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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
2/54

1 逃げた先

 たしかにちょっと調子にのっていたことは認めてもいい。

 旅人を迷わせては身ぐるみをはいで放り出したり、大きな獣の姿で森の奥に迷い込んだ子供を追いかけまわしたくらいはまだ冗談で済んだはずだ。

 人間が驚き慌てる姿が楽しくて、森の外にかかる橋を川の氾濫で押し流したり、村のど真ん中に大きな落とし穴を掘ったあたりからどうも雲行きが怪しかったと言わざるをえない。

 人間の反応に驚き、というよりは、苛烈な怒りが混じっていたのだ。今思えば。

 あの時それに気づけていれば今こんなことにはなっていなかったに違いない。

 私は後ろに迫る者への恐怖に震えながら、ありし日の自分の行いを心底後悔していた。


 この銀枝の森に生まれて500年、これといった外敵もなく、ぬくぬくすくすく育った結果危機管理というものがずいぶんおざなりになっていた。

 今日、いつもどおりに森の中ほどにある泉へでかけ、水浴びをしようとしたところでまんまと人間の罠にかかってしまった。

 大きな男に乱暴に掴まれて籠に入れられ、籠の上から布をかぶせられてグラグラ揺られながらどこかへ運ばれること半日。

 何も見えない暗闇の中で怯えていると、外から男たちの話し声が聞こえてきた。


「銀の妖魔というからどんなものかと思えば、こんな小さな妖精とはな。」

「それで捕まえた後、こいつはどうしようって言うんだい。まさか焼いて食うわけでも無いだろう。」

「さあなあ…。妖精の翅は不老不死の薬になるというし、翅でももぐか、見世物小屋にでも売るんじゃないか」

「もしそうなら…」


 会話はそこで止まり、話していた男二人は、なにかに気づいたのか、足音が前方へ遠のいていく。

 そしてその先から、複数人の人間の声がまたしてきたが、距離が遠く、声はよく聞き取れなかった。

 なにより、私は先程の会話に真っ青になっており、それどころでは無かった。


 このままいけば、よくて見世物小屋、悪くて翅をもがれてしまう!


 恐ろしい想像に身をすくめ、必死に暗闇の中、籠から出られないか模索した。

 しかし籠には妖精封じの魔法がかかっているらしく、必死に入り口をこじ開けようとしても、うんともスンとも言わなかった。


 絶望に打ち震えていると、何やらさきほど男たちが向かった方角が騒がしくなり、籠がガタン!と大きな音をさせて揺れた。

 籠は何か台の上に置かれていたのか、衝撃で転がり落ち、急速な落下感の後ゴロゴロと籠と一緒に転がり、あまりのことに私は一瞬気を失いそうになった。

 なんとか意識を保ち、あちこち打って痛む体を起こすと、落下の衝撃で籠にかけられていた布が取れたらしく、半日ぶりの外の景色が見える。

 私の目に最初に飛び込んできたのは大きな丸い月と星空だった。

 どうやら籠に入れられているうち、夜になっていたらしい。

 久しぶりに目に飛び込んできた光を、目をすがめて見つめていると、目の前の月が漆黒の闇に飲み込まれる。


 そして籠が、持ち上げられた。


 驚いてよく見ると、闇だと思ったのは、漆黒の全身鎧を着た人影だった。

 その人影が籠を持ち上げ、私を覗き込んでいるのだ。

 月夜の光の中で、そこだけ黒く切り取ったような人影はひどく恐ろしくて、私は身を縮こませる。


「お前が銀の妖魔か?」


 兜の下からくぐもった低い声が、私に問うてくる。

 私が答えずにいると、彼はまた何か言おうとしたらしく、兜の下から息を吸い込む音がする。

 が、彼が何かを言う前に、後ろから声がかかった。


「すみません、少しよろしいですか。」


 漆黒の鎧は声がしたほうへ振り向き、私が入った籠を横にあった馬車の荷台へ置く。

 どうやら先程はここから転がり落ちたらしい。


 漆黒の鎧の恐怖から開放され、固まっていた体の力を抜く。

 そこで私は気がついた。籠の入り口が、少し空きかけているのである。

 どうやらさきほどの衝撃で、妖精封じの魔法の仕掛けが傷ついたらしい。

 そっと入り口に手をかけると、バチン、と拒絶されるかのような衝撃があるが、先程のように手応えが無いわけではない。


 ~これなら出られる!


 そう気づいた私は、全身全霊の力を使って、入り口をこじあけた。

 傷ついたとは言え、まだ妖精封じの魔法は機能していたらしく、ほとんどすべての力を使い果たすことになったが、閃光と大きな音をたてて、籠の入り口を封じていた戸は弾け飛ぶ。

 本来であれば、気づかれないように静かにやりたかったのだが、私の力ではとにかく入口を開けることが精いっぱいで、他のことへ回す余力はなかったのだ。


「籠が!」


 案の定すぐに気づかれ、先程漆黒の鎧を呼び止めた声が、驚きの叫びをあげる。

 その声の主と何か話していた漆黒の鎧もそれに気づき、こちらに振り返る気配がする。


 私は急いで開けられた入口から飛び出し、彼らとは反対方向へ逃げた。

 荷馬車を飛び越えると、先ほどまでは物陰で見えなかったが、そこには沢山の人間が集まっていた。

 皆、何かをしていたようだが、先ほど籠を壊した音と、漆黒の鎧たちの声でこちらに気づいたらしい。

 全員の目が私へ向いている。


 このままではまたつかまってしまうことを察した私は、進度を90度変更し、脇の森の中へ逃げ込んだ。

 ここで逃げ切れなければ行く末は翅をもがれて地面に落ちるか、見世物小屋で一生籠の中である!

 飛べない妖精はなんとやら。

 残った力を振り絞って必死に翅を動かした。

 そして、冒頭に戻る。


〇・〇・〇・〇・〇


 後ろからはガチャガチャと鎧が当たる音が聞こえ、すぐ後ろを漆黒の鎧が追いかけてきているのだということがわかった。


 とにかく早く彼らから離れなくては!


 そう気は急くのに、まったく速度が出ない。

 籠の入口を壊すのにほとんどの力を使ってしまった上、籠が落ちた時に翅を痛めたらしく、

 今の私は体をなんとか支えて飛んでいるがあっちへふらふら、こっちへふらふらとまっすぐ飛べているとは言えない状態だ。

 おかげで後ろから迫る鎧の音は、ぴったりと後ろをついてきていた。


 妖精である私にとって体の傷は致命傷にはならないが、魔力の消耗は致命的だ。

 このまま逃げ続ければ、待っているのは消滅だけ。

 普段は姿を消してやり過ごすのだが、もうそんな力も残っていない。


 不気味な黒騎士が妖精を追い立てる様は、通りすがりの勇者が見たら100%、私の味方になってくれるはずの、凶悪な絵面である。

 彼らには今一度、自分の姿をよく省みて欲しい。

 そしてできれば通りすがりの勇者様に通りすがってほしい。

 心の中で悪態をつきながら、恐怖ですくみ、動けなくなりそうな体を必死で叱咤しながら逃げ惑う。

 しかし通りすがりの勇者様は現れず、とうとう私の体はぺしゃりと情けない音をたてて地面に不時着した。

 後ろからついてきていた鎧の音も、すぐ後ろでピタリと止まる。


「これ以上逃げるな…」


 背後で響く底冷えのするような声に肩が震える。

 重い鎧をつけて走ったはずであるのに息一つ上がらないその声に、恐る恐る振り返ると、目に飛び込んできたのは漆黒の黒ではなく、鮮やかな赤だった。


 ~燃えているわ


 一瞬、漆黒の鎧の上に、赤い人魂が燃えているように錯覚した。


 先ほどまで悪魔のような角が生えたフルメットをしていたのだが、今はその兜を脇にかかえ、漆黒の鎧の上に、人間の頭が見えている。

 一瞬炎だと思ったのは、騎士の髪だったようだ。

 そう錯覚するほどに、青白い月あかりに照らされる夜の森の中にあっても彼の髪の毛は鮮やかなほど赤かった。


 その赤い髪の下から除く、黄金色の瞳に射抜かれるようににらみつけられ、震えあがる。


「大人しくしてろよ。」


「ひっ」


 言いながら、甲冑に包まれた手が私を捕まえようと伸びてくる。

 その手が私を捕まえる様を見たくなくて、思わずぎゅっと瞳を閉じた。


 ~ああ!神様!いままでのこと、謝りますから!大いに反省しますから!これからは旅人には親切にして道を示して、橋をかけて、畑を実らせ、子供たちを守りますから!だからどうかもう一度チャンスをください!どうか!


 意味の無い悪あがきと知りながら、必死に神に祈る。

 しかし祈りむなしく、私の体はむんずとつかまれた。


 が、冷たい鎧の感触ではない。何か温かい柔らかいものが私をつかんでいる。

 つむった瞼のむこうがにわかに明るくなり、私はつかまれたまま、すごい勢いで何かに引き寄せられた。

 夜の森のざわざわと揺れる木々の音や、フクロウの声が遠くなる。

 鎧の音もしない。


 ただ、少女の声が聞こえる。


「お願い…お願い、神様…。」


 さきほど祈った私の声ではない。か細く、今にも消えそうな少女の声。


 そして私をつかんでいた何者かが手を放し、何かにたどり着いた時、私は止めていた息をほっともらした。


 すると、まわりがざわり、とざわつく音が聞こえる。

 どうやらまだ、私は何者かに囲まれているらしい。

 気配から漆黒の騎士たちでないことはわかるのだが、だからといって友好的である保証はない。

 もしかしたら、いたずらし倒した村人に囲まれていて、その後袋たたきコースだってありえる。


 もうウサギの身長ほども飛び上がる力は残っていないし、どうせつかまれば逃げきれはしない。このまま狸寝入りを決め込もうか…とも思ったが、一体何が起こっているのかの現状把握はしなければならないだろう。


 私は覚悟を決めて、恐る恐る目をあけた。


 が、そこに居たのは、漆黒の騎士でも村人たちでも無い、仕立ての良い服を来た、複数の男女だった。

 その顔はいずれも涙で頬を濡らし、そのくせぽかん、と口を開いている。


「ここは…」


 どこ?そう言おうとした私の肩を黒髪に口ひげを蓄えた中年の男ががしりとつかむ。


「アリィシャ!?伯父さんがわかるか!?」


「ありっ…?」


 近い近い、お願いです、離れてください。


 必死の形相を至近距離まで近づけて迫る男の勢いに押されてしまい、言葉が出てこない。

 その様子を見ていた白衣の男性がはっと我に返り、私に掴みかかる男を止めにはいってくれた。


「ウェジントン様、お止めください!アリィシャ様は病人ですよ!どうぞお静かに!」


「そうですよ義兄さん!何父親の私を差し置いて先に声をかけているんですか!」


 青の瞳に金髪の長髪を後ろで一本にまとめた少しはかなげな印象の男が、その印象とはまったく違う元気の良さで、白衣の男性に次いで黒髪の男に抗議する。


 ~父親!?あの人子供がいるの!?そうは思えない若さなんだけど。何歳くらいなのかしら!?


 金髪の男は見た目はせいぜい20代半ばといったところで、村で言う父親のイメージとはあまりに違う。村の父親たちは彼より一回り…下手したら二回りは大きかったし、見た目も貫禄があった。


「フェリンド様も…。とりあえず、一度診察しますので申し訳ないのですが皆さま部屋を出ていただけますか。」


 白衣の男性は、金髪の男にもため息まじりに注意をする。

 彼は見たところ、お医者様のようだ。

 人間にまじって生活をしたことは無いが、伊達に500年を生きてはいない。人間社会のことはなんとなくわかる。


 お医者様は、部屋に集まっていた人々を、手伝いの女性に指示して追い出させた。

 男たちはやや不満そうに、女性たちはやや茫然といった面持ちでそれに従う。

 部屋から出されていった者たちは村の者よりずっと立派な服を着ている。

 彼らはたぶん、貴族というやつだろう。人間たちが線をひいて区分けた地域を、導く者たちだ。

 私が住む森へ侵入した貴族はあまり多くなかったから、こんなに沢山の貴族を見るのははじめてだ。


 ~ということは、ここは貴族のお屋敷の中なのかしら。


 広い室内。きれいな模様の絨毯にカーテン。私が横たわるベッドは、村で見たものよりも大きくて立派で、なによりもふかふかと温かい。


 キョロキョロとあたりを見渡す私に、お医者様が神妙な顔で


「アリィシャ様、これが何本かわかりますか?」

「アリィシャ様、ここはいたくありませんか?」


 などと質問しながら目に明かりを当てたり、腕をとったり、腹を手の平で押したり私の体を念入りに調べ始めた。

 どうも私は今、アリィシャという名前らしい。

 胸に銀色の金属をあてられると、くすぐったくておもわずふふっと声が漏れる。

 その声に驚いた様子でお医者様は顔をあげると


「これは…いやはやどういうことなのか…。」


 と、額に手をあて、天井を仰いだ。

 手伝いの女性がその様子を心配そうに見つめながら


「先生、いかがですか?ご親族の方に入ってきていただきますか?」


 と質問する。

 お医者様はしばらく天井を見つめていたが、うん、と一つ頷くと女性に向き直った。


「とりあえず、フェリンドご夫妻にだけ入ってきてもらえるか。」


 女性は了承の意を示して、部屋のドアをあけ、廊下で待っていたらしい誰かを中へ招く。


 その間、「なんでセルジだけ!」というあの黒髪の男性の不満そうな声が聞こえ、なにやら問答している声がしていたが、ほどなくして先ほどの金髪の男性と、優し気なグリーンの瞳に、亜麻色の髪の毛を結い上げたきれいな女性が部屋の中へ入ってきた。

 女性は少し顔色が悪く、まだ頬には涙の後が残っている。

 ベッドにほど近くまでくると足早にかけより、私の頬に、その細い指をすべらせる。


「アリィシャ、お母様がわかる?先生、この子は助かったんですか?」


 のぞき込んでくる緑の瞳には、新しい涙が浮かんでいた。

 その心配そうな瞳に、何か答えようとしたが、それよりもはやくお医者様が口をひらいた。


「奥様、その通りです。そしてもう一つご報告すべきことがあるのですが…。」

「まさか、何か他に悪いところがあるんですか!?」


 お医者様の言葉に男性は眉間に皺をよせ、女性はびくりと身を震わせた。

 しかし、続くお医者様の言葉は二人にとっては信じられない物だったらしい。


「いえ、どうやら、アリィシャ様のご病気は、治癒されていらっしゃるようなのです。」


 医者のセリフが終わらないうちに、バタン、と音をたてて女性が床に倒れた。

 男性がそれをあわてて抱き起す。


「ど、どういうことなんです?」


 女性を抱き起こしながら男性が青い瞳を見開いて医者に訪ねた。

 お医者様は首を横にふり、信じられない、といった様子でさきほどの言葉を補填する。


「アリィシャ様は、息を吹き返されたばかりか、まったくの健康体になっておられます。」


 男性は倒れることは無かったが、その言葉の意味を理解するのに少しの時間を要したようで、しばらくの間、質問した姿勢で固まっていた。


 そして女性を腕に抱きながらいきなりがばっと立ち上がると、その容姿からは想像もできない騒々しさで、廊下にむかってなにごとか叫びながらむかっていく。

 その背中を見つめながら、私…アリィシャは、今何が起こっているのかをなんとなく把握し、

 漆黒の鎧にもう追われることの無い安堵感に、ふわふわのベッドに包まれ、意識を手放したのだった。

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