キャンプ、からの再会
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夜の間に、ヘカテ、およびブレンデット州からなるべく距離を取った。山脈を少し上って、安全に休める場所で一時的なキャンプを張ったのだ。エルドリックは、哨戒騎士たちにヘカテの隠密偵察を指示して、その後あの街がどうなったのかを調べさせていた。
一応ブレンデット侯爵は、ヘカテの頭首ではない。彼の傘下に当たるか、臣下があの街を治めている。侯爵が重傷を負ったからと言って、街が機能しなくなることはないはずだ。とはいえ、相手はあの蝶人だ。人を餌としか考えていない彼らは、無差別にあらゆる生物を襲う魔物だ。あれだけ被害が出ている以上、ヘカテが私と同じ過ちを犯すとは思えないが、やはり心配だ。せめて最小の被害で済むよう努めてほしい。侯爵は敵だが、街に住民たちに罪はないのだから。
朝になって、私たちは休息を取っていた。隠密に向かわせた騎士たちが戻ってくるまで待つことになった。ほとんど夜どうしの道中だったから、みんな疲れていたのだ。シャルリエなんかは、すぐに眠りに付いてしまっていた。心身ともに消耗したのだろう。悪夢にうなされている様子はなかったが、寝顔はあまりどこか苦しそうだった。
実際、プレッシャーもあったのだろう。自家が帝国に反逆し、己で肉親をどうにかしなければいけないと。肉親を裁くだけでも、覚悟のいることだし、その後のブレンデット家についても、おそらく彼女がどうにかしなければいけない。こういった形で家が没落すると、再興するのは大変な努力が必要になる。いや、まだ没落すると決まったわけではないが、爵位の剥奪は免れないだろう。
だから、今は寝かせておこう。私にとっても、今彼女を失いたくはない。彼女の魔法、特に調律の才能のおかげで助かったのだ。
彼女を馬車の中に置いておいて、私はエルドリックの元へ向かった。正直私も眠っておきたいところだが、それは騎士たちが戻ってきて、馬車の道中ですればいいだろう。
「起きてたのか。」
「今にも眠ってしまいそうだけどね。」
彼はキャンプから少し離れた岩場に座っていた。私もその隣に腰を下ろし、彼が呼んでいた羊皮紙に目を通した。
「おい。」
「なによ?」
なぜか嫌な顔をされた。
「・・・はぁ、体の方はどうだ?」
「どう、って言われても。思い通りにならないってこと以外、普通だわ。それが致命的なんだけど。」
「あの禁書は役に立っているか?」
「ええ。おかげさまで、侯爵に一泡吹かせやることが出来たわ。」
言葉ではそう言っても、思い返すとまだまだ甘い選択だったと思う。私は魔法での力比べに勝った後に、選んだ選択が足を切り落とすことだった。そこで真っ先に心臓を貫くという選択をできなかったことが、そう思わせるのだ。
「だが、侯爵はまだ生きている。いずれまた壁となって立ちはだかるだろうな。
「わかってるわ。でも、その時はシャルリエにお願いする。私には荷が重すぎるから。」
引け目も感じているのかもしれない。言い訳みたいになるが、侯爵を討つのは、本来彼女の役目だったから。それを抜きにしても、私はもっと非情になるべきだっただろう。
「大地の記憶に浮遊の魔法特性まで。彼女では力不足だと思うが・・・。」
それでも彼女はやらなければならない。それが彼女の選んだ道だ。お膳立てくらいはしてあげよう。
「まぁ、その話はさておきだ。侯爵は、やはり魔法特性の継承を行っていると思うか?」
「ええ。出なければ、あんな魔法が使える説明がつかない。彼は既に、アルハイゼンの遺体を盗んだ者たちと繋がっている。そして、向こうは着々と勢力を広げつつある。」
ブレンデット州は既に、帝国の敵と思って間違いないだろう。声の主が言っていた軍隊。それがブレンデット侯爵を支援するものだとしたら、彼が言っていた戦争の準備ということだろう。問題はどこを狙っているかだ。
「奴は君を裏切り者と言ったのだろう?どういう意味だと思う?」
「さすがにそこまでは・・・。でも、敵と見なされているのは間違いないと思う。今後はもっと表立って命を狙われる続けることになるでしょうね。」
アルハイゼンの遺体が狙われたのなら、私も同じ目に合う可能性が高い。魔法特性を継承するのに、生きている必要がないのであれば、今まで刺客が来ていた理由にも納得がいく。
「文字通り、君は帝国の要となったわけか。」
「え?どういうこと?」
「おいおい、君は自分の魔法特性が何か忘れたのか?」
「あっ・・・。」
「君が捕まったり、死体が回収されれば、もはや俺たちでは対抗手段がなくなるわけだ。これまで以上に気を付けてくれよ?」
竜使いは帝国防衛の要だ。それが敵の手に渡ってしまえば、この国は終わりだろう。
「まぁ、そうならないために、俺たちがどうにかしないといけないんだけどな。」
「・・・頼りにしてるわ。」
半日ほど休憩を追った後、ヘカテの様子を確認してきた哨戒たちが戻ってきた。報告によると、蝶人たちは、かなりの間ヘカテの街で暴れまわったそうだが、事態は沈静化したらしい。街はほぼ崩壊状態だというが、情報の通りに、援軍として駆けつけた部隊があったそうだ。それもかなりの数の兵隊が、ヘカテに合流したらしい。
「侯爵が生きていれば、真っ先に俺たちを追ってくるだろう。足跡を追われないうちに、早くアダマンテ領へ入った方がいいだろう。」
現在位置は、アダマンテ領とプラチナ領の境目だ。このまま北西へ向かえば、アダマンテの南部州、オランジェ州に入る。アダマンテ領へ入ってしまえば、ブレンデット侯爵もまともに手出しはできないだろう。ただ、一つ問題がある。向こうは戦争の準備を行っているといっていた。大部隊でアダマンテへ進行してくると、現在のアダマンテ領は手薄状態だ。アダマンテの帝国騎士は、ほとんど北部州へ集結している。治安維持のための最低限の騎士たちはいるが、大部隊と叩けるほどの戦力はない。
「敵の目的が君ならば、無暗に他州を略奪したりはしないだろうが・・・。」
「父はもう、正気ではありません。何をしでかすか想像もつきません。」
侯爵自身も相当な痛手を負ったから、すぐに攻めてくることはないだろうけど、時間はあまりないと思っていいだろう。
「せめて領城へ戻れれば・・・。」
「領城には、騎士団がいるのですか?」
「いいえ、騎士はほとんどいないわ。でも、テムザなら戦う術がある。」
「・・・予定では、オランジェ州で、一度補給するつもりだったんだが?」
悩ましいところだ。現状、数千人規模の軍隊と戦える力がない。今この瞬間を狙われてしまったら、私たちは、間違いなく壊滅的な被害を受ける。エルドと私は殺されるか捕虜となって、敵の思惑に利用されるだろう。
かといって、補給も無しにアンダンテ領の中心まではたどり着けない。せめて一度オランジェ州で必要な物を揃えないと。
というわけで、帰ってきた哨戒たちの休憩もすぐに切り上げ、キャンプはお開き。北西に向けて出立した。
ここまではグランドレイブの麓を回ってきたけれど、街へ向かって最短ルートでのみちを進むことになった。馬車が通るには少々難がある道でも構わず進むものだから、乗り心地は最悪だった。私も、騎士たちも疲労困憊だったが、どうにかオランジェ州の街の一つ、ローレンにたどり着くことが出来た。
「やっと着いたか。それで、どうして州都じゃなくて、州都から外れたこの街に来たんだ?」
「ここなら、多くの物資を集めることが出来るから。それに、私の知人もいるしね。」
ローレンの検問で、私は自身の名を明かし事情を話すと、彼らは丁重にもてなしてくれて、街の頭首の元へ案内してくれた。
ローレンの街は、鍛冶や石切り、工作や工業に力を入れた産業都市だ。州公直属の管轄下でないにも関わらず、この街の規模は領城があるテムザよりも栄えている。魔晶砲弾を飛ばすための大砲や、北部戦線でも使用されている魔法地雷なんかも、この街で生産されていて、補給物資の生命線は、この街が担っているといっていい。
「すごいですね。どこもかしこも、火が炊かれていて、いろんなカラクリが動いています。」
始めてその町の様子を見たシャルリエは、目を丸くして景色を眺めていた。今は戦時下だから、街の騒々しさは、いつにもまして激しいだろう。
「この街の頭首とは、良い仲なのか?」
「ええ。もう4年の付き合いになるわね。」
懐かしいものだ。たった4年。ちょうど4年前に出会って以来、私は彼女との交流によって、多くの軍事開発を行ってきた。はじめは、単なる竜鞍の制作を依頼するだけの間柄だったのに。
「どのようなお方なのですか?」
「彼女に爵位はないわ。けれど、私の親友でもあるから。アダマンテでの知名度は、州公よりも大きいかもね。」
街の中心にあるひときわ大きな建物について、そこで私たちを迎えてくれたのは、かつて、王子とその許婚の逢瀬に割って入った少女だった。