第十八話◇ 高級料理店
怪我が治ったので約束通り飯を食いに行くことになった村山。
うまいものと言えば君たちは何を思う。俺はカレーとかそう言った定番のものから麻婆豆腐と言った定番なものまでを思い浮かべる。
「じゃあこの飯はなんですと?」
「兄貴……これ、私には過ぎたるもの」
俺と三奈がそろえて疑問を口にする。いやだって……キャビアでしょ? ツバメの巣でしょ? フカヒレでしょ? まあコース料理なんだけど五品目に待ち構えるは神戸牛のステーキだし。しかも奥の方の机には西暁寺先輩が居るからできるだけ兄を対角線に置くように椅子を位置取らなくてはならなくなった。見つかったらうるさそうだし何より親父さんが厳格そうでつながりが見つかったら怖いこと限りなし。
「あ、そうだ、ところでなんでこんなお金持ってるんだ?」
俺は非常にこのことを聞きたくて聞いてみた。妹もうんうん頷いている。
「出所を教えるわけにはいけないなぁ」
兄は目線を左上に逃がしながら鮭のムニエルにキャビアをのせる。俺はそれをなるほどと思いながら見つつ目線は兄に向ける。
「……深くは追求するまい」
俺はそう言って兄の食べ方を真似する。
遅れたが俺の服はモーニングだ。妹はどっからか持ってきたドレスを着ている。非常に美しくて、俺はつい頭の上にはてなマークを出したら顔をぶん殴られて頬骨を陥没骨折したんじゃないかと思ったが、実は陥没してないことが直後に判明した。
「そうね、なんか兄貴の事情に首を突っ込むと大変なことになりそうだし」
妹も同意しつつ兄の食べ方を真似する。案外いけるなこれ、作者はキャビア食ったこと無いけどいけるんじゃない?
「ところで兄者」
「なんだね篤志?」
「兄者の人脈はどのくらいあるんだ?」
「そうだな……取り立てて言うほどでもないが、あの有名なヨドバシ電器の創始者の息子である今の社長とは懇意にしているぞ」
「それだけでおなかいっぱいです」
なんだよ今の発言は、もう取り立てて言うほどだろ。
「……兄貴は一体何者?」
妹が言う。俺は答えてやる。
「お前の兄貴はよく分からない者だ」
「ああたしかにそうね」
妹は頷いた。同時に西暁寺が此方を振り向いた。
「ッチ」
俺はうまく兄貴の陰に隠れる。
西暁寺サイド。
「この店の主人は私の友人なのだよ。存分に食べると良い」
私は家族でこの高級料理店『ヴェネツィア』に来ている。珍しく父が共に食事ができるので私も喜んで付いてきた。
「久しぶり、お父さんと話すのは」
私がそう言うと父は、
「いつも仕事が忙しくてな……私は時々にしかお前と接することができず、本当に済まないと思う」
いいの、私は父が多忙なのを知っているし、その中で僅かな時間を見つけて会ってくれることを本当に嬉しいと思っている。
「いいのよ。お父さんだっていつも疲れているんだし。ね、お母さんも喜んでるじゃない」
「あらそうかしら? 私も素直ねえ」
お母さんが笑いながら言う。私の望むことは既に叶っている。はずなのだ。
「どうした静。なにか悩み事でもあるのか?」
父がそう言ってくる。たしかにわだかまりがある。しかしそれは私が望んで良いものなのだろうか……。
「ちょっとトイレに……」
私はそう言って席を立ち、振り返る。
ここには居るわけもない、あり得ない人物の顔が目に入ってきた。
村山篤志こと俺はもう動けない。蛇に睨まれた蛙のような、追い詰められた狐のような。そのような表現は半ば滑稽に思われる。しかし、その表現は実に正しい事であることは間違いない。彼女は俺の目を見て、そして目だけで語った。
『ちょっとトイレに来い』
俺は従うしかなかった。
「ちょっとトイレ言ってくる」
俺がそう言うと兄は、
「あいよ」
と頷いてくれた。
そしてトイレの入り口にて。
「なんであんたがここにいるのよ」
「いや、そう言われましても兄に誘われて妹と俺と兄で仲良く食いに来ただけです」
「ここはあなたのような庶民が来ることができるような店じゃないのよ……そうね、私の家は結構伝統がないからここの中では新入りよ。何かやったの?」
西暁寺は俺をいぶかしげに見てくる。しかし、そのように睨んだ所で何も出てこないんですよ。
「いや、俺にも分からない。兄が何故かどうしてかそういうことですね」
「いや、そう言う事ってどういうことよ」
「俺に言われてもわかりましぇん。しかし、妙な偶然ですよね」
「そうね、しかもこんなところで会うなんて私たち妙な縁があるのかしら」
顎に手を当てながらそう呟く西暁寺。
「非常に残念です」
俺がそう言った途端、アイアンクローが俺を襲った。
「ヌォォォォォオ!?」
何だこれは! 骨がきしむ音まで聞こえるではないか! なんたる力! フォース!
「何が残念なのかしら」
西暁寺の甘い言葉が聞こえてくる。それにしても行動が冷たいのですが。
「い……や…光栄で」
俺がそこまで言うと西暁寺は俺の頭をパッと離してくれた。
「そう、そこまで嬉しいなら許すわ」
上から目線の笑顔でそう言われた。
「はい、ありがとうございました。ではこれにて」
俺はとっとと自分の席に戻っていった。