36話 特訓
山に籠り、三日目。
四人それぞれが、羆を倒せるほどまでになっていた。
「紺さん」
空は暗く、木々が揺れる音のみが、聞こえてきていた。
そこに、人の声。
焚火を見つめる紺の横に、龍一が座り込んだ。
「何してるんです?」
「特に何も。夕食まで、こうしてようかと」
紺の返答に、龍一は頷く。
「自然っていいですよね。…それで、聞きたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「藤木組と言えば!って感じで、紺さんを連れてきたんですが…実際、因縁的なのって…」
龍一が聞くと、紺は少し首を傾げた。
「因縁自体はないな。…ただ、龍を作った行為は、本来許されない行為という、まぁ、そんなものだ」
龍一は唸った。
「別に、こなくてもよかったんじゃないですか」
そう言われると、紺は後ろを振り向く。
大きめなテントがある。
「俺を破った、牧良二。それを破った轟。だが、轟には不安要素が多いからな、お前も含めて、育ててやろうと」
龍一が口を開く。
「牧良二?」
「あぁ、牧オードンだ」
「へぇ。でも、凛太の方が強いと思いますよ、あなたより」
「そんなことは百も承知。だが、龍一は生まれつきに頼りすぎて、純粋な身体能力の強化を怠っているように見える。逆に凛太は、握力を駆使した技が少ない。そこを育てれば、たとえ鋼山でさえ、倒して見せるだろう」
龍一が微笑みながら、立ち上がる。
「わかりました。じゃあ、あの二人呼んできますね。今晩は何作りましょうか」
紺も少し、笑いかけた。
「そうだ。俺も聞きたいことがあるのだ。お前が呼んだ者とは、一体なんだ」
「それは、まだ秘密です」
数日後。
凛太が誰よりも早く起き、外に出て夜空を眺めていた。
「…藤木組とか、俺知らねんだよな」
凛太が呟く。
「なんで俺、面倒なことに巻き込まれに行ったんだ?」
数秒考え、頭を振った。
「無理だな。答えは出ねぇ。今日は何するのか…」
凛太が考えながら周りを見ると、山を登る人影が数人見えた。
こちらへ向かって来る。
「ん~?」
右肩にバッグを背負うものが、真っ先に見えた。
「…響十!」
凛太が叫ぶと、響十が手を振る。
「なるほど。特別な奴って…」
次第に、他の人影も見えてきた。
「…?」
他の人影は、見たことのあるものの、不思議な人物だった。
楼 王宣、桜 髙美、瀬賀羽斗。
あと一人、知らない奴。
凛太が首を傾げ、テントの中に入る。
目を擦りながら、龍一が手を振る。
「おはようございま~す。皆さん」
響十が軽く手を上げる。
「なぁ、あいつは誰なんだ?」
智が聞いた。
「久慈島流道場門下生、鶴島勇気さんです!」
「どうも」
勇気が笑顔で言った。
「…ガチで知らん。なに久慈島流って」
凛太が早口で言う。
「久慈島流武術。五十年以上前から存在する武術だ」
紺が凛太に向かって言った。
「…藤木組との抗争時、私たちはもちろん参加しますが、この人たちは?」
王宣が龍一に聞く。
「いえ、他の人は参加しません。あくまで特訓相手です」
「俺は参加してもいいが」
羽斗が割り込んだ。
「いい。藤木組に因縁ないでしょ」
「…まぁ」
龍一が一歩下がり、凛太達に合わせた。
「それじゃあ、よろしくお願いします!」
「あなたとは、手合わせしてみたかった」
紺が天地上下の構えで、響十に話しかける。
「そうか。ならよかった」
響十はいつもの構えで、踏み出した。
左拳が、紺の顔へ迫る。
紺の右手が振り上がり、響十の拳をはたいた。
そのまま右拳を引っ込め、正拳突きを放つ。
響十の腹へ直撃した。
「っ…」
響十が飛び、着地したときに砂埃を上げた。
「…いいな。紺」
「俺は龍一と闘りたかったんだ。お前じゃない」
羽斗が腕を組んで、凛太を睨む。
「はいはい。じゃあやるぞ」
「はぁ…」
羽斗がため息をつくと、凛太の目の前まで、一瞬で近寄った。
「なっ!?」
羽斗の左掌が、凛太の腹に触れる。
ドンッ。
凛太が吹き飛んだ。
「かはっ」
凛太が唾を吐き、仰向けに倒れた。
「…やるじゃねぇか」
凛太が言いながら立ち上がる。
「…楽しめそうだ」
「よろしくお願いします!」
勇気が精一杯の声で言った。
「あぁ。よろしく」
智がボクシングスタイルで構えた。
勇気は、八極拳のような構え。
「ふっ」
息を吐き、智が三発、左ジャブを放つ。
勇気は右腕でガードしながら受け、ジャブを放ち終わった瞬間、左拳を放った。
智の腹へ、深く食い込む。
だが、智はそのまま殴り抜けてくる。
智の巨拳が、勇気の胸を狙う。
勇気は、胸を両腕でカバーした。
両腕を、拳が打った。
「本当にいいんですね?二人がかりで」
「はい。問題ないです」
王宣が構えた。
勇気と同じような構え。
髙美は、長い棒を持っている。
背中にかけ、両腕で持っている。
「多人数及び武器術。実践向きの訓練、開始します」
王宣が突っかける。
右腕を振るい、龍一の顔面へ拳を突き出した。
龍一は後ろに飛びのき、拳を躱す。
それと同時に、髙美が棒を突き出した。
髙美の棒が、龍一の眉間に迫る。
龍一は髙美の棒を右手で掴み、そのまま地面を蹴って宙へ飛んだ。
逆さの状態の片手で、棒を握っている。
王宣がそれに近づき、左足を高く、龍一の胸のあたりに向かって放った。
龍一の胸を打ち抜き、龍一を蹴り飛ばした。
だが、その瞬間髙美の体が引かれる。
咄嗟に右手を離してしまった。
すると、龍一の手に、長い棒が渡る。
「あぁ、私の…」
髙美が呟きながら、構えなおした。
太極拳のように、緩やかな構えである。
王宣と髙美、二人が同時に前へ進み出た。
王宣が上段蹴り、髙美が右拳を放つ。
その二つとも、棒でガードした。
髙美がさらに近づき、右拳を放つ。
龍一は再び、棒でガードしようとした。
しかし、拳は急旋回し、棒の下をくぐり抜けて龍一の腹を打った。
「っ…」
龍一が数歩、下がる。
「ふぅ~…」
髙美が深く息をついた。
龍一へ突き進む。
「フッ」
右手を振り上げ、龍一の首を狙う。
龍一の首に、柔らかな手が触れた。
まるで、猫でもなでるような。
髙美の左足が、龍一の太ももを叩く。
龍一が飛び下がる。
右足が、じんじんと痛む。
髙美は腕をしならせている。
龍一が足を見る。
その一瞬で、王宣が進み出た。
龍一が顔を上げると、左の拳が頬に触れた。
龍一の体が崩れ落ちる。
目を開く。
あまりのまぶしさに、目を細めた。
「あっ起きた」
髙美が顔を覗かせる。
「速いね。三分ぐらいしかたってないよ」
「…続き、お願いします!」
龍一は言いながら飛び起きた。
「…うん!」
髙美が立ち上がり、棒を手にした。
王宣も隣で構える。
龍一が走り出す。
二人に向かって、全速力で。
髙美が棒を突き出す。
龍一は身をかがめて棒を避けた。
王宣が、龍一に向かって蹴りを放つ。
龍一は右腕を地面につけ、体を傾けた。
足が龍一の目の前を通り、王宣が前へ態勢を崩す。
龍一が右手を支柱にして回転し、左足で王宣の足を払った。
王宣が肩から地面に落ちる。
龍一が立ち上がった瞬間、髙美が棒を振るう。
棒を左腕で受けた。
すると、龍一の体が回転する。
右足で体を支え、左足で髙美の腹を蹴った。
「はっ…」
龍一が飛び退く。
「…続きを」
王宣が立ち上がった。
「はい!」
数日間、相手を変えながら、特訓を続けた。
山を下りる前日。
「なぁ、龍一」
「ん?」
凛太が横に座った。
龍一が凛太の方を向く。
「お前、成長したよな」
「何。いきなり」
「前は響十に負けて泣いてたくせに。今じゃ元気にやり続けてるからよ」
「泣いてない」
響十は何回か頷き、自分の手を見た。
「紺が言ってたんだ。技でも作ってみたらどうだって。でも、どうやって作るんだよ。首締めしか思い浮かばないし」
凛太がため息をついた。
「お前は退化したな」
龍一が言うと、凛太が驚く。
「なっ、どういうことだよ」
「初めて会ったときは、オラオラ言う感じだったじゃん」
凛太は口を尖らせ、数秒考えた。
「よし!技なんか考えね。全力でぶん殴る!」
「それはいささか…」
「お前はどっちを言いたいんだよ」
「ん…」
髙美が目を覚ます。
うずくまった状態で、顔を腕の中に埋めて寝ていたようだ。
座ったまま上に伸び、目を擦った。
「王せ~ん?」
髙美が立ち上がり、周りを見渡す。
王宣の姿は見えない。
テントを開け、外を見る。
他の者はいるが、王宣はいない。
髙美は、外を歩き始めた。
「王せ~ん」
小声で呼びながら、森の中をうろつく。
「…帰れるよね」
髙美は不安になったのか、道を戻り始めた。
「…ん」
大きな音が、少し聞こえてくる。
ドンッと、何かを叩く音。
髙美はそちらに向かって歩き始めた。
一分ほど歩き、人を見つける。
王宣が、木を殴っていた。
一発一発を、重く。
「王宣…」
髙美が呼びかけた。
王宣が気付き、拳を止めた。
「どうした?」
「別に。なにやってるの」
髙美が聞くと、王宣が木を見上げる。
「抗争に向けて、特訓だ」
「熱心だね」
「負けるわけにはいかない」
王宣が淡々と言う。
「…蛇とか、針とかがいるとはいえ、他の組に勝てるかな?」
「忘れたか?藤木組が強さで頂点を取っている事を」
「忘れたわけじゃないよ。怖くないか、みたいな?」
「…楽しみだ」
髙美が顔をしかめる。
「えぇ…なんで」
「ようやく、全力で戦える」
「でも、私たち雇われてるだけで、藤木組と何の関係もないよ?」
「それでいい」
王宣が木に手の平で触れる。
「ウルフの事を忘れたわけじゃない。生きて帰るつもりだ」
「…そりゃそうでしょ」
髙美が怒ったように言う。
「?どういう意味だ」
「別に!」
髙美が背を向けて立ち去ろうとした。
「…帰れるのか?」
「…」
髙美が再び振り返った。
「安心しろ。俺は死なない」
髙美の手を掴み、歩き始めた。
龍一は、金殺の試合場にいた。
相手は、大きな相手だ。
「おい。ガキがこんなとこ来ていいのかよ」
男が話しかけてきた。
「まぁ、学校に行けるといいな」
男が笑いながら、試合場の端へ歩く。
『本名、霞原龍一。一が大男を食らうのか!?』
龍一は自分の名前を聞いた後、耳を研ぎ澄ました。
『まるで獣。まるで熊のような男が、今日も人を喰らう!』
龍一が呼吸を整え、構えた。
男はレスラーのように構えた。
『本名、日堂恵介!人喰い男の登場だー!』
歓声が巻き起こる。
人喰い男、日堂恵介。
それが、男の名前。
二メートルを優に超え、広い背中から構成された筋肉の数々は、その大きさを際立たせる。
「では、始めぇ!」
審判の声とともに、恵介が飛んできた。
左手を伸ばし、龍一を掴もうとする。
龍一が右足を振り上げ、恵介の腹を突いた。
「がはっ!」
恵介が音を立てて、床に倒れ伏す。
「がぁぁぁ!」
恵介が声を上げ、苦しそうにする。
龍一は唖然としていた。
おかしい。
そこまでのダメージじゃ。
そう思っていると、恵介の体が再び飛んできた。
巨大な丸い背中が、龍一に当たる。
龍一を金網まで吹き飛ばす。
恵介が走ってきて、拳を突き出した。
龍一は頭を横にずらして、拳を避けた。
すると、鋭い音が耳をつんざく。
横を見ると、恵介の拳が金網を突き破っていた。
恵介が拳を引き抜き、再び振るった。
龍一の腹へ、拳が打ち込まれる。
龍一の体が浮く。
後ろへ吹き飛ぶ。
龍一の両手が床についた。
そして、一回転して起き上がった。
「へぇ…」
恵介が嗤い、また走ってきた。
龍一へ、大きな体が迫ってくる。
龍一は横に転がって躱した。
金網に体がぶつかり、恵介は龍一の方を向いた。
その瞬間、右の拳で、恵介の顎を打ち抜く。
恵介の身体が、崩れる。
しかし踏みとどまった。
恵介が顔を上げた。
龍一の拳が、恵介の顔を打つ。
「ぐふっ」
恵介の頭が落ちると、龍一の膝が顔面を打った。
恵介は後ろに反るが、ぐらりと前に向かって倒れた。
「勝負あり!」
審判の声で、歓声が巻き起こる。
「イチー!さすがだぜー!」
その声が響く後ろで、黒いジャケットで身を包み、帽子を深くかぶる者がいた。
「なあ、どう思う?」
帽子の者が、隣の男に話しかけた。
「どうって?」
隣の男は対照的に、白いスーツをまとい、黒い髪をぴっちりと決めていた。
「並ぶと思うか?」
「う~ん。まだかな」
「元の奴が強いからか?あいつが未熟だからか?」
帽子の者が聞くと、スーツの男は顎に手を当てる。
「…前者かな」
「…なるほどな」
帽子の者が立ち上がり、それに続いてスーツの男が立ちあがった。
「七王。お前なら勝てるか?」
「わかんない。龍人は?」
「…元と同じ強さになったら、まず勝てないだろうな」
「茂原は強いからね」
36話 特訓 終
36話後書き。
特訓パートです。
久しぶりに、髙美と王宣が戦いました。
他の者も戦わせたいですね。
最後に出てきたのは、誰でしょうね。
さて今回は、人食い男さん日堂恵介です。
身長223センチ 体重189キロ。
特大サイズです。
では。




