異世界の魔法
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火を生み出す、名もない魔法。この魔法の副作用というか、使った後に起きる自傷被害は、想像以上に苦痛だった。
十字剣を地面に突き刺して、それを支えに息を整えようとしたけど、むせかえる様な熱気が鼻やのどの奥に充満して呼吸すらままならない。
周囲に燃え移った火はともかく、自身を焼く炎を止めることが出来なかった。焼くといっても、体はほとんど燃えていない。いや、燃えてはいるのだが、熱以外は感じられない。衣服も肌も灰と化すことはなく、その高温に酷く悩まされた。同時に猛烈な速度で魔力が吸われていくのがわかる。指先が小刻みに震えている。歯を食いしばって、どうにか立っていられたけど、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
「ロウ様!」
どういうわけか、シャルリエが近くまで来ていた。彼女は燃える地面の火を避けながら傍まで寄ってくると、何を思ったのか、魔法触媒を向けてきた。
「な、・・・にを?」
「じっとしていてください。・・・荒ぶる怒りよ、静まり給え。消失」
彼女がそう唱えると、私の体にまとわりつく炎が、徐々にその勢いをおとなしくしていった。まさか、調律によって静まるとは。そもそも私が魔法触媒を持っていないから、起こった現象かもしれないが・・・。
火は最後に煙を残してぱっと消えた。シャルリエは恐る恐る私の肌に障ると、指先が触れた瞬間、腫物でも触ったかのようにすぐさま手をひっこめた。
「熱い。まるで熱された焼き石のよう。ロウ様、魔法の使用は可能ですか?」
「はぁ、はぁ、ごめんなさい。今は、もう。」
侯爵を仕留めた後も、しばらく魔力を消費しっぱなしだったから、無駄に消耗してしまっているのだろう。初めて使った、というのも原因かもしれない。
「・・・わかりました。では、青の宝石の触媒を貸してください。」
「え?」
まさか、シャルリエは即興で氷属性の魔法を使おうというのだろうか。適正外の属性の魔法を扱うには、才能云々よりもコツの様なものが必要だ。そうはいっても、今は彼女を頼るほかない。この体の熱を、どうにか冷まさなければ、馬車に乗り込むのも危険だろう。指輪を一つ外し、彼女にそれを渡した。
シャルリエはそれを手に握ると、そのまま手をおでこの辺りに持っていった。
「・・・氷の魔法は、はぁはぁ、いくつか、知っているの?」
「極僅かですか、時間がありません。・・・加減がわからないので、そこはお許しください。」
「・・・ふふっ、平気よ。かなり異常な状態だから、やりすぎくらいがちょうどいいわ。」
私はそう言って、精一杯の強がりで笑って見せた。魔法の暴走状態、とでも言うのだろうか。自身で発動した魔法によって、自分に対して影響が出るのは、珍しいことではない。ただ、こうも自傷の影響が出る魔法を目の当たりにするのは初めてだった。それをまさか、自分が使うとは思ってもいなかった。
「極北の主の息吹をここに、冷たき粉塵。」
彼女の掌から、青白い冷気が放たれ、私の体に触れると、しゅーという蒸発するような音が鳴り始めた。放たれた冷気は嫌に冷たく感じられ、しかし徐々に体を蝕む熱は消えていった。
「どうでしょうか?」
シャルリエは再び私の手を伸ばして触れてきた。今度は触れることが出来ないほどの体温ではないようだ。
「どうにか、ね。ありがとうシャルリエ。」
「・・・いいえ、お役に立てたのなら、本望でございます。」
体の熱を取っ払うことが出来たから、今度は魔力だ。私はいつものを薬を取り出してそれを飲み干した。飲んだ後の、妙に体が落ち着いていくのを感じると、安心するのと同時に、いかに薬に依存してしまっているかを思い知らされる。
心身共に落ち着いて、私は彼女に頭を下げた。
「ロウ、様?」
「ごめんなさい、シャルリエ。私は、貴方の父親を・・・。」
謝っておこうと思ったのだ。どんな豹変しようとも、彼はシャルリエの肉親だ。娘である以上、傷つかないはずがない。だが、そんな悠長にしていると、後方の火が盛っている場所から、地面が大きく割れ、轟音を立てながら裂け目が迫ってきたのだ。
「なに!?」
「ロウ様!こちらに!」
彼女に手を引かれ、裂け目から逃れた。その元をたどると、燃える地面から公爵が立ち上がっていたのだ。
「この程度で、この程度で私の歩みが止まるものかぁ!!」
そんな怒声を上げながら、彼は二つの足でよろよろと歩いていた。侯爵の右足は、間違いなく切り落としたはずなのに。そこには、土の塊が不細工な形で補完されていたのだ。
「お父様・・・。」
「なぜだシャルリエ?お前は、裏切り者の側に、がふぁっ・・・、着くというのか?」
血を吐きながらも、侯爵は血走ったその目を向けてきた。
「その者を殺せ。そして、私たちの王へ、首を捧げろ!くふっ・・・。」
「そんなことをして、何になるというのです!」
「着くべき側を見誤れば、この国で生きていくことはできない!お前も味わっただろう!力無き者に、この国では居場所はないんだ!」
足を大地の記憶で補完しているとはいえ、彼は重症のはずだ。私と違って体中に大やけどで爛れている。この場でどうにかしなくとも、何もしなければ彼は命を落とすだろう。私たちも構っている暇はない。ここへ来るという数千の戦力と鉢合うわけにもいかない。
「シャルリエ、馬車へ行きましょう。・・・シャルリエ!」
彼女は何かを言いたげだった。やはり心のどこかで、父親が改心してくれることを望んでいるのかもしれない。しかし、どうやら時間切れのようだ。
ヘカテの城壁が大きく崩れる音がした。どうやら街の守護騎士たちと蝶人の戦いが過熱しているようだ。
「お二人とも早く!出立いたします!」
私たちを迎えに来た哨戒の騎士が、慌てて駆け寄ってきて、私に肩を貸してくれた。
「シャルリエ!」
「・・・はい。行きましょう。」
そのまま彼女は、侯爵に対して何も言わずに踵を返した。その表情は、悲しそうで、それでいて悔しさに満ちたものだった。馬車へ乗り込む前に、ヘカテの街の方を振り返っても、侯爵の姿はなかった。あれだけの重症を負わせたのだ。追ってくることはできなかったのだろう。
馬車に乗り込んでも、シャルリエの表情は曇ったままだった。彼女にとっては、納得のいかない結果だろう。己の手で父親を断罪することも出来ず、一縷の望みをかけて説得する機会もなく。だけど彼女は、口を閉ざしてしまったものの、駄々をこねることもなく、現状に身を任せていた。こういったところは、やはりしっかりしていると私は感じていた。同じ立場だったら、たぶん私は、彼女のようには、出来なかっただろうから。