第六節
「そちが〝アブククナ城一番乗り〟の英雄アニエミエリじゃな?」
アニエミエリ、エルルティス、オリビノエイタ、ミューネの四人が名乗るなり、皇帝クラリーク一世は玉座から玉音を発した。朝見の儀では臣下から皇帝に奏上するのが通例だが、呼び出した手前もあるのか皇帝は早速下問した。
「英雄など分不相応と思いますが、東新大陸の戦役においてアブククナ城へ最初に突入したのは本官であります」
「我が国は騎士の、武人の国ぞ。武勲を謙遜するでない。存分に誇るが良い」
ミューネと四つしか違わない皇帝だが、さすがは騎士の頂点。堂々としたもので、異人たちも畏まざるを得ないようだ。しかし、ミューネはその対話をほとんど聞いていない。
「昨日も賊共を討ち取った練達の士と聞く。その武勲に〝ゲリークフェン宮殿一番乗り〟などが加わらぬことを祈るばかりじゃ」
「滅相もありません、陛下。我らは陛下のマリエスタ陸軍を教育するために参った、ただの教官であります。他国はいざ知らず、我らにそのような野心などありません」
「それなら良い。我が臣下は鉄砲や大砲の扱いを心得ておらん。存分にその任を全うせよ」
「了解しました、陛下」
封建制度の象徴と異国の将校が、他の参列者が動揺するほどの皮肉を打ち合っている。しかし、ミューネはその応酬のほとんどを聞いていない。
「これがお飾りの皇帝? そんなはずないじゃん」
エルルティスが漏らした小声は彼女らの母国語だからミューネにはわからない。しかし、ミューネはそもそもその言葉が聞こえていない。
なぜなら、ミューネは心臓を激しく鼓動させていたからだ。
なぜなら、男性にあれほど髪を触られるなど初めてのことだったからだ。
なぜなら、ミューネはまだまだ知らないことだらけの初心な少女だったからだ。
血圧の低い質でなければ今も顔が真っ赤に染まっていたはずだ。彼――オリなんちゃら青年の屈託のない笑顔を見れば、それに特別な意味のないことなどわかっているが、だが、だとしても、それをわかっていても、跳ねる鼓動は静まらない。
だから、皇帝と異人の話など聞いていなかった。むしろ、聞こえなかった。正直、それどころではなかった。はっきり言って、御前だとかなんだとか関係ない。
もぉ! 何!? 何なのッ!?
何故かそれをときめきか何かだと認めたくない作用が働いたのか、その気持ちは半ば怒りに転化していた。若さ故だろうか。
俯く視界の端には自分には真似の出来ない丁寧な三つ編み。
「して、朕の命を狙う不届き者に、代わりに囚われてくれたのがそちらじゃな?」
ミューネの胸と頭がお祭り騒ぎしている間に話は進んでいる。
「はい、陛下」
本来、大恥であるにも関わらず、異国の青年は元気よく答えた。おかげで、まだ混乱しているミューネは何もしゃべらずに済んだ。
「でも、あの、なんと申しますか……」
「なんじゃ? 言うてみよ」
ミューネが黙っていたがために、礼節も身分も顧みず彼は勝手に疑問を口にした。異人でなければ一蹴されていただろう。
「僕には、その……」
少しだけ言い淀むも彼は続けた。
「あの人たちが陛下を暗殺しようとしてたなんて思えないんです」
謁見の間は一斉にざわついた。異人が皇帝に対して意見するなどそもそも不快で無礼なのに、言うに事欠いて叛徒の肩を持つなどあり得ない。アニエミエリも彼を止めようとしている。
また、ミューネもそればかりは聞き捨てならなかった。甘酸っぱい思いから転化された怒りを、ここぞとばかりにぶっつける。
「へ!? 何言ってるんですか!? 私はしっかり聞いたんですよ!? 陛下を弑する企みについて、って言ってたんですから!!」
徹夜して書き上げた報告書にもそう記してある。反逆者は皇帝弑逆を企み、その調査を命じられた自分を拐かしたのだ、と。今朝の話だと、自分は彼らを釣り上げる囮として師匠に利用されたのだがそれはそれとして。見事、釣り上げたのは間違いないはずだ。
「あ、いや、そうなんだけどね。だけどさ、僕にはあれだけ騎士道を重んじてる人たちが主君である皇帝陛下を襲ったりするとは思えないんだよね。だって、騎士だよ?」
異人に騎士の何がわかるというのだろうか。だが、騎士やプラニラムへの祈り、魔術師であるミューネを前にして彼はその瞳を少年の様に輝かせていた。そういったこの国らしさに興味や愛着があるらしい。気弱そうな顔ながら、強い意志を見せている。今や、御前で向かい合っての討論会であった。
「敗残騎士とかそういう政治の話はよくわからないけど、彼らは本物の騎士だったと僕は思うんだ。そしたらやっぱり、皇帝陛下は守るべき存在なんじゃないかな? もっと、こう、積極的に守ろうとする側なんじゃないのかな?」
「あなたは知らないからそんなこと言えるんですよ! 敗残騎士っていうのはもう何年も悪いこといっぱいしてきてるんですから」
「僕だって新聞は読んでるけど、彼らは外国人の僕にまで騎士道を貫こうと――」
がんがんがんがんがん!
「控えおろう! 下郎めがッ! 御前たるを忘れたかァ!」
黒檀の錫杖を床に打ち付け、式部官長エナスフール王が怒鳴りつけた。かつて戦場で馴らした老人の怒声は若いふたりを震え上がらせるには充分だった。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
教師に怒られた生徒のように揃って素直に謝ったふたり。その様が滑稽だったのか、玉座の主はくすりと笑ったのだが、ミューネはそれどころじゃなかった。
ああ、師匠にはもっとこっぴどく怒られるんだろうなぁ……。




