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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第六章 皇帝拝謁
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第五節

 ヴェリアリープ帝国南西部、自由都市バウスト。

 古くから商人たちが牛耳る自由都市であったが、南街道からも西街道からも遠く、百年以上前からその栄華は陰りを見せていた。しかし、帝都クロスフェールとエナスフール王国を結びながらも南街道を大きく迂回する南方鉄道が敷設されるとバウストは、クロスフェール、マリーワールに次ぐ一大鉄道拠点となり、過去の栄光を取り戻しつつあった。

「あん? なんだありゃ? 止まる気ねぇのか?」

 保線作業を終え、給水塔の陰に腰掛けた工員が南方より来たる列車を見咎めた。暑いほどによく晴れた青空に一筋の黒煙が上がっている。平坦なヴェリアル大平原でそれほど石炭をくべる必要などないだろうに。何をそんなに急いでいるのか。

「おやっさん、朝礼聞いてなかったでしょ?」

 若い駅員が工員に声をかけた。いつもは無能なのだが、こういう時ばかり偉そうな奴だ。

「あんだよ?」

「アレはアレですよ、ポテルナントカ城伯って貴族様が借り切った貨物列車。昼前に通過するって話だったじゃないですか」

 彼らは知らないが、その名を騙られた城伯は昨夕、命を落としている。

「通過? この街をか?」

 南方鉄道開通以来、バウスト市は大陸有数の商業都市に返り咲いている。物流や儲けを考えれば、バウスト駅をただ通過するなど珍しい。

「なんでも皇帝様への献上品とかで、明日の戴冠式に間に合わせたいみたいですよ」

「そりゃ、あんだけ罐焚いて突っ走ってりゃ今日の真夜中にゃ帝都に着くだろうけどよ」

 それほど急ぐなら何故事前に準備しなかったのだろうか。前皇帝の崩御から一年後に戴冠式が行われることなど農民の子供だって知っている。

 その全速力の貨物列車が彼らの前を通過していく。何故か汽車には緑のローブ――魔術師の姿が見えた。魔術師が汽車の運転など聞いたことがない。だが、工員にはそれ以上に気になることがあった。

「積み荷は献上品だって?」

「ええ」

「やけに臭せぇ献上品だな」

 締め切られた貨車からは酷い臭いが漂っていた。

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