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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
24/54

23 訪問者

 拝華祭から五日目、私はようやくベッドから出ることができるようになった。


 いや、ご存知の通り、別に体の調子が悪かったわけでも無いし、私個人的にはもう少し早めに出ようと思っていたのだが、ジェニーや家族がなんだかんだと心配してなかなかベッドから出してくれなかったのである。

 いい加減、このままでは逆に体に悪い、ということをやんわりと伝えたところ、渋々と言った体で許可がおり、ようやく今日、部屋の中を歩き回る自由を手に入れたのだ。


 最近忘れかけていたが、病魔が去った今も家族の過保護っぷりは健在のようだ。

 私がふわふわとしていて、頼りないのも原因だろう。

 まだレディからの返信は無いが、とにかく、いついかなる時も堂々とできるようにもう少し気を強く持とう。


 運ばれてきた朝食を食べながらそんなことを考えていたところ、ジェニーが両手一杯に大小さまざまの包装紙に包まれた箱やらを持って入室してきた。

 ぱっと見たところでは小柄な彼女に抱えられるように見えないのだが、それを絶妙なバランス感覚で危なげなく運ぶと、彼女はそれを窓辺の棚の上に並べ始めた。

 両手がふさがっていたように見えたのにどうやってそんなことができるのかは、残念ながら後ろからではよく見えない。

 私はそんな様子を朝食の手をとめて最後まで眺めていた。

 すべてを並べ終えたジェニーが何事もなかったかのようにこちらへ向き直り、そのまま彼女の定位置に控えようとするのを慌てて止める。


「待ってジェニー。それは何?私の誕生日はもう大分前にすぎたと思うけれど。」


 私の制止に、ジェニーはさも当然といった風に答える。


「勿論、お嬢様への贈り物ですわ。拝華祭の次の日から届いておりましたが、旦那様が今はそのようなことには構ってられないだろうと一度お預かりになっておりましたので、初日に届いたお花等は残念ながらありませんが…。ついておりましたカード等はおいておきましたので…。」


「贈り物って、どなたからの?」


「贈り主の方は様々ですが、いずれも拝華祭でお嬢様をご覧になった殿方からですわ。」

「殿方から?」


 ジェニーの答えに私は首をかしげる。

 拝華祭はほとんど参加できずに、帰宅したのだ。

 あの日私が言葉を交わしたのは、グレイン子爵と、二度目のダンスでご一緒したフラットン男爵子息に、クライム様と王太子殿下くらいだろう。

 グレイン子爵が今更なにか贈ってくるとは思えないし、クライム様も同様となると、あと二人くらいしか思い当たる節が無いのだが、窓辺に置かれた箱は少なくとも10以上はあるように見えた。


「変ね、私、あの日はあまり沢山の方とお話できなかったのだけど…。」


 朝食の目玉焼きの最後の一切れをフォークに刺しながら首を捻ると、ジェニーは苦笑した。


「お嬢様がお話にならなくても、デビュタントの方は御前でお名前を呼ばれますし、皆さまご存知ですよ。今回のあの男との話を聞きつけてみなさん意気込んでいらっしゃるんでしょう。特にルミール様に渡して来る方が多いようで、ルミール様は最近帰宅の度に何かしら箱を抱えていらっしゃいます。」


「まあ、そういうことなの。」


 ジェニーの説明に私も合点がいった。

 ルミールお兄様は、騎士学校時代から随分と男性におもてになったという話を聞いている。

 しかし残念なことに、あんな顔をしていてもルミールお兄様は衆道への理解はまったく無いらしく、言い寄られる度にすっぱりきっぱりたまに拳も交えてお断り申し上げたらしい。

 彼と瓜二つの私を見て、同じ顔で女性ならまったく見込みの無い兄よりも都合がいいと鞍替えしてきたのだろう。

 まったく我が兄ながら罪な男である。


 兄の代わりにされるというのは大分複雑な気分ではあるが、贈り物を頂いたのであれば返礼をするのが礼儀だ。

 私は朝食を終えた後、その贈り物を一つ一つ確認していった。

 内容は女性が好みそうなお菓子や雑貨等様々であり、これらにお礼状を書くだけで今日がつぶれそうだな、とため息をつく。


「ルミールお兄様にも困ったものね。この分、女性にもおもてになれば妹の私も鼻が高いのに。」


 そうぼやきながら、先日の博物館での一件を思い出し、それも難しいだろうなぁ、と肩を落とした。


 〇・〇・〇・〇・〇


 ジェニーに便箋と筆記用具を持ってきてもらい、そこから私は黙々と礼状をしたためる作業に没頭した。

 花等についていたカードには、執事の几帳面な文字でどのような花が添えられていたのかが詳しく書かれたメモがついていたので、それを参考に素敵なお花をありがとうございました、と綴る。

 お菓子等は味がわからない物は後回しにして、食べたことある物から先に手をつけた。

 6通ほど書き上げて、少し集中力が切れてきたところ、私の目にきれいな絵の描かれた缶が目にとまる。


「あら、これ…。」


 持ち上げてたしかめると、缶の表には花の絵とともに、フラットンの文字が書かれている。


「フラットン様のところの紅茶ね。話を覚えててくださったのだわ。」


 二番目のダンスの相手をしてくれた、茶色い髪の毛の人好きのしそうな笑顔の紳士を思い出して目元が緩む。

 蓋をあけると、ふわりとお茶の良い香りが鼻に届く。


「素敵。やっぱり良い香りね。せっかくだしこのお茶で休憩しようかしら。」


 そう言いながら蓋を閉め、うきうきとジェニーの名前を呼ぼうとした時、部屋のドアがいささか乱暴にノックされた。


「ど、どなた?」


 驚いて返事をすると、ドアのむこうから息をきらしたらしいジェニーの声が返ってくる


「お、お嬢様、お忙しいところ申し訳ありません。ウルベルト第二王子殿下がいらっしゃるとのご連絡がありまして…。もしお会いになるのでしたらお仕度のお手伝いを…」


 カーン


 と音をならして私の手元にあったはずの紅茶の缶が机の上に落ちた。

 幸い、中身はこぼれなかったようでしっかり蓋をしめてて良かったと思う。

 その時私は、そんなことには構ってられないほど動揺してしまっていたのだから。


 ~とうとう!とうとうきたんだわ…!


 先日受け取ったカードの、『また次の機会に』という言葉がぐるぐると頭の中をまわる。

 またしてもドンドコと盛大に打ち鳴らされはじめた心臓を、私はぎゅっと抑え込んだ。


 ~しっかりするのよ!正体が知られていると決まったわけではないもの。とにかく、まずはご無礼を誠心誠意お詫びしなくっちゃ!


 先ほど決意を新たにしたばかりなのである。

 ここで逃げては女がすたってしまう。


「…お嬢様?いかがいたしましたか?」


 上がる息に深呼吸していると、いつまでも返事が無いことを不思議に思ったのであろうジェニーがいぶかし気な声を上げる。

 私はまだ入室の許可を出してなかったことに気づき、上ずりそうな声を抑えながら返事をした。


「ご、ごめんなさい。大丈夫よ…。どうぞ入って。」


 私の声に、失礼します、と入ってきたジェニーは私の顔を見るなり顔色を変えた。

 そしてそのまま速足で胸を押さえて棒立ちしている私のそばまで来ると、おもむろに私の額に手を当てる。

 ひやり、と冷たい手の感触に、少しほっとした私とは対照的に、ジェニーの顔はますます険しくなった。


「お嬢様、お熱が!」

「うぇ!?」


 混乱しているところに思わぬことを言われて、私はとうとう素っ頓狂な声をあげてしまった。


「お辛いのならどうしてすぐに呼んでくださらなかったのです!旦那様に…いえ、ラフィル様にご報告申し上げてまいります。ミィナ!ミィナはいる!?お嬢様にお寝間着を着せてベッドにお連れして!」


 私が驚いている間に、ジェニーはメイドの一人を呼びながら部屋から出て行こうとしてしまう。

 今日はお父様は仕事で不在なので、代わりにラフィルお兄様の元へ向かうつもりのようだ。

 私はあわててその背中にまったをかける。


「ま、まってジェニー!ウルベルト殿下にお会いするのに寝間着では…」

「まあお嬢様、そんな状態で殿下にご面会などできませんわ!」

「大丈夫よ!別に体もつらくなんか無いわ。私殿下に直接…」

「ダメです!!」


 必死に食い下がってみたものの、ジェニーの力強い言葉に一蹴され、私はメイドに引き渡されてあっという間に寝間着を着せられベッドに逆戻りした。

 それでも殿下に会わせてほしいとお願いした私に、最後は書斎で仕事中だったらしいラフィルお兄様まで出てきてなだめられてしまい、結局ベッドから出ることは叶わなかった。

 このまま引き延ばし続けたら、どんどん罪状が重くなりそうで恐ろしいのだが…。

 せっかくの機会を生かすことができなかった不甲斐なさに、私は枕に顔を埋めて落胆したのであった。


 〇・〇・〇・〇・〇


「お兄様、お願い…。私殿下にお会いしたいの…。」


 そう言う妹に裾をそっと捕まれ、ラフィルは頷きたい気持ちを抑え込むように額に手を当て嘆息した。

 普段聞き分けの良い妹のお願いを聞いてあげたいと思うのは兄として当然の気持ちであったが、今の妹は熱で頬を朱に染め、目はうっすらと涙でうるんでさえいる。

 こんな状態の妹をたとえ第二王子であったとしても男の前に出すわけにはいかない。

 仕方がないな、という言葉をぐっと飲み込み、ラフィルは首を振る。


「ダメだよリィシャ。しっかりと休んでいなさい。それに殿下に風邪をうつしてはことだからね。私がちゃんとお詫びしておくから、お前はベッドでおとなしくしていなさい。」


 そう優しく言い含めるように諭すが、それでも妹は「でも…お詫びは私が…」と眉をハの字に下げる。


 第二王子と妹との接点についてはルミールから聞いている。

 拝華祭の夜、グレイン子爵の不貞を目にして失神しかけた妹を支えてくれたのが彼女をダンスに誘おうとたまたまそこに居合わせた殿下だったらしい。

 あのような場面にあって、優しくしてくれた殿下に妹は恩義を感じているのかもしれない。

 ウルベルトも、元々妹をダンスに誘おうとしていたのであれば、彼女のことは憎からず思っているはずである。

 その証拠に、今日も忙しい中妹のお見舞いに来てくれるのだ。

 そんな彼を妹が直接迎えたいと思うのは当然のことではあるが、これはこれ、それはそれである。


「リィシャ、無理をしてこれ以上体調を崩しては大変だからね。今日は聞き分けておくれ。悪いようにはしないから。」


 もう一度そう諭すと、妹は何事か言おうと口を開きかけたが、どうあってもベッドから出られなさそうなことを察してあきらめたのか、何も言わず、渋々頷いた。

 正直これ以上彼女の『お願い』を断るのは精神衛生上よろしく無いと思っていたので、ラフィルはほっと胸をなでおろした。


「いい子だね。」


 妹の頭をなで、侍女のジェニーにしっかり様子を見ておくよう言いつけてから部屋を出る。

 二年前に病床から快復して以来、妹が体調を崩したのは初めてである。

 よっぽど先日のことが堪えたのだろうと思うと、そんな事態を招いた自分とグレイン子爵への憤りで、自然、眉間に皺がよった。


 そこへ、ハウソンがウルベルトが到着したことを伝えに来る。

 妹に約束したのだから、殿下に不快な思いをさせるわけにはいかない。

 深呼吸して表情を正してから、ラフィルは階下に降りた。


 執事に殿下を応接間に通した旨を聞き、足早にそちらへ向かう。

 いきなりの王族訪問に、先ほどまで使用人たちが慌ただしく動き回っていたが、今ではそのようなことはおくびにも出さず屋敷内はキチンと整えられている。

 いつも以上に美しく磨かれた廊下に、彼らの献身をありがたく思った。


 応接室に入ると、ソファに座っていたウルベルトはすぐにこちらに顔を向けた。その顔が、ラフィルの顔を見たとたん、少し残念そうな表情になったのを彼は見逃さなかった。


「ウルベルト殿下、本日はこのような場所へわざわざ足を運んでくださりありがとうございます。父が不在ですので、本日は私がお相手させていただきます。」


 そう言ってラフィルが頭を下げると、すぐに先ほどの表情はしまい込み、ウルベルトは鷹揚に頷く。


「こちらこそ、急に押しかけてしまい申し訳なかった。先日、故あって妹君にお会いしてから、その後が気になっていたので無理をいってしまった。許してほしい。」


「いえ、妹も殿下に気にかけていただき幸せです。お心遣いに感謝いたします。」


 急な来訪を詫びる彼に改めて感謝の言葉を口にすると、ウルベルトはまあいいから座れ、と視線で促してきたので、もう一度礼をしてから向かいに腰を下ろした。


「それで、妹君はどうしている?」


 ラフィルが座ったのを確認してから、どこかソワソワした様子のウルベルトが尋ねてきた。

 たぶん、もう婚約破棄の話は聞き及んでいるのだろう、その視線はラフィルではなく、どこか宙を漂っている。


「それが…。本日は体調を崩しておりまして…。せっかく殿下にお越しいただいたのに、直接ご挨拶することができず申し訳ありません。」


 心底申し訳ない、という表情を作って謝罪すると、ウルベルトはかすかに顔をしかめた。


「今日から起きられるようになったと聞いたのだが。」


 その言葉に一瞬ラフィルは言葉を失った。

 一体どこからそんな情報を入手しているのだろうか?少し逡巡した後、従兄の顔が脳裏をよぎる。

 たしか彼はウルベルトの補佐を仕事にしていたはずである。

 妹の床上げに歓喜した父親から聞いたのかもしれない。

 しかしこのままでは、妹がウルベルトに会いたくなくて仮病を使っていると思われてしまう。

 口の軽い父親を呪いつつ、ラフィルはすぐに気持ちを立て直し、ウルベルトへ言葉を返す。


「はい、その通りです。今日からようやくベッドから出ることができ、御前中は部屋で過ごしていたのですが、やはり今回のことが随分堪えていたのでしょう。午後から熱を出してしまいまして…。殿下がいらっしゃるときいて妹も楽しみにしていたのですが…。」


 まずは素直に事実を認めてから、本当に残念です、と言外ににじませつつ妹が嫌がっていないことを強調する。

 するとウルベルトは前半の言葉に妹の傷心を思ってか益々険しい顔をしていたが、楽しみにしていた、という言葉に眉を上げた。

 よし、もう一押しだとラフィルは続ける。


「先ほどもどうしても殿下にお会いしたいと私にせがんできかなかったのですが、殿下に風邪をうつすといけませんので、説得するのに骨が折れました。妹も辛いことがありましたので、気にかけて下さる殿下を頼もしく思っているのだと思います。お忙しい殿下にこのようなことを申し上げるのは大変畏れ多いことだとは思うのですが、もし情けをいただけるのでしたら、また妹が起き上がれるようになりました時には是非、一言、言葉をかけていただければ、妹も喜ぶと思います。」


 最後に、渾身の笑顔を作る。

 さすがにウルベルトは男の笑顔に篭絡されたりはしないだろうが、こういうのは心証の問題である。

 そして狙い通り、ウルベルトは随分と機嫌を持ち直したようで、気持ち嬉しそうに頷いた。


「勿論、そのつもりだ。事の次第は聞き及んでいる。直接力になれることは少ないかもしれないが、妹君がまた心穏やかに過ごせることを私も願っている。」


 ウルベルトの言葉に、ラフィルは笑顔を崩さずに、心の中でガッツポーズをとる。


 ~リィシャ、お兄ちゃん頑張ったぞ!


 さすがに忙しい第二王子がまた見舞いに来てくれるかはわからないが、少なくともこれで夜会などであった時には何か声をかけてくれるはずである。

 彼と会えないことを残念がっていた妹も、またの機会があれば今日のことは諦めがつくであろうし、何よりグレイン侯爵家との婚約破棄でもめている中、ウルベルトが直接手を出さないまでもこちらの味方であることは心強い。

 ウルベルトのこの言葉は、ラフィルにとってはかなり上々の成果であると言えた。


 その後は簡単な世間話をし、見舞いの花を置いてウルベルトは帰っていった。

 父の不在中、当主代理として一仕事終え、ラフィルは安堵の息を漏らすと、ウルベルトの言葉を妹に伝えるべく、彼女の部屋に向かったのだった。

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