ローレンティスの神童
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彼女の名前は、エーデルハイド・ローレンティス。一度は貴族から没落した、ローレンティス家の頭首だ。彼女は3歳のころに、頭首である父親を亡くし、その後若くして頭首とならざるを得なくなった。しかし、彼女は多くの人間に支えられ、現在に至るまでその年齢とは思えない目覚ましい活躍をする神童だったのだ。今この街の軍需産業を生み出したのは、彼女の功績と言っても過言ではない。
そんなエーデルハイドと、私は13の時に出会い、以来親しい間柄となっている。私は親しみを込めて彼女のことをエーデと呼んでいる。
「お久しぶりでございます。ロウお嬢様。」
既に知らせを受けていたため、彼女の綺麗な身なりに身を包んでいて、それは彼女にとっては珍しい恰好だった。
「やっぱり、花があるわね。あなたがドレスを着ていると。」
あのころと変わらない、少女のような幼い容姿に、まだまだ育ちざかりな体つき。背は幾分か伸びたかな。あの時よりも、凛とした佇まいで、お嬢様らしくなってきたようだ。
「ロウ様は、その、・・・とてもお変わりになられましたね。」
そういうエーデの顔は、少し引きつっていた。まぁ、こんな格好をしていれば、って、もう何度目だろうか。こういうやり取りをするのは。
「まぁね。この翼も、結構綺麗なのよ?」
「あっはは。とにかく、中へどうぞ。エルドリック殿下、シャルリエ嬢も。」
頭首の邸宅にしては、随分と物が多く、侍従の少ない屋敷だった。ものと言っても、この世界における技術の結晶の様な、カラクリがたくさん置かれているのだ。エルドリックもシャルリエも、興味津々で見渡していた。
応接室に通されると、侍女ではなく、エーデお手製のカラクリで茶が出てきた。
「相変わらず面白いもの作ってるね。お茶くらい、メイドにやらせればいいのに。」
「メイドさんたちには、カラクリの整備を任せていますよ。彼女たちも、発明品が好きですから。」
類は友を呼ぶ、というが、彼女の周りの人間は、彼女にそっくりだ。物作りに没頭し、たった4年でこんな街を作り上げた。鉄の匂いが常に漂う産業都市に。
「それで、本日は、どのようなご用件でしょうか?」
エーデが入れてくれた茶をすすりながら、私たちは、現状の危機について話した。エーデは貴族の爵位を持っていない。現在開かれている貴族会議には、出席していないため、帝国に迫っている危機については、北部戦線のことしか聞いていないのだろう。だから、この話をした後、彼女の動揺はとても大きかった。
「そんなことが・・・。このことを、旦那様はご存じなのですか?」
エーデが旦那様と呼ぶのは、私の父、バロックス・アダマンテのことだ。
「話は聞いているかもしれないけど、お父様は、戦線の維持に躍起でしょうから。」
同様の理由で、エクシア家の頭首であるロイオも、こちらに戦力を割くを余裕はないだろう。
「今狙われているのは私だけど、領城やアダマンテ領の州公や街々を襲う可能性もある。向こうは、戦争をする準備をすると言っていた。アダマンテ領の帝国騎士は、今ほとんどが北部戦線に集結してる。今頼りにできるのは、貴方だけだわ。エーデルハイド。」
頼りといっても、彼女は私兵を持たない。軍事的な武器をたくさん抱えているというだけだ。そんな彼女に何ができるか、という話でもあるのだが、他に当てがないのも事実だ。
「私は、どうすれば?」
それでも彼女の目はまっすぐで、覚悟の決まっている目をしていた。昔からエーデは、度胸がいいのだ。
「アダマンテの各州公へ掛け合ってほしいの。私の名を使ってね。」
「現状の危機を、州公へ知らせるということですか?」
「ええ。何かが起こるとわかっているのと、何も知らずに襲撃されるのとでは、大きく違うからね。それと、仲介を行ってほしいの。エルドリックが、難なく領城へ入れるように。」
「仲介、ですか?」
「ええ。婚約者として、領城を入る許可を得られるように。」
「こん、え?ロウ様!?エクシアと、婚約なされていたのですか?」
「そうよ。一々驚かないでよ。」
「だって、・・・。ロウ様、あれだけ政略結婚を嫌がっていたのに。」
彼女には、アルハイゼンとの破談以後、年の近い友人としてたくさん愚痴を聞いてもらっていた。だから、これまでの私の暴挙について、エーデはよく知っているのだ。暴挙と言っても、私にとっては利益ばかりに目が言っている婚約を断っていただけだが、社交の場では当然嫌悪される行いだ。
「・・・エルドリック様。どのような魔法を使ったのでしょうか?」
「俺も驚いているよ。何を企んでいるのやら。」
「あなた達、失礼じゃない?」
一応目的あってのことだと、エルドリックには話してあるはずだが。ていうか、約束したのは縁談を受けるということだけだ。婚姻はしていない。
「と、とにかく、防衛の準備をします。ローレンには、直属の騎士団はいませんから、どこまでできるかはわかりませんが。」
「お願い、エーデ。」
こうして彼女との再会は慌ただしいものとなってしまった。時間があれば、もっとたくさん話をしたかったのに。今は遊んでいる時間はない。
エーデはさっそく準備にかかるため、街の有力者たちを集め、街の防衛やアダマンテ領の貴族たちへの使いを出すのに動き始めた。
「これだけ大きな街を、あんな小さな子が治めているなんて。」
そう言ってシャルリエは、驚きを見せていた。実際エーデはかなりのやり手だと思う。もちろん、幼い彼女にできることはそう多くはない。ただ彼女は自身の才能に対して実直に取り組んでいるだけだ。手先が器用で、物に対する客観的な価値を見抜く目、それを必要とする者へ売り込む度胸。表面上はその甘い笑顔で取り繕っているが、貴族にはないしたたかさを内側に隠し持っている。友人としては可愛いものだが、そうでなければ私は彼女の機嫌を損なうようなことはしないだろう。
彼女の武器は、自身の才能だけではない。他人を使う力だ。私には無いもの。それがあるからこそ、彼女はここまでやってこれたのだ。
「この街の防衛は、彼女に任せて大丈夫なのか?」
「わからないわ。でも、やってもらうしかないでしょう?アダマンテ領のどの街も、今は手薄なんだから。」
この街に敵が攻めてくるという確証もないが、後手後手の現状を打開するには、備えをしっかりとするしかない。
「各州への伝達は、エーデに任せて、私たちはテムザへ急ぎましょう。」
「そこも気になっていたんだが、テムザに行けば戦う術があると言っていたが、どれくらいの戦力が揃っているんだ?」
「それは、・・・。今は、言えないわ。」
「どういう意味だ?」
これはアダマンテの重要な秘密だから、まだ何も起きていない状況で、エルドリックやシャルリエに話すわけにはいかないのだ。他家の、王族にさえ隠している、正しく帝国の存続に関わる重大な秘密。
「とにかく!テムザへ行きましょう。」
私は言葉を濁して、その場を澄ますことにした。聡いエルドリックのことだ。そんなあからさまな態度を見せてしまえば、怪しんでくるだろうが、実際話すわけにもいかない。こればかりは譲れないところだから。
「さぁ、エルドリック様も、急ぎましょう。」
シャルリエも、あえて突いてこないあたり、察してくれたのだろう。エルドリックも何も聞かずにいてくれた。
その後ローレンの街は蜂の巣をつついたように慌ただしくなり、私たち一行も準備をするのに手間取ってしまった。準備と言っても、食料や馬車を引く馬たちの馬具だったりの物資をかき集めただけだ。これだけ賑わっている街では、ものに困ることはないけれど、人が多すぎると困るものだ。
その慌ただしさを肌に感じると、今再び新たな戦争が起きようとしていると、ひしひしと伝わってきた。北部戦線での戦いが始まった時とは違う、勝利の見えない戦いだ。けれど、私は、負けるつもりはない。負けるわけにはいかないのだ。