推理②:龍造寺恋鐘、肩車される
「なら、垣根の時間停止を解除すればいいんじゃないですか。そうすれば穴から覗き込むくらいはできそうだし」
「さっき説明したでしょ。ボクは無生命体しか解除できない。この木々は“成長を続けている”生命体だよ。解除できない」
なるほど。さっきの枝は折れて地面に落ちたものだ。生命活動を行うための機能を失っているから、無生命体と認識されている。
たとえば枝が地面に触れて根を張れば生命体とみなされるのか気になるところだが、今は置いておこう。
「じゃあ登ったらいいじゃないですか」
「さっきの体たらくを見てもできると思う?」
「できないでしょうね」
「そうなんですよね」
恋鐘先輩が肩を竦めた。開き直っているな。
俺は垣根に近づき、指先で触れる。コンクリートのように固い。普通だったら人間が体重をかければ植物の方が力に負けて折れてしまうが、今はどれだけ力を込めても弛みもしない。植木の形をした鋼鉄の装飾品だ。
逆に言えば、これならどんなに重くても支えてくれる。枝と枝の隙間もちょうどいい感じで足が引っかけられそうだ。しかし筋力がなければ、そもそも無理な話ではある。
「ていうわけで早く。時間停止終わっちゃうかもしれない」
「いやでも、出会ったばかりの男に肩車って嫌じゃないすか?」
「男子に肩車されるのはステータスなんだよ」
「女子の間でそんな流行が?」
「お姫様抱っこよりも高くてエネルギーが凄いじゃん」
「位置エネルギーでマウント取れると思うなよ」
この人の頭の中はどうなっているんだ。
「……もういいから、はやくしてください」
溜息を吐いて急かす。ここでうだうだ話し合うより、もうやらせてしまったほうが早い。
俺は枝を捨ててしゃがみこんだ。背後の恋鐘先輩が肩に片足を乗せて、「失礼しまーす」ともう一方の足も肩に乗せてきた。一気に重みがかかるが、これくらいは平気そうだ。
「いきますよ、掴まっててください」
足にぐっと力を込めて立ち上がる。
「ひゃっ」と恋鐘先輩がか細く声を上げて、俺の頭頂に手をおいてきた。
「た、高いね。揺れるぅ」
「両手で掴んだほうがいいですよ」
どうなっているか視認できないが、頭には片手分の感触しかない。
「バランス取ってるのこっちは!」
どういう理屈だ。やれやれと心中で嘆息し、彼女の両足を支えながら垣根のほうに近付く。
「どうですか、向こう見えますか」
「うん、ちょうどいい。見えるよ」
その声を聞きながら、早く終わってくれ、と考えてじっと耐える。
後頭部や首筋には、スカート越しに人肌の温もりを感じる。
触りたいわけじゃないのに、柔らかい太ももの感触を意識してしまう。
気まずい。
「下ろしていいよ」
俺は素早くしゃがんで、彼女が降りるのを待ってから向き直った。
「いやぁ凄い態勢だったね。頭がフットーしそうだったよ」
「沸いてるのはあんたの頭だろ」
「合ってるじゃん」
「合ってるわ」
なんだこの会話。
「それで? 迷子はいたんですか」
「いなかった」
簡潔な返答だった。
そら見たことか――と、鼻で笑う気持ちにはなれなかった。
恋鐘先輩は顎に手を添えて、驚くほど真剣な目つきをしている。
アテが外れて自信を失っているなら、こんな表情にはならない。
「もっと先に行ってしまった、かな」
「先?」
「垣根の向こうはすぐ民家の敷地があるわけじゃなくて、その前にブロック塀があるでしょ。2つは密着していなかった。15センチ程度の隙間がある」
15センチ程度の幅というのは結構狭い。少なくとも俺は挟まったら動けない。
だが、恋鐘先輩が何を言いたいかは想像できた。
「その隙間に子どもが迷い込んでしまった、そう考えているんですか」
垣根に出来た歪で小さな穴。小学校の低学年くらいまでなら何とか入れるだろう。入った先はブロック塀が立ち塞がっているが、垣根と壁の間に隙間があるなら左右に移動できる。
そして15センチ程度の隙間は、小さい子どもなら、横向きで進めばギリギリ移動できる可能性がある。
あり得ないと思う。思うのだけれど、論理的に無理とは言えない以上、否定もできない。
恋鐘先輩は頷き、腰に手を置いて公園の入口へ向き直る。
「問題は、隙間がどこまで通じているかだね。ここは東側の垣根だから、右方向にいけば道路側に行くけど、左方向は行き止まりかもしれない。戻ろうにも方向転換しづらいし、何より枝葉が邪魔になって陽の光がほとんど入ってこない。大人の目にも見つけづらいし、迷子本人も怖くなってるはず」
それは恋鐘先輩の想像に過ぎないが、実況しているかの如く説明されると、不安そうな子どもの顔が脳裏に浮かんできた。
あり得ないような事故や事件をドキュメンタリーで紹介している番組を見たことがあるが、まさにそこで取り上げられてもおかしくない事例じゃないだろうか。うっかりしたことから惨事に発展しつつあるとしたら。
「俺、上から見てみましょうか」
思わずそう訪ねた。当たっていようがいまいが、確認しないと決まりが悪い。
俺の提案に、恋鐘先輩が眉をひそめた。
「大変じゃない? 手伝ってもらえるのはそりゃ助かるけど」
「既に結構大変なんで今さらっす」
ツッコミがくると思ったが、恋鐘先輩は妙に真剣な目で俺を見ていた。
顎に手を添えて黙っていた恋鐘先輩は、ややあって頷く。「わかった」
「じゃあ頼る。小林くんは上から子どもがいないか確認お願い。私は道路側から覗いてみるよ。行き止まりじゃなかったら、道路側に出ていったかもしれないし」
「わかりました」
恋鐘先輩は頷き、走って公園の外へと向かった。
見届けた後、俺は独白する。「さて、と」
少しだけ離れて、助走距離を取った。
息を吸い、短く吐いてからダッシュする。その勢いを利用して地面を蹴り、躊躇なくてっぺんの借り揃えられた枝葉に右手をかける。
「つっ……!」
痛みが走る。鉄柵を無遠慮に握ったみたいだ。
俺は構わずもう一方の左手で枝葉の束を掴む。やはり痛い。が、耐えられないほどじゃない。
左手が震えた。力が入らない。うかうかしていると自分の体重を支えられなくなる。
俺は垣根の隙間に足を引っかけ、体重をうまく分散させながら垣根をよじ登った。
一息ついて、垣根の上に四つん這いになった。
緑色の葉っぱの上に乗っているというのは、常識ではあまり考えられない光景だ。今にも落ちそうな錯覚を覚えるが、垣根はしっかりと固定されていて危なげはない。
「小林く~ん!」
声が聞こえた。ゆっくりと立ち上がって、後ろを振り返る。高い位置からは、公園が接している道路まで見える。そこには手を振っている恋鐘先輩がいた。
「こっちの垣根の出口側はフェンスで封鎖されてた! 見たところ誰の姿もないから、向こう側を調べて!」
「わかりました!」
俺は大声で答え、自分の股下を確認する。
「これか、隙間っていうのは」
恋鐘先輩が言った通りブロック塀と垣根の間に隙間がある。だが、上から覗いてそれと分かるほどしっかり空間が出来ているわけじゃない。
手入れされている公園側の面と違って、裏側はブロック塀に向けてかなり枝葉が伸びている。下の方は陽の光が届かず薄暗い。雑草や枯れ葉、ゴミで汚そうだ。
そんな隙間を小さな子どもが通ったとは考えにくいが、万が一ということもある。
次に俺は、ブロック塀の向こうの民家を覗き込んだ。塀の向こうは民家の庭だった。手入れされた庭には物干し竿が設置されていて、ブロック塀よりは高さが低い。庭先に出るための窓があるが、人の姿は見えない。
子どもの姿も確認できない。
そもそもブロック塀は民家への侵入を防ぐ壁だ。公園側から誰かが入れるような空間はない。
俺は垣根の上をゆっくりと歩き、公園の領域が終わる終点に辿り着く。
東側から北側の垣根に曲がる“「 ”のような形の場所だが――隙間の先は、埋まっていなかった。垣根とブロック塀が終わって、急に空間が広がっている。
つまり、隙間から近隣の家の敷地に出られるようになっていた。
公園に隣接しているブロック塀で囲われた家の、更に隣に位置する民家だ。
俺の視界には、古びた家屋と車庫が映る。隙間の先は車庫の裏手に繋がっていた。
隙間の出口が封鎖されていないのは、大人も通れないようなスペースにわざわざ壁を作る必要はないと判断したのかもしれない。だがこれで、行き止まりでないことは確定した。
俺は少し迷ったが、意を決して他人の家の敷地に降り立った。恋鐘先輩の言う通り今は誰の目も心配することはない。もし時間停止が解除されてしまったら急いで出ていけばいいだけだ。
無意味と分かっていても足音に気をつけながら歩く。一応、他人の家に無断侵入しているので、どこかハラハラしてしまう。
逸る気持ちを抑えて進んでいくと、
「あっ」
思わず声が出た。
砂利が敷き詰められた民家の庭先に、一人の子どもがぽつんと立っていた。
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