第三節
「抜かった……!」
窓の外を覗くポテルクワ城伯は苦々しげに呟いた。彼の一挙手一投足が堂に入っていて、オリビノエイタは囚われの身なれどついつい心躍らせていた。
「如何なされた、城伯?」
一味のひとりが訊いた。どうやら彼もまた騎士らしい。ポテルクワ城伯を含め六人の男たちがこのアジトに潜伏している。彼らはヨッセル上流戦争に敗れ落ち延びた、いわゆる〝敗残騎士〟というやつだろう。モデルトレデト大佐の近代っぷりに辟易していたオリビノエイタにとって、彼らはこの国で初めて出会った騎士らしい騎士たちだった。
「通りに町人の姿がない」
「なんと!?」
「囲まれたのだ」
驚いたのは何も騎士たちだけではない。ミューネもオリビノエイタも驚いた。ちなみに、虜囚のふたりは後ろ手を縛られ猿轡をされている。
帝都クロスフェールはその近郊も含めて人口約百万の大都市である。これほど大きな街は旧大陸にひとつ、東新大陸にふたつみっつある程度で、まさに世界有数といえる。そのうえ、この街には電信の類はなく、だからこそ彼ら不逞騎士や革命党員、諸派の間諜などが入り乱れ大いに混沌としていたはずだ。にもかかわらず、数時間も経たぬうちに官憲の手が迫っている。
なにかの魔術によるものだろうか?
オリビノエイタはそうも思ったが、そんなに都合のいい魔術などないのだろう。ミューネもまた驚いている様子だった。
「相手は……」
「青空の俄騎士だな」
仲間の言葉をポテルクワ城伯が引き継いだ。オリビノエイタの知らぬことだが、碧空騎士団のことである。彼らのような由緒ある門閥貴族にとっては平民上がりの騎士団など軽蔑の対象にしかならない。しかし、そんな連中が彼らを攻囲せんとしている。
「悔しいが……最初から謀られていたのだろう」
誰にともなくそう言ったポテルクワ城伯がちらりとミューネを見た。誰のどのような謀があったのか、オリビノエイタには皆目見当がつかない。
「……轡をはずしてやれ。それでは何も言えぬまま奴らに斬り捨てられかねん」
城伯が首魁らしく、反論もなく他の騎士が丁寧に猿轡を解いてくれた。そこで、本来なら誘拐犯相手に決して口にすることのない言葉が思わず出た。
「あ、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
しかも、その言葉はオリビノエイタひとりが発したわけではなかった。ミューネもまた礼を言ったのだ。その滑稽さに気づいたオリビノエイタはミューネと顔を見合わせた。
「……礼には及ばん」
これにはさすがのポテルクワ城伯も苦笑した。
「覚えておくが良い、異国の青年よ。卑しき異人にも慈悲を忘れぬ、これぞ我らヴェリアル騎士の〝騎士道〟なのだと」
「は、はい……!」
後ろ手に縛られたまま、オリビノエイタは身を乗り出すように頷いた。我ながら人質としてお人好しすぎるとは思うが、強くあふれる気持ちは抑えようがない。
「さて」
ポテルクワ城伯は五人の同志と向き合った。
「各々方、御覚悟はよろしいかッ!?」
「オーッ!!」
まさに中世の軍記に見るような勇ましい騎士の姿を、オリビノエイタは見た。
そして、西新大陸の誰もがするように、聖印を切り、彼らは祈った。
烏兎の間隙に住まう母なる女神よ
汝の零した青き涙に
今も我らは感謝を捧げん
願わくば再びの慈悲のあらんことを