036
※途中日本語ではない所がありますが、読まなくても内容はわかると思うのでめんどくさいと思った方は読み飛ばしちゃってください。
日付は飛んで12月18日の今日。
現在地は、西のウェース大陸から北のノス大陸に入ったところら辺だ。関所みたいのはなく、俺には正確な場所まではわからないがルナが、「ここら辺で大陸変わるよー」と言っていたからそうなのだろう。
俺たちは今、街道を歩いていた。ここから3日ぐらい歩いて中央のミーア大陸に行けるとルナは言ってたっけな。
この道の両側が森になっている。
季節も変わり、風景は緑から赤や黄色に変わっているおかげで紅葉狩りが出来るじゃないか。そんな事をぼんやり考えながら俺は歩いていた。
最近は寒さも増してきていた。今までのローブじゃあこれからの冬は乗り越えられないと感じるほどだ。イーガルの方は冬も乗りきれたのにな……あっ、厚着していたもんな。防具なんて着てなかったし。
ラウルさんに送ってもらい村から町に着いた俺たちは、次の場所へと行くためにギルドで馬車の予定を聞いた。ラウルさんは俺たちの向かう方向とは違う場所の配達を、到着したギルドで頼まれていたためここで別れたのだ。
ギルドで聞くと、2日後に目的地に行く馬車が出るということで、その町に滞在して2日後に出発したのだった。
次の町に着いてからまた馬車を探したが上手い具合になく、歩いて移動した。そんなことを繰り返していたら約3ヶ月経っていたのだ。
「……次の町でコートを買おうと思うんだ」
「あたしはこれがあるから大丈夫っ」
冷たい風に耐えかねて俺が言うと、ルナはボックスから出したらしいルナの髪色に近い藍色のマントのような、ポンチョにも見える物を羽織った。フードも付いているらしくそれもかぶっている。
「あっ、かわいいっ」
後ろからシュリカの声が聞こえた。フードもかぶったルナは、体のほとんどがポンチョで覆われ、膝の下しか服が見えなくなったのだ。……まるで藍色のてるてる坊主……。耳がフードの下からぴょこっと上がっているのは何か良いな……。
「わぁ~、温かそうですね」
「あったかいよ! 良い毛皮使ってるんだもん」
「さわってもいい?」
「私もさわってみたいです!」
「いいよ~」
「ほんとだ! なにこれ、ふさふさすべすべっ!」
「気持ち良い感触ですね」
「えへんっ。昔、知り合いに作ってもらったんだ。コウちゃんもさわってみる?」」
「……えっ、あっ、ああ」
あれ、今俺は何を考えていた? ……いや、今は何も考えていなかったな。
ルナのポンチョにふれようと俺は一歩前に歩いた。――瞬間、視界が揺らぐ。
あ……れ?
そのまま視界は波を打つように揺れ、そして真っ暗となった。
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……コウ様……。
私は昨日からコウ様の横で看病をしている。シュリカ様も一緒だ。
「調子はどうですか?」
ガチャッという音が聞こえ、次に男性にしては高めの声が部屋に入ってきた。
「あっ、はい。変わりません」
ドアの方を振り向くと、ルナ様と男の人が部屋に入って来ていた。
この人はガヴリ様だ。あの時、コウ様が倒れてしまった時、助けてくれたのだ。
「こ、コウ様!?」
「コウちゃん!!」
「コウさん!!?」
コウ様が突然倒れた。
「こ、コウ様! 大丈夫ですか!? コウ様っ!」
「リーゼちゃん! 揺すっちゃダメっ」
「で、でも」
「うっ……うぅ…………」
コウ様は唸り声を微かに上げただけで、目覚める様子はない。
「どうして倒れたかわかんないんだから、むやみに人を揺すったらダメだよ」
ルナ様はそう言ってコウ様の体に触れている。
「る、ルナちゃんならコウさんを治せるんじゃ……」
私もルナ様ならと思ったが、ルナ様はコウ様の体を触るなり首を横に振っていた。
「怪我なら治せるけど……これはは無理だよ……。病気を治せる治癒魔法はあたしは使えないもん」
ヒーリング……。どこかで聞いたような……。確か本で…………。
う~ん、と小さく唸りながら、私は昔の記憶を無理やり引っ張り出した。
えっと……『――治療魔法、怪我を治す魔法だ。回復魔法とも呼ばれる。しかし、回復魔法にはもう1つの意味がある。それが治癒魔法、ヒーリングだ。この2つを総称して回復魔法と呼んでいた。そう、昔は。今では回復魔法=治療魔法になってしまっている。この理由は簡単だ。治癒魔法を使える人が極端に少ないからだ。エルフはこの魔法を得意としていると聞くが私は会った事がないので何とも言えない。私自身、この魔法を使うことはできないし、見たこともない。しかし、治癒魔法はある。そう私は考える。この魔法の事をもう少し早く知れていたらと思ったが遅かった。いずれ使えるようになろうと日々精進しているが、老いぼれの私では寿命の方が先だろう。この魔法が忘れられないようにここに書き残した。未だ見ぬ――』……だったっけ? 曖昧な記憶だけど、私が見た本はこんな内容だったはず。まだ続きもあった気がするがもう内容は思い出せなかった。
この本はボロボロだった気がする。誰かの日記のようだった気もする。誰のかはわからないがお城の書庫にあったのは覚えている。その時、私は魔法が使えると知った頃で色々試していたのだ。もちろんこの魔法も試した。結果は使えなかったのだけど。
「ひ、ヒーリング……?」
「うん。回復魔法の一種なんだけどね」
治療魔法が効かなかったためか、ルナ様はコウ様のこの症状を何らかの病気だと判断したようだ。
「病気の治療ができる魔法ですよね」
「ふぇ!? リーゼちゃん知ってるの!?」
ルナ様は驚いて私の方を向いた。
「昔、お城の書庫で少し目を通したんです。それにさっきルナ様がおっしゃってたではないですか」
「な、なるほど。この魔法を知っている人は私たち以外はもういないと思ってたのになぁ」
嬉しそうな表情でルナ様は続ける。
「変身魔法。本当は獣化の魔法って言うんだけど、この魔法と同じで古い魔法なんだよ。獣化魔法は使い勝手の悪さで廃れていったけど、治癒魔法は難しすぎて誰でも扱いこなせる魔法じゃなかったの。魔力を器用に、緻密に操れる人しか使えなかったから廃れていっちゃったんだと思う。今じゃ滅多に聞かない魔法の1つだね」
とルナ様は羽織っていた藍色のマントをコウ様に掛けながら教えてくれた。
「それよりもコウちゃんをどうにかしないと。あたし病気とか詳しくないし」
ルナ様は表情を変えてコウ様を見ていた。
「私も病気は詳しくない……」
「わ、私もです」
「次の町はウェース大陸とミーア大陸の丁度真ん中ら辺にあるから1日はかかっちゃうよ! どうしよう、みんなで担いで行く?」
「そ、それしかなさそうですね」
「で、でも、コウさんを私たちで支えながらだと、魔物と遭遇したとき危険じゃ……?」
「あたしが魔法で守る。……うん、みんなを守るから大丈夫!」
「ルナ様だけで戦うのは危険です! 私が盾になりますっ」
「それじゃあ運ぶ人がシュリカちゃんだけになっちゃうじゃん! 今はどうすればコウちゃんを早く運べるか考えないと! 病人なんだよっ!」
「でもルナ様の身が危険になるじゃないですかっ!」
こんな時コウ様なら……。
そう考えても私の中で答えは出なかった。
そして私は口走ってしまう。
「コウ様が治った時、私たちの誰かがいなかったりしたら――」
ハッと自分の口をふさいだ。
「……す、すみません」
私はシュリカ様に向かって頭を下げた。2人の友人を亡くしている人がいる前で、私は何という事を言ってしまったのだろう。
「大丈夫だよリーゼちゃん。そんなことは考えちゃダメだけどね」
と優しく注意をされる。
「すみません……」
「気にしないで、1つ思い出話ができたからさ」
「……はい」
前に私の事をお姉ちゃんみたいと言っていたが、シュリカ様の方がよっぽどお姉さんだと思う。私だったら腹に立ってしまっているかもしれないのに。
「ルナちゃんも、無茶はダメだよ」
「うぅ……うん。ごめんなさい」
ルナ様も素直に謝っていた。
「私じゃなくて、リーゼちゃんにも謝るの」
「……リーゼちゃん、ごめんね」
「わ、私の方こそすみませんでした。頭が熱くなっていたみたいで」
「うん。2人とも喧嘩はダメだよ。2人ともが心配し合って喧嘩なんて本末転倒なんだから」
「「はぃ」」
「よろしい。それでね、私考えたんだけど、リーゼちゃんと私でコウさんを運ぶからルナちゃんは、周囲の警戒をお願いしてもいい?」
「そ、それだと最初と一緒じゃないですか!」
「リーゼちゃん落ち着いて」
「はっ、はい、すみません」
「コウさんの事を心配しているのはみんな同じなんだから」
「すみません……」
「うん、続けるね。それで、もし魔物と遭遇しちゃったらコウさんをその場に置いて、リーゼちゃんがコウさんに魔物を近づけないように守ってほしいの」
「えっ?」
「私はルナちゃんと一緒に魔物を倒すから。なるべくそっちに行かせないようにするから」
「……わ、わかりました」
シュリカ様がリーダーシップを発揮して、指揮をしてくれたおかげで方向性が決まった。
でも私、やっぱり何もできていない。それどころか怒られちゃうし……。
「ルナちゃん案内お願い」
「任せてっ!」
「じぁあリーゼちゃん、コウさんを持つよ」
「は、はい」
ルナ様のマントに包まっているコウ様をシュリカ様と一緒に持ちあげ、ゆっくりと少しずつ前へと進んで行く……はずだった。
「何でこんなに魔物が!?」
「わかんないよっ。あっ! リーゼちゃん1体そっち行っちゃった!!」
「リーゼちゃんその魔物はお願い! 私は他の奴をやるから!」
「はいっ」
道を進んでいたら、片方の森から魔物が現れたのだ。しかも群れで。
魔物の名前は知っていた。ホワイトラビッツ。実物は初めて見るが、2つの細長い耳が特徴的な全身が白い魔物。全長は100センチ程で、すばしっこいのだ。
私はコウ様の近くで、ルナ様の魔法とシュリカ様の矢を避けてくるホワイトラビッツと戦っていた。すばしっこいといっても至近距離の肉体戦でなら私の方が有利だ。ルナ様とシュリカ様は攻撃をあてるのに苦戦しているが、私は突撃してくる奴を盾で受け止め斬り裂く。こうやってすでに3体は倒していた。
素早く動くため狙いがつけにくく、遠距離の攻撃は不利だったのだ。
それでもルナ様とシュリカ様に次々に倒されていくホワイトラビッツ。気づけば残りは2体となっていた。
「キーキー」
「キーキーキッ」
小さい声で、初めて声を発したホワイトラビッツの2体は会話でもしたのか、そのまま森へと消えていく。
「お、終わった?」
「つ、疲れたー」
「お、お疲れ様ですっ」
「……取り敢えず助かったんだよね」
「そうみたいだね。コウちゃんは大丈夫?」
「はい、しっかり守りま――」
「――だれっ!!」
私の言葉の途中でルナ様が森の方、ホワイトラビッツが逃げたのと逆側の森を向き、叫んだ。
「ぼ、僕です! 僕……ってわかりませんよね。失礼……コホン、戦闘音が聞こえたので来た、通りすがりの獣人です。大丈夫だったかい?」
言い直した獣人様は垂れ耳の持ち主だった。
こうしてガヴリ様と出会ったのだ。ガヴリ様は近くに私の村があるので良かったら、と案内してくれた。この村は街道を外れた森の中にあるらしく、近所の村、町の人しか正確な場所はわかっていないようだ。地図にも一応は載っているらしいが、何もないこんな森の中に来る人なんてほぼいないと言っていた。
「先生が言うには風邪でしたよね」
「はい。でもコウ様の風邪は一般的なものではなく、魔力にあてられた風邪らしいです」
これはルナ様に教えてもらった情報だ。
人や種族によっても違うが、人族では大体5歳から15歳の間にかかると言われている病気だ。特徴は発熱。とにかく熱が出るのだ。理由は、日常で周りから受けた魔力を受け流せず溜め込むことにあるようなのだ。無自覚のうちに人は他人の魔力を吸収しているらしい。でも、昔私もこの病気にはかかったことがあるけど、ここまで辛くはなかったと思う。ユリーナには寝ていなさいと言われていたが、動こうと思えば動けた記憶がある。
「そうですか。コウさん……でしたよね」
「は、はい」
シュリカ様がガヴリ様の言葉に肯定した。
「冒険者さんということは伺っていますから、成人はしてるのですよね。……珍しいですねこの歳まで発病しないのは」
「?」
首を傾げたシュリカ様に私は説明をする。
「普通に暮らしているならほとんどの方は、成人までにこの病気にはかかって抗体……ですか? があるんですよ」
「そう、リーゼさんの言う通りです。抗体ではなく体が周りに漂う魔力を受け流すのが上手になってかからなくなるらしいのですけどね」
「……ふーん、私もなってたのかな……」
「人によって違うらしいので、普通の熱だと思って過ぎる事が多いそうです。コウさんは珍しく今までかからなかったと思っていればいいと思いますよ。でも、この病気は歳を取るほど症状が辛くなるらしいですから……」
「……う、うぅ~ん……」
コウ様の唸り声が聞こえてくる。
「明日には先生がお薬を持って来てくれますので、皆さんもうちでくつろいでいてください。娘にはこの部屋に近づかないように言っておきますので」
ガヴリ様は水の入った桶を置いて部屋から出て行った。
ここはガヴリ様の家なのだ。使っていない部屋があるから取り敢えずうちに来なさい、と半ば強引に連れて来られたのだ。最初は怪しいと疑っていたが、家族と接する様子を見てこの人は良い人なのかもと見る目が変わった。
ガヴリ様は奥様と娘様の3人家族。来年には4人家族になっているかもと、ガヴリ様は言っていた。奥様を見たときおなかが出ているのはどうしてだろうと思ったが、きっとあの中に1人いるのだろう。
敷いてもらった布団の上で、時折唸りながら寝ているコウ様の額に置いてあるタオルを、ガヴリ様が持って来てくださった桶で冷たくし、絞ってから再び額に置きなおした。
「ううぅ……すぅー」
「大丈夫ですよ。私がずっとそばにいますから……」
タオル置いた手を少しずらし、そっとコウ様の髪をそっとなでる。奴隷にあるまじき行為だと思ったがコウ様に安心してほしいと思い、この行動にでた。
シュリカ様は何も言わず、コウ様がここに運ばれてきてからずっと手を握っていた。
「あたし、出てくるねー」
「っ!? は、はい」
「……わかった」
いきなりルナ様が大きい声を出すものだから、ビクッとしてしまったわ。恥ずかしい。
ルナ様はコウ様の様子を見に来ただけらしく、また部屋から出て行ってしまった。
ルナ様が出て行くのは無理もない。この村は獣人しか住んでいない村だったのだから。この事を道中ガヴリ様に聞いた時、ルナ様がぼそっと、「村かぁ、懐かしいなぁ……」と言っていたのを、私は聞き逃さなかった。この村かはわからないが、ルナ様もどこかの獣人の村出身なのだろうと思い至ったのだ。
私とシュリカ様がこの部屋から出ないのは、コウ様が心配なのともう1つ理由があるのですけどね……。
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………………バッ
わ、私寝ちゃってた……?
頭を勢いよく上げて、手で口をひと擦りすると湿った感触があった。
……よだれまで垂らしちゃってる……。
シュリカ様の方を見ると、シュリカ様もコウ様の寝ている布団に頭をつけ、握っている手は離すことなく寝てしまっていた。コウ様もまだ寝たままだ。唸り声はないが、眉間に少ししわが寄っているような気がする。
……まだ辛いのですね。私が代わってあげられたら……。
こんな事を考えてもコウ様の病気は良くならない。そんな事はわかっている。
私は、ボックスからローブを取り出し、何もないよりはマシだと思い、シュリカ様に掛けた。それからコウ様の額に置いてあるタオルを取り、コウ様の顔を流れている汗を拭いて、ぬるくなってしまっている桶に入った水で濯ぎ、絞ってから再びコウ様の額に乗っけた。
「ご飯だよーっ」
「ひぃゃっ」
バンっと開けられたドアの向こうからルナ様の声が響いた。
「び、びっくりするじゃないですか!」
「ううんっ……」
「う、うぅ……」
似たような声を出しながらコウ様とシュリカ様が目を開けた。
「あっ、すすすみませんっ。起こしてしまって」
「……私は、大丈夫だよ」
「ああ……おれも……だ、しゅぶ、……ゴホゴホっ、だ」
「こ、コウ様、水です」
私は乾燥している声のコウ様に、とっさに生活魔法で少量の水を、自分の重ねた両手の掌の上に出して、そっとコウ様の口元に近づけた。
「すみません、コップがなかったもので」
コウ様の口元に指先を近づけると、コウ様は口を開いてくださる。私はこぼさないように、ゆっくりとコウ様の口に水を流し込んだ。……少しこぼれて、コウ様の顎や首元を濡らしてしまうミスを起こしながら。
「す、すみませんっ」
私はすぐさま拭こうとしたが、手元に拭くものがなかった。
「大丈夫、水ありがとな」
狼狽えていた私をなだめてから、自分の服の袖で顎に付いた水滴を拭き取ったコウ様は、喉は潤ったと思うがまだかすれた声まま続ける。
「……ここはどこだ?」
説明しようとちらっとルナ様とシュリカ様を見たら、ルナ様の姿はなくシュリカ様は微かに震えながら目に水を溜めているのがわかった。
「しゅ、シュリカ様?」
私はその事に気を取られ、コウ様への説明を後回しにしてしまう。
「……かった……本当に良かった……」
「あー……っと、ごめんな?」
シュリカ様は何も言わず首を左右に振っていた。
そこで、開いたままのドアの向こうからドタドタと言う音が聞こえてくる。
「コウちゃんが起きたんだよ! ほらっ」
ルナ様はガヴリ様の腕を引っ張って来ていた。
「わかりましたって。そんな引っ張らなくとも行きますよ」
そんな声と共に、ガヴリ様も部屋から見える位置に姿を現す。
「……なんかルナがすみません……」
「いや、コウさんが謝ることじゃないですよ。ルナさんも貴方に目を覚ましてもらえて嬉しいんですしね」
「……ここはあなたの?」
説明する前にコウ様は自分で答えを出していた。
「はい。私が帰る途中に出会いまして」
「そうですか……すみません、ありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。あっ僕はガヴリと言います」
ガヴリ様はぺこっと軽く頭を下げていた。
「はは、……ありがとうございます。おっ、僕はコウと言います」
「はい。コウさん、食欲は?」
「…………あんまりないですね」
「そうですか。でも、少しは何か入れないと駄目ですよ。あとで家内に頼んで何か作ってもらいますから、そこでゆっくりしていてください」
「……すみません」
「いえいえ、……あっ、こらソイリ! Kitilyadamedaltuteiltutadesilyo?」
ソイリと呼ばれた、ルナ様の顔1つ分程低い身長の女の子がガヴリ様の娘様である。
ひょこっと廊下側からこちら側へと顔を出したソイリ様は、ガヴリ様から隠れるように部屋の中に入りルナ様の後ろに逃げた。
「あはははっ」
笑いながらルナ様は彼女の頭をなでていた。
「……自分なら大丈夫ですよ?」
コウ様はガヴリ様に向けて言ったのだろう。しかし、私は内心でとてつもない驚きを得た。
コウ様、獣人語がわかってらっしゃる……?
この部屋からシュリカ様と私が出ない理由のもう1つ。それが言葉の壁だったのだ。今コウ様が発した言葉は私にも理解出来た。しかし、ガヴリ様か話した言葉は、私は途中から理解ができなかったのだ。
「そうですか、コウさんが言うなら良いのですが……。ソイリ、コウsannnimeiwakukaketilyadamedakarane!」
「unn!」
「あっ、そうだった。ご飯が出来ましたので取り敢えず皆さん下にどうぞ。コウさんはすみませんが……」
「……お、自分の事は気にしないでいいですよ。ほら3人とも行っておいで」
「……はい」
「うん」
「gohann、ごはんー」
「……gohann……、ごは、ん……?」
「altuteruyo」
「「ごはん~、ごはん~」」
ルナ様とソイリ様が楽しそうに、ご飯と反復しているのを見てコウ様は優しい表情をしていた。
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ご飯の後、簡単な柔らかい食事を作ってくださったので、コウ様にゆっくりと食べてもらっていた。昨日はお布団が足りなく、昨日は3人で1つの布団を使いくっつきながら寝ていたのだが、ガヴリ様と奥様、エディタ様がわざわざご近所様から借りて来てくださっていた。
コウ様が食べ終わってからお布団を、コウ様の寝ている部屋に3組敷いて眠りについたのだった。
次の日
疲れていたからか早く眠りに落ちた私は、目を覚まして辺りを見ると、コウ様はもちろん、ルナ様とシュリカ様もまだ寝ていた。
時間を確認すると9時21分だ。泊めていただいてるのだから家事のお手伝いなどもしたいけど、言葉が通じないし……ガヴリ様はいらっしゃるかしら? 簡単な会話だけでも教えてもらえれば私でも……。
そう考えた私は、コウ様たちを起こさないように、そっと自分が寝ていた布団を畳んで部屋を出た。
私たちに貸していただいている部屋は二階にあり、リビングは一階だ。私は階段を降りて昨日ご飯を頂いた部屋へと向かう。
「お、おはようございます……」
リビングにはエディタ様とソイリ様しかおらず、ガヴリ様の姿はなかった。無言で入るのも変な人と思われると思った私は、取り敢えず挨拶をしてみたのだ、ビクビクしながら。
「a~、おはよう」
「おhayおう」
「ソイリ、tigauwa。おはよう、yo」
「お、は、よ、う?」
私の予想とは裏腹に、自分が知っている言葉が返って来てホッとしていた。
「souyo」
エディタ様はソイリ様に頷いていた。
名前を呼んでいるのはわかったのだが、他のところはやっぱりわからない。
「おはよう!」
突然私の方を向いたと思ったら、ソイリ様は私に向かって言い直してくれたのだ。
「お、おはようございます」
驚きながらも私はもう一度挨拶をする。
「eheheltu」
ソイリ様は可愛らしい笑顔を見せてくれた。
そんなに考えなくても良かったのかも知れない。
「ごめんなさい、わたしも、簡単な言葉しか、わからなくて」
「い、いえいえ。十分です! 気を使ってもらってすみませんっ」
「ふふっ」
エディタ様は微笑むと台所へと戻っていく。
「あっ、私も何かお手伝いします」
そう言ってエディタ様に近づいた。
「あー……お手伝い? eー……otetudai! 手伝いね! ありがとう。お願いするわ」
「は、はい」
エディタ様と一緒に朝食の支度を始めたのだった。
「tadaimaー」
台所に立ってから数分で、遠くから声がした。この声はガヴリ様の声だ。いないと思っていたら出掛けていたらしい。
「okaeri!」
「ou」
「ozilyamasuruzoi」
もう1つ聞き覚えがある声がした。
「あら、リーゼさん、おはようございます」
「おはようございます」
挨拶をされたのでガヴリ様の方を向いた。ソイリ様と手を繋いでいたガヴリ様の隣には、白い髪と髭が特徴的でおじいさんのような、昨日コウ様を見てくださったお医者様がいたのだ。
「いや、先生を呼んでいてね。コウさんの所に行くけどリーゼさんはどうする?」
いなくてごめん、と言うようにガヴリ様は自分の前で片手を前後に振っている。
今からコウ様を診るみたいなので私も行きたいのだけど、今は……。
ちらっとエディタ様を見ると、行っておいでと言うように笑みを絶やさず動作で示してくれた。
「ありがとうございます」
そう言って、私は一礼してガヴリ様の後について行った。
ソイリ様もついて来ようとしていたがエディタ様に捕まり断念していた。
「あっ、おはようございます」
「ん? リーゼおはよう。ガヴリさんと……」
コウ様はすでに起きてた。ルナ様とシュリカ様はまだ寝ていたが。
「hulohulohulo、okitetakai」
「え、えーっと……」
私はもちろんコウ様も首を傾げていた。やっぱりコウ様はわかっていないみたいだ。昨日のはタイミングが良く、会話ができているように見えたのかも知れない。
「a、kotirasennseidesu。konomuranooisilyasamadesuyo」
「そうでしたか! わざわざすみません」
「fulo!? karehakotobagawakarunokanolo?」
「soumitainanndesuyo。wakainonisugoidesuyone」
「hulohulohulo、souzilyanolo」
「うん?」
と私は思ったのだが――
「zilyaamitemiruzoi、kutiwoaketekudasare」
「は、はぁ」
コウ様は返事をしたりと会話しているように見えた。お医者様に口を開け見せていたりもしている。
「……humu、nodohadaizilyoubusouzilyanolo。yaharimonndaihanetuzilyana」
「そうですか……」
「malatookahodoneteirebanaoruzilyaro。ugokutoaltukasurukamosirennkarakiotukerunozilyazo」
「は……はい」
「hulohulohulo、netuwosagerukusuriwodasuga、naoltutatokanntigaisitaradamedakaranolo」
「……はぃ」
「hulohulohulo。sorenisitemo、onagoganeteiruheyadesinnsatutohanolo」
「haltuhaltuha、kinisinaidekudasai」
その後、お医者様はガヴリ様と話しながら部屋を出て行ってしまった。
「……リーゼ、心配かけてすまんな」
「い、いえ。私の事より早く治しちゃってくださいね」
「はは、ありがとう。善処するよ」
昨日よりは体調のよさそうなコウ様はおどけた表情で笑っていた。
やっぱりコウ様は言葉が通じているみたいだ。
「あの……」
どうしてかと理由を聞こうと思ったら、音も立てず、上半身をお起こした膝立ちのシュリカ様が視界に入った。どうやら起きたようだ。
言葉の事はまた後で聞こう。そう思いシュリカ様に挨拶をしようとしたが、その前にシュリカ様は動いた。
「こ、コウさぁぁんっ。よかった、もう動かなかったから……本当によかったぁ!」
「うぉ!?」
そう言って、上半身を起こしていたコウ様に抱きついたのだ。
「わたし、私、コウさんが好きなの!!」
「……へ?」
間抜けな声がこだました。
私はその状況を見ていることしか出来なかったのだ。




