第五十八睡 血液型聞かれて「クワガタ」って答える奴とは友達になれない
どんな顔をしたらいいのか分からなかった。俺はこいつに殺された。それは“俺の中では”紛れもない事実。だが、テスティニアによって時間を巻き戻された俺は、あの時……ブッキーの部屋へ行く前を最後に、タラ子と顔を合わせておらず、今久々に対面したことになる。無論、タラ子の中には昨晩、目の前にいる男を自分が殺めたなんて事実は存在しない。それは俺にだって分かってる。分かってるんだけど……。
タラ子が歩いてくる音が聞こえる。夕日の温もりが顔から消え去った。こちらを見ながら立ち尽くしていたタラ子の影が、代わりに俺の顔を覆った。
「まーた無様にやられたもんですね。普段だらしない生活を送ってる罰ですよ」
「寝坊した奴に言われたくねぇよ……このグータラ天使が」
結局俺に出来るのは、いつもの嫌味な返しだけだった。斧も持ってないっぽいし、ひとまずは安心か?
「無駄口を叩けるほどの余裕はあるみたいですね。見たところ毒に苦しんでる様子もありませんし……治療は後回しです」
鬼か。タラ子は俺から離れて、真っ二つになった蜘蛛に近寄る。そしてそれをマジマジと見つめた。
「メダイオですか。なるほど、確かに昨日のサイクロプスよりかは強敵かもですね。遠距離型の勇者さんは、機動力の高い相手に弱いのは当然ですし」
立ち上がったタラ子は、今度は俺の傍にいるポラリスさんの方に向き直った。
「こうしてお目にかかるのは初めてですね、ポラリスさん。これはあなたが倒したんですか?」
「え……えぇ……」
「そうですか。ふむ……」
妙な空気。タラ子には何か突っ掛かりがあるらしい。
「何だよアイリお嬢さん、この人の腕前が今さら疑うまでもないってことは、あんただってよく知ってるはずだろ? そんなことより、早くこのチキン野郎を治してやってくれよ!」
「……そうですね」
タラ子は再び俺の傍に来てしゃがむと、俺の体に手をかざした。腹部が光に包まれると同時に、激痛が襲う。
「っ……!」
「我慢してください。すぐ終わりますから」
「あ、あぁ……にしてもお前、治療なんて出来たんだな」
「まあね。お母さんに教えてもらいました」
そんな話をしている間にも、みるみる腹の傷が塞がっていく。
「さて……皆さんに一つだけ、言っておきたいことがあるんです」
俺の治療を続けながら、タラ子は切り出した。
「なんだよタラ子? 改まって……」
「いやね、あたしがずっと気になってたことを打ち明けようと思いまして。ただ、言うのは憚られるんですけど……」
「勿体ぶんなよアイリお嬢さん。言ってみてくれ」
タラ子はしばらく言うべきかを考える。へえ、物を無神経にズバズバ言うこいつが、ここまで遠慮するなんざ珍しいな。俄然、興味が出てきた。
「分かりました、端的に申し上げます……その蜘蛛を殺したのは、ポラリスさんじゃありません」
「「は?」」
俺とヒーナは同じ反応を示し、顔を見合わせる。どういうことだ? 確かにポラリスさんが、あの大剣で蜘蛛を真っ二つに……。
「治療、終わりましたよ。さてと、まだこの近くにいますかね……」
「お、おいタラ子……」
痛みが完全に引いていた。傷口もバッチリ塞がっている。俺とヒーナは立ち上がってタラ子に続く。タラ子は四つ葉のクローバーを探す子どものように、キョロキョロと草むらを探し始める。
「おっ、いたいた。ほら、これ見てくださいよ」
やがてタラ子がピタリと立ち止まり、ビシッと指を差した。
それは蜘蛛だった。あんな化け物を見た後だから、こじんまりしてるように思えるが、普通サイズの真っ赤な蜘蛛。見るからに毒ありそうだな。
「これがどうしたってんだよ、タラ子?」
「思い出してください。あなたがここに来たとき、わたしは“二つ”生物の名前をあげましたよね? 一つはチモドキソウ、そしてもう一つは……」
「っ……まさか……」
タラ子は僅かに頷いた。
「そう、これがワンキルザンコクグモ。そしてこれこそが、そちらのデカグモを殺した犯人です」
推理マンガみたい。犯人って……何でデカグモが被害者みたいになってんだ。
「真っ二つになった死体を見たときにはっきり分かりました。毒が体全体に行き届いており、即死でした。このデカグモ、ポラリスさんに斬られる前に、なんか様子がおかしかったりしましたか?」
「そ、そういえば……斬られる前に断末魔みたいなのを浮かべてたな。俺も妙だと思ったんだけど」
「決まりですね。デカグモは、ポラリスさんが真っ二つにする寸前に、既にワンキルザンコクグモの猛毒によって死んでいたのです。それは傷の具合から見ても明らか。ワンキルザンコクグモの猛毒は、その名の通りあらゆる生物を瞬時に死に至らしめます。それがたとえ、同じ蜘蛛でも……ね」
なるほどな、チモドキソウに続いて、こいつも出てくるとはね。さすがに予想外だった。てか強すぎるだろ。こんな奴にやられたら一溜まりもねぇぞ……。
こうして俺とヒーナの視線は、ワンキルザンコクグモからゆっくりと、ポラリスさんに移っていった。うん、気まずい。気まずすぎる。人々のピンチに颯爽と現れて、見事に魔物を成敗……で終わればどれほど良かっただろうか。俺がポラリスさんの立場だったら死にたくなるけどな。つか死ぬかもしれない。
「う……うう……」
ポラリスさんは俯いたままで低く唸っている。やはり堪えられないか。俺はフォローのために、ポラリスさんに一歩近づく。
「ポ……ポラリ」
「うわああああん!! ウチ、またやってもうたあああああ!! もう嫌やあああああ!!!」
ポラリスさんは一瞬だけ涙を溜めた真っ赤な顔を俺たちに見せ、号泣しながら走り去っていった。
ウチ? もうた? 嫌や?
「えと、タラ子……あの人は一体……?」
「ええ、ポラリスさんは……B型です」
「だあぁぁぁぁれがこの状況で血液型聞くんだよ。やめろその決め顔。そうじゃなくて、俺が聞きたいのは……」
「分かってますよ。あの言葉はまあ、方言みたいなものです。あなたの世界で言う“関西弁”と同じですよ。あの人、この国の出身じゃないので」
関西弁……まあ確かに、漫画とかでも異世界もので関西弁のキャラが出てくるのは珍しいケースじゃないけども……釈然とせんのだが。さすがにキャラが違いすぎるだろ。
「つか、よく一目で分かったな。ワンキルザンコクグモの仕業だって。でも、ここまでする必要なかっただろ? ポラリスさん、号泣してたぞ?」
「いやね……話したことがなかったので確証は持てなかったんですが、なーんか彼女は大きな秘密を隠し持っているような気がしてならなかったもので。あたしの予想通りでしたね」
「お前の予想、怖いほど当たるもんな」
実際「もしかしたら南京錠を開けられてしまうんじゃないか」なんて、可能性が無に等しいタラ子の予想のおかげで、俺は死んだわけだしな。にしてもポラリスさんが不憫すぎる。また謝ることが増えた……。
てか、俺はこいつとこんな風に普通に話してていいのだろうか。またいつ殺されるか分からないのに……。
にしても、蜘蛛が蜘蛛を毒殺なんて、何とも痛快な話だね。同族嫌悪……ってわけでもないよな。そう考えると、俺の相手がワンキルザンコクグモの方じゃなくてよかった。もしそうだったら俺、とっくにテスティニアの説教にあやかってるだろうな。




