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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
22/54

21 再びベッドの中

 朝食を食べた後、私は大人しくベッドの中で過ごしていた。

 とは言っても、寝ているだけというのは暇なので座ってできるストレッチをしたり、アリィシャの日記を読み直したり、マナーの教本に読み耽ったりして暇をつぶす。


 午前中には両親とお兄様たちが様子を見に来てくれ、気づかわし気に優しい言葉をかけてくれた。

 あまり心配はさせたくないが、かといっていきなり元気になっても呆れられてしまうかもと思ったので、私は気持ち視線を下に落として、少し元気がない、くらいの態度を心がけた。

 それでも、昨日の醜態が随分酷かったせいか最初腫物を触るような態度だった家族は、私のその姿に一様にほっとしたような顔をした。

 その後は私を疲れさせすぎないように気を使いながらたまに顔を見にきてくれる。


 そんな様子は、なんだか二年前アリィシャになったばかりの頃を思い出し、なんだかちょっと思い出に浸ってしまった。

 銀枝の森を出てきてからこれまで、いろんなことがあったなぁとか、故郷は今どうなっているかしら…とか。

 アリィシャにとってもこれまでの人生はほとんどを王都では無くセイルーム城で過ごしていたのであり、淑女合宿のために一年フェリンド伯爵領に戻ってない私の胸には郷愁の念がしんみりと広がった。


 〇・〇・〇・〇・〇


 その日の昼頃、階下が少し騒がしくなったと思ったら、ジェニーが伯父様とロザリンドの訪問を知らせてきた。

 たぶん、彼等にも随分心配をかけたはずである。

 特にロザリンドはせっかくの社交界デビューの日であったにもかかわらず、私のためにいろいろと迷惑をかけてしまった。

 これについては謝罪したいと思っていたので、私は彼等を部屋に入れてくれるようにお願いする。


 ほどなくして、聞きなれたヒールの足音とどかどかという慌ただしい足音をさせて伯父様とロザリンドが部屋へ到着した。

 ロザリンドはいつも通り、シャンと立つ姿も美しく堂々と入ってきたが、伯父のほうはそっと部屋の中をこの世の終わりのような顔でのぞき込んだ後、私がベッドの上で起き上がっているのを見るとそのまま涙を流してこちらへ突進してきた。


 そんな伯父を、ロザリンドが首根っこつかまえて制止する。


「お父様おやめくださいな。アリィシャが汚れますわ。」


「だってまさか今日会えるとは思わなかったから!アリィシャ!辛かったね、大丈夫かい!?無理していないかい!?何か欲しいものがあったら言うんだよ、たとえカリントの実だったとしても伯父さんかならず手に入れて持ってくるから!」


 カリントの実というのは、真冬にだけ生る不思議な果物で、たしか竜王国では一部の地域でしか育たない。

 ただでさえ高い上に季節を外れているともなればほぼ入手不可能な高級食物である。

 春のこの時期に手に入るとは思わないが、伯父ならもしかしてと思わせるのはさすがと思う。


「まあ、必要な物はすべてお父様が揃えてくださっているから大丈夫よ。でもありがとう、伯父様の気持ちうれしいわ。」


 そう控え目にほほ笑むと、ロザリンドがまじまじと私の顔をのぞき込んでくる。


「アリィシャ、あなた思っていたよりも元気そうですわね。本当、昨日はヨレッヨレのフラッフラでしたから、わたくしあなたがそのまままた寝台生活に逆戻りして、もう一度アリィシャ様は今夜が峠ですなどと聞かされるのでは無いかと憂鬱に思っておりましたのよ!まったく人騒がせね!」


 そう言ってぺしっと扇子で私の頬を軽く叩いた。

 言ってることは私への糾弾に聞こえなくもないが、顔はとても優しい。


 そんなロザリンドの後ろで「峠だなんて!」と伯父が悲鳴をあげまた涙を流している。

 二年前のあの日のことが思い出されたらしい。


「ごめんなさい、ローザ。せっかくのデビュタントを台無しにしてしまって。」


 私はとにかく、一番気にかかっていたことを謝罪する。

 ルミールお兄様は昨日のことについてあまり話してはくれなかったが、それでも私の記憶では、会場ではロザリンドが最後まで付き添ってくれていたのだ。


「まあ!わたくしを誰だと思ってますの?あれくらいではわたくしの障害にもならなくってよ。あなたが帰った後もちゃんと夜会を楽しんで参りましたわ。」


 ほほほ、と自信に溢れた表情で笑う彼女は、なんだか今の私にはとてもまぶしい。


「そう…。良かったわ。それだけが心配だったの。」


 ほっと胸をなでおろすと、べしッと頭上に扇子が降ってくる。


「そんなことあなたの心配することではありませんわよ。それよりあなたは大丈夫なんですの?見た限りでは思ったよりはマシのようだけれど!わたくしの前で嘘をついたら承知いたしませんわよ!」


 わたしはうっと、言葉に詰まった。

 なにせ絶賛嘘つき中なのである。

 しかしロザリンドにはなんでも見透かされそうでドキドキする。


「だ、大丈夫よ…。私、昨日はその、混乱してしまって…取り乱してしまったのだけれど、今はもう大分落ち着いたの。馬鹿なことをしたと思うわ。心配をかけてごめんなさい。」


 ドキドキと鳴る鼓動の音がきかれないかとひやひやしながら、胸に手をあて、事実だけを述べる。

 嘘はついていない…はず。

 そんな私をじっと見ていたロザリンドは、しばらくしてふう、と息を漏らした。


「まあ、そういうことならよろしかったですわ。別にあなたが謝ることは何一つなくってよ。そこは堂々としていらっしゃいな。すべてはあの贅沢者で腑抜けで甲斐性なしで無精者で薄情者で無粋で役立たずな浮気男が悪いのですもの。」


 さきほどのジェニーと同じ意見のようだ。若干、グレイン子爵につく形容詞が多いような気はするが。

 どこか宙をにらむ彼女には何が見えているのか、見たことも無い程その目が冷たい。


「そうだな、本当にこんなことだったらあの時どんな手を回してでも婚約なんて阻止するんだったよ。アリィシャ、もうこの際うちに嫁に来な…」


 涙を止めて、きりっとした表情で頷く伯父様のりりしい姿は、あまり長い時間は持たなかった。

 ロザリンドが思いっきり扇子で彼の背中を叩いたからである。


 今ものすごくいい音がしたんだけど…。ロザリンドのあの扇子、何でできているの…。伯父様が悶絶していらっしゃる。


「お父様!デリカシーが無いにも程がありますわよ!まったくこれだから男親は!言ってることがグレイン侯爵と同じだとなんでおわかりにならないのかしら!?私の時はフェリンドとウェジントンが二世代にわたって結んでもなんの利益も出ないとかおっしゃっていらっしゃったくせに!」


 ベシッベシッベシッ


 言葉にあわせて更に追撃をかける扇子の見事な動きに、私は目が離せない。


「いたっ!痛いよローザ!わかった、わかったから!キースなら気心が知れててアリィシャも安心なんじゃないかと思っただけなんだよ!他意はなかったんだ!配慮が足らなかったのは認めるから止めてくれ!」


 必死のウェジントン侯爵の謝罪に、ようやく扇子を止め、フンッとロザリンドは鼻をならす。

 なんだかその姿がものすごく様になっていてカッコいいが、今褒めるのはやめておこう。

 対する伯父様はなんというか、ヨレヨレである。国の重鎮の情けない姿に、私は思わず笑ってしまった。


「ふふふ、ご、ごめんなさい。伯父様、お心遣いありがとう。わたくしせっかくだから、自分の相手は次は自分で探してみますわ。」


 そんな私の笑い声に、ロザリンドも伯父様も少し目を見開いた後、にっこり笑う。


「そうか、立派なレディに本当に余計なお世話だったようだ。申し訳ないね。じゃあ私はそんな君を陰ながら応援しておくよ。もし困ったことがあったら遠慮なく頼りなさい。」


「そうですわよアリィシャ。あなた少し危なっかしいところがあるのだから、ちゃんとわたくしを頼ってくださいませね。お父様もたまには無駄に持て余してる権力を使う機会があってもよろしいのだし。」


 そう言って私の頭をなでるロザリンドに、伯父様は「え?父さんちゃんと正しく権力使ってるよ?わりと真面目に使ってるよ?」と弁解していたが、まったく相手にされていない。


「さ、今日のところはお暇しますわ。また今度、お茶でもいたしましょうね。おばあ様もあなたとお話がしたいとおっしゃっておりましたわ。ほらお父様、あなたは叔父様にも用があるんでしょう。さっさと済ませてきてくださいませ。」


 ロザリンドはもう一度私の顔を確認し、大丈夫だと踏んだのか一つ頷くと花のようにふわりと笑って立ち上がる。

 そのまま、名残惜しそうにする伯父様を追い立てて部屋から追い出した。

 ベッドの上で暇を持て余していた私は少し残念だったが、伯父様もお暇では無いだろうし仕方があるまい。

 また今度、ロザリンドには構ってもらおう。

 私は今、自己謹慎中である。


 しかしロザリンドも伯父様に続いて退出するかと思ったが、くるり、とこちらを振り返る。


「そういえばアリィシャ。わたくし預かり物を愚兄からしておりますの。」


「キースお兄様から?」


 なんだろう。

 彼は忙しい人なので、ロザリンドの兄とは言えあったことがあるのは片手で数えるほどである。

 幼い頃であれば遊んでもらったこともあるというのはアリィシャの日記から知っているのだが私にとっては少し面識の薄い人物だった。


「ほら、こちらよ。他の物と混ざるといけないから直接手渡しなさいと言われましたの。」


 そう言われてロザリンドが取り出したのは、星鈴草が添えられたカードとお菓子の箱だった。


「まあ、素敵ね。これ先日お茶をいただいたカフェのものじゃない?キースお兄様にお礼を伝えてくれる?」


 最近評判の店のお菓子に私が相貌を崩すと、ロザリンドはため息をついた。

 そんな彼女の反応を不思議に思って私は顔を上げる。


「本当、これがあの木偶の坊からだったら少しは成長したものだとわたくしもよろこばしいのだけど、残念ながら違うのよ。これはね、ウルベルト殿下からなのですって。」


「へぇっ…!?」


 油断してたところへの突然の衝撃に、私は変な声が出るのを抑えられなかった。

 しかしロザリンドは私のその反応を別のようにとらえたようである。


「アリィシャは覚えていらっしゃらないかもしれないけど、あの時あの場に殿下もいらっしゃったのよ。だからたぶん、お見舞いの品を贈ってくださったのだと思うわ。別に公式な物じゃないから気軽な気持ちで受け取ってほしい、と仰っていたそうよ。だからそんなに身構えなくてもよろしいと思いますわ。別に返礼もいらないそうよ。」


 お優しい方ね。

 そう頷いてでは御機嫌よう、と去っていくロザリンドに、私は別れの挨拶も出来なかった。

 震える指で箱を包むリボンに挟まったカードをめくる。

 そこには男性らしい力強い文字でこう書かれていた。


 ~先日はお話することが叶わず、残念でした。

 あなたの笑顔が戻り、また次の機会に恵まれることを願っています。


 こ、これは…!

 お話って…!お話ってなんの話ですか!

 というか次の機会って


 謝罪要求でしょうか!!!!


 そういえば彼に断頭台ものの態度をとっていたことを忘れていた。

 非公式でこうやってメッセージをくれたということはさすがに連行されるような事態とはならないことを願いたい。

 内容をそのまま取れば友好的に見えるのだが、二年前のあの日、妖精だった私との遭遇をのぞけば正しく彼とアリィシャは初対面だったはずである。

 しかも印象は最悪なはず。

 そんな少女にこんなメッセージをそのままの意味で送る意味がわからない。

 これで言葉の裏を邪推するなというほうが無理である!


 彼本人では無く、カードだけなのに、心臓がまた鼓動を速め始め、思考を乱す。

 その破壊力にたまらず私はベッドにその身を投げ出した。


 ~ダメだわこれ…!次の機会があってもまた逃げ出してしまう気しかしない!!


 今のうちにもっと精神力を鍛えないと同じ過ちをおかしてしまうに違いない。

 毎回そこに不貞を働いた婚約者がいるわけでは無いのである。

 次彼を目の前にして逃げ出したら、今度こそ不審者決定である。


 私はジェニーにペンと便箋を持ってきてくれるようお願いする。

 そして、ウルベルト殿下では無くレディに手紙をしたためた。

 その内容はもちろん、


「精神力を鍛えるにはどうすればよいでしょう。」


 という内容であった。

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