第五十九睡 ギャグやれよ
「んじゃ、魔物も一掃したところで、そろそろ帰りましょっか。今日はもう遅いですし、夜の山は危険ですし」
昨日に比べたら、早すぎる日の入りだった。これは俺がこの世界に慣れ始めている証拠なのだろうか。俺たち三人は歩き出した。
「はあ……今日も疲れた。二日連続でメダイオはキツいっての。死ぬとこだったぞ」
「それはあなたが弱いからでしょ」
「そーそー、チキン野郎はチキン野郎だからな」
「おいおいお前ら、もっと勇者を敬えっての」
「敬う要素が見当たりませんね」
「だな。チキン野郎だし」
「ってヒーナお前、さっきからチキン野郎しか言ってねぇじゃねぇか」
「あ、いっけね。ボキャ貧がバレるな」
「もう、ヒーナさんったら~」
「「「なはははははははは」」」
「助けてよおおおおおおお!!! いつまでミーナ、蜘蛛の巣に捕まってればいいんですかあっ!!?」
和気藹々としながら三人で歩いていると、後ろから何か女の子の声っぽいのが聞こえた。ちょっと複雑で聞き取りにくかったけど。
「そうだ、あーしったら、すっかり忘れてた」
「ヒーナちゃん……すっかり忘れるとか重罪だけど、なんだかんだ言ってもお姉ちゃんのこと……」
「なあ二人とも……この女の子なんだけど……ちゃんと弔ってやりてぇんだ。あーしらがもっと早く来たら助けてあげられたんだなって思うと、申し訳なくて。だからさ、その……」
ヒーナは蜘蛛の糸がほどけた女の子を抱えて、少し恥ずかしそうに俺たちに提案した。
「ヒーナ……でも、それは……」
「確かに、ここに放置していたら、魔物の餌になってしまうかもですからね。ヒーナさんの意見にあたしも賛成です。帰ったらお父さんに提案してみます」
「……それもそうだな」
俺は一度は反対しかけたが、タラ子の言葉に同意した。ここで見捨てるのは、さすがに可哀想だよな。
「アイリお嬢さん……チキン野郎……ありがとう」
ヒーナは笑った。初めて見せる顔だった。
そして女の子を優しく背負った。俺たちは再び歩き出した。こいつは……ヒーナは、ヤンキーなんかじゃない。
ただの……心優しい女の子だよ。
「じゃなくて!! そういう心暖まる展開はぜひ、ミーナを助けた後で!! 早くしてくださいよ、さっきからずっと背中痒いんですよ!!」
「ギャグしろよ」
「うぇ?」
俺はミーナにとんでもない命令を下した。ミーナは目を点にした。
「よくよく思い返せばお前さ、最初こそ“いいいいやっほおおおおい!!!”とか“ああああんぎゃあああああ!!!”とかいう、個性の強すぎるハイテンションキャラだったけどさ、今はどうだ? 一目で“こいつ頭おかしいな”と分かるようなキャラでいられているか?」
「え……あの……何の話を……」
「さっき俺たちが来たときも“逃げて! 二人とも、早く逃げて!”とか言ってたよな? それのどこが変なキャラなんだ? 捕らわれキャラのテンプレ中のテンプレの台詞じゃねぇか。そこは“すんません二人とも! 捕まっちゃいましたなあああっはっはっは!!!”とか、バカみたいに笑うシーンだろ。蜘蛛が来たときも“いや……”とか言って潮らしくなって、目に涙なんか浮かべちゃってさ。お前も頭のネジぶっ飛んだキャラなら、初期の頃みたいに“あああんぎゃああああ!!!”とか叫んでみたらどうなんだ?」
「いや、だって……怖すぎて叫ぶ余裕なかった……みたいな……」
痛いところをチクチクと攻められたミーナは、小声でそう返した。
「はあ……あのな、よく聞け。本当にキャラが濃い奴ってのは、たとえ死ぬときになってもそのキャラのままなんだよ。例えば見るからに堅物キャラの奴が死ぬ直前に“ヘーンメメー!”とか言って泣き叫んだりするか? しないだろ? 堅物キャラは死ぬときになっても“此も又、運命なり”とか言って死んでいくものなの。対してお前はどうだ? ちょっと蜘蛛に襲われたくらいでハイテンションぶん投げて、囚われのお姫さま気取りで……このままじゃお前、捨てられるぞ? 出番も減るぞ? ヒーナばかりが出突っ張りになるぞ? いいのか?」
「いやっ……ミーナ、捨てられたくないです! ハイテンションも捨てたくないです! ヒーナちゃんに置いていかれたくないです!」
「じゃあどうする?“ハイテンションキャラのミーナ=クトゥルフ”は、この状況で一体何をしてくれる?」
少しいじめすぎたか? ミーナは困り果てている。こいつひょっとして、結構真面目キャラなんじゃないか? それならそうと真面目な敬語キャラでもやっていけるか……いやいやダメだ。既に我が妹がそのポジションをしっかりいただいてしまっている。強くなれミーナ、お前はまだ消えるべき人材じゃない。
「あ、ワンキルザンコクグモが……」
タラ子がその長い名前の生き物に再び指を差すが、今度は草の上ではなく、ミーナが引っ掛かっている蜘蛛の巣の上だった。そのまま凄いスピードでミーナとの距離を詰めていく。
「ほいやあああああ!!」
ミーナはそれを見て目を見開き、中華料理人のような声を出してがむしゃらに体を動かすが、一向に巣から逃れられる感じはない。やれやれ、しゃあないから助けてやるか……。
俺は頭を掻きながら、ミーナを助けようと近寄る。しかし、命の危機が迫ったミーナの選択は意外なものだった。
「い……一番、ミーナ=クトゥルフ。ネタやります」
マジかこいつ。




