067
「よし、行くか」
ハンナが落ち着きを取り戻してから俺は言う。
「うん」
顔をこすってからハンナは答えていた。
部屋から出る前に、丁度進む方向に弾かれてしまっていた剣を俺は拾う。が、右手で取ろうとしたものの滑って一度落としてしまった。
落とした音に反応したのかハンナは俺の方を向いている。
心配かけまいと俺は左手で剣を再び拾い、そのまま左手で慣れないながらも慎重に剣を鞘へと収めた。
部屋を出ると上り坂の廊下が出迎えてくれた。上り坂といっても緩やかな坂だが結構な距離がある。一直線の道だったので奥の扉はすでに見えていた。
その道の途中に何かが2つほど転がってる。
「あっ、シンさん! ミュラさん!」
ハンナはいち早く誰だか気づいたようだ。俺はその名前は初めて聞いたが、それもそのはず2人とは勇者側にいた剣士と格闘家だったのだから。
廊下の奥の方で壁に寄り掛かって微動だにしない2人の所へハンナは走って向かう。
その後を追うように俺もついて行くが、この2人の事を全く知らないせいか感情は白状にも無関心だった。……というかどっちがシンでどっちがミュラって人なんだ?
「だ、大丈夫ですか!」
その声に反応はない。
ハンナは脈を測るためか1人ずつ手首を掴み数秒じっとしていた。
「よ、よかった~」
という声がハンナから漏れる。
ハンナがそう言うということは生きているという事なのだろう。何があったかはわからないが気絶しているのかな。
「ごめんなさい兄さん。進みましょう」
「あ、ああ」
2人が無事とわかったからか、ハンナは焦ったように先に進み始めた。2人をここに放置して。
ゴブリンたちがここを通ったら危ない気がするけど……いいか、こいつらも一応は勇者パーティのメンバーなんだから、自分たちで乗り越えるだろう。
そう考え、俺はハンナの後に続いた。
2人が気絶していた所辺りから聞こえていたが、廊下の先の扉に近づくほど戦闘音が大きくなっている気がする。
結構派手にドンパチやってるな……俺の入る隙はなさそうなんだが。
そう考えるもハンナがいる手前情けないことはしたくない。
扉の前に着き、俺とハンナは一呼吸。
「コウ兄さん、行くよ」
「いつでも良いぞ」
ハンナが扉を開いた。
「へ?」
「え?」
開かれた扉の先からは、光の大球が飛んできていた。
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「…………あれ?」
俺は地面に倒れていた。
あの球でやられたと思ったのだが……てかハンナはどこだ! …………というかここどこだ?
周りを見ると、俺はさっきいた城ではない所にいた。
この場所……見覚えがあるような気がする。
どこを見ても何もない場所だった。しかもなんか白いし。
まさかな。
そう思っているとどこからか、パチパチパチと拍手の音が。
「流石です幸さん」
そういう声が聞こえた。
「…………神さんか。……という事は、俺は死んだのか」
死んだら会えるとか言っていたような記憶もあるしな。
「何ですか、上さんとは! 私は幸さんの妻ではないんですよ!」
「……はい?」
沈黙が数秒。
「ううぅ、前に幸さんが私をからかったから仕返しをと思ったのに何ですかこの仕打ちは!」
いや、俺に言われましても。しかも、からかった事はないような気がするんだが……あっ、あれか髪とか紙とか言ってたことか? だから神さんも、かみ、という言葉で仕返しをしようと思ったのか? ……神様の考えることはわかんないな。あれは本当に戸惑って聞き返していた事なのに。
今だから慣れてきているが初めての人は絶対戸惑うぞ、こんなとこに呼び出されたら。そりゃあんな風になるってもんよ。
「ま、まあいいでしょう」
神さんはコホンと咳払いをして体勢を整え直していた。
「ここに呼びだしたのは何故だがわかりますか?」
「それはあれでしょう、俺は死んじゃったんですよね」
思い返せば良くここまで生きていたものだと思う。危ない事は色々あったが運が良かった。でも悲しいことは多かった。その人たちの分まで生きたかったがもうそれはかなわないのだろう。天国や地獄があるのなら俺はどちらに行くのだろうか? 殺生はしまくりだし地獄かな? まぁシュリカと会えればどちらでもいいか。
「勘違いをしていますよ幸さん。貴方はまだ生きています、虫の息ですが」
「……へ?」
「虫の息だからこそここに呼べたというのもありますが」
「でも、それじゃあこれから死に向かっているんだから変わらないじゃないか」
「いえいえ、幸さんが反射的かはわかりませんがハンナさんの襟首を掴み後ろに思いっきり引っ張ったじゃないですか」
確かにハンナを掴もうとはしたがそれ以降の記憶は俺にはなかった。これが記憶喪失ってやつか? ……なんか変な感じだな。というか、
「どうして知ってるんですか?」
「ふふふっ、神様ですもの。それでですね、結果を言いますとハンナさんは幸さんのおかげで無事です。よくあの威力の攻撃を抑えましたね」
……覚えてないッス。
「そのまま死に向かって行くはずの幸さんでしたが、ハンナさんの魔法で命を少し繋げ、ルナさんとエルシーさんが治療魔法をしてくれているおかげで体の怪我は治っていますからね」
神さんの言葉には1人知らない人の名前が紛れ込んでいた。
エルシーって誰だ?
「あっ、エルシーさんはエルちゃんやエル坊、エルっちと呼ばれていた方ですよ」
「……ソウナンデスカ」
何でそこまで知っているの? 自分の今までを全て見られていると思うと恐怖しかないのですが。
「ふっふっふっ、起こった事は何でも知っているのですよ」
そ、そんなこと自慢しないでください。自重してください。
「まぁ冗談です。本当は前に言った通り干渉する気はなかったんですけどね。これは私の気まぐれですよ、死にかけた、という所も良かったです」
「は、はぁ」
冗談が冗談に聞こえないのは何なのでしょうか? ……気にしても仕方なさそうだな。
「という事で助言をして差し上げます。……本当の事を言うと幸さんは死ぬはずだったのです」
ウィンクをしながら手を銃のようにして、俺に神さんは向けてくる。
「……それが助言ですか」
「いえ、助言はこれからです」
悪戯心でも働いていたのか、神さんはテヘッと舌を出しながらそう言った。
その姿を無言で見つめていると神様でも恥ずかしくなるのだろう、頬を少し赤らめてから再び咳払いをして話し始めたのだった。
「ま、まずどれから話しましょうか……幸さんに関係ある話とない話どちらからにします?」
そんなこと聞かれてもなぁ。
「全部の事を教えてくれるんです?」
「今の状況打破できるかも知れない事と幸さんの事についてだけですよ。これをした結果どうなるとかは教えません、神様でも未来は正確に読めませんからね。なので、助言なのです。こういう事になってるよ、隠された能力だよ。みたいな事ですかね、教える内容は」
それでも今の状況を平和的に解決できる方向に持っていけるなら大助かりだ。
「じゃあ魔王と勇者のしがらみをなくす方から教えてください」
「……わかりました、まずは勇者の事を話しますね。勇者はどこからか召喚された存在。召喚の過程で適性がある人が強制的に封印魔法を使えるようになります。そして勇者が持っている剣……見てもらった方が早いですかね」
そう言って神さんは両手を前に出し、片手の掌をもう片手の甲でクロスするように重ね、斜め下に持っていっていた。
神さんが何かを呟く。すると俺と神さんの間の地面に円状に映像が映ったのだ。
「ほおっ!」
俺が驚いていると、神さんは冷静に、「これは今の魔王城と呼ばれている場所での戦闘風景です」と言う。
映像は頭上からの映像だった。城内では光る球が飛び交い、高速で移動している影も見える。所々で剣が交差し火花が散り、消えを繰り返しているのだ。
この部屋の入口らしき場所には人が数人立っているのが見えたが誰が誰なのかまでは映像の画質が悪くわからなかった。
「見えますか? 勇者が、この娘が持っている剣を」
神さんはそう言うけれど、俺には早く移動されているせいで勇者の姿をとらえきれない。だが取り敢えず、「うん」と言っておくことにする。
「この剣は幸さんの剣の強化版みたいなものなのですよ」
そう言われ、俺は自分の腰に視線を落とすが今俺は剣を持っていなかった。鞘すら腰につけていない。武器や防具は全て消え去り簡易的な服を着ている俺自身しかここにはなかった。
「精神的なものをここに呼んでいますので、幸さんは今何もお持ちじゃないですよ」
クスクスと笑いながら神さんは言う。何かちょっとムッときたがここは俺が大人になろう。
「強化版というより凶悪版ですね」
神さんは話しを再開する。
「この剣はまず折れません。そして持ち主の時間、言い方を変えれば寿命ですね。寿命と引き換えにこのような突拍子もない力を持ち主に貸します。光魔法を扱える剣だというのに最悪ですよね、まぁこれを作った私たちも悪いのですがね」
俺は神さんの言葉に耳を傾けながらも映像を見ていた。
「……ん? 作った?」
「はい。私たちが昔、何となく作り、ダンジョンに隠し置きました。その時はこんな副作用はなかったんですよ。光魔法を使えるのとちょっとした能力アップだけでした」
俺は視線を神さんに向ける。
「何年かの月日が経ちこの剣は発見され、それから数十年と剣は人の手を渡っていきました。その過程で壊れないという事がわかったのでしょう。とある魔術師がこの剣を手に入れ、調べ、魔法をかけました。魔法は使用者の能力増加、私たちがかけた魔法と同じ魔法だったのです。成功したと思ったのでしょう、魔法使いはその剣を使い存分に暴れまわりました。この頃は種族間で仲が良い方が珍しい時期でした。魔術師はこの剣を使い、魔物を倒し、種族間の戦争で暴れたりと常に力を発動させていました。そしてある時パタンと倒れ、亡き者となりました。魔術師は自分では気がつかぬ間に老けて、寿命が亡くなったのです」
「という事は、魔法は失敗していた……?」
「いえ、魔法は成功していました、私たちの魔法と混ざり合う形で。なので副作用が出てしまいました。魔術師はこれには気がつかなかったのです。魔術師が表舞台から姿を消し、新たな男が魔術師の剣を握り、姿を現しました。その男もまた魔術師でした。男も剣を使い、活躍し名を種族に轟かせます。ですが、ある時男はこう言われました、お前老けたな難しいこと考えすぎじゃないか? と。数百年前、自分の顔を見る習慣のない時代です。男は取り敢えず水を張り自分の顔を覗き込むと髪の毛が白く染まっていたのです。常に剣を持っていた弊害でしょう、剣の能力増加の効果が、老け、衰えた体力をカバーしてしまい気づかせなかったのですよ。男は焦り剣を捨てこんなおぞましい剣を封印しようと研究を始めます。剣を拾う前から動きを封じる魔法などを研究していた男です、この分野に長けていたのでしょう。半年ほどかけて魔法を作り、剣にその魔法をかけました」
気づけば下に映っていた映像は消えていた。
「結果は失敗でした。男が確かめるために剣を使ってみると今まで通り使えたのです。そしてこの時に最悪の事件が起こりました。龍人族の大規模な進軍です。名を轟かせてしまっていた男に招集がかかりました。まだ封印ができていない剣を他の人に渡すわけにはいかない。そう考えた男は招集に応じ龍人族を倒し、紛れて攻めてきた種族も返り討ちにし人族が勝利しました。男は英雄となり、次の日みんなに称えられながら死にました、寿命で」
神さんは一呼吸を入れ、また話し始める。
「男の死後、身内がいなかったため唯一仲の良かった剣士の男に剣は渡されました。その剣士は、男の家を片付けている時この剣に関する資料を見つけるんです。そしてこの剣の力を知ります。しかし剣を使ってみるも剣士にはなんの影響もありませんでした。資料には失敗したと書いてあったが封印魔法は成功していたんだ。と剣士は解釈します。それからしばらくして剣士は女性と恋に落ち結婚します。その女性がこの剣を見つけ触り、おふざけで振りました。すると目にもとまらぬ速さで剣は動き、その速さに耐え切れず彼女の腕は折れてしまいました。……っとなんだか話が長くなってしまいましたね、すみません。昔を語ると長くなってしまうのが神の悩みですわ」
神さんは頬に手をあて微笑んでいる。照れ笑いだろうな。
「結果を言いますと、彼女は封印魔法の才能があったから剣が使えたんですよ。男の封印魔法はしっかりと機能していたのです。封印魔法の才能があったもの以外には。そうしてこう言われ始めます。この剣は英雄しか扱えない。と」
「……それで勇者なのか」
「はい。でも地上では使える条件はまだわかってませんから言いふらさないでくださいね」
「は、はい」
神さんの笑顔が怖かった。
「その言葉を信じておまけでもう1つ。今の勇者さんは祐さんなんですよ」
「……ユウさん?」
誰ですかそれは。俺はそんな名前の人こっちに来てから会っていないんだ……が……!
「まさか」
1つだけ思い当たる名前はあった。
「わかりましたね、そうです。幸さんの妹さん、追川祐さんなんですよ」
「なん……で?」
「私に聞かれても、召喚魔法で呼び出されたみたいですし管轄外なのです。あの魔法は剣を調べ中にできた副産物なので私たちでもどうしようもないんですよ」
あの祐がこっちに来ているって? しかも勇者で。やばいじゃないか寿命縮んでしまう! そうか! 剣のせいで成長が早まって俺はわからなかったのか。いつからだ? いつからこっちに来てどのくらい剣を握っていたのだ? まだ若いとは言われていたし――
「お、落ち着いてください幸さん。今ではあの剣の制御ができているので自分の意思で力の開放が出来ます。なので副作用はあまり受けていないと思いますよ」
「ほ、本当か!?」
「はい、嘘ついても意味ないですから」
「……そうか」
両手を頭に当てていることに俺は気づいた。気づかぬうちに手が動いていたようだ。それほど焦っていたんだな、俺は。
「地上では副作用は命だと教えているそうです。ほとんど間違いではありませんがね」
そんな情報まで教えてくれた。
「悲しそうな幸さんにもう1つ、封印魔法で魔王と呼ばれる人の力を封じちゃえば万事解決です」
神さんは子供をあやすように俺の頭にポンポンと手を置く。そして眩しいくらいの笑顔で笑いかけられた。その顔に俺は一瞬行動不能となる。当然、思考も停止していた。
「あっ、じ、じゃあそれを教えればこの問題は解決ですね。あの長い話は聞き損だったのかも」
仕返しとばかりに俺は話を掘り返す。
「それは謝ったじゃないですか」
もー、と口を膨らませて神さんは言う。その顔は、頭をなでられていたせいで近くにあった。どんな顔でもさまになる神さんの顔だ。俺は頬が少し熱くなる感じがした。
「ふふっ」
と笑い、神さんは俺との距離を少し取った。
こっちを向いた時、勝ち誇った顔をされたのが悔しいが言葉には出さない。
「あとは幸さんの事なんですけど、それはこの方に知らせてもらいましょう」
この方? てかここ他にも人を呼べるのか。
「今回のスペシャルゲストです! 本当はいけないんだけど呼んじゃいました、どうぞー」
神さんは指を振り、パチンと良い音を出した。
そして神様の前に不自然に煙が湧きだす。
ここから出てくるんだな。
そうわかっていても誰が来るのかはわからない。
心臓の脈が速くなっているのを鬱陶しく思いながらも待ち構える。
煙はだんだんと晴れて、その人の体格が影となり出現し始めた。
「…………あれ?」
その背恰好は見覚えがあった。いや、忘れるはずもなかった。
そんな事は……あるのか?
ここは常識外の場所だと俺は考えている。という事は……あり得るのか!
「しゅ、シュリカ、か……?」
緊張交じりの小さい声だった。
「コウ、くん」
だが、その声に反応したように煙の中のシルエットは言葉を発してくれる。
「シュリカ!」
その言葉を聞き、俺は煙が消える前に足を動かして前へ進んだ。
「会いたかった」
煙の中にいたシルエットに抱きつくと同時にそう言っていた。
俺が動いたからか、煙は流れて消えていく。
抱きついた後、顔を見るために俺はシュリカの両肩を掴みながら距離を取る。
離したらいなくなってしまう。そんな気がしたのだ。
「シュリカ……だよな? 本物だよな」
「ふふっ、コウくんったら抱きついてきてるのにそう聞いてくるんだ?」
笑いながら答えていた。その仕草は、声は、シュリカそのものだ。
「ぁぁ……」
かすれて声にもならない声を出し、俺はシュリカの胸に埋まる。
そんな俺を優しく包んでくれる。これだけで幸せだった。俺が落ち着くまでそうしてくれていた。
数分俺はシュリカに抱きついたままだった。満足はしていない。1日中でもそうしていたかったがそれはできないという事は理解している。
「もう、私の事なんて忘れていいって言ったのに」
俺が少し身じろいだのをきっかけに、シュリカは喋る。
そんな事できるわけがない。
言葉にはしなかったが内心でそう返事をした。
抱きついたままの俺の頭をなでながら、シュリカは微笑んでくれる。
「ほら、泣かないの」
頭をなでていた手を下ろし、シュリカは俺の肩を持ちそっと体を離した。そして、俺の目尻の溜まっていた涙は拭われた。
シュリカの顔は間近にある。もう見れないと思っていたのにだ。その事を思うと再び目頭が熱くなる。
「ごめんね、私のせいで」
唐突にそう言われた。
俺は一瞬何の事かわからなかった。いや、今も本当はわかっていない。
でも俺は首を横に振る。
「……ありがと」
俺の行動にそう言葉が返ってきた。
「でも、私コウくんを護れなかったの」
悲しそうな顔でシュリカは言う。
「右手の調子が悪いでしょ」
シュリカは俺の右手を取り、甲を優しくなでてくれる。
「私、コウくんを護るために体を張ったんだ。でもね、神様に聞いたんだけど、あの時コウくんが怪我をしてたよね、その時の攻撃に毒があったらしいの」
会話がまとまっていないように感じた。
「微弱の毒がコウくんの体に入っちゃったんだ……」
その言葉を聞き合点がいくのと同時に、思い出したくもないあの時の事が頭によぎった。
シュリカの去り際に、怪我をしていると教えてもらったあの怪我だろう。
最近の握力低下はそういう事だったのか。
「放っておくと全身に回っちゃうんだって、だから解毒してもらって。神様が言うにはハンナちゃんが治癒の勉強もしているから良いかもしれないって言ってたよ。私は何もできないけど……ごめんね」
「ううん、シュリカのせいじゃないよ。あれは俺の力不足で受けた怪我だ。シュリカはちゃんと俺を護ってくれたよ」
右手をさすってくれている手の上に俺は左手を乗せ、シュリカの手を握った。
「……ありがとう」
そう答えたシュリカの表情は穏やかだ。
「そろそろ時間ですね」
丁度その時、俺とシュリカの空間に他者の声が。
「…………」
「そんなことされてもどうしようもありませんよ。幸さんが起きる時間なんですから」
無言の圧力を送るが神さんには効かなかったようだ。
「……お礼は言わせてもらいます。ありがとうございました、シュリカとまで会せていただいて」
「いえ、これは彼女の意思もありましたから」
神さんはそう答える。
俺は今もシュリカの手を握ったままだ。
「では幸さんそろそろお別れです。今度こそ、死んだら会いましょう」
神さんの言葉に突っ込みは入れず、真剣に質問しようと口を開いた。
「1つ、良いですか?」
「ん? 何ですか」
「シュリカはこれからどうなるのですか」
「彼女は魂となり還ります。まぁ今も魂の状態なのですけどね」
「それからは?」
「再び生まれ変わりますよ、輪廻転生です。記憶は全て浄化されどこかの世界の、何かに生まれ変わるんです」
「……そうですか」
「で、でもコウくんが覚えている限り私は生き続けているからね」
シュリカが言葉を挟んできた。俺の握っている手を強く握り返して。
「……良かったらさ、俺の所に来てくれよ」
少し考えて俺は言った。
もし子供ができた時の話だ。神さんはどこかの世界と言っていた。この世界ではなく俺が前にいた世界かも知れない。他にも世界はあるのかも知れない。何分の何の確率になるかはわからない。凄い低い確率なのは確かだ。でも言っておくのは無料だ。
「うん、……行きたいな」
シュリカはそっと答える。
俺はシュリカから手を離し再び抱きついた。今度はそっと、シュリカの頭を俺の胸に埋めさせるようにだ。
「あっ」
という小さな声が聞こえてきた。
それを気にせず数十秒、シュリカの吐息、体温、感触を再確認し、自ら離れた。
「んじゃ、行ってくるわ」
「ぁ…………うん、行ってらっしゃい」
赤みがかった鼻をすすりながらシュリカは笑顔で言う。
「では、今度こそお別れですね」
「……はい、ありがとうございました」
「そうそう、最後に1つ」
なんだろう。疑問符を俺は頭に浮かべた。
「私の名前忘れてますね」
神さんの笑顔は怖かった。
二度目の恐怖な笑顔から目を背け、視線をシュリカに向ける。そこにはまだ微笑んでいてくれているシュリカの姿が。
じゃあまた。
そう言葉を発そうとした時、俺の意識は闇に落ちた。
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「…………ひっ、ひっく」
「よく我慢しましたね」
全てが白に染まっている世界。そこに残っている2人のうち1人が崩れながら嗚咽を漏らしていた。
「ぅうう……うわああぁぁぁぁぁ――――」
近づいた神様に飛び込むと子供のように泣きじゃくる。我慢していたものを全て吐きだす勢いだ。
神様はそんな彼女を受け止め、あやしている。慈愛に満ちた表徴で。
会話は何もなかった。彼女が落ち着くまで神様は待つのだった。
彼女がここに来たのは、ダンジョンでやられてすぐの事。コウの仲間という事だけで呼び出されたのだ。
そしてコウの事をどう思っているか、ここからからでは見れない素顔や、見ていなかった時のことを聞いていた。
神といえどもずっと見ているわけではない。やらなくてはいけない仕事もあるのだ。
コウの観察は、いわばこの神の趣味の部類に入る。神様たちは暇つぶしとばかりに人を、了承を得て、後腐れなくしてから攫ってたまーに観察するという事をしていたのだ。声は聞こえず、映像だけであるが。その1人がコウであった。
自分で連れてきた人の状況は気になるものだ。悪に染まっていないか。楽しんで生活しているか。この世界で成功してくれれば他の神にも自慢できる。この逆もまた然りだが。
彼女の話を聞いているうちに神は情が移ってしまったのだ。
我が子が可愛いというように連れてきたコウが好きだと言った彼女に。そこで神は条件もあるがと提案した、「1回だけなら会わせてあげてもいい」と。条件はいつになるかはわからないため転生が遅れてしまう事と、あることをコウに話す事、コウが来るまでこの神様の話し相手になる事の3つだった。
彼女はその条件を呑んだ。
神様との会話の中で、コウは異世界の住人だったなど知らなかった過去がわかり彼女は嬉しかった。早くお話をしたい、そう考え始めていた。
――だが、彼とはまだ会えない。
彼女は待ち切れず聞いてしまった。どうすれば彼は、コウはここに来れるのかと。
神様は苦い顔をしながらも答えてくれた。ここに来るためには生と死の瀬戸際、それも死に近づいた時のみだそうだ。そう聞かされたときは一生会わなくても良いとも彼女は考えた。それとは別に会いたいという欲求にも駆られた。
神様からコウの話を聞くたびにその2つの事が彼女の中で暴れ出す。
これ以上彼女にコウの話は酷だと思ったのだろう。何時しか神様はコウの事は話さなくなり、世界で起こっていることを話し始めた。
そんなある時、出かけていた神様がいきなり帰ってきて彼女に言ったのだ、「幸さんがここに来るかも知れない」と。
突然の事で彼女は驚くが時間は待ってくれない。
驚かしましょう。という神の言葉で彼女の姿はコウには視認不可能に。
そしてコウがここにやって来たのだ。
話したい事は一杯ある。謝りたい事も。
でもコウを見た瞬間、彼女の頭からはそれらがすべて消えていた。
本物だ、動いている、彼が、私の目の前で。
彼女はそう思うと泣きだしそうになるが、奥歯を噛みしめそれを堪える。彼女は泣いてお別れはしたくなかった。人は最後に見た顔を覚えている。そう聞いたことがあったからだ。だから笑顔でお別れしたかったのだ。
神様と仲良さそうに話す彼を見て、彼女の顔には笑顔が戻った。
その瞬間、彼女は彼と対面する。
仲良さそうに話していたのは見ていたが、会話までは聞いていなかった彼女は驚いた。煙のおかげでまだ顔は見えていない。さっと顔を手で拭い、シュリカはコウに会ったのだ。この時、話す事がコウの毒の事しか頭の中には戻って来ていなかった。
「すみません」
「落ち着きましたか?」
「……はい」
ひとしきり泣き終えたシュリカは赤い顔を神様に向けていた。
「……これで契約は終了です」
「……はい」
「楽しかったですよ、シュリカさんと居れて」
「……はい」
ぐびっ、ずびっ、と鼻のすする音の後にシュリカは深くお辞儀をした。
「本当に……ありがとうございました」
「そこまでしてもら…………はい」
神様は言おうと思った言葉を途中で止め、お礼の言葉を待っ正面から受け取る。
「本当に、ほんとうに……」
「も、もういいから顔を上げてください」
いつまで経ってもお辞儀をした姿勢から戻らないシュリカの肩に手を置き、神様は照れた様子で言っていた。
「……本当に好きなんですね」
「はい」
返事は早い。
「転生って記憶を消すんですけどね」
いきなりの話で首を少し傾げていたシュリカだが黙って話を聞く。
「記憶を消すのにかかる時間は個人差があるんですよ」
「…………!」
何かを閃いたのかシュリカの目は見開かれる。
「長いような短い時間でしたが楽しかったです。私からもお礼を言わせてください」
「い、いえ神様からお礼なんて。私の方が良くしてもらいましたから」
「……そうですか? では最期は幸さんのように笑顔でお別れしましょうか」
そういう神様の言葉の途中からシュリカの体は光り始めた。
「はい!」
光は粒子を生み、上へとあがって行く。
「では、」
シュリカの体を分解しているのか手足の先から体が消え始めている。
「「また会いましょう」」
本当に会うことがあるかはわからない2人は、同時に笑顔で言い、片方は粒子となり舞い上がってしまった。
「……久方ぶりの1人は辛そうですね」
そう独り言ちる神は両手を上にあげ、体を伸ばす。
「問い合ってみるかな、可愛い子たちのために」
神様はこの場から姿を消したのだった。




