●第2話 転進 (後編)
布バケツで水を汲み、ダルトは頭からぶっかけた。。
「ぷはー! まさか、岩山の反対側とはね! いい所知ってるじゃないか、ジュディカ!」
ジュディカは腕を縛られたままだ。
「私も水浴びしていい? 昨日から、砂で汚れちゃって」
「勝手にしな」
「じゃ、ほどいて。…それから、見ないでね?」
「そんなワケにいくか、あほ」
「あー! エッチ!」
口をとがらせるジュディカにダルトは
「お前な……捕虜の水浴びを見張らない奴がどこの世界にいるんだよ」
「んー……でも、ダルトになら見せてもいいかな、私の水浴び姿」
ジュディカは流し目を見せながらダルトにぐいっと近づいた。そして媚びた仕種で身を寄せる。深草色の破れ上衣に包まれた大きいめのジュディカの胸が、ダルトの脇でふにゅっと潰れ、腕には露出している臍が当たっている。
「ね……観たくない?」
ダルトは一瞬驚いたが、すぐにムッとしてジュディカをつき放した。
「やっぱ、突っ込みまくってからぶち殺そうかな、コイツ……」
「ち、ちょっと、ちょっと!」
すぐにダルトは同情するような表情を見せ、
「痛い目見たくなかったら色仕掛けなんか考えるな、頼むから」
それから、ジュディカの腕を捕まえて引き寄せた。そのまま顔を覗き込む
「……痛いよ」
「フン。砂で汚れてるけど……洗えばきっといい女だ」
ダルトはジュディカを抱くように腰に手を廻した。だがすぐに離れた。
「ほら」
ダルトの右手には軍用ナイフが握られていた。ジュディカの足元に切れたロープがぱらりと落ちる。両手が自由になっていた。
「え……」
「逃がしてやる。好きなところに行け。水浴びしたけりゃすればいい、俺はもう行く。
「ダルト……」
「俺は女じゃないから、約束は守る」
その言い草に、ジュディカは少しムッとした。かまわずにダルトは、
「泥棒なんか足洗えよ、ジュディカ。お前なら、めかしこめばイイ男ひっかけられると思う……ぜ?」
喋りながらダルトの視線が遠くに移動する。そのしぐさに緊迫感を感じ、ジュディカも振り向いた。
砂煙が近づいていた。そしてエンジン音も。
ダルトは布バケツをつかんで走り出した。つられてジュディカも走り出す。
「なんでついてくるんだ!」
「なんで前を走るのよ!」
二人は岩の影に飛び込んだ。
「あれは……正規軍の装甲ホバートラックだな」
「やばいよ……私、捕まったら縛り首なの」
「なんだジュディカ、お前も賞金首か?」
「お前も……って」
ダルトは装甲トラックを観察しながら
「一台だけだな。やつらに見つからないように戻れないか?」
「……それなら、こっち!」
岩山の影でトーンはM92Cの整備を終えたところだった。
「うん、これで動くだろ。そろそろ充電も……」
そこへダルトとジュディカが走りこんできた。
「トーン、山賊改は動けるか!?」
「あわてるなよ、もうちょっとで充電終了だ」
「のんびりしてられねえ。軍隊が来た」
「げっ……政府軍? 革命軍?」
「今や政府軍も革命軍だ。」
話がややこしい。トーンは額に指を当てて、イラついた表情で問う。
「つまり……敵か、味方か!?」
「……俺達の味方しに駆けつけてくれる軍隊なんて、いると思う?」
「……いねえかな、やっぱ?」
らちのあかない会話に、ジュディカが割り込んだ。
「この山陰にいれば向こうの水場からは見えないからさ、このままやりすごしちまおうよ?」
だがダルトは、ふたたび悪辣な笑顔を見せる。
「ばーか。こんな砂漠を装甲トラック一台だけで来やがったんだぞ。食い物やら弾薬やらを、たんと……」
トーンの顔が青くなった。
「まさかお前……追いはぎする気じゃ!?」
「もちろんする気だ♪」
「まてコラ! お前、仮にもこの国の皇子様だろうが!?」
「ええっ!?」
慌てたダルトの制止は間に合わなかった。とんでもない事実が耳に入ったジュディカは、驚愕して目を見開いている。
「ダルト……本当なの?」
ダルトは軽く頭を振ってから、開き直った。
「こうなりゃ隠してもしかたねえ。ザイン帝国皇帝バウオン家第三皇子、バゥオン=マ=ダルト殿下とは俺のことだ」
「ひえっ!」
ジュディカは反射的に飛びさがった。が、トーンが冷静につっこむ。
「で、肩書きがなくなりゃ、ただのバカヤロウ」
そう聞いてもシュディカはまだ動揺が収まらない。
「でも皇帝家は全員死んだって聞いたよ!?」
「パニックの時にはデマ情報が飛ぶもんさ」
「あんたが本物だって証拠は?」
「特に無い」
そこまで聞いて、トーンがはじめて気づいたように
「そうか! お前、ニセモノって可能性もあるんだよな!?」
「……俺のことを知ってる奴と会うまでは証明はできないな」
「でもトーン、考えてみなよ。今、皇子の名なんか騙ったって、何かトクがある?」
「……」
ジュディカは胸をはってダルトににじりよった。
「私は信じるよ! イイ男の言うことはとりあえず信じることにしてるの」
「そりゃどーも。それが本当なら、お前はとっくに淫売宿にでも売られてるはずだけど」
そこに、遠くから声が響いてきた。
「おーい、お前ら! そんなところで何をやってるんだ!」
岩山の中腹に、小銃を構えている兵士がいた。
「民間人か? なんで陸軍仕様のアイアン・ウォーリャーを持ってる? ちょっとこっち来い!」
顔を見合わせる三人。
「走れ!」
ダルトの声に、バッ、と三人は走り出す。
とたんに銃声。小銃弾がM92Cの装甲に跳ねた。が、銃が悪いのか腕が悪いのか、弾着は離れている。ダルトがM92Cによじ登る。その後ろに……
「なんでついてくるんだ!」
「なんで前を登るのよ!」
ダルトとジュディカは相前後してコクピットに転がり込んちだ。
「閉めるぞ!」
ダルトの声で、コクピットの「蓋」が閉じられる。ダルトは手早くレシーバーとゴーグルを着用するが、さすがにこの空間に2人は狭い。ダルトの前でジュディカは頭から下へ向かって飛び込んでしまってる。太ももがダルトの顔に何度もぶつかった。
「おい、邪魔だ! 足どけろ!」
「……狭くて!」
ダルトがレバーを操作すると、空冷モーターの排気音が聞こえてきた。たが、ジュディカの両脚て前が見えない。互いの股ぐらが目の前にあるのも扇情的すぎる位置関係だ。ダルトはキレたように叫んだ。
「いつまでもケツ向けてやがると……ここに、口ではとても言えないようなイタズラするぞ!」
「!!」
ジュディカは顔を真っ赤にして、必死にもがきながら姿勢を変えた。
砂を飛び散らせ、M92Cが立ち上がる。驚いた兵士は岩山の向こうへと走って逃げていった。
コクピットではジュディカが、ダルトの膝の上に横向きに座ってしまったような格好となった。自分用のゴーグルで目を守る。
「これでいい?」
「邪魔。」
邪険に言い放つダルトに、ジュディカはわざとらしく甘えたしぐさでしなだれかかった。
「だめぇん?」
息がかかり、胸が密着している。
「……ちょっと気持ちいいから許す」
バカな会話を交わしつつも、ダルトは指でスイッチを操作し、左のレバーをすばやく押しこんだ。
いきなり、岩山の斜面をM92Cが駆け登り出した。
少し遅れて、岩陰から、M92Cより重量のありそうなソーチェスター製アイアンウォーリャーが、「様子を見ながら」という慎重な現れ方をした。
ソーチェスターのコクピットでレーダーを見ていた兵士は、はっとして顔をあげた。
「ん? 上!?」
岩肌を蹴ってM92Cが宙に跳んだ。蹴られて砕けた岩の破片も空中を舞う。
そのままM92Cはソーチェスターの背中を両足で踏みつけて着地。いわゆるミサイルキックだ。ソーチェスターは前方に倒れ、派手なクラッシュ音が響き渡った。
M92Cのコクピットで、ジュディカが頭を手で抑えていた。
「痛った~…っ。もっと品よく戦えないの、皇子様!?」
「どう戦おうと、勝った奴の勝ちだ」
倒れたソーチェスターをM92Cは思い切り踏みつけたまま、その片腕を掴まえて背に捻る。
「何する気、ダルト!?」
「こうするんだよ!」
M92Cがフル排気し、周囲に砂塵が舞いあがる。メリメリ、ガリッと耳障りな音がして、ソーチェスターの片腕がねじり取れた。
そのコクピットでは悲鳴が上がっている。
ねじり取った腕を棍棒のようにふりあけ、M92Cはソーチェスターを乱打した。重い金属どうしが激突する打撃音がそこらじゅうに響き渡る。
「ひぃぃぃぃっ! 降伏する、降伏するーーーッ!」
想像もしていなかった騒音攻撃に、ソーチェスターの操縦者は音を上げた
M92Cでは、ジュティカかダルトの首に横から抱きつきながら、
「ダルト、あれ!」
岩山のふもとで、両手を頭に載せてる兵士達が並んで歩いて来た。その後ろには、サブマシンガンを構えているトーンが。
どうやら勝負はついたようだ。
息をつくダルトの頬にジュディカはキスしようとした。が、ダルトは手のひらで唇を受けて、頬には触れさせなかった。
夕日のさす砂漠を、装甲トラックが走る。荷台にはカンバスに包まれたM92Cが固定されている。
その運転席で、トーンがハンドルを握っていた。助手席には地図を見ているダルト。そして、ベッド状になっている後部座席から顔を出しているジュディカ。
彼女はダルトの手元を覗き込みながらつぶやいた。
「あの人たち…大丈夫かなあ?」
「大丈夫だろ。この地図によればあそこは交通路のようだし、食料も分けてやったし」
「もともとあいつらの食料だけどな」
能天気に答えたダルトにトーンがつっこむ。ジュディカはフロントガラスの向こうの、夕方の砂漠へと視線を移しながら、
「で、私たちは何処へ行くの?」
「いつからお前も含めてのユニットになったんだよ?」
そんなトーンのつっこみは無視して、ダルトが断定的に言う。
「東だ。エルメンに行く」
トーンが疑問声で答えた。
「何しに?」
「エルメンは領主がうまく治めてた。叛乱も波及してない気がするんだ」
「そこにしばらく落ち着く気か?」
「落ち着くかどうかは、兄上の嫁さんがどうなったかを見てから決める」
トーンとジュディカは「え…」とダルトの横顔を見た。
感情は読み取れない。ジッと地図を見ているだけだ。
しばらくしてジュディカとトーンが
「なんだ、身寄りはいるのね」
「お前の兄貴の嫁さんが、エルメンの領主?」
ダルトは表情を変えないまま、地図から前方に視線を上げた。
「本来は兄上でなく俺の、になるはずだったんだけどな」
そのまま、三人の間に会話が途絶えた。
装甲トラックが、砂塵を上げて走り去る。照らす夕陽は、血のように不吉な赤い色になりつつあった。
<つづく>