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第四章 -6

 その後、自転車にまたがって市内を適当に回ってみた。人の戻ってきている地域は何の変哲もない町並みに見えるけど、一度人の去った地域に入ると、十七年前の風景がそのまま残っているような、荒廃した雰囲気が漂っている。

 葉出川の西側の幹線道路沿いには、かつてショッピングモールがあったけども、パニック映画のお約束じゃないが、多くの人が流れ込んできて凄惨な有様だったらしい。当然、事件後に営業が再開されることもなく、今ではだだっ広い空間がそのまま放置されている。

 媛倉市は復興してきてはいる──けれども、その痕跡は未だに消えずにある。

 この傷口から僕が生まれたのだと、僕は信じられなかった。


 僕が家に帰ったのは夕方になってだった。思ったよりも遠くへ行ってしまい、戻ってくるのにそれなりにかかったのだ。

 衣桜は地下室にこもっているかと思ったが、昨晩静歌の使っていた布団を敷き直して、居間で眠っていた。大事そうに、父さんの手記を抱えて。

 テーブルの上には(衣桜が言うところの)資料が散らばっている中に、一冊のノートが開かれた状態で置かれていた。ぱっと見ただけでも、何度も消したような跡があったり、大量の消しゴムのカスが散らばっていたり、苦心して書いていたのだとわかる。

 僕は椅子に座ってノートを手に取り、衣桜による抄訳を読んでみた。

 途中までは聞いた覚えのある内容が続き、「あいつ」なる人物の存在が示された後から、僕にとって初見の内容が綴られていた。



 深夜 時計がない

 電話とかメールとかSNSとか、あらゆる手段で連絡を取り続け、先ほどようやく家の電話が通じた。どこにいるのかと問うと、なんと職場にいるとか。

 俺が話をしたいと言うと、会いに来てくれ、と(空白)た。

 陽代がいるから、俺は家を空けたくなかった。陽代はつよく、行きなさい、と俺に言った。

 俺はでかけた(不安な気持ちとともに)。


 外は暗かった。街灯は全て破壊されていた。錯乱した人々は、光とか音とかに反応して、破壊しようとする。

 うろうろする人を、避けて進む。彼らはたいてい、俺を見ると、逃げ出すか襲ってくる。遠い暗闇の中で、誰かの悲鳴が聞こえた。道には汚物が溢れていて、何度踏んだかわからない。

 助けは来ているらしいが、来ていない。助けるべき人が、いないから? か? 俺がもう、狂人の、仲間入りをしているからか?


 「帆村製薬」の裏口が開いていた。あいつの言うとおりに。そこから入る。

 結京悟は、自身の研究室にいた。やってきたな、とあいつは言った。

 今、何が起こっているんだ、と俺が、?ると、あいつは?と、言った。

 

 それまでの箇所と違って、この箇所の文章はたどたどしく、所々空白もあった。

 特に最後の行。

 ──今、何が起こっているんだ、と俺が、?ると、あいつは?と、言った。

 最も肝心なところが抜けている。そこだけ他の部分よりも顕著に汚れていることから、衣桜自身わからないわけではなく、単に書きあぐねているのだろうと思う。

 と、不意に、腕を強く掴まれた。

 僕は驚いて、手の方を見やる。掴んだのは衣桜だった。

「あ……遼喜……」

 衣桜はそこでようやく、ノートを読んでいるのが僕だと気づいたらしく、きまり悪そうに手を引っ込めた。

 気まずい沈黙を少し挟んだ後、衣桜は消沈した面持ちで言う。

「遼喜……全然、書けない……どうしよう?」

 どうしよう──僕も、訊きたかった。僕は衣桜を信じることしかできないのに、それ以上にできることがあるだろうか?

「大丈夫」

 だから、僕はこんななんの根拠もない上っ面な励ましをすることしかできない。

「大丈夫、僕はいなくなったりしないからさ……ゆっくり、やっていこうよ」

 でも、いくら上っ面で薄っぺらな台詞でも、衣桜にとっての根拠となるのなら、僕はいくらでも言ってあげよう。それで、衣桜の恐怖が和らぐのなら。

 衣桜は緩い笑みを浮かべるとじっと、物欲しそうに僕のことを見つめた。

「……あぁ、あれね」

 僕は笑って、衣桜の頭に、ぽん、と手を載せた。


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