商人からの詰問2
ソファに座りながらぐっと手のひらを合わせるサンセと、平然な顔をしているヴィクトリア。サンセは目の前の野暮なローブを羽織った女性に対して、警戒を強めていた。それに室内だと言うのにローブを外そうとはしない。顔を隠していることも気になった。
魂の輝きを魔法具で見ることはできたが、あまりの輝きに直視することができず、魔力の上限が良く分からなかった。それにユリウスと名乗る男は、逆にまったくの輝きを持たず、魔法を使うための魔力は感じられなかった。
あまりにもアンバランスな二人に、魔法具店に似合わない田舎者の服装。
サンセが二人を疑って探りを入れるには十分な理由があった。
「もしかしたら私が魔力を込めすぎたのかも知れません。申し訳ないことをしてしまいました。決して故意ではないですし、商売の邪魔をしようという気はなくてよ」
サンセは沈黙し、部屋の不吉な雰囲気が膨れ上がる。
その時、店の使用人がお茶を持ってきた。
ユリウスはその瞬間、サンセ達の空気が一瞬弛緩したことを感じた。
サンセは両腕を組んで放っていた威圧を納め、商人らしい笑顔へと表情を変化させている。
「ふむ、そのようですね。さてお時間を取らせてしまいました。お茶もできた頃ですね。さて、では当商店自慢のお茶です」
サンセは付き人に命令し、にこやかな表情で話を続けた。
「此度の件、ヴィクトリア様とユリウス様へ不当な疑いをかけてしまいました。ヴィクトリア様の扱いの不手際とはいえ、火を起こす魔道具も少し傷んでいたのかもしれません。先ほどの当方の態度のお詫びもかねて、この魔道具の杖の修理費等は請求は致しません。いかがでしょうか?」
その様子を見たヴィクトリアが、納得したように相槌をうつ。
「十分でしてよ。うふふ、お詫びだなんて。最初から私達に請求する気もなかったのでしょう? おかげで帰りやすいというものよ」
ユリウスは、二人の会話がよく理解できなかったので、考えを整理する。ヴィクトリアは何らかの理由でサンセの意図を見抜いたらしい。サンセ自身もユリウス達のことを攻めようとは思っていなかったようだ。疑っていたのは確かだろうか。
以上の事柄から、先ほどまで行われていたやり取りは茶番であったようだ。う~ん、どういうことだろう。
「ユリウス、サンセ氏は最初にお詫びのお茶を出すために個室へ私達を呼び掛けてくれたわ。お茶はすぐに出来上がらないのでしょう。ほら、いい香りがしてきたわ。サンセ氏は暇潰しの演技をしてくれたのですわ。もしかしたら疑いもあったのかも知れませんけどね」
ユリウスは半分納得しながら、サンセを見たが、サンセは朗らかに笑っている。使用人が良い香りのするお茶を此方に持ってきた。これはティーだろうか。
「当店自慢の鉱石茶です。鉱石を十分に洗い、お茶につけるとお茶の渋みを取り除いてくれます。滑らかな口当たりですよ」
ユリウスとヴィクトリアは出されたカップに手を付けた。良い香りが鼻腔をくすぐった。
ヴィクトリアはお茶を飲むためにやぼったいフードを外した。長く美しい髪の毛がローブの外にあでやかに広がった。
サンセは驚いたように、ヴィクトリアを注視した。
「なるほど、室内でフードを取られない理由がわかりました。フードを取らず失礼なお方だと思いましたが、その美しさでは仕方ないでしょう」
サンセは、このような絶世の美女が存在しているのかと心の中で溜息をついた。魂のほどばしる輝き、その見目麗しい造形、そして美しい銀の長髪。商店の長のサンセいえど、この様な美女はお目にかかったことがなかった。
サンセが驚き、思考を重ねている間、ユリウスとヴィクトリアは出されたお茶に驚いていた。
香り高く、飲む際に期待を膨らませてくれる。口に含むとまろやかな口当たりと上品な甘みを感じた。ユリウスはこのような美味しいお茶を飲んだことはなかったし、ヴィクトリアも驚いているようだ。
「ご満足頂けたようで何よりです。しかしながら先ほどの話で致したように、あまりの魂の輝きに私も本当にそうではないかと少し心配しておりました。よって私が所持している《真実のピアス》により、ヴィクトリア様に悪気がなかったことも失礼ながら確認させて頂きました。そのような魂の輝きをお持ちということは、さぞご高名の魔法使いなのでしょう」
一般市民も魔法は使えるが、さらに高度な魔法を行使できるものは、特別な地位をえることが多い。特にヴィクトリアほどであれば猶更だろう。ユリウスの実家も、魔法の才覚で取り立てられた名家であったからだ。
「そこでご提案なのですが、我々の商会のとある人物が大きな魔力を必要としています。お手伝い頂けないでしょうか? 勿論報酬はお約束致します。」
ヴィクトリアは少し考えた後、ユリウスを見た。ユリウスとしては、何とも答え難い話である。
「そうねぇ、今すぐには無理だわ。私は旦那様と新婚ですの。しばらくはお仕事をしようとは思いませんわ」
サンセは驚いたように表情を無くしてユリウスを見た。ユリウスも何を言い出すんだと耳を赤くする。サンセは、すぐに取り繕ったように表情を笑顔に戻すが、しかし動揺が隠せていない。
そもそも旦那様とは何だ。いままでそんな呼び方したことなかったのに! とユリウスは独り動揺した。
「新婚なのですか?」
サンセは驚愕し、かろうじてユリウスへ一言を絞り出していた。目の前の美女が、うだつのあがらなさそうな貧乏くさい隣の男と新婚だという。先ほどのやりとりの間も黙っているだけだったし、魂の輝きも感じず、顔は不細工ではないが整っていると褒められるものではない。
「えぇ、そうですね。新婚です。とても苦労しましたよ」
ユリウスはサンセに対して簡単な返事をした。事実、大変な苦労をしたものだ。
「ちなみに、出会いはどのような……?」
サンセは自身の話題について、商店の主が始める世間話としては50点ぐらいだと自己採点したが、しかし好奇心には勝てなかった。目前の美女のためなら、どんな男でも苦労をいとわないであろう。地味で野暮ったいローブは、美女の美しさを隠すために用いられているにも気付いたからだ。
「うふふ、私の一目惚れでしてよ」
ヴィクトリアは堂々と言い放った。




