商人からの詰問
「いいえ。怪我はしてませんわ。お気遣いありがとう」
ヴィクトリアは怒声を上げた燕尾服の男性へと返答をした。
燕尾服の男性は、少し老齢であり、お洒落なハンカチーフやカフス等のこなしから落ち着きを感じさせる。
「お客様にお怪我がなくて何よりです。私は、サンセと申します。しかしどうしたことでしょうか。不良品を展示してしまったとあれば当方の管理不行き届き、モノを失礼させて頂けますかな?」
サンセと名乗った男性は、有無を言わさぬ視線をヴィクトリアに投げかけ、魔法具の杖を取り上げようとした。ユリウスはそのサンセの優しいながらも奥底に秘められた威圧に驚きながら、ヴィクトリアの方を見やった。
「えぇ、どうぞ。私が魔力を込めすぎてしまってね。ごめんなさい」
ヴィクトリアは素直な態度でサンセに魔道具の杖を渡した。サンセは杖をマジマジと見やり、軽く振るうと、小さな火種が杖から出てくる。少し考えるようなそぶりをした後、サンセは別の店員を呼び、杖を店奥へとしまい込ませた。
「いいえ、お客様。この杖は故障しております。魔力を込めすぎても問題ないようにストッパーが掛かっているはずですが、そのストッパーが上手く機能しなかったよでうです。当方の不手際、謝罪させて頂きたく、奥の部屋まで来ていただけますでしょうか。お詫びにお茶をご馳走させて頂きたい」
ユリウスは、少し焦った。推測になるが、サンセの言うストッパーはヴィクトリアが壊してしまったのだろうと思うからだ。ヴィクトリアは、少し思案した後、堂々とした態度で言い放つ。
「そうね。立ち話も何ですし、ユリウスも腰が抜けておりますもの。案内頂けるかしら」
ヴィクトリアは張り付けたような笑みでサンセを見ている。ユリウスにとって付き合いはまだ短いヴィクトリアであるが、そのような表情はみたことがなかった。一体何が始まるのか、ハラハラしていた。
◇◇◇
商会の応接室に通されたユリウスとヴィクトリア。応接室内は、サンセと使用人が付き人が着座し、ユリウス達も座る様に促された。ユリウスはこのような仕立ての良い椅子には座ることが少なかったので、少し驚きながらも椅子に腰かけた。
室内はこじんまりとしているが、豪華な置物や絵画が飾られていて、特にユリウスは、魔王と魔女が描かれたであろう絵画に興味を惹かれた。天と地が描かれ、ローブを羽織った人物に対して、銀髪の女性が立ち向かう構図であった。
「おや、絵画に興味がおありでしょうか。この絵画は『魔王と魔女』と呼ばれる絵画で、昔話の伝説を有名な画家が再現したものです。力強い構図に、絵画に秘められたストーリー性から、高い評価を頂いているものなのです」
ふと椅子に腰かけたサンセが、絵画について解説を始めた。ユリウスは感心したが、ヴィクトリアが面白そうに絵画を見つめていた。小声で「まったく似てないわね」と小さく笑っていて、ユリウスはそれを見逃さなかった。
「さて、今回の魔道具の杖ですが、外部よりストッパーが壊されていた形跡がございました。失礼ですが、そちらの女性の方が誤って壊してしまったのではないかと、私は考えています」
サンセはその瞳をギラリと輝かせ、ヴィクトリアを見やった。着座の位置より身を前に寄せて、両手を組むサンセは、一流の商人としての風格が漂っている。
「この杖のストッパーを壊そうとするならば、かなりの魔力を込めなければなりません。それこそ故意にです。率直に聞きます。あなた方は我々のお客様でしょうか?」
サンセ周辺の付き人からも威圧が漏れ始めた。明らかに敵意を向けられている。ユリウスは身を震わせて、弁解を始めようとした。
「いや、そんなこと……」
「我々はそこの女性にお聞きしているのです。魂の輝きが視られない貴方ではありません」
サンセはぴしゃりとユリウスの話を遮った。
魂の輝きとは、魔法の才能を性質を示すものだ。輝きが増せば増すほど、魔力の強さへ直結している。魂の輝きは、不明瞭な所が多いが、魔力に大きな影響を与えることが知られている。魔力が失われると、相互的に魂の輝きも失われ、魔法が使えなくなるという事実は、周知のものであった。
ありていに言えば、魂の輝きとは魔力量を相関を為しているのだ。
「ユリウス様と申されましたか。失礼ながら貴方様は、魂の輝きがまったくありません。私の手に嵌めている魔道具の指輪、《見通しの指輪》と呼ばれる貴重なものですが、人物を見るだけである程度の魂の輝きを確認することができます。ユリウス様に、杖のストッパーを壊せる程のそのような魂の輝きは確認できません」
サンセは指にはめた指輪を撫でながら、ヴィクトリアをじっとみやる。
サンセの視線に微動だにせずに、平穏な姿勢を保っているヴィクトリアは流石だと、ユリウスは感想を持った。
「しかしながら、ヴィクトリア様は、大きな魂の輝きをお持ちの様子。かなりの魔法使いだと存じ上げます。そのような貴方様が、まさか杖の使い方を間違えた等ありえないでしょう。もう一度聞きます。貴方は私のお客様でしょうか?」




