第七十睡 実験開始
「おや佐藤くん、来てくれて嬉しいな!」
「ご無沙汰……ってほどでもねぇよな」
ブッキーの部屋、三度目の訪問。接客する彼女の顔は、今日もキラキラと輝いていた。その満面の笑みが人工的なものでは決してないことは、正面からそれを目の当たりにした俺が一番よく分かる。
「ふむ……どうやら元気そうだね。この前は少しばかり顔色が優れなかったから、心配していたんだよ?」
ブッキーが俺の顔を上から下へ、右から左へと眺めながら言った。
「そりゃ悪かった。あん時はちょいと疲れてたんだ。何しろ初めての体験ばっかだったからな」
「無理もないだろう。君の世界では魔物なんて、出たことないだろうからね。まあ、この世界でも魔物の出現はつい最近なんだけどさ」
「ん、ちょっと待てよ。あんた、何で魔物が出たこと知ってるんだよ? ここに籠りっきりなのに……」
「ちょっ……失礼だな君は! 人をその……そう!“にーと”みたいに言うなんて!」
頬に空気を溜めて不機嫌さをアピールするブッキー。くっ、あざとかわいい。
「違うのか? 俺の中じゃ、研究者なんてもんは、一も二もなく研究研究で、飯も食わない眠りにもつかない、外にも出ない……そんなイメージだがね」
「全く……根拠のない偏見は捨てろと、ついこの間に忠告したばかりじゃないか。私だってご飯も食べるし寝るし、研究室外を散歩だってするよ! それだけじゃない、部屋を貸していただいているお礼に、研究の中で得た有益な情報をユスティニア王やマリア王妃に伝えに行くことだって少なくはない! 他にも自分のための最低限のことは一通りやっているよ? 掃除も洗濯も。人を研究ばかりの無礼な人間呼ばわりするのはやめたまえ!」
「え、あ、うん……ごめん」
凄い早口で言ってる。思わず何のひねくれもなく謝ってしまう。そんなに嫌だったのか、研究者って難しいな。
「あ、そうそう、洗濯と言えば……あんたに頼みたいことがあるんだが、いいか?」
「……話だけなら聞いてあげようじゃないか」
わあ、怒っとるでしかし。頼みにくいでしかし。
「その……俺ずっとこのジャージ着てるじゃん? そろそろ洗濯とかしたいなって思っててさ、近くの川に行こうってことになったんだけど……その間の服、何でもいいから貸してくれねぇかな?」
「なんだって!?」
今日一ビックリした。急に声を張り上げたブッキーは、俺の元へカツカツと歩いてきた。なに、殺されるの? 服を貸してほしいって言っただけで天国行き? それ生き返ったあとどうしたらいいの? 裸で洗濯すりゃいいの? 風邪なの?
ギュッと両手を握られた。そこからブッキーの温もりが染み渡 ってくる。目を見ると、つい今までの仏頂面と同じ人物の瞳とは重えないような、壮大な銀河が広がっていた。近い、相変わらず近い。
「なになになになに、なになになに、なになになになになに」
「私の作った服を借りると言うことは……君は私の実験台になってくれるということだろう!? さあ、早く服を脱ぎたまえ。覚悟はいいかい……佐藤くん?」
あぁ……これ、アカンやつや。




