他には運転手のボックスに入り切らなかった荷物が乗っているため狭いと言えば狭い。俺たちのボックスにもしまえるのだが、盗難防止のためどんな人でも同乗者にはしまわせないそうだ。欲張りな運び人だと、俺は率直に思った。
馬車がどんなのかというと、座る所は馬車の床、それもリーゼと肩が触れる距離だ。雨対策のため、屋根なしの行商人がよく使っている荷台のようなのではなく、外見は屋根付きの、人を運ぶ用の馬車と同じなのが良かった。椅子はないがこんな恥ずかしい所を運転手に見られなくて済んだのだから。
値段も荷物の護衛と言うことでタダにしてもらえてるし、嬉しい限りだ。
最初は恥ずかしかったが、時間と共に話が増えてきた。最初は俺が気まずさに話し始めたのだがリーゼが笑って聞いてくれて調子に乗ったのだと思う。イーガルにいる人の話をしたりしていた。他にも、この話はしたことなかったなと思い、道中の村で起こった事も話した。ここでルナと出会ったんだぞとも、付け足して。
魔物が数回現れたが、どちらも俺の手は借りずリーゼ1人で殲滅していた。数体で出てくることがなかったから俺でも行けたのだが、右手を気遣ってくれたのか戦わせてくれなかった。まぁいいけどねッ。
そんなこんなで数年ぶりに俺は帰って来たわけだ。最初の町イーガルに。
町について運転手にお礼を言うと、こちらこそ助かりましたと逆にお礼を言われた。
そこで運転手とは別れ俺は町に入っていく。リーゼの手を掴んで。
「今日はこの町に泊まって、明日俺のこの世界での親……って言っていいのかな? 実家みたいな所に行こうと思う。リーゼの事を紹介したいし」
照れくささに前を向いたまま、リーゼの手を引いたまま言う。
何でこんなに恥ずかしいのだろうか。今まで一緒にいたのにこんな事は思わなかったぞ? これが意識の違いってやつなのか?
と考えながら町を進んだ。
――その結果、迷ったのだった。
ノオォォォ! 久しぶり過ぎて住宅地の入り組みがわけわからんぞ!?
見覚えがあるという場所に出たと思ったらさっき来た道だったという事が3回ほど起こっている今、俺はどしたらいいのだろうか?
手には汗が……うん、恥ずかしい。
「ふふっ、コウさん。こっち行ってみませんか?」
手を繋いでいることをすっかり忘れていた俺は、リーゼに引っ張られ少しよろけてしまう。
「ああっ、すみません大丈夫ですか?」
心配までされてしまった。
「私は今楽しいですよ。迷っていますけど、コウさんとお散歩できて」
まぁそうだよな、迷ったとは口にしてなくも同じ道を何回か通っていればわかるだろう。
「……ありがとう」
そんな言葉が口に出ていた。
「行きましょう」
そう言い先にリーゼは曲がり角を進んだ。
と思ったらリーゼが跳ね返ってくる。
驚いた俺は繋いでいた手を離し、リーゼの肩を掴む。
「あいたっ」
という声はリーゼのものではない。誰かとぶつかったのであろうその人のものだ。
「す、すみません! 大丈夫ですか?」
俺が支えたため、倒れることなかったリーゼは即体勢を戻し、ぶつかった人に謝った。
「いやー、こっちこそごめんね。よそ見していた……」
「「あっ!?」」
俺とその人は同時に声を上げる。
「コウ君!」
「ノナンさん!」
俺が行きたかった場所の大家が倒れていた。
「いやー、まさかコウ君が女の子を連れてくるとは」
感慨深いねぇ。と一言。
ノナンさんの案内でようやく目的地の家にたどり着いた俺たちは、変わっていなかった家のリビングで座って話していた。
「それにしても何か成長したねぇ。うん、大人っぽくなったのかな? 私よりも背高くなってるし」
「いや、疑問形で言われても……」
身長に関しては、確かに俺はノナンさんを超えていた。そう考えると俺も成長していたんだな。昔はノナンさんよりも顔半分ぐらい低かったのに、今では顔半分くらい大きいのだから。ノナンさんの身長はリーゼと同じくらいだったが、気持ちリーゼの方が低いと思う。
「で、そろそろ彼女を紹介してもらってもいいかな?」
俺の言葉はスルーのようです。
「あ、は、初めまして! リージェロッ……」
今まで黙っていたリーゼは噛んだ。緊張しているせいか噛んでしまったようだ。
ぷっ。と吹きだしたノナンさんは、そのままお腹を押さえながら笑いこける。
ノナンさんがひとしきり笑い終わるまで、リーゼの顔は赤いままだった。
「ご、ごめんごめん。可愛くってさ」
笑い止んだのを見て俺が自分で紹介することにした。
「彼女はリーゼロッテって言うんだ。で、俺のこ、」
ここで声が詰まる。やっぱり人に言うのは勇気がいる。
「こ?」
ノナンさんの不吉な笑顔。
懐かしいと思いつつも口は動かない。
「こー?」
もう一度問われた。からかっているのは丸わかりだ。でも口は動かない。変なとこで俺はヘタレようだ。
リーゼに助けを求めようと見たが、リーゼも俺の方に顔を向けて言葉を待っているオーラを放っていた。
……酷い。
「こ、婚約者です」
小声で言った。言ってしまった。盛大にからかわれる。それは覚悟している。
「…………、?」
だがノナンさんから言葉はなかった。
ノナンさんの方を見るとポカンと口を開いて固まっている。リーゼの方は、顔を更に赤らめ幸せそうに自分の世界に行っているのがわかったので放置しておこうと思う。
「こ、婚約……者、だとぉ!」
両手をテーブルにつけ、いきなり立ち上がった。
「ひゃひっ!?」
驚いたのかリーゼは変な声を出している。
「恋人って言うと思ったのに、その上の事を言ってきたよこの子……」
ぶつぶつぶつ、と呪いのようにノナンさんは言葉を紡いでいる。最初の方しかなんと言っているかは聞き取れなかったが、まぁ祝福の言葉ではないのは確かだ。
祝福されようと思って言ったわけではないからいいんだけどね。
「の、ノナンさんは最近どうなんですか?」
「どうせ私は恋人すらいないですよ。これからもずっと1人ですよ、ええ」
話を変えようと振った話題が仇になった。
「そ、そうじゃなくて、生活面でですよ」
そう軌道修正すると、ノナンさんは、「最近? そうね、」と話し始めてくれた。
なんとかなってホッとする。
「コウ君たちのおかげかな、この家、新人冒険者が多く来るようになったわね。今も、もう満室よ。まぁ4部屋しかないんだけどね」
なんと、俺やフェル、ロダ、コルがこのシェアハウスに暮らしていたという話が一時期話題となり、新人時代はここに入れば強くなれるというジンクスがいつの間にか出来上がっていたんだという。
フェルの場合は元から有能だったわけで、俺だって何回か死にそうになっているわけで、ロダとコルも同様なわけで、この家は別に関係ないと思う。と言うと、
「ようは気持ちの問題なのかしらね。死んじゃった子もいるけど、この町から旅立っていったり、違う場所に移り住んでいる子たちは多いのよ」
あなたたち意外と有名人になっているのよ。後で大変な事になるかもしれないわね。と意味深な事も言われた。
「フェルたちはこの町に?」
「そうよ、ここでやっていくって言ってるわよ。たまに遠出するけどね。今ではこの町の若い中で一番の腕の持ち主じゃないかしら。今はどっかのダンジョン行ってくるって言ったっきりね、20日前くらいに。まぁ無事だとは思うけど」
安心しきっている顔をしている。というか心配するのをやめた顔だろうか。信頼しているのは確かだと思う。
それにしても会いたかったのに今いないのは残念だ。まぁ俺も数日間はこの町か、ジャンさんちに泊まらせてもらおうと考えているから会えないわけではないな。
「あ、あのコウさんの事を聞いても良いですか?」
俺がそう考えているとリーゼが入ってきた。
「もちろんっ。どんな事聞きたい?」
満面の笑みを浮かべてノナンさんは答える。
……これから地獄が待っていそうだ。どうやって会話を阻止しようかしら。
「ただいま帰りましたー」
恥ずかしめの回避を模索していた時、玄関から声が聞こえた。
「あら、もうこんな時間なのね」
ノナンさんが言うと、あとから数人の声も聞こえる。
「おかえりー、今日はスペシャルゲストが来ているわよ」
そう言いながらお出迎えに向かったノナンさん。こういう気遣いと言うか、何というのだろう優しさ? が新人さんに良い影響を与えているのも人気の理由の一つではないかと俺は思った。
「なんと、あのコウ君よ」
何が、あの、なのだろうか。別にそんな大それたこと――
「本当ですか!!?」
大きな声が返ってきた。
「ふぇ!?」
その声に驚いて変な声をっ。
どどどどど、足音が響いてくる。
「に、逃げてもいいかな」
隣に座っていたリーゼに聞くと何でですか? と返された。この怖さをわかっていないようだ。複数人からの質問攻めを。俺は知っている。おばちゃんたちの猛攻を、あれは凄まじい。一回リーゼにもやってもらおうか、本気でそう考えた。
「こ、コウさんですか!?」
足音が止まり、後ろから声がかかる。
「い、一応」
そう答えながらも声の方を見た。
そこには目を輝かせた子たちが俺の方を向いていたのだ。
「フェルドさんから聞いています! 面白い方だと」
「ど、どんな所行ってきたんですか?」
「どうやったら剣が上手くなりますか? わたしみんなの足を引っ張ってて」
「そんな事ない、カイには助けられてるぞ」
「で、でも強くなりたいんです!」
4人からそれぞれ言葉が飛んできた。1人は俺に向けてじゃないから3人か。
男2人に女2人。この4人がパーティメンバーだそうだ。歳は15歳が2人、16歳が1人、17歳が1人だそうだが、全員今年冒険者になったばかりだという。
「まぁ教えてやってくれ先輩君。私はご飯の準備をしようかな」
「あっ、私もお手伝いします」
「そう? じゃあお願い」
リーゼは席を立ち、俺は残される。
まじか、腹を括るしかないのか。
「よ、よし、じゃあ1人ずつだ。答えられない事もあるからなぁ!」
俺は囲まれた。俺を真ん中に両隣と向かい側に2人並んで座っている。
身構えていたが最初の質問に答えるのは簡単だった。
「今、ランクは何ですか?」
という質問だ。
俺はBと答える。最初は気にしていたが、だんだん気にしなくなって、気づいたらこのランクだったと。無理をしないで出来るレベルの依頼からやった方が良いぞ。俺はなくしたものがあったからな。と付け足して。
「どんな所を行っていたんですか?」
と聞かれる。
最初はウェルシリアに行こうと考えただけだな。あっ、強くなりたいとも思ってた。それから世界を見てみようかなと中央大陸に行ったり東に行ったり、北に行ったよ。と答えた。成り行きに任せてたらちょっとやられてな、一回帰ろうかなと思って戻ってきたんだ。とも言う。他の大陸話に反応が良かったので、中央都市に一応家があるんだとも自慢してみる。賃貸だけどねとは言わない。
「どうやったら強くなれますか?」
と聞かれた。
持論だが、強くなるのは格上の敵を倒すことだと思う。
この子たちには言わないが、これは神さんからの受け売りだけども。多分俺はこれで自分のパラメーターが上昇している気がする。生き延びているのは運が良いと言えよう。
でもそれは難しい。なので俺は、
コツコツと自分の得意な攻撃を鋭く放てるようにするのと、強い一撃を放っている人がいたりするじゃん? それは魔力とかスタミナを消費してやってるから、自分の魔法や戦い方に合っている人に聞いたり、かな? 俺が言えることじゃないんだが、無理して死ぬよりも堅実だ。
と言った。その言葉に一瞬場が鎮まった気がした。
「ま、魔法って――」
すまん、俺は魔法がほぼ使えない。ほら、フェルドやコル辺りが魔法上手いだろ。今度聞いてみなよ。
質問を聞き終える前にそう言った。
「そんな、簡単に聞けないですよ」
俺には聞いているのに、そう言葉が返って来た。
「そろそろできますよ~」
キッチンの方からリーゼの声。
確かに、さっきからいい香りが部屋に充満している。
「食事の準備をしようか」
俺はそう言い立ち上がった。このテーブル、に椅子は6脚しかない。今いる人数は7人だ。1脚足りないことに今更ながら気づく。
「ノナンさーん、椅子1つ足りないですけど」
「ああ、私持ってるから適当な場所に皿を置いておいて」
と言われ、お誕生席が誕生した。
予想通りの美味しいご飯を食べ終え、ノナンさんに泊まっていくんだよね? と聞かれる。
最初はそのつもりだったけど、定員オーバーなのでどっか宿探してきます。そう言うと、「せっかく止めてあげようと思ったのに。じゃあリーゼちゃんは私と寝るからコウ君は1人で探しに行ってね」とリーゼの体に抱きつきながら。
「……わたくしめもお泊め頂けないでしょうか?」
ぼそぼそと、あのコウさんをそこまで……。と言う声が聞こえるが俺は何でそこまで上に見られているんだ? 俺より強い人はそこらじゅうにいっぱいいるぞ。
なんにせよ、ノナンさんからお泊りの許可は貰えたので良かった。
そして気づけば昔話となっていた。
「そうねー、私がこのシェアハウスを始めたばかり、というかコウ君が第一号なのだけど、コウ君には妹さんが2人いて、その子たちが遊びに来ていたのよ。それで夜、私は余った部屋に寝ても良いように準備していたんだけど伝え忘れていた事があったわけです」
若かった3人はどうしたと思う? と質問される。
俺は聞いていてこの場から消えたくなった。と言うか出て行こうとした。たが、質問に答えていた時と、ご飯を食べていた席は変わっている。お誕生席のノナンさんが、隣に座っている俺の足を踏み、動かせまいと力を加えてくださっているのだ。
どうだろう? 4人は答えを考えようとしたが、発表させる時間はなくノナンさんは続けていた。
「そう! 正解は、私にどうするか聞きに来た。でした。私も面白半分で1人は私と、もう1人はコウ君とって言ったら純粋な返事をされてね。冗談って言えなくて、可愛い妹さんだし良いかと思って1日交替で寝たという事がありました」
「……ノナンさん、オチが薄すぎですよそれ!」
おろ、なんか違う。ツッコミが違うよ俺っ。何で変な話しを期待してたんだ。
「可愛い、良き思い出話だからねぇ今のは。では次、コウ君の恥ずかしエピソード!」
「いや、やっぱりやめてっ、ごめんなさい! やめてくださ―――いッ!!!」
そういう俺の言葉はよそにノナンさんは口を開いた。リーゼも興味津々にノナンさんの方を向いている。
「――を話そうと思ったけどもう遅いからまた今度ね。今日は解散!」
ノナンさんの発言力は凄い。えーっ、と声が上がったが、全員が渋々頷きお開きとなった。時間を見ると22時半過ぎだ。確かにもう遅い。
「コウ君たちは明日どうするの?」
冒険者新人の4人が二階へと上がって行くのを見送ってから、ノナンさんは聞いてきた。
「ジャンさんのとこに行こうと思ってますよ」
「そうか、そうだよね。私も久しぶりに行こうかな」
と簡単に決めてしまわれる。
「2人で行かないように! まぁリーゼちゃんに起こしてもらおうと思うから大丈夫かな」
それじゃあおやすみ。とボックスから出された布団を手渡され、リーゼとノナンさんは部屋に向かって行ってしまう。
「夜はこれから。コウ君の事を私が知っている限り教えてあげよう」
と聞こえた気がするのは気のせいだと信じたい……。
俺が泊まっていいと言われたのはリビングで、静かになったのを感じながら椅子を並べて、横になり寝たのだった。




