第五十睡 帰還
目を開けた。そのまま180度、首を動かして辺りを確認する。紛れもない、城の廊下だった。
続いて後ろを見る。周りとは見るからに違う扉。研究室の扉が眼前にあった。
俺はそれをノックした。コンコンコンと気持ちのいい音が鳴り響く。しばらく待つと、ブッキーがニコニコしながら出てきた。接客スマイルというやつだろう。
「はいはーい……おや? 佐藤くん、どうしたんだい?」
そうだった、ここでは俺は佐藤 太郎と名乗ってるんだった。
「どうしたって……その……」
「今出ていったばかりじゃないか。何か忘れ物かい?」
どうやら生き返りには成功したようだ。そしてテスティニアの言う通り、俺は死ぬ原因となった場面―――道を間違える前まで戻ってきたわけだ。いや開幕から間違えてたんかい。どんだけ方向音痴なんだよ、俺。まさしく致命的だな。
「佐藤くん?」
ブッキーが俺の顔を覗き込んで眉をひそめる。相変わらず顔近いっすね。ブッキーに異性に対する意識とかがないのか、それとも俺が異性として認識されていないのか。
「あ……ああ、悪い、ボーッとしてた。ちょいと聞きたいこと、あるんだけど」
「おっ、早速かい? 私に出来ることがあれば、何でも力を貸そうじゃないか!」
あんなことがあった後だからか、ブッキーのなんの屈託もない笑顔を見ていると、自分の心が癒されていくのが分かった。
「あのさ、タラ……アイリお嬢様の部屋って、どこか分かるか?」
ブッキーはそれを聞いて腕を組むと、やがてポンと手を打った。頭上に電球が見えた。そして先程の明朗快活なものとは違う、ニタニタとした笑みを浮かべる。
「ふぅん、佐藤くんも隅に置けないねぇ……アイリ嬢の部屋を聞いてどうするおつもりなんだい?」
「勘違いすんな。あんたが想像しているような事をするおつもりはねぇよ。俺の部屋がアイリお嬢様の隣なんだ。俺まだここの道とかよく分かんないし、疲れてる中で迷いたくないしな」
「あははっ! 分かっているよ、ほんの冗談さ! ここから左の道を真っ直ぐ、突き当たりを右に曲がれば、アイリ嬢の部屋だよ!」
俺がこのテンションになるのは一生無理だろうな。まあ、ミーナの方が難易度高いけど。
「そうか、分かった。んじゃおやすみ」
「ちょっと待って、佐藤くん」
背中を向けた俺の肩を、ブッキーが優しく叩いた。
「あのさ……何かあったのかい? さっきよりも顔色が優れないような気がするんだけれど……」
一回死んでますからね。とは言えるはずもなく。
「まっ、今日は色々あったからな。疲れただけだ。もう夜も遅ぇし、とっとと寝たいんだよ」
嘘だけど本当。誤魔化しだけど本音。イベントが多すぎて立っているだけで体が悲鳴をあげている。
「……うん、確かにね! でも、勇者になったからには、明日から毎日忙しくなるよ! 今のうちにいっぱい寝ておくといい!」
「おう、おやすみな」
俺はブッキーと別れ、道を間違えないように慎重に部屋へと向かった。
タラ子の部屋を通り過ぎる。起きてるかを確認するためにノックでもしてやろうと思ったけど、今はまだアイツと顔を合わせる度胸がない。
自分の部屋に入ると、しっかりと鍵を閉めて、背中からベッドにぶっ倒れた。
時間軸は違えど自分を殺した奴が隣の部屋にいる状態にもかかわらず、眠気は最高潮。我ながら大したもんだ。まぁ、そういう腐った鋼メンタルがないと、無気力勇者なんてやってられないっすよ。
次に目覚めたとき、視界に映るのは天井か、天上か。そして明日はどんなハチャメチャなイベントが待っているのか。
深い溜め息を一つついた俺は、そのまま10秒も経たないうちに、夢の中へまっしぐらに進んでいったのであった。




