第5話 進化の可能性
俺はフランの頭部や水晶になった男の使えそうな部分を瓶に入れるとソフィネのところに戻った。
「私事でご迷惑をおかけしました」
ふとノアの事を思い出した。
もしかするとまた面倒な事になるのではと思った。
面倒な事になるのは避けたいので、やはりソフィネもここでついでに…
「リュッセル様! お守りいただいてありがとうございます! 実は折り入ってご相談したいことがございます!!!」
ソフィネから意外な返事が返ってきた。
彼女もフランの生首を見ているだろうし、俺の合成も見ていないはずはない。
「私のお応え出来る範囲であれば何なりと。ただ、先にご確認させていただきたい事がございます」
「なんでしょう?」
「ソフィネ様は先ほどの一件を全部ご覧になられたかと思います。そこに関してどうお考えなのかをお聞かせねがえませんか?」
「そうですね、なかなか過激なものはありましたが、私も商人の娘です。そこは損得勘定で割り切れると思いました」
なかなかおもしろい。
「以前私は同じパーティーにいた者の前で先ほどのような戦い方をしたのですが、どうやら不評だったようでして。それを見たメンバーが、どのように伝えたのかわかりませんが、それが先ほどの彼らの耳に入ったようなのです。彼らは何を勘違いをしたのか、それ以降私は言われ無き反感をかっているようなのです」
「私はそれがリュッセル様の戦い方だとすれば多少……いえ、ずいぶんと過激で残忍な方法ではあると思いましたが悪いとは思いませんわ。それにリュッセル様の道具は素晴らしいものばかりですし、リュッセル様は私に優しくしてくださいます。私はリュッセル様を否定する事はありません!」
これが商人というものなのだろうか?
すんなりと受け入れられたようで、面倒事も省けて助かったな。
「ありがとうございます。そのお言葉が聞けて嬉しいです。ではソフィネ様、本題のお願いと言うのは?」
こちらもソフィネの話を聞く事にした。
「私の家に来ていただけますか? そちらでお話しさせてください」
ソフィネはすぐさまエンキの実の採集を打ち切り、森を出ようと言った。
「どうやらかなり急を要するお話しのようですね。わかりました、急ぎましょう」
ソフィネの自宅は村の中心部にあった。
リビングに通され、椅子に座って待っていると飲み物を用意したソフィネがやってきた。
一口飲んだが、うまい。
何をさせても美味しいのだなと、関心した。
お茶を一口飲んだところでソフィネが話を切り出した。
「わざわざ来ていただいて申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ依頼の最中にソフィネ様を危険に晒してしまった事、深くお詫びいたします」
「こちらこそお守りいただいたおかげで無事でした。リュッセル様の方こそ、手は大丈夫ですか?」
「ええ、この程度は問題ございません。……それで、ご用件とは?」
俺の返事にソフィネはうなづいた。
「実は、最初にお会いした時にお話ししたと思いますが、現在私の父が病を患っておりまして……厳密には病と言うよりも魔物に襲われてた時の傷が膿んでおりまして……」
うまく説明できないらしい歯切れの悪い話し方だった。
「薬草の類の調合も私の仕事ではありますが、わざわざ私に頼まなくても薬屋に行けば安価で購入出来るのでは?」
「試しては見たのですが全く効果が無くて……かなり特殊だと思われます」
そう言って父親のいる寝室まで連れて行かれた。
父親は眠っていたが、ソフィネは父親の掛け布団を遠慮なくはいだ。
父親の右脚の太股のほとんどが石化していた。
辛うじて太股の裏側辺りはまだ肉があるようだ。
「これは…石化ですね。噂では聞いた事がございますが見るのは初めてです。確か、教会にあるという聖水をふりかければ長期間の治療で徐々に回復する、と聞いた事があります」
「えぇ、しかしこの小さな町には教会はございません。歩く事が困難な父を連れて教会のある街まで定期的に通う事は、体力的にも経済的にも無理があります。一度だけ教会まで行ったのですが、月に一度の頻度での治療が必要と言われました」
「聖水をまとめ買いしてくるというのは……?」
「聖水は長期間の保存には向いていないとの事でした。色々と他に方法は無いものかとお尋ねしたのですが、それ以上の案は無いそうで……」
悔しそうにソフィネが言った。
「この石化は少しずつ進行して体を蝕んでいくようで月一の治療で進行を遅らせつつ治癒していかないと、いずれ全身を蝕んで最後には完全な石になってしまうのです」
ソフィネは目に涙を浮かべながら父親の石化された脚を見た。
なるほど。
そうとなれば急を要するな。だが俺は聖水を作った事は無い。さすがに教会秘伝のものだけあってそう簡単に作れるとは思えない。材料や分量など何をどの程度集める必要があるのだろうか?雲を掴むような話だ。1ヶ月以内に聖水が完成するとは到底思えない。
「ソフィネ様、大変申し上げにくいのですが……おそらく聖水を作製するためには私の力では多大な時間を要してしまうでしょう」
力になりたいとは思ったが、期待には応えられなさそうだ。
「そうでしたか……やはり聖水というのはとても難しいものなのですね」
ソフィネは残念そうな表情を見せたが、言葉を続けた。
「実は先ほどのリュッセル様の戦いを見させていただいて私は考えてたのですが……先ほどリュッセル様は彼らの一人を水晶と合成させましたよね?あの逆で、父とこの石化した部分を分離する事は出来ないのでしょうか?」
「なっ……!!?」
ソフィネの考えに衝撃が走った。
確かに、人と石を合成し、逆に分解する事が俺には可能だ。
基本的に自分が合成したものを分解する事はあっても、元々合成されていたものを分解するという発想は無かった。
俺にとって合成する事こそが興味の対象であったので、分解に着目するなんて……
「ソフィネ様……あなたにお会い出来て本当に良かったです」
俺はソフィネの両手をとって感謝の気持ちを伝えた。
「あわっ……リュリュリュッセル様!私、まだ心の準備が……!!」
「おっと、すみません。あまりの感動に感情を抑えきれせんでした」
慌てて手を話した。
「えっ……」
ソフィネが少し残念そうな表情をしたように見えたが、それよりも本題に戻らねば。
「お父上と石化部分の分解、やってみる価値は十分にありそうですね」