第1話 目覚め 3/5
港には「祝グラビラス号」の塔が建てられ、バーベキューやアイスクリームの出店が並んでいた。
タクヤは嬉しそうにゼンに言った。
「おい、見ろよ、すっかり祭りじゃないか。しらんかったー」
「そうだな。どうでもいいけど」
「そこに案内板があるな。えっと……反重力装置ベルベスの稼働は14時からだ。ちょうどよかった」
ゼンはそのことにはとくに反応せず「アイスでも買うか。おまえ、なににする? おごるよ」とぼそっと言った。
「おー、いいのかい? じゃ、メロンフレーバーで」
「了解」
ゼンは10人ほどの人の列に並びにむかった。ゼンは、クールなふりをして、甘いものには目がない。
タクヤはブラブラと公園を歩き、イベントを見物するのによさそうな場所を探した。
広い公園だったが、イベントに近いあたりは、もう見物客でいっぱいだ。
小高い丘に立ち、会場全体と、その先のキラキラとした海の輝きを見つめていると、一人の女性が声をかけてきた。
「あれ、タクヤ君?」
「ああ……えっと……」
タクヤにもそのスタイルのいい女性の見覚えはあったが、名前は出てこなかった。
「私よ、ハ・ワ・イ」
「ああ、王宮のハワイさん! 元気?」
「元気だけど、今日は来賓で来ただけだから、すぐに行かなきゃ」
「どこに?」
「あそこ。貴賓席ってやつ」
ハワイはめんどくさそうに会場の中央を指さした。ハワイは王座の華やかさを演出する美女集団の一人。しかし今は、長そでシャツと短パンというラフな普段着だった。
「そのかっこうで?」
「ちがうわよ。速攻着替えるし。てか、だから猛烈に時間ないわけ。……あ、思いだした! 君、この夏で17よね、恋愛解禁じゃん。おめでとう!」
ハワイは両手を挙げて無邪気にウィンクした。
しかしタクヤは浮かれた気持ちにはなれなかった。
「それは言わないで。まだ夏じゃないし」
「もうすぐじゃない。あと3カ月? いろいろがんばってね。期待してるぞ」
「めっちゃ他人事っぽいんだけど」
「そんなことないよ。私、こう見えて、君のこと、けっこう期待してるんだよ。私、音楽、好きだし。君さえよければ、つきあっちゃう?」
「ななななんですか、話、飛躍しすぎでしょ」
「ごめん。じゃ、私は、行くのだ。勤労するぞっ。たまには連絡ちょうだい。私。勉強しすぎで、がっつりめいってるんだから」
「勉強?」
「祈り師のためにね。教会の自習室とか入りびたってがんばってるんだよ」
「にあわねー」
「ほんとっ、にそうよ。だから、絶対連絡ちょうだい。ただの社交辞令で言ってるんじゃないからね。じゃ、またね」
ダッシュで去っていくハワイ。
彼女と入れ代わりに、もどって来たゼンは「誰、あの人?」とタクヤに質問した。
「あ、もう買えたの?」
「やつら、プロだ、素速い。メロンはなかったので、オレンジにしてみた」
タクヤは、ワッフルコーンに山盛のオレンジアイスをうけとり、さっそく口に運んだ。
細かな氷の混ざったソフトなアイスが、口の中でシュッワと甘く融ける。
「うめー。ありがとう。やっぱ、いいよね、こういうところでアイスって」
「あの人、だれだっけ? 見覚えあるけど思い出せない……」
「王宮の人さ。王の取りまきの美女集団の一人」
「なんでそんな人と?」
「高校の音楽イベントに手伝いに来てくれて、それ以来、なんとなく親しくしてる。話が合うんだ。それに、美人なだけじゃないよ。なにをかくそう、彼女こそが、この国の未来を背負って立つ『次期祈り師候補』のハワイさん、その人だ」
タクヤは自慢げに手を腰にあてて宣言した。
ゼンは怪訝そうにまゆを寄せた。
「なんだよ、その言い方。まだ『候補』なんだろ? 誰も知らんぞ、そんなこと」
「それは、まあ、そうだけど」
「で、そんなハワイさんと、おまえはつきあうのか?」
露骨なひやかし。
しかし、タクヤは赤面もせずに、冷たく応えた。
「君、それ、面白い冗談」
「むしろ死ぬほど面白くなさそうだが」
「たまたま縁あって親しくはしているけど、しょせん僕たち庶民には、高嶺の高嶺の高嶺の花」
「そもそもオレたちは恋愛禁止だからな」
「なあ、そこなんだけどさ、ゼン君、『あ・え・て』言わせてもらうが、なんで音楽科の生徒だけ17の夏まで恋愛禁止なんだ? ヘンじゃないか」
「知ってて選んだはずだぜ、音楽学校」
「だから『あ・え・て』って言ってるじゃん」
「ま、この国のルール、ってやつだな」
髪をかき上げるゼン。
そのクールな態度が、タクヤをよけいにいらつかせた。
「あー、でたでた。また、それだよ。やだねー。『この国のルール』『この国のルール』『この国のルール』 なんなんだよ、それ。スーサリアって、そういうの多すぎない?」
「先人が苦労して積み上げてきたんだ、しかたがないだろ。それが伝統ある小国の良いところでもあり、めんどうなところでもある」
「ちっ、話まとめるなよ。……あ、見ろ、始まった……」