068
目を開けると一番にハンナの顔を視界に入った。
「よ、良かったぁ」
涙声で聞こえてくる。
どうやら俺は帰ってきたらしい。
上半身を起こし辺りを見回すと、俺の近くにはハンナの他にルナとエルフさんの姿がある。この人がエルシーさんなのだろう。少し距離があるがヴィートさんたちもいた。目が覚めたようで、この通路の途中で気を失っていた2人の姿もある。魔王と勇者以外はここに集合しているようだ。
「あ、ありがとうございます」
俺はそう言い、エルフの彼女を見た。
エルフを間近で見るのは初めてかも知れない。
やっぱり尖った耳が特徴的だ。エルシーさんはカッコいい整った顔をしていた。髪もクリーム色の長髪だ。
「いやぁ良かった無事で」
イーロの言葉で我に返る。何、見入ってしまっているんだ俺は。
「こ、この問題を解決する方法がわかった」
照れも入りながら、俺は何か突っ込まれる前に言葉を発した。
「ほんと!」
「本当ですか!」
「た、たぶん」
ルナとエルシーさんに同時に迫られた。こんなにグイッと来られると少し不安になる。本当にできるかは勇者次第なのだから。
未だ戦闘中の部屋の中を向く。
そこには高速移動をしている勇者とそれに応対している魔王の姿が……てか魔王って凄すぎじゃないか? 剣の力でパワーアップしている勇者相手に対等に戦っているなんて。ああ、もしかして魔王の武器も何かあるのかな?
「うしっ、じゃあいっちょやりますか」
「そうだな」
俺が話す前に、後ろでなにやら話がまとまったようだ。
何も聞いていなかったが何を話していたのだろうか。後ろを振り向こうとしたが、その前にエルシーさんが部屋の入口の方へ歩いて行ってしまう。
その姿に目を奪われていると、その横に並ぶようにルナ、ヴィートさん、ダンジオさんが立つ。
「行きますよ?」
エルシーさんはそう聞きながらボックスから出したのだろう、弓を手に持った。
「うん」
ルナも杖を。
「おう」
ヴィートさんはナックルを。
「いつでも」
ダンジオさんは剣を構える。
「では!」
エルシーさんは矢など装備していなかった。しかし、弓の弦を引くとそこにはエメラルドグリーンに光る1本の棒が出現していた。
弦を引き続けているとその棒は先端が枝のように分かれていく。
「――ハッ!」
その言葉と共に、引き続かれていた弦は放たれる。
枝分かれしていた部分のひとつひとつが、棒もとい矢となり飛び出したのだ。無数の矢となったエメラルドグリーンの棒は戦闘中の部屋にへと入っていき、まるで生きているように動き、既に部屋に飛び交っている魔法の球に当たりどちらも消滅。これが部屋の中の至る所で起きている。
矢が放たれてコンマ数秒、ヴィートさんとダンジオさんの姿がなくなっていた。
「いっくよー」
ルナが叫んだ。
次の瞬間、部屋の中に炎の壁が。カーテンと言っていも良いかも知れない炎は部屋を分断するように出現していた。
その炎に勇者が再び放っていた魔法があたり消滅する。
「ちょっと何で邪魔するの!!」
炎のカーテンの熱気と迫力に呆然としていると、勇者の声が聞こえてきた。
部屋の中では何が起きているか気になるが、炎のせいで俺の場所からは見えなくなってしまった。
「お嬢ちゃん、ちょっくら話をしようぜ」
ヴィートさんの声も聞こえてくる。部屋は広かったはずだ。なのにここまで響いてくるということは相当な声を出しているのか?
それに比べて魔王がいる方は静かだった。
俺たちは何も喋らずこの場で待つ。待つことしか出来ないというのが本音だが……。
待つこと5分くらいだろうか、「大丈夫だ!」と言うヴィートさんの声。
「こっちもだ!」
ダンジオさんの声も聞こえる。
「はーい」
ルナが返事を返すと、部屋に出現していた炎のカーテンは焼けた跡を残して消えた。
「入って来てくれ」
ダンジオさんがそう言うので俺たち一同は動きだす。部屋の中には平和そうに立っている魔王とダンジオさんと、不機嫌に立っている勇者とその横で笑顔であったヴィートさんの姿が。……俺の予想だとあの笑いは苦笑いだと思うが。
「で、どうすれば良いのよ!」
きつめの口調で勇者は言う。
近くで見るのは初めてだったけど勇者はやっぱり祐だった。2年ぶりくらいだろうか、成長しているとはいえ声のトーンや雰囲気は変わっていない。
それにしても、これだけ人がいて、ここまで言い張るとは我が妹ながら凄い度胸だ。まぁ力関係で言えばこの中で上位に入るもんな。……どうやって止められたかはわからないけど、この暴れん坊を短時間で止めたヴィートさんって凄いな。
「コウ坊が知ってるぞ、な?」
「えっ、……あ、はい」
俺は魔王と祐に見られた。いや、この場にいる全員が俺の方を向いていた。
俺の方を見ているにもかかわらずこの妹、俺が兄だと気づいていないのか。……ああ、そうか、俺も成長したってことか。んじゃちょっくら驚かせて――ん? それだと俺が、元々はこの世界の住人ではない事がバレでしまうのでは?
神さんには何も言われてないけれど、今まで一度も教えたことがないんだ。兄だとわかってないという事は好都合なのかもしれない。あとで2人っきりになった時に思い出話でもするか。
「えーっとですね、勇者には封印する魔法が使えるそうなんです。それを使えば魔王と呼ばれる元凶の能力を封印できるかも知れない、と、さっき天に上りかけた時に言われたのです」
これなら神のお告げが聞こえた的な感じに思えるだろう。
「……誰に?」
当然この質問が来るとは予想していた。
「神……様かな?」
「馬鹿じゃないの」
おどけた感じに答えると罵倒が飛んできたのだった。
「そもそも私、封印なんてやった事ないわよ」
……! そうか、適性がある人が選ばれるのであって、使ったこと有る無しは関係ないのか。
「前の勇者は封印魔法を主力としてたし、その剣に光と封印の力があるのかもよ?」
ルナが知的な説明をしてくださった。……知的ではないか。でも助かった、真実はちょっとちがうけど補足をありがとう。
「そ、そうかも知れないぞ」
「ふむ、貴様は早く帰りたいと言っていたな」
魔王が口を挟んだ。この人が喋るのを見るのは初めてかも知れないな。
「言っていたわよ」
敵意丸出しで祐は答えている。
「なら早く封印魔法をかけてくれ。そうすれば私も平和に暮らせる。もちろん全身は止めてくれよ、あれは辛い」
その言葉に同調するように四天王と呼ばれていた4人は頷く。
「ならその全身というのをやってあげようかしら」
にこやかな顔だが喜びは感じられない。目が笑っているように見えないからか。
「まぁ私を倒すというなら別だが、貴様如きなら返り討ちは無理でも持久戦で自滅を待つことくらいは出来るぞ」
この魔王、剣の副作用を知っているようだ。前の勇者に聞いたのかも知れないな。
「……こんぬぉ、言ってくれるわね! ならお望み通り戦いましょう。封印なんてやった事ないしそっちの方がわかりやすいわ!!」
「こらこら」
ポン、と魔王の頭が叩かれた。
「ふむ?」
「挑発するんじゃないよ、もう」
はっはっは、と笑う魔王にダンジオさんが呆れたように言っていた。
魔王はもっと難しい性格かと勝手に思い込んでいたが結構緩いのかもな。と認識を改める。
「ユウもこんな見え透いた挑発に乗らないでくださいよ」
エルシーさんがなだめに入る。
「そうよ! エルシーもエルシーよ、なんで寝返ったりするのよ!! 信頼していたのに」
矛先が変わったようだ。
「そ、それは言うきっかけがつかめず……申し訳ないとは思っていたんですよ、でも……」
「まぁまぁ、その辺にしといてくれや」
ヴィートさんが2人の間に割り込むように体を入れていた。
「エル坊も悪気があった訳じゃないんだ、それに相当1人で悩んでいたと思うぞ、そういう性格だからな。でも言えずにここまで来てしまったという所か」
ニヤニヤとしながら言うヴィートさんに、涙目気味のエルシーさんは文句を言っていたがヴィートさんは気にせず笑っていた。
何か良いな信頼しあえている感じがして。
「で、どうするんだ?」
話が逸れたからか、魔王が直々に軌道修正。
「ちょっと待ってくれ」
だが、また話は逸れそうだ。
発言したのは勇者パーティの1人だった。シンかミュラという名前だ。聞いていないからどっちかはわからないが。
「俺たちは魔王討伐の命を受けているんだ。それじゃ――」
「うるさいなぁ」
「――ウグッ!?」
イーロが喋ったと思うと、脇腹を思いっきり殴られてていた。
「シン!? キサマ、よくもぉぉぉ」
イーロは目線でリーゼに何かを言っている。うん、俺でもわかった。
「え? ええ? ……えいっ!」
戸惑っていたリーゼだが何かを決心したように、もう1人の、防具がなかった首元に細剣の柄の部分を振りかぶってからぶつける。
「ふぐッ!!?」
……どうやら最初に話した人の方がシンらしい。格闘家の方だ。剣士がミュラというのだな。今は2人仲良くおねむ中だが。
その2人にに怪我がないかを診ているハンナはやっぱり良い子だと思う。ミュラの方はちょっと心配になりそうな音がしていたが、ハンナが診ていることだし大丈夫だろう。
「で、どうするんだ」
魔王は今のを無かったかのように話し出す。
「ちょっ、今あいつらが――」
「大丈夫です! 怪我はないですよ」
ハンナが言葉を遮るように言った。
「そう、ハンナまで裏切るの……そうか、そこの冴えない男にそそのかされたのね。もういいわ」
冴えない男って……実の兄ですよ?
「ああ、もういいわ! やってやろうじゃない、封印すれば帰れるしね!!」
自棄になっているようだが、やってくれるようなので誰も口を挟まない。
「で! どうやるのよ!!」
「こ、こんな感じです。対象のものを抑え込む感じでやります」
エルシーさんがとっさに説明を始めた。そして実践まで。
両手のひらを上に向け数秒、そこには小さな角ばった半透明の青白いものが出現して、手のひらに落ちた。
「…………こう?」
今まで持っていた剣を鞘にしまい、祐はエルシーさんの見よう見真似で手を動かす。
そして手のひらの上には、エルシーさんのよりも色が濃い角ばった青白いものが空中に固定されて出現していた。
これって難しい魔法なんじゃなかったっけ? 才能って……。
横目で見えたのだが、リーゼも真似をしてやってみていたようだが失敗していた。
「サムナの場合、魔力の放出を防ぐように覆うわけで、それも体の内部にです。なのでこんな形に……――――」
今度はエルシーさんも何かを呟いていた。何を言っているかまでは聞き取れないが、口を動かしているのが見えたのだ。
「――こうです」
そう言って今度は丸いシャボン玉のようなものが出てくる。色合いはさっきのと同じだ。
「これはですね、弾力があるので体に負担をかけないと思います」
出現したシャボン玉のような封印をふにふにと摘まみながら、私はあまり上手くないので落ちてしまいますが、どこかに固定するのが封印魔法の本当の力なんですよ。今回は場所じゃなくて物に固定してほしいのですが。と付け足している。
「…………」
祐は黙って聞くと、次には手のひらにシャボン玉のような封印を出現させていた、無詠唱で。
いとも簡単に魔法を使う妹を見て、なんか誇らしくなったのは内緒だ。
「思ったんだけど、これを体のどの部分にやればいいの?」
魔王の体を見ながら祐は言う。
その言葉の返事は誰も口にしなかった。しかし目線は全員魔王の方へと向いていた。
「ん? 私もわからんぞ」
「……やっぱり一生出てこないように封印した方が良いと思うの、今ならそれが出来ると思う」
「な、なんか方法はないのか?」
少し焦ったように魔王は言う。よほど封印されるのは嫌なんだな、まぁ普通はそうか。
「心臓の辺りをくいっと封じちゃえばいいんじゃないか、主導権を握れそうだし」
ヴィートさんは軽くそんなことを言っていた。
「そりゃいいな」
便乗してかダンジオさんも笑う。
助けようと言っていたわりには軽い。命があるならどうなってもいいのだろうか。
「……ま、まぁやってみなくちゃわからんもんな、さぁやれ小娘」
「だ、誰が小娘ですって……やってやろうじゃない、どうなっても知らないからね」
わざわざそんな事を言うとは、さっきまで討伐してやろうという意気込みで戦っていた者のセリフじゃないような気がするぞ。
そんな事を考えていると、祐は両手を魔王にかざし目をつぶった。
「お、おい、見なくちゃわからんだろ」
不安そうな魔王の声を他所に祐は動かない。
「お、おい」
「大丈夫、黙ってて」
そう一言いわれ、素直に魔王は黙る。
沈黙が空間を制す。誰もが祐を見守っていた。
次第に圧迫感のようなものが俺を襲ってくる。その正体はすぐにわかったが、出処は祐だ。
魔力を溜めている状況だからか、体の外に漏れだしているのだろう。
……あれ? 祐って魔法とは無縁の俺と一緒の世界の住人だよな。何で魔力こんなに持ってるんだ? 勇者優待か! それとも召喚魔法かあの剣が関係してるのか? はたまた元から持っていたけど使う方法がなく、魔力の存在に気づかなかったとか?
思考してもわからないが、考えてしまうなこういう事は。
幾分が過ぎた時、祐は唐突に前のめりになった。
「おお!?」
慌てた様子で魔王は祐を抱きかかえる。
「ど、……どう?」
疲れ果てた様子で祐は聞いている。封印魔法を発動したのだろう。
「どうって……言われてもな」
あっ、つねったぞ。
「痛いっ!? いたいいたいいたいって!」
祐の気持ちはわからんでもないな、と内心で同情した。
「特に変化がないんだから、わかんないものはわかんないんだよ」
魔王は俺たちの方を振り返るが、俺は視線を合わせないように顔を横に背ける。すると、惚れの見える範囲の人全員が視線を逸らしていた。たまたまルナと目線が合いにっこりと笑い合う。
「り、リーダーたちはどうなんだ?」
「アグッ?」
その言葉に長身のゴブリンが反応した。
リーダーと言われ一瞬身をすくめたが俺の事ではないらしい。
「特に変化はありませんね。貴方様の力は微量ながらも徐々に溜まっていき、気づかぬうちにパワーアップしています。なので、すぐわかるものではないかと」
背の低い方のゴブリンが流暢な言葉で、魔王の言葉に返事をしていた。
「……えっ!? て、ことは、私、まだ、帰れない、の……?」
祐は切れ切れに発言し、一旦静かとなる部屋。
「……と、取り敢えず様子見だな、ここに泊まっていってもいいか?」
そんな中ヴィートさんが言葉を発する。
「今はちょっとした悲しいムードになっているからやめておいた方が良いと思うぞ」
「なんかあったの……ああ、そういう事か」
何かを理解したのだろう。俺には何の事だかわからないが。
「んじゃ、みんなで、宿に帰るぞー」
みんな、の部分を強調してヴィートさんは来た道を戻り始めた。
「ほら、サムナも行きますよ。ユウ、大丈夫ですか」
「うん、なんとか」
祐は魔王の手からエルシーさんの手へと移った。
「肩を貸しますからゆっくり行きましょうか」
祐とエルシーさんも戻り始める。その後を、「大丈夫ですか」とハンナが追って行く。
裏切り者と言っておいても本心は嫌っていないようだ。無理をして作った笑顔で大丈夫と言っている姿が見えた。
「ん? 私も行くのか」
そんな中、魔王が呟いた。
「おう、そうみたいだな」
「久しぶりだしいろいろはなそーよ」
ダンジオさんとルナが魔王の両サイドから背中を押し始めている。
「ちょ、押すなって、わかった行くから話す時間をくれ。これでもこの城の主なんだ」
自分でこれでもとか言っちゃってるよ魔王さん……。
「コウ、手伝ってくれ」
という声に俺は振り向く。
「起きそうにないからな、担いで行くぞ」
イーロは先程黙らした2人のうち1人を既に担いでいた。ええっと、シンの方だな。
「んじゃ俺は……」
「じゃあよろしく」
そう言いすたすたと歩いて行くイーロ。
「ちょっと待て」
という俺の声も無視して行ってしまった。
まじかよ、防具が重い方を置いていきやがって。
辺りを見ると魔王とダンジオさんとルナ、ゴブリン2体とリーゼと気絶している人しか残っていない。
ゴブリンたちは魔王に呼ばれ、ルナには先に帰ってていいよと言われた。
……担ぐしかないのか。
「わ、私もお手伝いします」
そうリーゼが申し出て来てくれたので、俺がおぶるから背中に乗せるためミュラの手を肩に回してもらうことにした。
担ぐにも防具が硬く痛いのだもの。おぶった方が痛みは少ないと考えたのだ。
「できました」
「ん、ありがと」
低姿勢でスタンバイしていた俺にリーゼはそう言ってくれたので、両ももを掴み持ち上げた。が、自分では持ちあげられたと思っていた。しかし、実際はリーゼが俺の右手を支えてくれていたのだ。
この事に気づいたのは俺の右手に温かい感触があったからだ。
「す、すみません。滑り落ちそうだったので」
謝ることないのにリーゼはそう言う。
俺は素直にお礼を言い、もう大丈夫、と伝える。
リーゼは返事をし、手を離した。
そして片足が滑り落ちていくのだった。
「…………やっぱり支えてもらっても?」
「はい!」
元気な返事が返ってきた。
帰り途中、なんか呆気なく終わったなぁと思いながら歩いていて、ふと頭によぎった事がある。
ミュラの防具外せばもっと楽に担げたじゃん、と。




