防衛の要か、滅びの力か
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アダマンテの中心部に来ると、気候の変化に嫌でも気づかされる。防寒具を着たくなるほどの寒さではないが、薄着ではなかなか辛いものがある。翼があるおかげで、ある程度は我慢できるのだが、そのぬくもりに目を付けたシャルリエに、片方占領されてしまった。
「シャルリエ?馬車の中だけにしてよ?」
「もちろんでございます。その代わり、テムザに着いたら、衣類の確保を優先しましょう。」
南部領から直行してきたから、今着ているものは夏服みたいに生地が薄く、半袖なのだ。私は市民が着るようなラフな格好をしているけど、シャルリエは令嬢が着るようなきっちりした服のはずなのに。寒がりなのか、北部領の気候は、他所の人間にしたら意外と寒いのだろう。
別に人の羽で暖をとるのはいいのだけど、端からみても、変な誤解をする人がいてもおかしくはない状況だ。椅子に並んで座り、やや肩を寄せ合っていて、そして、表現があれなのだが、翼で彼女を抱いていると取れなくもない。あいにく私にそういう趣味はない。もっとも、これも前世の弊害なのだろか?同性同士の恋情を抱くというのは、私には馴染みのないものだ。
テムザの街は、周囲を小高い丘に囲まれた盆地にある。天然の要塞とまではいかないが、本来であれば守りに適した地形と言える。ただそれも、守る人間が揃っていてのこと。アダマンテ領の帝国騎士は今、街の治安維持のための最低限の数しかいない。大きな領城街を守るには不十分だ。一応街の周囲を城壁が覆っているが、防御兵器が配備されているわけでもなく、単に囲っているというだけのものだ。帝国内地は、基本的に魔物襲来はありえない。ましてや人間との戦いを想定された街づくりはされていない。完全無防備状態だ。そんなところへ武装した集団が襲い掛かれば、瞬く間に蹂躙されるだろう。
テムザの城門にたどり着くと、警備をしている騎士たちに、引き留められた。普段はこんな警備体制は敷いていないはずなのだが、ハイゼンの指示だろうか。
「とまれ!現在テムザの街は、厳戒態勢を敷いている。素性を確認できない者は、中へ入れることはできない!全員、素顔を晒して前へ出ろ。」
厳しい口調で言う騎士の恰好は、間違いなくアダマンテの帝国騎士のものだ。疑いようはない。ただ、厳戒態勢を敷いているという点が気に食わなかった。いったい何を根拠にこんな防衛体制を敷いているのか。
騎士たちは武装している。それも、治安維持のための軽装ではなく、これから戦争にでも行くんじゃないかと、素人でもわかるような完全装備だ。私たちを護衛している哨戒騎士とはものが違う。
「貴様たちの所属は?」
先に武装を外して騎士たちの前に並んだ哨戒たちが、両手を上げて答えていた。私たちもなるべく警戒させないように、ゆっくりと馬車を下りて、彼らの前へ出た。
「帝国王族エクシア、その調子、エルドリック・アーステイル・エクシアだ。この騎士たちは俺の護衛だ。非礼があったなら、俺の方から詫びよう。」
エルドリックはいたって冷静だった。まぁ完全武装の騎士とはいえ、魔法がある相手ならば、それほど恐れることはないけれど。それにしたって、彼らの態度は異様に想えたのは、私だけではないようだ。
「街の中へ入りたい。願わくば、現在の城の城主に取り次いでくれ。大事な話がある。」
「・・・いくら王族の方とは言え、余所者を街へ入れるわけにはいかない。」
「なぜだ?街中で魔物が暴れていたりするのか?」
「詳細は話せません。」
「こちらが納得できる理由も聞けないと?」
「・・・。」
徹底しているのは感心だが、どうにも怪しい。基本的に、戦時であっても、このテムザの街は、来るもの拒まず、去るもの追わず、自由に行き来が出来る、オープンな街のはずだ。交易だって変わらず行われているはずだし、それ以外でも人々の動きは止まらない。
それに彼らは、素性の分からない者は入れない、と言っていたが、実際には、こちらの素性を確かめる手段など存在しない。これは、前世の記憶がある私だから余計にそう思うのかもしれないが、身分証の存在しないこの世界では、身分を偽ることは難しくない。名乗り、それっぽい恰好をすれば、疑われることはあれど、確かなことは確認できない。血の証明みたいな魔法を使わなければ、嘘を見抜くことなどできはしない。
だから、彼らの本音は、そのあとに言った言葉だ。王族、もしくは、余所者を街へは入れられない。彼らは私たちを不審な者と思っている。こんな時に、帝国王族が護衛を連れて街へ来るというのもおかしな話だが、そういったイレギュラーな存在を入れないように、指示されている。と、考えていいだろう。
「さぁ、わかったら引き返してもらおう。」
これはもう、私が顔を見せるしか突破口はないだろう。哨戒たちの間をかき分けて、私はエルドリックの横へ並んだ。私の顔を見た騎士たちが、破顔したのは言うまでもない。この街の騎士であれば、私の容姿を知らないはずがない。例え手や背中が異形と化していても、顔だけ見ればわかるはずだ。
「控えなさい。親愛なるテムザの騎士たち。この方は、私の婚約者に当たるお方です。」
「ロ、ロウ様!?」
「すぐに、領城のハイゼンへ取り次ぎなさい。」
特に厳格に言ったつもりはないが、彼らは軍人らしく敬礼をして、急に慌ただしく動き始めた。ということは、やはり余所者を街へ入れないようにしていると見ていいだろう。いったい何のために・・・。
「いいのか?約束していたのは、縁談を受けることだけ、なんだろう?」
「この際しょうがないでしょう?もたもたしてたら、敵に追いつかれるんだから。事をうまく運ぶためなら、キスでもハグでも、いくらでもするわ。」
「大胆だな。そんな情熱的な貴族は、この国じゃほとんどいないぞ。」
「あら、私と結婚すれば、貴方もそうなるのよ。」
「それは、それは・・・。」
馬鹿々々しい話はあとにして、私は警備の詰め所に入り、士気をしている騎士に問い詰めた。
「あなた達を統括しているのは、ハイゼン?」
「はっ、それは、そうなのですが・・・。」
歯切れが悪い。何か隠すようなことがあるだろうか?それとも、私にだけ話したくないこととか?何か緊急な要件があるのならば、主である私に隠し事をするのは、怠慢としか言いようがない。彼らは物事をどう思おうと、彼ら自身では判断を下すことは許されないのだから。
「私に気を使っているのですか?そのようなものは不要です。ここで、なにかあったのですね?」
「・・・この街にいてはいけません。すぐにお逃げください、ロウ様!」
「・・・どういうこと?」
「街の中には、得体のしれない悪霊がいるのです。」
「悪霊?」
「既に民間人にも被害が出ています。この街は、危険です。」
騎士の言い分も気持ちもよくわかるが、領民を放っておいて逃げ出す貴族がどこにいるというのだろう。なおさら放っておけるわけがない。
「・・・エルド。」
「あぁ、わかっている。とにかく、中へ入れてくれないか?こんなところで話していても仕方がないだろう。」
エルドリックの進言もあり、騎士は警備の騎士たちを集め、万全の態勢で私たちを街の中へと入れてくれたのだった。