●第3話 奇襲 (前編)
雲ひとつ無い砂漠の夜空に、バケツでぶちまけたような星が散らばる。
けれど星明りだけでは地図を読み取れない。ポケットライトの光が、ダルトの手から地図を照らしていた。
岩砂漠を貫く轍の道の三叉路。装甲トラックが止まっていて、その前で2人の男が地図を覗き込んでいる。たぶだぶの作業服を着たダルトと、長髪にメガネの姿のトーンだ。
「で、どっちなんだ、ダルト?」
「うーん……右だったような」
トーンはメガネを抑えて右への分かれ道に目をやる。
「じゃ、右へいくか」
「でも左だったような気も」
「左だな?」
「いや、右かもしんない」
「だから、どっちだ!」
トーンの怒鳴り声を打ち消すように、トラックの窓から手だけ出したジュディカが甘えるような声をで言った。
「…左だよ、左。左でいいじゃん」
それを聞いて、ダルトはトーンに向かって、地図から顔をあげる。
「左だってさ」
「よし。じゃあ、左だな」
トーンはドアを開けて運転席に戻る。が、助手席に戻ったダルトが
「いや、右だ、トーン」
「…ジュディカが左って言ったのに?」
「基本的に、女は信用しないから」
トーンは、呆れてハンドルに突っ伏した。
「こんな細けえことまで……」
ようやく装甲トラックが発進する。
速度が安定してきてから、衣服の乱れたジュディカが後部座席から助手席に腕を伸ばしてきた。
「ダルトぉ、さっきの続きは? 途中でやめちゃうんだもん……」
「もうすぐエルメンだ。義姉さんに会う前に、不謹慎なことはできない」
「元の彼女だから?」
拗ねたようなジュディカの声に、
「それは昔の話」
ダルトは目も向けずに答え、また地図に目を落とす。
トーンは、車内にたたよう微妙な空気を叩き壊すように、ハンドルを握りながら
「……勝手にしろ」
と吐き捨ててみせた。
エレメンは、岩山に囲まれ盆地状になっている渓谷にある古い城砦都市だ。群雄割拠時代には「エレメン王国」と名乗る独立領主の本拠地にもなってた。
が、それは中世の話。現代ではさほど栄えているとも言えない、まあどこにでもあるような、地方貴族の住む田舎町だ。この地域に封ぜられているのはアマン家。度重なる相続のゴタゴタで勢力は衰えたものの、ザイン帝国では今でも中流貴族といったところだ。
町外れ、盆地全体を見下ろすような舌状台地の上にアマン家の屋敷がある。
地形から想像しやすいようにかつては城砦があった。が、近代になってその遺跡は取り壊され、今ではただの屋敷となっている。わずかに庭園の片隅に残される防御設備の跡が、過去の歴史を物語るだけだ。
その夜、屋敷の前に歩兵部隊とアイアンウォーリャー数体が整列していた。歩兵を運ぶ軍用トラックや装甲車も並んでいた。かつての帝国軍……2日前からの革命軍の正規部隊、一個大隊だった。
夜の闇の中に数多くのライトが交錯し、点呼や報告の声があちこちから響いている。
「ロス様、ガンツ中佐がご挨拶したいと」
屋敷の一室で、くたびれた黒のスーツに身を固めた老執事が、この屋敷の女主人に声をかけた。
「いま行きます」
答えた女主人の、年のころは……十代を終えるかどうかというところ。顔つきに幼さが残っている。美しいというよりは可愛いと言ったほうがまだ似合いそうな令嬢だ。が、目には老婆のような、力のない人生への諦めの色も見えた。衣服は貴族の普段着。だが色もデザインもやや地味な感じだ。
彼女の名はアマン=ロス。アマン家の相続人だが、帝国親王と結婚式を挙げて3日としないうちに未亡人となった、この屋敷の当主……エレメン地方の領主だった。
広いエントランスにロスが出てくると、数人の軍人がカカトを鳴らして出迎えた。地位のある人物へ一応の礼儀を示したわけだ。
中の一人……やたらと肩幅広く眉の太いスキンヘッドの男が、尊大な態度で一歩、前へ出る。階級章は中佐のものだ。この男が大隊指揮官のガンツ中佐。
「ロス妃殿下…とはもう呼ばなくてよいのでしたな、アマン夫人」
体つきに似合う低い声だった。
ロスは表情を曇らせる。が、中佐は意にも介さず続ける。
「我が軍への宿舎の提供ほか、ご協力に感謝する」
「……」
会話が続かない。戸惑うロスを、感情の読み取れない目で軍人が見下ろしている。
「あの……ガンツ中佐殿、移動なさるのですか? これからどちらへ?」
「軍事機密……と言いたいところだが」
その軍人、ガンツ中佐は薄ら笑いのような表情を浮かべ、ロスから視線を外した。
「この件については公開されている。王党派の残党討伐と、反逆者であるバウオン家第三皇子マ=ダルトを捜し出し処刑するのが、大隊の主任務だ」
ロスは悲しそうに目を伏せた。
「ダルトがそんなに悪いことをしたのでしょうか?」
「悪いか正しいかは問題ではない。命令が出れば軍人は従う。あなたは、かつて革命の志士達の命を助けることに尽力したことから、例外的に許されているが……皇族の関係者はほとんどがすでに処刑されている。マ=ダルトは例外に指名されていない」
「…………」
ロスは別に革命派だったわけではない。反政府的ではあっても破壊活動や暗殺に関わっていない、刑法に違反していないただの思想家たちの処刑に、政治に関わる貴族の一人として強く反対しただけだ。反対しただけで、執行はされてしまったけれど……
「では」
ガンツ中佐はそう言って型通りに敬礼してみせると、一同を促した。
エントランスから出て行く軍人たちを、ロスは黙って見送る。
屋敷の庭では、出撃前の最終チェックが行われていた。歩兵中隊の点呼が済み、トラックへの乗車が始まっている。
ゆっくりした足取りでトラックと装甲車のの列へ向かうガンツ中佐の後ろに、一人の女性将校が付き従っている。ラーン=ダ=カイン……バウオン=マ=ダルト討伐に失敗したあの中尉だった。
二人の後ろから通信兵が小走りに追いかけてきた。
「ガンツ中佐殿!」
差し出されたメモを受け取り、ガンツ中佐はペンライトの光をあててざっと見る。
「ふん……王統派の残党か。ついでだ。見敵必殺。作戦開始は明け方前、合図があったら北側から包囲」
ガンツ中佐は通信文をカインに渡し、
「基本戦術はフォーメーションNo.3だ。出発前に全将校に伝えておけ」
「はいっ!」
通信兵は敬礼して走り去る。ガンツ中佐は足を止めず、振り向きもせずに続けた。
「なおラーン少尉の分隊は残留、エルメンの警備を続行」
「は……はい」
カインの声は沈んでいる。
「ちょぉっと、待ったあっ!」
装甲トラックの運転席にとつぜん、ジュディカの甲高い声が響き渡った。つづいて、耳をつんざく急ブレーキ音。
星空の下の岩砂漠の道に、装甲トラックは砂煙を舞わせながら停止した。
「何だ、いきなり!?」
トーンが振り向く。その横でダルトが額に手を当てている。ぶつけたらしい。
「いってェ~…」
ベッド状になっている後部座席からジュディカが身を乗り出した。
「このまま町に入るのって、危険じゃないかなあ? だって軍用のトラックにお尋ね者が三人」
「俺もかよ?」
トーンが嫌そうに合いの手を入れる。
「いってェ~…」
話の流れを無視したダルトの訴えは無視され、ジュディカがトーンに向かって続けた。
「エルメンに、革命軍……っと、今は共和政府軍だっけ?」
「どっちでもいい」
「とにかく軍隊がいないとは限らないってこと!」
「つまり……トラックで乗り込む前に偵察した方がいい、と……」
二人の会話にダルトが、さっきより大きな声で口をはさむ。
「いってェ~…」
「うるせえな、てめえは!」
トーンがメガネを指で押しながら横目で文句を言った。ダルトは口を尖らせる。
「以前は、俺が『痛え』って言えば、それだけで侍医が走り回って大騒ぎだったんだけどなぁ……」
「以前は以前、今は今!」
イラついたトーンの声と対照的に、ジュディカが手を伸ばしてダルトの頭に触った。
「私がなでなでしてあげるね」
「いいからバカはほっとけ。で、どうする? 偵察と言っても、俺はこの辺の地理なんざ知らないぞ?」
「じゃ、私が行くよ! このあたりは来たことあるし」
ジュディカの明るい声に、男二人は顔を見合わせた。それから、ため息をつくように同時に視線を前方に移す。
「信用できると思いますか、女を信じないダルト君?」
「信じて頼むしかないでしょう、女に甘いトーン君?」
止まってる装甲トラックの側から、エアバイクが離れていった。乗っているのはジュディカだ。ノーヘルのままの長い髪と色あせたポンチョが風に舞うが、それがすぐ、星明りだけの闇に融けていく。
後方からそれを見送る二人。
「とうとう、あいつを仲間と認めて信用する気になったのか?」
トーンが薄笑いを浮かべると、ダルトはムッとした顔で答える。
「信用~? 冗談じゃねえ。トーン、山賊改の起動準備を手伝え」
「なんで今?」
「ジュディカが敵を大勢つれて帰って来ないとは限らないだろ」
「そこまで、言う!」
トーンがあきれた声を立てると、ダルトは口元に笑いを浮かべた。
「常に最悪の場合に備えておくこと。これが敗北しないコツなんだよ。……陸軍士官学校で教わらなかった?」
「行ってねえよ、士官学校なんて!」
それから20分ほどしたころ。
エレメンを囲む岩山のひとつの上にエアバイクが突進してきた。が、いきなり前方に空気をぶちまけてハンドルを切り、停止する。
ジュディカが緊張した表情でゴーグルを上げた。
眼下にエメレンの町の灯が見えた。そして町外れに、移動していく明かりの群れが……。ジュディカは目を細め、ジッと見る。
夜の町外れを、軍用車両の一群が移動していた。
中央部を行く装甲車の天蓋から体を出してる大柄な男は、ガンツ中佐だ。中佐はふと、何か気になったのか振り向いた。
遠くの山道に光点が一つ。しばらく留まっていたその光点がやがて動き出し、岩山の向こうへと消えていった。
「…………」
中佐は口を結んだまま、感情の読み取れない目で光点の消えた方向を見ていた。
<つづく>




