移動して休んで、まだ移動して。
基本的に、平日16:00に投稿しております。
良ければいいね、ブックマークをよろしくお願いします。
エーデとの再会を喜ぶ暇もなく、私たちはローレンの街を後にした。目指すはアダマンテ領の中心テムザ。ローレンの街からなら、馬で2日もすれば着く距離だ。ここからはある程度整備された街道を行くため、時間もそう掛からずに済む。ただ、それは敵にも言えることで、編成された軍隊でも、それほど等タイムロスをすることなく進軍してくるだろう。敵の狙いが私だけならば、私が一人で逃げ回ればいいだけの話だけど、戦争というからには、彼らの目的は、アダマンテの陥落と没落だと踏んでいる。
理由はいくつかある。まず、公爵家の一つが堕ちることで、帝国の内部情勢は大きく動き出す。誰が次の後釜となるか。次期王妃候補の時ほどではないが、大々的に相応しい家々たちが水面下の争いを始めるだろう。もっとも、それは帝国が今の体制のままであったならの話だ。
彼らの真の目的は、北部戦線の崩壊か、そこに集っている大物たちの排除だ。父やロイオがいなくなれば、戦線は瞬く間に崩れ、アダマンテ領の北端から、数えきれない魔物の群れが帝国中へ流れるだろう。それを事前に、アダマンテ領内部を制圧しておくことで、自分たちが第2防衛線となり、なおかつそのままアダマンテ領の占領する口実にもなる。
それを成すための戦力が敵にあると仮定して、テムザの街の占領に1万から2万程の兵力が必要になるだろう。現状テムザの街は無防備だ。私がたどり着かなければ、街の臣民たちはほぼ無条件で敵性勢力に従うしかなくなる。最悪の場合虐殺行為が行われることも考えておかなければならない。
敵がどこまで臣民に手を上げるかはわからない。実際クルルアーンの子供たちは、多くが犠牲になっていた。開戦の火蓋が切られれば、敵ももう後には引けなくなる。どんな非道も行うだろう。
「それで、テムザの街へ付けば戦う術があると言っていたが、何をするつもりなんだ?またブレンデット侯爵の時の様な無茶な魔法を使うつもりか?」
馬車の中で、エルドリックは訝し気に聞いてきた。彼も、テムザの街がほとんど無防備であることは重々承知だ。それなのに、私が戦えると豪語したものだから、疑問に思って当然だろう。
「・・・オーネットが抱えている、ヴァンレム部隊の数は、約2000だったわね。」
「あぁ、そのくらいだったか?」
「ヴァンレムを飼いならすためにオーネット領では、彼らが野生と同じように暮らせる場所がいくつかあると聞いているわ。」
ミレニアフォストの森もそのうちの一つだろう。ただ、あの森のヴァンレムは無残に殺されてしまっていたが。
「あれだけ凶暴な魔物を人の手中に収めるには多くの時間が必要よ。オーネットも昔から力のある貴族だったから、何世代にもわたって、彼らを管理していたのでしょうね。」
「・・・も?」
「同じことを、アダマンテもしているということよ。最も、アダマンテはそれを他所には話さないし、翼竜の住処を地上に作ることもしないけど。」
「つまり、翼竜部隊以外に、翼竜を飼いならしている場所があるってことか?」
「ええ。それが、テムザの地下に存在する、テムザ大洞穴と呼ばれる巨大な空洞にあるの。エルドも知ってると思うけど、翼竜は洞窟に巣を作る。地中であろうと山中であろうとも、暗いとこに巣を作って、そして雑食であるため、食料に困ることがあまりない。」
草木でも平気で食べるし、小さな昆虫でも構わず食べる。肉や魚を好んで食べるが、単純に味の良し悪しがあるのだろう。まぁ何が言いたいかというと、放っておいても餓死することはほとんどないということだ。
「その大洞穴に、調教していない翼竜の群れがいる。彼らを使って、私は街を守ることが出来る。」
「なるほどな。調教はされていなくとも、竜使いを使えば、服従させることが出来るわけか。そこは、オーネットとの違いだな。」
そう。それこそが、私が帝国防衛の要と呼ばれる所以でもある。だけど、それだけが理由ではない。私のこの竜使いという力は、その気になれば、帝国を滅ぼすことだってできてしまう。私にその気はないけれど、これから私が目覚めさせようとしているのは、それを可能にする戦力だからだ。
「大洞穴に入るにはどこに向かえばいいのですか?」
同じく興味半分で聞いていたシャルリエも、やや不振気に聞いてきた。
「領城の中心に、洞穴に繋がる弁があるわ。と言っても、扉が縦向きに取り付けられているだけだけど。」
「縦向き?」
「その扉を開くと、洞穴の最下層まで直滑降だから。本来は出口なの。」
「ブリジット渓谷にある、竜の巣の様な感じか。」
「ええ。正規の入り口は、テムザの周辺にいくつもあるけど、血の証明が必要な封印に守られているから、普通の人間には入れないわ。」
「街の周辺てどのくらいだ?探せば見つかる様なものなのか?」
「ええ。アダマンテの紋章の扉があるから、臣民たちも幾つか見つけたことがるかもね。扉があるのは、本当に街の近くよ。」
「大丈夫なのですか?封印があるとはいえ、力ずくで入ることだってできるのでは?」
「中にあるのが、金銀財宝なら、そもそも入り口なんてものは作らなかったでしょう?存在自体を秘密にしてしまえば、探しようが無いもの。だけど、別に見られて困るものじゃないし、中に入れたとしても、生きて出てこれる場所じゃないもの。」
暗い洞穴の中には、明かりなんてものは存在しない。唯一目印になる光は、中へ入ればすぐに見つかるけど、それを見た時は、既に侵入者は助からないだろう。私たちは彼らを飼っているわけではないのだから。
「その翼竜を、街の防衛に使うということか。だが、大丈夫なのか?相手は剣や魔法で武装した、人間なんだぞ?君たちは魔物を相手に翼竜部隊を使っているんだ。相手が魔物であればこそ、翼竜を使えるだろうが、人間相手に通用するかどうか。」
「そうね。私も、魔物以外に、翼竜を差し向けるのは初めてだわ。でも、大丈夫よ。」
「・・・大丈夫って。なにか根拠でもあるのか?」
「根拠は、・・・そうね。ないわね。でも、大丈夫よ。」
そういう私に、二人はやや不安そうな顔をしていたが、行き当たりばったりでものを言っているのは事実だ。でも、もう同じ過ちは繰り返さない。今度は守るべきものが明確だ。アダマンテに住む全ての臣民のためにも、私は鬼にでも、悪魔にでもならなければならないのだ。
テムザへの道のりは、静かに私の心を燃やし始めていた。