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010

 

 朝、いつものようにカレンに起こされる。

 フェルはハンナに起こされていた。


「お仕事いくよー」


「はいはい」


 ウギたちに触れるのも久しぶりだな。



「来たか。前と同じように頼むぞー」


 ジャンさんはすでに乳しぼりをしていた。


「はーい」


 俺はウギを連れてくるため牧場に入る。

 辺りを見渡すとロダがいた。


 昨日から一度も話してないんだよな。何て話せばいいかわからない。俺から、「ようロダ。調子はどうだい?」なんて言えないし、良い言葉も浮かばない。フェルなら、なにかしら言ってわだかまりをなくせるかもしれないが、俺には無理だよ……。

 俺はロダと反対方向に行こうとした。


「コウ!」


 歩き出そうとしたらロダに呼ばれる。


「あの……。この前はすまなかった! 僕が取り乱したりしなければ、コウもコルも怪我をしなかったのに。ダンジョンをクリアできたことに浮かれ、これなら何でもできると勘違いした矢先に、あの魔物と出会い恐怖した。僕は最低だ……。リーダーなんて言って、いい気になっていた。真っ先に指示を出さなければいけないのに、怖くなり誰の話も聞かずに逃げてしまい、本当にすまない」


 俺は何も言わずに話を聞く。ロダもいつもの口調と違っていた。


「そしてありがとう。コウがいなかったらみんな殺されていたとフェルドに聞いた。僕のせいで本当にすまなかった!」


「……フェルがいなかったら俺が死んでいたよ。怖いのはわかるし、俺も逃げたかったさ。だけど、逃げられなかった。誰かが1人でどこか行ったせいでな」 


 ロダは俯いている。


「だから、これからは危険が迫っても、パーティで乗り切ろうという気持ちがあるなら俺はお前を許そう」


 と言っても俺はもう怒ってもないんだけどな。怪我のせいでロダを怨むことすら忘れていた。それほど痛かったんだぞ、あれは。


「……ありがとう」


 ロダは俯いたまま、涙を落としていた。


「ちょっと! 泣くなよ」


 ロダに駆けよる。


「すまない。僕はコウになら何をされてもいいと思っていた。もちろん、フェルとコルにもだ。あの2人も僕のことを許してくれた。そしてコウも許してくれた。許されないことをしたと自覚していたのに、あの2人もコウも許してくれた。それが嬉しいんだ……」


「そっか。泣くのはいいが、仕事もしろよ!」


 ロダの背中をポンと叩く。


「……うん」


 そして、俺も仕事に戻った。



 ----



 仕事も終わり、ご飯も食べ、暇になった。

 ミリアさんが洗濯物を干していたので、そこに行き、あのことについて話す。


「ジャンから聞いてはいましたが、寂しくなりますね」


「すみません」


「謝る事ではないですよ。私たちも通った道ですから。問題はあの2人ですよね」


「そうなんです……」


「んー、こういうのはどうです? 今日2人も連れて町に帰り、また2日くらい泊まっていいので、その間に言うとか」


「でも牧場が」


「2日くらいなら大丈夫ですよ。それに、今は男でもありますから」


「そうですか……良い提案ありがとうございます。ジャンさんに聞いてから決めてもいいですか?」


「もちろんですよ」


「ミリアー。ご飯あるー?」


 会話の切りが良いところでノナンさんの声が聞こえる。起きて来たみたいだ。


「ちょっと待ってー!」


「あ、洗濯物ならやっておきますよ」


「そうですか? では、お願いします」


 ミリアさんは家に入って行った。



 ……今日もいい天気だな。

 洗濯物を干しながら俺はそう思った。

 そういえば、最近雨降ってないな。

 雨が降ると俺は基本的に家から出ないので、天気がいい日が続くのは嬉しいのだ。


 そして、洗濯物をしっかりとやり遂げると、ちょうどジャンさんが帰って来た。


「お帰りなさい」


「ただいま」


 ジャンさんは周りを少し伺い、小声で話す。


「……悪いなコウ、何も思いつかなかった」


 俺はミリアさんからのアドバイスをジャンさんに話した。


「それはいいかもな。さすがミリアだ」


「ジャンさんもいいんですか?」


「もちろんだ、今は人がいるしな。俺から2人に話してみよう。絶対行くって言うと思うけどな」


 そう言ってジャンさんは家に向かった。俺も洗濯干しは終わったので家に入る。



「お、コル。調子はどうだ?」


 コルがリビングにいた。


「もう大丈夫です。あと3日は安静にしてなさいと言われましたけど」


 そう言ってコルは笑う。


「そうか。良かったよ」


 コルと話していたら、ロダとフェルがリビングに入って来た。


「いたいた。コウ、今日帰るんだろ。その前に言わなきゃいけないと思ってな。ダンジョンの報酬のことなんだが」


 そういえば、まだ換金していなかったな。


「コウに素材を渡すから、換金してきてもらえないか?」


「え? なんでまた……」


「コルが行けないなら僕もまだ行きませんし、フェルドも僕たちと一緒に出ると言っているんですよ」


 フェルを見ると、フェルは頷いた。


「でも、みんな初めてのダンジョン報酬なんだから、一緒に行った方がいいじゃないか」


 喜びは分かち合いたい。


「コウはまだお金に余裕あるのか?」


 フェルが聞いてくる。


「……大丈夫だ」


 あまり大丈夫ではなかった。だが、大丈夫だ。きっと。


「そうか、ありがとう。じゃあ5日後にギルド待ち合わせでどうだ?」


 ……スムーズに話が進むな。


「ああ。わかった」


「じゃ、そういうことでな」


 そう言ってロダとフェルは部屋から出て行こうとした。


「……君たち、こうなると思って事前に日にち決めていただろ」


「……ばれたか。コウならそう言うと思ってさ」


 やっぱりか。


「コウくーん、そろそろ帰るよー。ジャンが送ってくれるってー」


 ノナンさんが呼んでいる。


「じゃあ、またなコウ」


「おう。5日後な」


 俺は外に向かった。


 外に出るとカレンとハンナもいた。


「お兄ちゃーん。早くー」


 カレンが騒いでいる。説得するまでもなく行きたいと言ったのだろう。それくらいのはしゃぎようだ。

 俺は馬車に乗り込んだ。


「お待たせしました」


 ジャンさんに言う。


「おう。行くぞ」


 馬車はゆっくり動き出した。



 ----



 ジャンさんに町まで送ってもらい家に帰る。カレン、ハンナも一緒だ。


「みんな元気そうで良かったよー」


 ノナンさんはそう言い、椅子に座りくつろいでいた。


「そうですね」


 俺もコルの無事を見れてよかったと思う。

 特にやる事もなく、家でくつろいでいたら日は落ちていく。



 夜、俺はカレンとハンナを部屋に呼んだ。


「コウ兄ちゃん、話しってなに?」


 どう話そうか悩んでいた。そして、回りくどく言うより、正直に言うことにした。


「……実はな、来月に俺はこの町を出ようと思ってるんだ」


「……そうなんだ」


「寂しくなるね……」


 …………。


「それだけ!?」


「えっ? 止めたら行かないでくれるの?」


「あ、いや……。そうじゃないけど……」


「兄さんが行くと言うなら、私たちは応援しますよ」


 2人は、そう言ってくれた。


「ありがとう」


 俺はそう言うしかなかった。



 この前泊まった時のように、1人が俺と1人がノナンさんと寝ることになっている。

 今回は、初日はハンナが俺と寝るため、カレンは、「話が終わったなら寝るね。おやすみー」と言って部屋から出て行ってしまった。


「兄さん起きてます?」


 ベッドに入り少し経ったときハンナが話しかけてきた。


「ああ」


「……コウ兄さん、本当は内緒にしようって、カレンと言ってたんだけど、実はお父さんと兄さんが町を出る話しているのをカレンと聞いちゃったんです」


 カレンには内緒でお願いします。とハンナは言う。


「だから、私たちは兄さんの迷惑にならないように、今回は気持ちよく送り出そうと決めたんです。でも、会えないのは寂しいです……」


 ハンナは体を寄せて来た。俺は、ハンナを包むように手を回し頭をなでた。

 ハンナは、「でも、でも」と言いながら俺の胸に顔を埋め、体を震わしている。

 俺は何も言わずにハンナをなでていた。


 少しすると「スースー」と寝息が聞こえた。

 寝ちゃったか。2人に気を使わしてたみたいだな。


「……ありがとう」


 ぼそっと呟く。


「……コウ、兄さん……スゥー……」


 ……寝言みたいだ。

 俺はハンナをぎゅっとしたまま眠りについた。



 ----



「んっ」


 体が絞められた感じがして目を覚ます。


「あっ……」


 ハンナが俺の体に腕を回しぎゅっとしていた。


「…………」


「あ、あの、その、えーっと……」


 黙っているとハンナの顔が見る見るうちに赤くなっていく。

 俺はそのままハンナをぎゅっとすることにした。


「きゃっ」


 小さく悲鳴を漏らすが俺は気にしない。そして二度寝を試みる。

 しかし、ハンナもまたぎゅっとしてくる。


 ……なんなんだ、この状況は!

 今更だが思った。


 幸せじゃないか。これが彼女だったら、もう最高なのに。


 ……ハンナには失礼なことを考えてしまったな。でも、彼女なんていたことないから許してほしい。

 俺は自分で思ったことを心で謝罪する。


 ハンナの抱きつき攻撃で完全に目が覚めてしまったわい。……どうしてやろうか。

 悪戯を考えることにした。

 ハンナは顔を俺の胸辺りに埋めている。俺は両腕をハンナの頭に回し、ぎゅっとした。


「ん!? んんっ!!?」


 ハンナがもがもがしている。


「んんっ! ぷはー」


 自力で腕から脱出してきた。緩めに押さえてたからな。


「に、兄さんひどいです!」


 涙目になりながらハンナは怒っている。当然か。


「ごめんごめん」


「絶対思ってないですよね!」


 正解だ。

 体を起こし、ベッドに座った。ハンナも脱出してからは座っていた。


「つい、な」


 俺は頭をなでてなだめる。

 俺がハンナをここまで怒らせたのは初めてじゃないだろうか。いつも悪戯はカレンにやっていたからな。


「何が、つい、ですか」


 まったくもう、とハンナはため息をつく。俺になでられながら……。


「お兄ちゃーん、ハンナー! 朝だよー、起きてー!」


 ガチャっとドアが開けられた。

 ドアの方を見て、ハンナがピタッと動かなくなる。


「おはよ」


 俺は、ハンナをなでながら挨拶をした。


「おはようお兄ちゃ、あっ! ハンナずるいー。わたしもー」


 カレンがぴょんとベッドに上って来た。


「ん!」


 頭を俺に向けてくる。


「はいはい」


 俺は空いている手でカレンをなでてあげた。

 何やっているんだろう俺は……。ハンナとカレンは、2人で見合ってにやけているしさ。



「はい。おしまい。2人とも下に降りるよ」


 少しなでてから俺は先に下に向かった。


「えー。まだやってほしいー」


 カレンの言葉は無視する。


 一階に行くとサンドイッチが置いてあった。


「これカレンが作ったの?」


 階段を下りて来たカレンに聞いて見る。


「そうだよ!」


「……カレン、ありがと」


 ハンナがお礼を言う。


「カレンは早起きだよな……」


「えへへ。食べよ!」


 席に着き、3人でもそもそと食べ始めた。ノナンさんは相変わらず寝ている。

 今回はタレ的なものが入っていた。美味しい。


「そうだ、俺は今日ギルドに寄りたいんだけど2人はどうする?」


「ついて行くに決まってるじゃん」


「……うん」


「わかった。じゃ、食べたら行こう」


 そして食べ終え、片付けをして家を出ました。


「曇ってるなー……」


「雨降らないといいね」


「そうだな」


 雨具はボックスにあるし大丈夫だな。

 俺たちは歩き始めた。



 ギルドに到着。


「2人ともそこら辺の椅子に座っててくれ」


「「はーい」」


 俺はおじさんのとこに向かう。


「こんちはー」


「おう、にいちゃん。怪我はどうだい?」


「治りましたよ。絶好調です」


「そりゃよかった。で、今日から依頼をやり始めるのか?」


 首を横に振る。


「治療してくれたお姉さんに改めてお礼でもと来たんですけど、いないですね」


「あー、あの子、今日休みなんだよ」


「そうでしたか……じゃあまた来ます」


「ちょっと待て! いいものがあるんだが欲しいか?」


 おじさんは、思い出したと言わんばかりの顔で聞いてきた。


「……ものによります」


「取ってくるからちょっと待っててくれ」


 そう言い、裏に入って行った。



「これだ、これ」


 数秒後、じゃらっという音がする袋を持ってきた。


「なんですか? これ」


「開けてみな」


 言われた通り開ける。


「えっ!」


 中には金貨が入っていた。


「どうしたんですかこれ? ……偽物ですか?」


「わっはっは。お金の偽物なんて作る方が金かかっちまうよ。これは、にいちゃんにくれるってよ」


「何でですか? てか、誰がですか!?」


「この前のリザードマンの特異個体いたろ。それを倒しに行った人らがくれるってよ。にいちゃん、特異個体の腕切ったんだってな。おかげで楽に倒せたって言ってたぞ。あと、その特異個体からアイテムが出たから予想以上の儲けだったらしい。だからくれたんじゃないか? これは、緊急依頼の報酬分だ」


「その人たちは今どこにいます?」


「今度こそ西のダンジョン行ってくるって言ってたからな。当分帰ってこないと思うぞ」


「お礼言えないじゃないですか!」


「オレに言われてもなぁ……礼はいらないとは言っていたぞ。特異種との戦いは何が起こるかわかったものじゃないんだ。それを楽に倒し、魔物が落としたアイテムで報酬以上貰えるのに、報酬も貰うのは気が引けたんじゃないか?」


 流石期待のルーキーだな。とおじさんは言う。


「……じ、じゃあ、遠慮なく頂きます」


「おう。貰っとけ」


「あと、俺今月いっぱいでこの町から出ようと思ってます」


「ん!? そ、そうか……」


「はい。この町にずっと居たいとは思いますが、それじゃあ強くなれない気がしたので、出ることにしました」


「……どこいくんだ?」


「取り敢えず西の都市ウェルシリアに行こうと思ってます」


「そうか、結構遠いな。歩いて行くと10日くらいかかると思うぞ」


「そうなんですか!」


「知らないで言っていたのか、さすがにいちゃんだな。わっはっはっは」


 おじさんに笑われるのは慣れてしまったな。

 もっとかかると思っていたので、驚いた訳なのだが。


「そういうことなので、今月はまだ依頼受けますからね」


「おう。町出る前にここよりな。道ぐらいなら教えられる」


「ありがと、おじさん。じゃあまた」


「おうよ」


 受付を離れ、ハンナたちの所に向かう。


「お待たせ」


「大丈夫です」


「遅いよー」


「ごめん。もうちょっと待って」


 俺も椅子に座り貰った金貨を数える。

 10枚入っていた。


 ……ちょっと。これって、私お金持ちになっちゃったんじゃない。あらやだ。どうしましょう。


「兄さんどうしたの?」


 ハンナが突っついてきて我に返った。


「はっ!? 俺は今どうしていた?」


「固まってたよ」


 カレンが答える。


「そうか……ふぅ」


 心を落ち着かせ、袋ごとボックスにしまった。


「よし、今日はどこに行こうか。お兄ちゃんが何でもおごってあげよう!」


 俺は確言した。



 ----



 2人は最初は遠慮をしていたが、「いいからいいから」と言い続けていたら遠慮はなくなった。ハンナは少し遠慮していたみたいだが。

 服やら道具やら小物やらを2人には買ってあげた。全部合わせても、金貨1枚使ってはいない。……金貨って大金なのな。

 このことをジャンさんやミリアさんに言ったら、甘やかせ過ぎと怒られるかな? でも、気を使わせちゃってるしな。これくらいしてあげたい。


 そんなことを考えながら、買い物巡りをして家に帰った。


 夜、ご飯も終わり寝る準備万端である。

 今は、カレンとベッドに入っていた。


「お兄ちゃん、今日はありがとう!」


「どういたしまして」


「えへへっ。コウ兄ちゃん!」


「ん?」


「何でもないよ~」


 そう言って、俺にくっついてくる


「どうしたんだ?」


「んー」


 そう言ってまだくっついている。

 取り敢えず頭をなでる。


「ふへへ」


 今日はどうしたのだろう?

 そんなことを考えていたら、眠気が襲ってきた……。



 ----



「ぐずっ」


 そんな音で眠りから覚める。目はまだ開けていない。


「ずっ、ずびっ」


 声を出さぬように気をつけているのか、鼻のすする音だけが部屋に響く。

 時折、俺の胸辺りでモゾモゾと動いている。


 俺の左腕はカレンの頭の下にあった。右腕はカレンを抱くように回してカレンの背中を触っていた。

 取り敢えず俺は、寝たふりをしながら右手を動かして、カレンの背中を擦る。


 カレンはビクッとなった。

 俺の左腕に一度重さがなくなり、また戻る。俺が起きたのかと思って顔でも見たのだろう。


「……コウ、お兄ちゃん……」


 小さい声でカレンは言う。


「いなくなるのは……いやだよ……」


 声は静かな部屋で響く。


「うぅっ……ぐずっ」


 ごめん。

 俺はそう思った。口に出さずに、未だ寝たふりをしながら。


 右手をゆっくりカレンの頭に持っていき、そのまま頭を優しく押さえる。

 カレンは体を小刻みに揺らしていた。

 胸元が温かく感じる。カレンの体温だけではない温かさだ。


 俺は体を縮こめた。体全体でカレンを包み込むように。

 カレンは俺が起きていることに気づいているのだろうか。……どちらでもいいか。

 俺はそのまま動かなかった。


 カレンの声は聞こえていた。しかし、俺は何も言えない。どうすれば良いのかも、わからなかった。

 そのまま動かずにいた俺は、何時しか眠りに落ちてしまっていた。



 ----



 日の光が入ってくる。誰かがカーテンを開けてくれたようだ。

 隣には誰もいない。カレンはもう起きているのだろう。


「うーん」


 俺は伸びをして下に向かった。


「お兄ちゃん! おはよう!」


 カレンがせっせと食事の準備をしていた。朝食担当になってしまっているな。


「おはよう」


 俺も挨拶を返す。


「もうご飯出来るよ」


 カレンは笑顔を向けて俺に話しかける。その顔は、その目元は、少しばかり腫れていた。

 俺は、そのことには気づかないふりをする。


「ハンナとノナンさんは起きてこないね」


「ハンナはああ見えて、結構お寝坊さんなんだよ。わたしがよく起こすもん」


 俺はそのことを知っている。というか、予想はしていた。なぜなら、朝、ハンナはいつも眠そうだからだ。遅くまで本とか読んでいるんじゃないだろうな。目が悪くなるぞ。


「遅くまで本読んでたりするからいけないんだよね」


 本当に読んでいたのか……。


「……来ないし食べちゃおっか」


「うん!」


 ごめん。

 カレンの笑顔を見て、そう言いそうになる。


「カレン……ありがとう」


 俺は思った一言を呑み込み、礼を言う。


「うん? ご飯ぐらい気にしないでいいよ。好きで作ってるんだもん」


 俺はカレンの作ったご飯を味わって食べた。


 俺とカレンがご飯を食べ終わったころにハンナがノナンさんを引きずって起きて来た。

 ハンナとノナンさんもご飯を食べ、いつも通りだらだらと昼前まで過ごす。そして、俺がジャンさんの所まで、2人を送る。


「2人とも、町を出る前に会いに行くからね」


「うん! 待っている」


「…………」


 ハンナは無言で頷く。その目は少し潤んでいた。



 ----



 7月16日。ギルドに集まる日だ。


 俺は、起きてからすぐ向かった。

 ギルドに着いたが、パーティメンバーは誰も来ていなかった。……そういえば時間を決めていなかったな。


 お姉さんを見つけたので、この前のお礼を言う。

 それからやることがないので、暇そうだったおじさんと雑談していると3人は一緒に来た。


「お待たせー」


「5日ぶりだね」


「そうですね」


「…………」


 コルは無言になっていたが、いつもみたいにロダの後ろを歩いているのではなく、フェルの後ろを歩いていた。フェルに懐いているのだろう……。


「じゃあ、換金しましょうか。アイテムを出して下さい」


 その声に反応し、俺はアイテムを出す。みんなも同様に出している。

 出したアイテムは受付に置かれた。


「おやじ、換金を頼む」


「了解だ」


 フェルがおじさんに言うと、おじさんはアイテムを受け取り裏に入って行った。



 ……待つこと数分。


「鑑定終わったぞー」


 そう言いながら受付に帰って来た。


「いくらですか?」


「全部で金貨1枚と銀貨86枚分だ。おまけで銅貨分は切り上げてやったぞ。1個だけ珍しいアイテムがあったからこの額だな。どうする? 今ならまだキャンセルできるぞ」


「全部換金でお願いします」


 ロダが言う。


「わかった。これが報酬だ」


 おじさんはお金の入った袋をロダに渡した。


「ありがとうございます」


 ロダはそれを受け取ると、テーブルに行こうと言い、俺たち4人はテーブルにある椅子に着いた。


「これを4等分にしようと思います」


 ジャラっと袋が置かれる。


「これ数えるの大変な気が……」


 俺は八百屋での依頼のことを思い出してそう言った。


「確かに」


 フェルも同意する。


「お兄ちゃん、これ金貨1枚入ってる?」


「当たり前じゃないですか。さっき見ましたよ」


「それだと、みんなで分けられないよ……」


 それもそうだ!


「気づかなかったな! さすがコル」


 フェルがそう言うと、コルは少し顔を赤くした気がした。


「銀貨に替えられるか聞いてきます」


 ロダは立ち上がり受付に向かい、おじさんが話している。

 おじさんは、また裏に入っていく。替えて貰えたのかな?

 換金していた時より少し時間がかかり、おじさんは出て来た。

 おじさんから袋を受け取り、ロダは戻って来た。


「お待たせしました」


 そう言って袋を4個テーブルに置いた。


「ん?」


「何で4個?」


「……?」


 俺たち3人は疑問をロダに投げかけた。


「言えば報酬を分けて渡してくれるみたいです。そんな説明聞かなかったですよね?」


 ロダは俺たちに聞いてきた。


「そうだな」


 俺も頷く。


「説明忘れですね」


 ロダはそう言い、1人ずつ前に袋を置いて行く。


「フェルドとコウには銀貨53枚で、僕たちが40枚です」


「何で?」


 俺は質問する。


「僕が迷惑をかけてしまったので……。コルには僕が53枚になるように後で渡すので、気にしないでください」


「……そんなこと言っても、あの事は俺たちもう気にしてないぞ。なあ、フェル、コル」


 2人は頷く。


「僕の気が収まらないんです。……迷惑かもしれませんが貰ってください。お願いします」


 ロダはテーブルすれすれまで頭を下げる。

 俺たちは黙った。

 ロダも動かない。


「……わかった。ありがたく貰う。だから顔上げてくれ」


 気まずい空気が流れだしてからフェルが言った。

 俺も言おうとしたのだが、フェルに先越されてしまったな。


「ありがとう……」


 ロダは顔を上げた。その顔を見てロダはもう大丈夫だと俺は思った。


「じゃあ解散だな」


「ちょっと待って」


 フェルの解散宣言の後に、俺はみんなを止めた。


「何ですか?」


「俺、来月からこの町を出ることにした」


 と、俺は3人に話した。


「そうですか。これからも一緒に依頼したかったです……」


「悪い、急にこんなこと言って」


「何も言わずに行かれるよりはいいですよ」


「そうだぞ。違うとこ行っても楽しくやれよ」


「おう!」


 俺はそう答える。


「……寂しくなるね」


 コルもそう言ってくれた。


「そうですね。でも、僕たちもいつかこの町を出るかもしれませんからね」


「そうだな。早いか遅いかの違いかもしれない」


 ……沈黙が訪れた。初めてのパーティで、初めてのお別れだ。な、何を言えば……。


「そ、そろそろ出ましょうか」


 ロダが切り上げてくれた。流石リーダー。助かった。

 俺たちはギルドを出る。


「フェル」


 ギルドを出たところで、フェルだけ引きとめた。


「フェル。俺と一緒に来ないか?」


 フェルがいてくれると心強い。そう思ったから聞いてみた。


「……スマン。俺はコウとは行けない。守りたいもんが出来ちまったんだよ」


 そう言い、フェルは前を歩いていたコルの方を見た。


「……そうか、わかった。コルか。俺はお似合いだと思うぞ?」


 ニヤッと笑ってフェルをからかう。


「な、何でわかった!?」


「ん? 今、見てたじゃないか」


「見てたか?」


「見てた」


「…………」


 フェルは黙って顔を火照らした。


 ……男がやってもそんなに可愛くないぞ。


 前にコルと話した時、フェルのこと好きっぽいこと言ってたし、この恋は実るな。なら俺がとやかく言う必要もない。……恋愛経験皆無の俺が言える立場でもないか。


「そういうことだ、すまんなコウ」


 フェルは沈黙を破った。


「おう、気にするな。旅の途中で気の合う奴を見つけるさ」


 そうそう、と俺は付け足す。


「この前、ギルドで特異個体討伐の報酬を貰ったんだ」


 どうして貰ったかの理由を言い、フェルに金貨5枚渡そうとするが受け取らなかった。


「それはコウが貰っといてくれ、腕を斬ったのはお前だからな」


「……そうか」


 俺じゃあフェルを説得できそうもないしな。ありがたく貰うことにした。

 そして、じゃあな。と別れた。



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