第二節
裂帛に続く剣戟の調べ。床を踏み抜かんばかりの足音。決して広くもない一階は戦場と化しているようだ。騎馬も弓兵もいないが、騎士たちが大義と己が腕を信じて戦う、伝説に聞く戦場。
恐ろしいことだが、オリビノエイタはそれを見たいと思った。
縛られているのも忘れて立ち上がろうとするが、うまくいかない。
「ぶべゃ!!」
思いっきり転んだ。顔面から転んだ。
「大丈夫、ですか?」
魔術師の少女ミューネが心配そうに訊く。いや、もしかしたら、呆れているのかも知れない。だが、床との強烈な接吻のせいで、彼女の表情までは見えない。
「だ、大丈夫。痛いだけだから」
我ながら弱音なのか強がりなのかわからない返答をしつつ、オリビノエイタは首だけを前へ向けた。おそらく、床を這う巨大な芋虫のようになっているだろう。この部屋に大きな姿見があれば、自身の姿に泣けてしまったかも知れない。この部屋の下では今も勇ましい戦いが繰り広げられているというのに。
「でも、よかった。これで助かるね」
「……それはどうでしょう?」
ミューネの渋い貌の意味がよくわからない。
「その、碧空騎士団に限ったことではないんですけど……騎士の皆さんはだいたいが、異人斬るべし、って思ってますし」
「えっ」
城伯が猿轡を外してくれた理由を思い出した。曰く、何も言えぬまま奴らに斬り捨てられかねん。それは戦場の混乱という意味ではないらしい。
だが、そのとき、希望の音が轟いた。
銃声だ。
旧大陸に生まれ、効率よく人を殺傷する兵器――銃砲火器。伝統と技術を重んじる騎士たちが毛嫌いする武器である。そんなものがクロスフェール都内にあるはずもなく、外国軍が駐屯するのは海岸のマリーワール近辺だけだ。
例外は、今朝、彼自身が酷い目にあった城外の練兵場にいるマリエスタ陸軍とアルテプラーノ教官団である。
「オリタッ!?」
「アミー!?」
階段から現れたのは二十年来の幼馴染み――アニエミエリ・フローナーストだった。
先程の銃声は彼女が放ったものなのだろう。彼女が握りしめた連発拳銃は、今朝と同じように硝煙を棚引かせていた。
オリビノエイタは戦場の彼女を知らない。東新大陸の戦争で活躍した英雄だと人は言う。この旅も彼女が英雄だからこそのものだ。垣間見えたアニエミエリの厳しい表情は苛烈にして冷徹。彼の知らない彼女だった。
しかし、それも一瞬だった。
「無事!? 怪我はない!?」
縛られ、横たわったオリビノエイタに駆け寄るアニエミエリ。切り揃えられた栗色の髪を振り乱し、瞳には涙を湛えて。
「え、あ、うん。僕は大丈夫」
痛むのは鼻先だけで、それは自分のせいだ。
「君も大丈夫、だよね?」
「あ、はい」
自身とミューネの無事を伝えている間に、オリビノエイタは助け起こされた。
「あらあらあらあら」
どこか間の抜けたその声も幼馴染みのものだ。
「さっそく抱き合っちゃってー。なーにー? 感動の再会?」
軍刀を納めながら階段を登ってきたのはエルルティス・ルクスティーだ。
「ばっ、馬鹿言ってないで手伝いなさい!」
「ふえーい」
アニエミエリはオリビノエイタの、エルルティスはミューネの手枷と足枷を解かんとした。荒縄を軍刀で斬ろうとするのはわかるが、何故かアニエミエリは顔を背けている。出来ればちゃんと見てやってもらいたいのだが。
「あれ? これどーなってんの?」
一方、納刀したエルルティスは結びをほどこうとするのだが、彼女の不器用さ加減は二十年前から変わらない。
その間も、階下の喧噪は続いていた。だから、アニエミエリもミューネも気づかなかった。オリビノエイタが気づけたのは、たまたま視線をあげたからに過ぎない。
「アミー!! 危ないッ!!」
彼女の背後で、紺碧のマントを翻した甲冑姿の騎士が長剣を振り上げていた。




