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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
番外
54/54

番外 お断り

やっとかなきゃダメかなと思って…

前半を読んで苦手だなと思ったらUターンを推奨します。

「お断りします!」


 あるうららかな昼下がり。

 竜王国王立第二騎士団の会議室で、そんな元気な声が響き渡った。

 声の主は淡い金色のストレートヘアを今日はリボンで一本に結び、きっちりと洗濯された小ぎれいな隊服をまとった小柄な青年だ。

 その顔は淡いグリーンの瞳に髪の毛と同じ色の長いまつげがけぶるように取り巻いて、細い鼻梁に薄桃色の唇をしておりどこからどう見ても可憐な美少女である。

 その少年の対面では、机に座り頬杖をついた茶髪の体格の良い騎士がジロリと彼を睨み上げていた。


「ルミール、お前の階級行ってみろ」

「従三位です!」

「ようするに見習いだな?」

「はい!」

「上官からの命令は?」

「絶対です!」

「じゃあ…」

「お断りします!」


 男の問答に即答で答えるルミールに、男は不機嫌そうに眉間によった皺に指をあてる。


「…ダメだ。」

「いやいや待ってくださいダイアンさん!おかしいでしょう!?おかしいですよね!?第三騎士団はどうしたんですか!?」


 無慈悲に告げられる却下の言葉に、ルミールは涙目で机に手をつき身を乗り出した。

 しかしダイアンは椅子に背を預けて面倒くさそうにもう一度説明をはじめる。


「残念だが第三騎士団は今回の件では出動できない。だいたいお前以外に適任は居ないだろう。他の騎士を見てみろよ。顔が良い奴はいても全員肩幅の広いことといったら無いぞ。一般市民の皆さんを怯えさせるだけだろう。」


「ダイアンさん、適任だからこそやっちゃいけないんです。超えてはいけない一線というものがあります。」


「しらねえよ、だいたいちょっとスカートはくかはかないかの違いで普段とそう変わり無いだろ。お前は顔がもう女装してるんだよ。」


「失礼すぎる…!ぜんっぜん違いますよ!自分で意図してるかしてないかという180度違う状況ですからね!!」


「そうかそうか、それはかわいそうに。じゃあ上官命令だから。明日朝ミーティングの夕方出動な。」


 机をバンバンと叩いて猛然と抗議するルミールに、うんうんと気の無い返事をしながら、ダイアンはさっさと席を立って会議室を後にしてしまった。

 後は頭をかかえたルミールだけが残される。

 が、すぐにダイアンが戻ってきてドアから顔を出した。

 もしかして思い直してくれたのだろうかとルミールが一縷の望みをかけてその顔を見上げると、さきほどと同じ調子でダイアンが言う。


「ドレスは支給されるらしいから、別に妹の借りてこなくていいぞ。」

「借りませんよ!!!」

「おう、そうか。じゃあまた明日な。」


 ひらひらと手だけだして挨拶した後、今度こそダイアンが宿舎のほうへ歩き去っていく足音が聞こえる。

 どうやら冗談ではなく本当に今回の任務につかなくてはいけないらしいと察して、ルミールは会議室の椅子に身を投げ出すように体を預け、しばらくそのダメージから復帰できなかった。


 〇・〇・〇・〇・〇


 最近、王都で流行りの化粧品屋がある。

 男性禁制のその店は、女性だけで商品を選べるとあって、庶民からお忍びのご令嬢まで、王都の女性はこぞって足を運ぶらしい。

 その店が、ご禁制の品物取引の隠れ蓑になっているのでは無いかという調査報告が上がった。

 店に入った庶民の女性が、帰らないことがあるという噂まで。

 男性が入れないその店は、騎士が捜査のために令状を持って中を捜索しても何も出てこなかった。

 物々しい様子に警戒され、事前に物を隠されてしまったのかもしれないと、次は女性だけで構成される第三騎士団の騎士が潜入調査に向かった。

 しかし二人潜入した内、一人だけが戻ってきた。店に入り、妙な香りがしたと思ったら、横にいたはずのもう一人が消えていたのだという。

 調査に感づかれて捕まったのか、それとも別の何かが起こったのか判然としない。

 しかし彼女の失踪にその店が絡んでいる可能性は非常に高いため、今回二度目の潜入調査となったのである。


「以上だ、質問は?」


「今回も第三騎士団が向かわない理由はなんでしょうか…。」


 会議室での問答の次の日。

 いっそ仮病で休もうかと考えたルミールだったが、どうせバレて担ぎ出されることが目に見えていたため、彼は家族に今回のことが知られるくらいなら…と不本意ながら言いつけられた通り、他数人の騎士と共に作戦室の椅子に座っていた。

 その前で、ダイアンが作戦要項を説明している。


「うむ、件の香りなのだが、聞き取り調査の結果女性に幻覚症状を引き起こすものなのでは無いかと推定された。推定されただけで確定では無いがそれなら次は男が行こうということになった。」


「…今回僕一人なんですか?わりと危険そうな任務なんですけど。」


「残念ながら他に女装に耐えられそうな騎士が居ない。顔が良いのはいるが、少しでも不自然だと危険だからな。お前には連絡手段として超貴重品の双子石を貸し出すので、これで連絡を取るように。俺たちが店の外に待機しておく。」


 双子石とは、その一方が拾った音をもう一方に送る不思議な石である。

 純度が高い程その伝達距離は長く、より高価になる宝石だ。

 しかし問題があって、音を拾いっぱなしなので、意図的にオンオフをすることはできない。


「これ、先輩たちが騒いだら僕わりとピンチじゃないですか?」


「こっちの石は箱にいれとくから大丈夫だよ。お前はそのまま持っておけよ。落とすんじゃないぞ。」


「…箱の中から僕の声聞こえるんですか…?」


「リグがいるから大丈夫だろ。」


 そう言ってダイアンがルミールの後ろにいる栗色の髪の騎士を指す。

 彼は騎士団の中でも耳が良い男で、視力が高いベオルフと組んでよく警戒任務を任される男だ。


「他に文句は無いか?」

「…はい」


 文句じゃないし自分で質問しろって言ったくせに…。という言葉を飲み込んでルミールは頷く。

 すると作戦室のドアが開いた。

 中へ入ってきたのは二人の女性騎士だ。


「話は終わりましたか?」

「終わった。連れてけ。」


 女性騎士の質問にダイアンが頷くと、二人はルミールの腕を両サイドからガシっとつかんで引きずっていく。

 何事かと見上げたルミールに、女性騎士は優しい笑顔をむける。


「まかせて、きれいに仕上げるから!」


 ぞっとして室内の同僚に助けを求める視線を送ったが、全員が出荷される子牛を見るような目をこちらに投げてよこしていた。


「じ、自分でやります!」

「男になんかまともな化粧できるわけないでしょ。ほら行くわよ。」


 往生際悪く叫ぶルミールを、女性騎士二人が引きずっていく。

 こんな状況でなければ両手に花な状態であるのに、ルミールの顔は悲壮感一杯で、残された騎士たちは静かに敬礼して彼の犠牲に目を閉じた。


 〇・〇・〇・〇・〇


「いらっしゃいませ!」


 愛想の良い女店員に声をかけられながら、ルミールは笑顔がひきつるのを必死で耐えた。

 嫌々とは言え任務である。

 しかも人の命がかかっているかもしれない。

 ここから先は、腹をくくって任務を遂行せねば…と、そう思うのに、スッカスカとする足元がおぼつかず、つい足を摺り寄せてしまう。


 結局あの後、女性騎士の協力があって、ルミールは今、茶色い髪をシンプルに結い、灰色の地味なワンピースを着た庶民の少女のなりをしている。

 髪の毛の色は常と同じだとさすがに妹に似すぎてしまうため、かつらをかぶせられた。

 その上から派手すぎない素朴な化粧をしてもらったのだが、妹そっくりのこの顔はそれでも素朴な少女という見た目にはならず、どこからどう見ても美少女である。

 普段から目をそらし続けていた事実を鏡の中にまざまざと見せられて、ルミールはちょっと泣きたくなった。


 店内はたくさんの少女たちが楽しそうに商品を選ぶ声がしている。

 正直ルミールには棚に並べられた色とりどりの商品のどれがどんな目的で使う物なのかは皆目見当もつかないが、怪しまれないためにも自分も彼女たちのように、買い物を楽しむそぶりをしたほうがいいだろう。

 妹にお土産を選ぶ気分で見てみようかな、と棚の品物の一つを取る。

 それは花の絵が描かれた綺麗な小瓶だった。

 花の絵の下には、金の文字で「保湿用化粧水」と書かれている。

 ~なんだろう、液体みたいだし体に塗るものかな?

 首をひねって小瓶の中の液体を見る。ほんのりと桃色に色づいた液体が店内の照明に照らされてきらきらと水面を反射させている。

 妹や母の鏡台に、このような瓶が沢山並んでいるのは見たことがあるが

 どれも同じに見えるルミールにとっては何が良いもので何がそうでも無いのかもよくわからなかった。

 せめて装飾品とかならまだわかるのに。

 ため息をついて棚に商品を戻そうとしたところで声をかけられる。


「お客様、そちらは大変高価ではありますがその分とても良いものですよ。ご予算があわないようでしたらもう少し小さな瓶もございます。よければサンプルがございますのでお試しになられますか?」


 愛想良く口上を述べる店員に、ルミールはどうしようかと内心あせった。

 見た目はどこをどう見ても完璧に少女に見えるルミールも、さすがに声は少し低い。

 男にしては高いほうなのでハスキーな声だと思ってもらえるかもしれないが、できれば言葉を発したくなかった。

 仕方なく、少し控え目に笑って小さく頷く。

 すると店員はこのようにおとなしい少女ならグイグイいけばイケると踏んだのか、その後その液体をルミールの白い手の甲へ塗りこみ、「まあお肌がすべすべですね」だとか「どうです、素晴らしい保湿力でしょう」とか「香りもとても良いのです。お好みの香りはありますか?」だとか機嫌よく話しかけ続けてきた。

 このままでは一目を忍んで捜査などできた物ではない。

 ルミールは店員の迫力に、眉をハノ字に下げて首をふったが、まったく解放してもらえなかった。


 どうしよう、と店内を彼が見渡した瞬間、それまで怒涛の勢いで押し寄せてきていた店員の言葉がぴたりと止んだ。

 ようやく解放してくれる気になったかと一瞬思ったのだが、どうもまわりの様子がおかしい。

 店内でざわざわと楽し気に響いていた少女たちの声も止み、シン…と静まり返っているのである。

 とっさに動きを止め、視線だけでまわりをたしかめれば、彼女たちは皆、うつろな目で商品などを手にしたまま、ぼうっとその場に立ち呆けている。


 ~これがダイアンさんが言っていた香りというやつか


 ルミールには香りも何も感じないが、たぶん、女性にしか効果が無いのだろう。

 息を飲んでじっとしていると、間もなく店のカウンターの奥に設置された棚が、ギギ、と重い音を立てて開いて中から何か箱を持った体格の良い男が出てきた。

 どうもそこが隠し通路になっているらしい。

 その男は店の奥へ続く扉へ足早に入ると、またすぐに出てきた。

 その手にはさきほど持っていた箱はない。


 ~なるほど、あれがご禁制の品か。


 あとはこれを報告すれば帰れるじゃないか!

 と内心喜びの声をあげていると、店の奥へ続く扉から良い服をきたやせぎすの男が顔を出した。

 その男が体格の良い男になにごとか話したかと思うと、体格の良い男は頷いて店内に足をすすめる。

 店で立ち尽くしている少女たちを器用に避けながらどんどんとこちらに近づいてくる男に、自分が正気なことを気づかれるのではとルミールは息をのんだ。


 そして次の瞬間。

 ひょいっとルミールの体が持ち上がった。

 男がルミールを肩にかついだのである。


 まさか抵抗するわけにもいかず、小柄なルミールの体はあっという間に男に運ばれてしまう。

 あと少しで任務達成というところだったのに、まさかの事態にルミールは内心頭をかかえる。

 しかし一つ、嬉しく思っていることがあった。


 ~もしかしてこれ、僕が男だってバレたんじゃないかな!


 やはり、少々妹に似ているとは言え、女装した男などは不自然極まりなかったのだ。

 こいつ、見る目あるじゃないかと思いながら、ルミールは横目でちらっと自分がどこに運ばれているのかを確認する。

 大柄な男が向かったのは先ほど彼が出てきた隠し扉の中だった。

 そこは下へ下る階段になっており、地下へ続いている。

 しばらくその階段を下りた先には、扉がいくつかある廊下に出た。

 男に運ばれながらその扉の数を数える。

 中に人の気配がする扉は一枚だけ。あとの二枚はしんと静まっている。

 男はそのどれにも入らず、廊下のつきあたりの扉へ入っていった。


 そこはひんやりとした広めの部屋だ。

 中につくられた牢獄のような鉄格子の中へ、ひょい、とルミールは入れられた。

 そして鉄格子でできた牢の入口が閉められ、男がまた扉から出ていく。

 扉が閉められると、明かりの無い室内は一気に暗くなった。


 男の足音が階段前の人の気配がした扉あたりに消えたのを確認してから、ルミールは息をはいてまわりを確認する。

 あたりは暗かったが、ルミールの他にも二人の女性がいることが伺えた。

 そのうちの一人は見覚えがあるので、これが件の女騎士だろう。

 その横の少女はよくわからない。着ているものから庶民かとは思う。

 よく見れば二人とも綺麗な顔をしており、随分モテるだろうなぁとそんなことをこんな状況なのに考えてしまう。


 二人とも店内の女性たちと同じうつろな目をしており、動く気配はない。

 女性騎士は壁に背をあずけ、少女は床に力なく倒れるままになっていた。

 とりあえず、彼女たちの口の前に手をかざし、息があるのかを確認する。

 ふっと自分の手に吹き付ける温かい呼気を確認し、ルミールはほっと胸をなでおろした。

 見たところ、着ている物などにも乱れは無い。彼女たちはルミールと同じく、店内から担ぎ出されたままここに転がされているのだろう。

 こうして意識を奪っておけば、逃げ出す心配も無いと言うことか。


 とりあえずそこまで考えてから、首に下げていた双子石を取り出して小声でしゃべる。


「ダンディ、隠し扉の場所がわかりました。店のカウンター奥の右から二番目の棚です。」


 するとほどなくして、カタン、という物音の後にダイアンの声が聞こえる。


「ハニー、でかしたぞ。では速やかに店外へ出ろ。」


 潜入捜査だからコードネームを使うのはいいとして、この呼び名はどうにかならなかったのだろうか。

 さきほどもう少し抵抗しておけば良かったと閉口しながらルミールは報告を続ける。


「潜入がバレたようで隠し扉奥の牢屋にいれられました。件の女性騎士の方ともう一人少女がいます。」


「えっマジ?二人とは話せるのか?」


「いえ、目はあいていますがどうも例の香りで意識を奪われているようです。時間間隔か何かをマヒさせる術なのでは無いでしょうか。息はありました。地下には廊下があり扉が右に1、左に2、右の扉に人の気配、他2部屋は無人だと思います。」


 ルミールの返事に、しばらく沈黙が続いた後ため息交じりの声が返ってきた。


「驚かすな。そりゃたぶんバレたんじゃなくて女だと思って攫われたんだろ。さすがだなハニー!」


「違いますよ!だって女性騎士の方もいるんですよ!?」


「そうだな、お前の中ではな。よし、では夜間に潜入してそのまま制圧する。お前は正体知られると夜の制圧に影響するから無理はするな。以上通信おわり。」


 いろいろと文句は言いたかったが、通信を長引かせて敵の耳に届くのは避けるべきだ。

 でかかったあれこれを飲み込んでルミールは双子石を胸元にしまいなおし、あらためて室内を見渡した。

 特にこれといって特徴のない、地下牢のような部屋だ。

 窓などは無く光がさしこまないせいで、明かりと言えば、前方のドアの隙間から洩れる廊下の明かりくらいで、真っ暗とまではいかないが結構暗い。


 この状態で夜まで待つのか…とルミールは嘆息して女性騎士から少し間をあけて壁に背をあずけた。

 店に入ったのはお茶の時間が幾分かすぎた夕刻になろうかという頃合いだ。

 もうすぐ夕飯の時間じゃないか。

 僕の夕飯はどうなるんだ…?そういえばこの少女たちはご飯を食べているんだろうか?

 女性騎士が失踪したのは数日前だときいていたから、さすがに飲まず食わずというわけにも……。

 考えたらお腹がすいてきた。

 もうはやく家に帰って食卓を囲みたい。

 今日はたしかナガウシのステーキだって厨房のダニエルさんが言ってた…。

 ステーキならあまり焼かずにレアがいいなぁ…と、そんなことをぼんやりと考えながら暇な時間をつぶす。


 こんな暗がりで見目の良い女性二人と一緒なのに考えることが飯のことかと思うと若干悲しくなるが、さりとて騎士として、身動きが取れないご婦人相手に不埒なことを考えるわけにはいかない。

 なにより、今の自分の恰好を思うとそんなこと考える気にもなれなかった。


 ルミールが脳内でステーキ肉ならどの肉がおいしいか、という議題に着手したあたりで、それまで閉じられていたドアが開く。

 中からは、さきほどの体格の良い男とやせぎすの男、それにあぶらぎった貴族らしいデブ男が入ってきた。


 ~あいつは…なんていったっけ…。ブタング男爵…?いやブラントだっけ…。どっかの夜会で見たことあるなぁ。


 あいつの肉は脂身が多くてステーキには向かなそうだな、などと少し危ないことを考えながら、ぼーっとその様子をそのまま無言で眺める。

 若干不満はあるがダイアンの言うとおり、攫われた少女だと思われている可能性がちょっとだけ、わずかに、ほんの少しくらいはあるので、彼女たちのように意識が無いふりをしておいたほうが良いかと思ったのである。


「いかがですか?」


 やせぎすの男が、下品な笑いを浮かべデブにお伺いを立てる。


「うむ、たしかに。では残りはいつも通り処理しておけ。」


「へへへ、わかりました。」


 二人がそんなやり取りをすると、大柄の男が牢獄の扉を開ける。

 やせぎすの男の下卑た笑い声に、ルミールは冷や汗をかく。


 ~これやばいんじゃないかな


 このままいくと自分たちは売られてしまうのではないか。

 ここはこの少女たちを守って戦うべきだろうか。

 しかし武器といえば足にくくりつけた短剣一本くらいである。相変わらず廊下の先には他に数人の気配がする。自分一人で勝てるのかわからない。

 ダイアンたちが店を見張っているはずなので、彼等が自分たちが連れられていく場所へ尾行してきてくれることを祈ったほうが良いだろうか。

 そんなことを必死に考えていたルミールの体が、また持ち上がる。

 呆然としていると、大柄な男はルミールだけをかついでそのまま外に出た


 ~僕だけかよおおお


 少女たちのことを思えばよかったと言えなくもないが、これは絶体絶命の危機である。

 やっぱり女装がバレていたのかもしれない。

 どこまで行ったら抵抗していいんだろう…。

 とりあえず、店を出て、ダイアンたちの作戦行動に差しさわりなさそうなほど離れたらもう逃げていいだろうか。

 しかしもしかしたらこれから奴隷市場のような、これまた取り締まりが必要な場所に行くかもしれないし…。

 その場所を確認してから逃げ出したほうがいいんだろうか!?

 何時!?何時ならいいですかダイアンさん!!


 助けを呼びたくても双子石を使うわけにもいかない。

 むこうがこちらの話し声をきいて事態を察してくれるのを願うしかない。

 大荒れの心中をかかえ、大男にかつがれたルミールは、ほどなくしておおきな木箱に詰められて、どこかへ運ばれた。

 木箱の中では自分が今どこにむかっているのかもわからない。

 間近に人の気配がするせいで声を出すこともできない。

 涙目になりながら四半時ほど箱の中で揺られていたルミールは、箱が持ち上げられ、どこか室内に運ばれている気配を感じた。

 そしてほどなくして箱が空けられ、ルミールはそのまま抱えられてどこか柔らかい場所に座らされた。

 それはキングサイズのベッドだった。


 ~まさかの直接お持ち帰りとは…。


 予想を一個飛び越えた展開に、うっかりルミールを運んでいた大柄な男が部屋から出るのを見送ってしまった。

 そしてそれと入れ違いに、さきほどのデブが入ってくる。

 デブは下品な笑いを浮かべながら、上機嫌な足取りでこちらへ歩み寄ってきた。

 そのままベッドに上がってきた彼を見上げると、それは嬉しそうに汚い笑顔をうかべている。


「気が付いたのか?それは良いことだ。いい悲鳴を聞かせてくれ。」


 デブが言い切った瞬間。

 ルミールは覆いかぶさってきたデブの急所を思いっきり蹴り上げた。


 潜入捜査は慣れていないが、ものすごく残念なことにこういう事態には慣れている。

 ゆらり、とベッドの上で立ち上がるルミールの足元で何が起こったのかわからないらしいデブが痛みに悶絶している。

 そんなデブをひょいと持ち上げベッドの横の床にほうり投げ、そのままその上に飛び降りる。

 ぐえっとカエルがつぶれるような悲鳴が聞こえ、ぶよんとした気持ち悪い感触がしてルミールは眉を潜めた。


「おいデブ…お前があの店で一番偉いのか?」


 体はぶよぶよして気持ち悪かったので、頭をぐりぐりと踏みつけて問いかける。


「わ、私を誰だと思っている!こんなことをしてタダですむと…」

「ブタング男爵だろ!質問に答えろデブ!」

「ブラングだ!!お前のような庶民の小娘など」


 丁寧に自己紹介してくれたデブに、ルミールはなるほど、と頷いて足をどける。

 戒めをとかれたデブは見た目に反してすばやい動きで立ち上がり、扉へ猛然とダッシュした。

 しかし体の重さのせいか、その足は遅い。もう一度首根っこを捕まえて、ルミールは上機嫌で言う。


「とりあえず、僕がこんな格好をしなくちゃいけなかった元凶はお前ってことでいいんだな?無回答は肯定と取るからな?」

「な、なにを…。」


 何か言おうとしたデブをベッドの柱にスイングをきかせて力いっぱいたたきつける。

 それだけでデブは伸びて動かなくなった。

 まだまだこれから恨みを込めて殴ろうと思ったのに…!とルミールは残念な気持ちでだらしなく白目をむいたデブを見下ろした。


 恨みがあるとはいえ、意識がなくなった者に暴力をふるうのは騎士として正しくない。

 仕方なく、シーツを割いてデブを縛り上げていると、異変に気付いたらしい大柄な男が入ってきた。

 室内の様子に一瞬あっけにとられた様子だったが、すぐに持ち直してルミールに襲い掛かってくる。

 自分の腹へ目がけて撃ち込まれる男の拳を、ルミールは避けてそのままつかんだ。

 まさかこんな細腕で捕まれると思っていなかったのか、男が拳を引こうとするが、その腕はまったく動かなかった。ルミールは見た目のわりに筋力があるので、彼に取り押さえられるとだいたい皆このような反応をする。


 よし、代わりにこいつを殴ろう。


 男の腕をつかみながら、鬱憤を晴らす先を見つけて、ルミールはその喜びににっこり微笑んだ。

 大柄な男はその笑顔を見て頬を染める。


「なに赤くなってるんだよ!」


 ぞっとしてその顔に空いた手で拳を入れれば、男はそんなことは予想もしていなかったのか、抵抗もなくその拳を受けてもんどりを打った。

 しかしまだ意識はあるようだ。


「よーし、僕が女に見えるらしいその腐った脳みそを矯正してやろう。」


 今まで犠牲になっていただろう少女たちの仇と、ついでに昨日からの同僚からの理不尽な自分への扱いに対する鬱憤。

 この頑丈そうな男ならすべて受け止めてくれるに違いない。

 そう考えてルミールが拳を振り上げたのと、部屋のドアが音をたてて開いたのは同時だった。


「そこまでー!!」


 入ってきたのはダイアンだった。

 彼は叫んだ後すばやく部屋の中の惨状を確認し、頷く


「どうやら間に合ったようだな!お前が容疑者を殺す前でなによりだ!」


「殺しませんよ!僕の心配をしてください!」


 やはり、理不尽である。

 結局ルミールの鬱憤ははらせないまま、デブと大柄の男は続いて入ってきた騎士たちに拘束されて引きずられていった。

 暴れたりない気持ちではあったが、一刻も早くスカートを脱いで、ダニエルが作るステーキにありつくため、ルミールはぐっと我慢して騎士たちに続いたのだった。


 〇・〇・〇・〇・〇


「いやあお手柄だぞルミール。ご禁制の物も差し押さえられたし、男爵も罪に問えそうだ。どうも商売の他に、個人的な楽しみで店に来ていた少女をつまみ食いしていたらしいな。」


「はあ、人身売買などではなかったんですね…。」


「ああ、おとなしそうな庶民の少女を選んで、その後は脅しをかけていたらしいな。まったく許しがたいことだ。」


 一夜あけた第二騎士団の会議室。

 今回の作戦に参加した騎士たちをあつめて、ダイアンが今回の件の報告をする。

 ルミールが男たちに連れ出された後、店はあっさりと制圧された。

 そのまま店を出た馬車を追尾していた部隊と合流して、ブラング男爵邸にも突入したらしい。


「でもあの女性の意識を奪う術、大丈夫なんですか?他でも悪用されたら狼藉し放題だと思うんですけど。」

「ああ、あれの元凶はどうも最近遺跡で発見された魔術道具だったらしい。元々は生贄の巫女の苦しみを減らすためのものだったみたいだな。すでに失われた技術らしいので国が回収して厳重封印したから安心しろ。」


 変態御用達のような道具だと思ったが、なるほど昔は違う用途だったのか。

 正規の使い方も平和とは言えないが、他で悪用される心配がないのなら一安心だ。

 あんな術が行使される度に女装させられたのではやってられない。


「いや、ルミールが無事でよかった。私は双子石からお前が襲われている声が聞こえたら本当、どうしようかと思った…。」

「リグ、大丈夫だぞ。こいつその手のことで負けたことないらしいから。」


 ぽんぽんとルミールの頭をなでる良心的なリグに、ダイアンが首をふる。


「しかも相手が訴え出れないと知っててぼっこぼこにするって評判なんだぞ。俺は死人が出て始末書書くことにならないかと冷や冷やした。」


「最近はそんなことしてません!半殺しにしてたのはまだ幼かった頃です!」


 ルミールは小さい頃から、見た目のせいでそういうことに巻き込まれやすいたちだった。

 それでも幼少の頃は護衛がついていてくれたのだが、これはいかん、ということで、その護衛が熱心に彼に護身術を叩き込んだのである。

 そのため、ルミールはそのはかなげな見た目に反して随分と肉弾戦に長けている。

 見た目で油断されることもあるのだろう。おかげで今日まで、ルミールの貞操は守られていた。心配してくれた護衛には感謝してもしきれない。

 貞操はともかく童貞は捨てられたのか、という手紙を彼が最近送ってきた時には死ねばいいのに、と思ったが。

 しかし騎士学校に入るまでは、怒りのままに相手を殴りつけたせいでわりと相手が凄惨なことになることが多かった。

 このことに関して、父から程ほどにするように…と注意を受けたのは一回や二回ではない。


「まあ、どちらにせよ第三騎士団の騎士も戻ったし、捕まっていた少女も無事だった。近く昇進できるかもしれないぞ。よかったなルミール。」


「あの二人は無事だったんですか。」


 男が処理などという不穏な単語を使うので少し心配していたのだ。

 無事に助け出されたのであれば喜ばしいことである。


「ああ、お眼鏡にかなわなかった娘たちはそのまま外に放り出していたらしい。気が付いても捕まっていた記憶が無いので発覚しなかったそうだ。」

「そうですか…。」


 女性二人と自分を比べてルミールを選ぶなんて、見る目が無い男だな…と思いながらもうなずく。

 このことに関しては深くつっこむと墓穴を掘るような気がする。

 そこへコンコン、と控え目なノックの音が響いた。

 ダイアンがどうぞ、と声をかけると、ドアが開きそのむこうから先日化粧をしてくれた女騎士と、牢獄でうつろな目をしていた女性騎士が立って居る。


「お話中すみません。彼女がルミール殿にお礼を述べたいと申しまして。」


 敬礼するお化粧騎士の横で、捕まってた騎士が目を伏せて顔を赤らめる。

 ルミールの後ろで、同僚たちがざわめいた。


「おう、いいぞ。ルミール行ってこい。」


 ダイアンに背中を押され、会議室前の廊下に出される。

 会議室の扉からは、同僚の騎士たちが隠れもしないで二人の様子をじっと見守っていた。


 ~ものすごくやりにくい…。


 同僚の心配を有難迷惑に思いながら、女性騎士と向き合う。

 彼女は恥ずかしそうに目をふせていたが、心を決めたのかようやく顔を上げた。

 その目線はルミールとほぼ同じ場所にあり、女性にしては背が高いな、と思う。

 牢の随分暗い中でも綺麗だとわかった彼女の顔は、黒い涼し気な目元に艶々とした唇、今は少し赤くなった柔らかそうな頬にすっと通った鼻筋をしていて、かわいいというよりは美人だという言葉が似合うだろう。

 瞳と同じ黒い髪の毛を、訓練の邪魔にならないようきっちりと結い上げて三つ編みで巻いている。


「あの、私はミアンダ=ハイアンと申します。危ないところを助けていただいてありがとうございました。」


「いえ、任務ですので。お体は大丈夫でしたか?」


「はい、おかげさまで。」


 どうやらあの怪しい術に体への悪影響などは無いようだ。

 彼女たちは服に乱れもなかったし、乱暴される前に救出することができたのだろう。

 騎士として、女性を守ることができたのであればあのようなみっともない恰好をしたかいがあるというものである。


「それで…あの…」

「…なんでしょう。」


 この雰囲気は…もしかして…。

 ルミールが彼女が言いたいことをだいたい察した時、ミアンダは意を決したように胸の前で手を組み叫ぶ。


「お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか!」


「お断りします。」


 自分に女性が頬を染めて告白する時はたいていこのパターンだ。

 予想通りの言葉に、ルミールは即答した。

 後ろから背中に刺さる同僚たちのかわいそうな子を見つめる視線がいたい。

 決死の告白を断られ、がっくりと肩を落とすミアンダを見ながら、僕のほうが泣きたい。とルミールは思った。

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