●第3話 奇襲 (後編)
「やっぱり軍隊が!」
停止してる装甲トラックの運転席で、トーンが声をあげる。窓の外で空気馬に跨ったままのジュディカは、頷きながらまくし立てた。
「たぶん1個大隊。いや、もしかしたら1個旅団」
「1個大隊と1個旅団じゃ10倍くらいちがうぞ」
トラックの荷台、M92Cの横から冷静につっこむダルトだが、彼も表情は緊張している。
「とにかく、たくさん、いたのッ!」
両手を振り回して、子供のようなしぐさ手強調するジュディカ。窓から身を乗り出したトーンと、荷台から覗き込んだダルトは顔を見合わせた。
「1個旅団にしても1個大隊にしても、こりゃ、エレメンの町には入れそうに無いなあ」
ため息をつくトーンを無視して、ダルトはジュディカに問い掛けた。
「そいつら、町に腰据えちゃってた?」
「ううん。東に向かって移動してた」
トーンが安心したように
「なんだ、じゃあ今はからっぽ?」
「まさか。守備班くらいは残すだろ」
ダルトはあごに手を当てている。自分がその部隊の指揮官ならどうするか……頭の中でシュミレーションをしている。その思考をぶち壊しそうなジュディカの声が。
「でもあれは、ただの移動じゃないよ。アイアンウォーリャーをトラックからおろして、歩かせてたもん」
それを聞いてダルトの口元に笑いが浮かんだ。
「ジュディカの話から判断するに……やつらは戦闘行動のために移動してる。もし大体規模なら、町に残ってるのは分隊かせいぜい小隊だ。旅団規模だったとしてもいいとこ一個中隊……よし、そおっと乗り込んで、電池やら食い物やら徴発しちまおう」
トーンが嫌そうにつぶやく
「また強盗かよ?」
「軍用徴発だ」
「それを普通は強盗って言うの!」
呆れ声のトーンに、ダルトは下を向き怒気を含んだ声で応じる。
「うるせえ! 共和政府軍がいるってことは、ロスは殺されちまったってことだろ!? ひと暴れぐらいさせろよ!」
「ロス? あ! おまえの元……じゃなくて義姉さんか……」
「言い争ってる暇はないと思うよ。もしダルトの予想通りでも、戦闘が終れば本隊が戻ってくるってことでしょ?」
ダルトが顔をあげた。
「いくら相手が戦闘後でも、一個大隊が相手じゃあ身が持たない。よし、善は急げだ」
「何が善だよ、悪事じゃねえか…」
トーンは溜息をついたが、ぽそっ、とつぶやいた。
「ま、今回は情状酌量かもな」
屋敷の庭に張られている軍用テントのひとつの中で、ラー=ダ=カイン少尉が折り畳み椅子に座っていた。
ランタンの明かりの下、テーブルのポットから出がらしのお茶をマグカップに注ぐと、地図を広げながらお茶を一口。
上官はいないし、警戒すべき敵が近くにいるという情報もとくに無い。当直の兵は警備にあたっているけれど、分隊の半数以上は大休止だ。自分も、久しぶりにリラックスタイムを過ごせる。
などと思って満足げな息を漏らしたたとたん。
ガガガガガガガ! ギギギギギギ! と、激しい金属音が耳をつんざいた。思わずお茶を吹き出し、マグカップを投げ捨てて耳をふさぐ。
続いて金属質の打撃音と、アームバズーカの砲声が1発。かなり近い。
カインは耳をふさいでテントを飛び出した。
「なにごとだ!」
屋敷の前では、星空の下で1機のガーフィールドとM92Cが格闘を始めていた。足元にはすでに、捻じ曲がったアームバズーカが転がり、別のガーフィールド1台が頭を潰され片脚を折られて壊れ、モーターを空回りさせていた。
「オラオラオラァ!」
M92Cのコクピットでは、ゴーグルとレシーバーを付けたダルトが満足げな笑いを浮かべている。むしろ「邪悪な笑い」と言ったほうが近い表情だ。
M92Cの手のヒートナイフが、ガーフィールドの胸部装甲を貫いた。コクピットに直撃だ。操縦者の断末魔の悲鳴がかすかに聞こえた気がした。電撃が走ったようにガーフィールドの体が震える。M92Cはガーフィールドを突き放した。
そのとき……M92Cの背中に、蹴りが一撃、叩き込まれた。
蹴ったのはM92……こちらはすでに量産されているタイプだ。
徒歩で屋敷に近づいたジュディカは、大木の陰から戦いの様子を伺っていた。
「見て、トーン! 『バンディードス』がもう一台!?」
「あれは旧タイプ……モーター換装前のM92マークⅠ『ウォーリャー』だ」
M92のコクピットでラーン=ダ=カイン少尉が怒鳴る。
「どこから現れた! 歩哨はまた眠ってたのか!?」
M92Cの方ではダルトもキレて怒鳴る。
「いきなり後ろからとぁ、卑怯な! そっちがそのつもりなら……」
自分も彼らを不意打ちしたことは棚に上げ、ダルトは思い切りレバーを引いた。
M92Cは、転がったまま両足を交差させた。いわゆる蟹挟み……脚を挟み刈られたM92が大音響とともに転倒する。
「キャアアアッ!? むちゃくちゃ……」
カインの悲鳴など誰にも聞こえず、ダルトのM92CはM92に飛び乗り、マウントパンチをかました。金属のものすごい打撃音があたり一面に響き渡る。
もちろん、屋敷の横の大木の陰にも。
「きゃああっ! 耳が死ぬぅッ!!」
ジュディカもトーンも苦悶の表情で耳を抑える。
コクピットではカインが、轟音の中、焦ってあちこちいじりながら、ノイズだらけのモニターをチェックしていた。
「メインカメラ故障、オートバランス停止、頭部センサー切断、起立不能…」
M92が停止したことに気がつき、ダルトは殴るのをやめた。立ち上がると、側に落ちていたヒートナイフを拾い、もういちどM92に向き直る。
と同時に、M92のコクピットが開いた。
外へ脱出しようとしたとたん、カインはヒートナイフを生身の鼻先へつきつけられた形となり、硬直した。
「……あれ?」
ダルトはモニターを見て、ぽかん、と口を開ける。
そしてM92Cのコクピットも開いた。
「ラーン=ダ=カイン中尉! また会ったな」
「あっ、……これは、マ=ダルト殿下!?」
カインは反射的にカカトを合わせ敬礼してしまった。
「共和政府軍は人余りらしいな。中尉の君が留守番の分隊長とは……」
「少尉に降格です。『叛逆者の討伐』に失敗したかどで」
「え!」
目を見開いてカインを見つめるダルト。カインには皮肉を言ったような表情は無い。事務的にただ事実を報告しただけのように見えた。ダルトはため息をついて頭を掻いた。
「……まいったね、もしかして、俺のせい?」
カインもじっとダルトを下から見つめている。
「すると、今度は准尉に格下げか? 負けた上に物資まで奪われちゃ……」
トーンはジュディカとのリレーで食糧・弾薬・医薬品などを抱え、トラックへと繰り返し走っている最中だった。
「他人事みてえに言ってねえで手伝え!」
カインは視線をそらし、寂しそうに微笑む。
「いえ。今度は銃殺じゃないでしょうか。同じ相手との戦闘に、続けて敗北したんですから」
「ありゃりゃ…そういや、そんな規則、あったっけね」
ため息をついて、ダルトはレバーを操作する。ヒートナイフがカインから離れていく。
ダルトはコクピットから身を乗り出し、手を差し出した。
「じゃ……こっち来いよ、ラーン中……少尉」
「え…?」
「ここにいても銃殺なんだろ? この際、俺と一緒に行った方が少しは長生きできるんじやないか?」
「は?」
カインには、ダルトの言ってることがまだ飲み込めない。ダルトがイラついたように声をあらげる。
「ニブい奴だな。……カイン! 俺は、『君が欲しい』って言ってるんだ!」
「なっ…!!」
その言葉が使われる別の状況を連想してしまい、カインの頬が赤く染まる。
ダルトは、声を明るい響きに変えて続けた。
「アイアンウォーリャーの操縦技術と、軍事知識。それと、朝起きたときに見られる美人の顔! これらをひっくるめて買う。代価は君の命。どう?」
「あ……あ……あ……」
想像とは違う意味だったものの、反応に困ってしまってカインは返事もできない。
「ええい、まどろっこしい!」
ダルトは身を乗り出して、カインの襟首をぐいっと掴んだ。
「あっ!」
ボタンがふたつ飛び、襟元が破れたが、あわててカインもダルトの腕を掴む。
M92Cのコクピットに転がり込んだカインは、シートでダルトと抱き合うような格好になってしまった。
「……やわらかいな。それにいい匂いだ」
「あっ、あのっ……マ=ダルト殿下っ!?」
「戦うための体じゃない……愛して、愛されるための体だ、君は」
そっ、と背を撫でられ、カインは身を硬くする。
「君みたいな女性までが戦わなきゃならないなんて、ひどい時代だね」
耳元にささやきが熱い息とともに感じられ、カインはぎゅっと顔を顰めた。
「終らせたい、俺が。だから手伝ってくれ、……カイン」
カインは目を潤ませ、ダルトの体に打てを廻して、コクリと頷いた。
空が明るくなりかけている。M92Cが立ち上がった。
屋敷から走り出てきた人影があった。ロスだった。
「ダルト!? ダルトなの!?」
左腕にカインを抱えながらダルト、モニターを見つめる。
「……ロス」
その声に苦渋の色が混ざる。
「ダルト殿下の……義理の姉上でしたっけ?」
「うん……まあね」
答えながら、複雑な表情でM92Cを操作して向きを変える。
開いたままのコクピットから、ダルトが顔を出した。
「無事でよかった、ロス! 奴らにひどいことされてないか!?」
「私は大丈夫。物資と建物を提供して、そのかわり、ここのみんなの安全を保障してもらったわ」
「よかった。本当に、よかった……」
いまにも泣きそうな顔にも見えるダルトを、カインは横から上目遣いでジッと見る。
ロスは下から声を張り上げて呼びかけた。
「ダルト、降伏して! こんな、山賊みたいなことしてないで、名誉ある降伏を……」
「そして銃殺かい?」
「私がそんなことさせないから!」
「君にそんな権限、あるの?」
「…………」
ロスは戸惑って黙り込んでしまった。たしかに、何の権限も無い。
「悪いな……俺もまだ死にたくないんだ。また会おう……会えるといいね!」
ダルトは、名残惜しそうに……あるいは迷いを含んだ表情で見下ろしていたが、意を決してそう言い放つと、コクピットを閉めた。
空はだいぶ明るくなっている。夜明けが近い。
M92Cを載せた装甲トラックが岩砂漠を、どこへともなく走っていく。
助手席のダルトは一言も口をきかず、夜明け前の岩山を見つけ続けている。
「…………」
誰も口を開く者はいなかった。
逃亡者たちの行く先は、誰も知らない。
<つづく>