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第12話:死神リリスの後悔

夜の風は、どこか冷たかった。


 火を灯したランタンが小さく揺れる中、リリスは珍しく窓辺で黙っていた。

 真一とエルナは、彼女の背中に何も言えずにいた。


 


「……ねぇ、真一」


 しばらくして、リリスがぽつりとつぶやいた。


「あなた、聞いてたわよね。“私が、今でも夢に見る魂がひとつだけある”って」


「ああ。言ってたな」


 


 リリスの指が、机の端をなぞるように動いた。


 


「昔……死神として初任務を受けたとき、最初に割り当てられたのが、その魂だったの」


「どんな人だったんだ?」


 


 リリスは少しだけ目を伏せる。


 


「子どもよ。まだ10歳。事故死予定。

 “魂の強度が低く、放置すれば周囲に悪影響を与える可能性あり”って判断されてた」


「……そっか」


「私は、迷わず回収した。上の判断が絶対だと思ってたし、

 何より“死神とはそういうもの”だって、自分に言い聞かせたのよ」


 


 声に、かすかな震えが混ざった。


 


「でも……その子には、姉がいたの。事故の原因は、姉の過失だった」


「えっ……」


 


「姉は、それをずっと悔やんで、生きていた。

 “もし、あの時自分が守っていれば”って……その罪悪感で、数年後、自殺したのよ」


「…………」


「でも皮肉なことに、姉の魂は“回収対象にはならなかった”。

 魂の強度が高かったから、“放置”された」


 


 リリスの声が、乾いた笑みを含んだ。


「私は、“魂を回収すれば、世界は安定する”と思ってた。でも……」


「……回収したことで、歪んだんだな」


「ええ。その時、初めて思った。

 “回収すること”が、必ずしも“救い”じゃないって」


 


 しばしの沈黙が流れる。


 リリスは、普段とは違う顔だった。


 冷静で飄々としていた彼女が、今はただ——後悔の中で立ち尽くしていた。


 


「それ以来、私は“正しい死神”を演じ続けた。

 “あれは例外だった”って、自分に言い聞かせて。

 でも、本当はずっと——誰かに、違うって言ってほしかったのかも」


 


 その言葉に、真一はそっと立ち上がった。


 ゆっくりと、彼女の隣に立つ。


 


「……じゃあ、俺が言うよ」


 リリスが、はっと顔を上げる。


「その判断が“正しい”かどうかなんて、俺にはわからねぇ。

 けど、お前が“後悔した”ってことは、たぶん、それが“正解じゃなかった”って証拠なんだろ」


 


 彼は、ごく自然に肩を並べた。


「だから、これからは一緒に考えようぜ。俺も、まだ答えなんて知らねぇけど……

 “誰かの死”が誰かの生を壊すなら、それを見ないふりはしたくねぇからさ」


 


 リリスの目に、ほんのわずかに光が宿った。


 そして、静かに——


「……ありがとう」


 


 それは、本当に小さな声だった。


 でも、確かに届いた。


 


* * *


 


 その夜、真一は眠れずにいた。


 頭の中に、いろんな声が響いていた。


 リリスの後悔。姉の罪悪感。

 死神という存在の重さ。そして、自分の立場。


 


「なあ、エルナ」


「はい?」


「お前……もし俺が、いつか誰かを回収して、そのせいで誰かが壊れたら……どうする?」


 


 エルナは一瞬だけ黙って、にこっと笑った。


 


「私は、壊れた誰かのそばに行きます。

 “死神様のせい”なんて言いません。だって——それでも、“選んだ”のは死神様ですから」


 


 その言葉に、真一は少しだけ、心が軽くなった気がした。


 


(第12話・完)


「今回はちょっと、重かったかしら。

……でも、知っておいてほしかったの。

死神だって、完璧じゃないってこと。

それでも読んでくれるあなたがいるなら——次も、書けるわ。

ブクマや感想で、また背中を押してくれると嬉しい」


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