選択
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街中を走りながら、後ろから追いかけてくる騎士や、大きな物音の気配を背中に感じ取っていた。
「うっ、・・・ふ、ぐぅ。」
「泣き止みなさい、シャルリエ。」
「うっ、ぐふっ、ですが。」
彼女は泣いていた。彼女の父親は裏切り者だった。ジエトの命令にも従わず、国ために動こうともせず、娘を道具のように思っている。そんな事実を叩きつけられて、彼女の中の感情はぐちゃぐちゃになっているのだろう。
「あなたのやるべきことは、貴方の手で父親を裁くことでしょう。」
「ふっ、はい。」
彼女とて、覚悟していなかったわけではないだろう。だが、実際に目の当たりにするのは、意外と堪えるものだ。泣いたって誰も責めやしない。
とにかくエルドリックの元へ。ここはもう、ブレンデット州は敵の手に落ちているのだ。
城壁周辺は既に騒ぎになっていた。上空から降下してきた蝶人たちが、街の住民を襲い始めたのだ。時間は深夜。住民はほとんど建物内で就寝している、そこへ野盗のような連中が押し掛けたのだ。いや、野盗よりも質が悪い。言葉も通じない上に、目の前の生物を食い殺そうとする化け物なのだ。
「彼方より降り注ぐ輝石を放て、大気を切り裂き、炎よ穿て。流星雨。」
シャルリエの魔法で、地上に降りかかった蝶人たちが打ち落とされていく。それでも全てを倒すことはできていない。数が多すぎる。
「はぁはぁはぁ。」
何度も魔法を使っているせいか、シャルリエの息は切れ切れだ。魔力切れもそう遠くないだろう。
街中で悲鳴の声がところかしこから聞こえてくる。火の手も上がっていて、もはや私たちだけでは収拾できない状況だ。
「エルド!」
彼も魔法を駆使して戦っていた。哨戒班も蝶人たちを相手にしていて、住民を守るどころではない。
「当主には、掛け合えたのか?」
「いいえ、それが、・・・。話すと長くなるんだけど。」
エルドリックとは合流できた。だが、この後どうする?
一番現実的なのは、逃げることだ。ブリジット渓谷へか、あるいは当初の予定通り、アダマンテ領へ逃げるか。だがそれは同時に、この街の人々を見捨て、侯爵の行いに目をつぶるということだ。
侯爵との会話で、彼自身が敵と繋がっている可能性が出てきた。少なくとも侯爵は、私を敵とみなしている。敵の敵は味方とも言うが、これはタイミングが良すぎる。あの声の主と繋がっていると見ていいだろう。この街にいれば、大勢の騎士に追われ、戦闘は避けられない。今事態に乗じて逃げださなければ、私たちは詰みだ。だが、今この場で人死にを見捨てられるだろうか。私も、エルドリックも、彼女も。
簡単に話をしたあと、エルドリックはほとんど考え込むこともなく、街の外へ逃げることを指示した。
「逃げるというのですか?」
「そうだ。この街の防衛は、この街の当主の務め、俺たちは偶然居合わせたに過ぎない。それに、州公自らおいでならば、心配する理由はないだろう。」
「ですが、しかし!」
シャルリエの言いたいことはわかる。侯爵はこの街の防衛などそっちのけで、私たちを狙う可能性がある。先ほどの僅かな会話で漏らした情報から、彼らが大きな戦いの準備をしていることはわかった。ここへ戦力が集まってくるという話も間違いではないだろう。
「ここにいれば、敵の魔導士が集まってくる。いや、魔導士でなくとも、私たちを狙う敵の戦力がくる。シャルリエ、貴方の気持ちはわかるけど、仮に蝶人たちを殲滅するのに、共闘できたとしても、彼らは私たちを見逃さない。」
領土の臣民を愛する気持ちはわかる。いや、貴族としてどの領土の臣民であろうとも、守る義務がある。その心がある彼女を悪くはおもわない。だけど、現状でそれは過ちだ。そして同じ過ちを、私は犯した。
「・・・シャルリエ殿。聞き入れてくれ。ここは逃げる。君の役目を果たすのは、今この時じゃない。」
「・・・・・・。くっ!」
無言の中に、いくつもの感情が入り混じった表情を、彼女は見せた。彼女には、この場で父親の側へ付くという選択肢もある。だが、この様子だと、そんな気はさらさらないようだ。
「とにかく馬車へ急げ。予定通り、アダマンテへ向かう!」
「・・・さぁ、シャルリエ。・・・・行きましょう。」
わたしは彼女の手を取り、やや強引に引っ張った。しかし、彼女はすんなりとついてきた。その様子に私は少し笑いが出てしまった。私が同じ立場だったら、こんなに素直には動かなかっただろうから。
騒ぎが起きているうちに城壁を超えて、待機していた馬車たちの準備を始めた。だが、思ったようにいかないのが常だ。
「シャルリエ!!」
大きな声で叫んできたのは、ブレンデット侯爵だった。こんなに早く追いつけるとは。彼は単身で街の外へとやってきたらしい。
振り返ると、小さな浮島に乗っている侯爵が、こちらへ剣を向けていた。浮島と言っても、人が数人乗れる程度の地面の塊だ。魔法で、浮かせているというのだろうか?
「なぜ裏切り者と共にいる?お前には、お前の役目がある。早く領城へ戻り、戦の準備を始めろ!」
侯爵は目が血走っていて、明らかに感情を高ぶらせていることがわかる。彼にとってシャルリエの行動はそこまで怒り狂うでき事ということか。
そんな父親を前にして、シャルリエは何も言わなかった。横で彼女の様子を確認しても、その目に迷いがあるようには見えなかった。何を言うか考えているのだろう。
シャルリエが話すことがないなら、この場は私が聞きたいことを聞き出すべきだろう。
「ブレンデット侯爵。先ほどは随分な挨拶でしたね。」
「・・・ちっ、裏切り者と話しをする気は無い。貴様はここで、私が直々に成敗する。反逆者、っ!」
「?」
「ロウ、行け!ここは俺がどうにかする。」
哨戒班とロウが私たちの前に割って入ったが、私は妙な違和感を感じた。最後、侯爵が何を言いかけたような気がしたのだ。それに、反逆者何々と言おうとしたのに、名前が出てこなかった?そんなことがあるだろか・・・。
いや、今はいい。現状、私たちを追っているのは、侯爵一人。随分と舐められたものだ。いくら貴族とは言え、こちらは数十人の哨戒騎士に、シャルリエ、エルドリック、私と戦力差は歴然だ。無謀とも思える行為の裏側には、必ず何かがあるものだ。それに、侯爵が使っていると思われる、あの浮島を浮かせている魔法。それが、私たちが想像通りのものなら、彼は既に・・・。
「エルド。私がやる。あなたは撤収の準備を進めて!」
「ロウ!君は、・・・まだわからないのか。君はまだ、戦うべきじゃ・・・。」
「いいえ、エルド。私は冷静よ。あなた達じゃ、あの男は止められない。」
何を言っているんだと、彼は目をぱちぱちさせていた。彼はまだ気づいていない。
「あの浮島。前にあなたが話してくれたものじゃない?」
そう、エクシアとリンクスが受け継ぐ魔法特性。浮遊。彼は、その因子を受け継いでいるのだ。それに気づいたエルドリックは、大きく唾を飲み込んでいた。
「あなたじゃ対抗できないでしょう?だから、私がやるわ。」
今の状態のシャルリエを戦わせる訳にもいかない。多少を無理をしてでも私が戦うべきだろう。
「・・・わかった。」
彼もそれを納得し、代わりにシャルリエの手を取った。
「5分もあれば、準備はできる。あまり時間は駆けるなよ。」
「・・・上等よ。」
私は、左手の指にはまっている触媒の感触を確かめた。
「ブレンデット侯爵。その意気やよし。相手になります。」
「いい度胸だ。貴様を制し、我が家の糧にしてくれる!出でよ、地竜!」
「!?」
今のが詠唱だろうか?そうは聞こえなかったが、彼の真下の地面から、土で出来た蛇のような生き物が生えてきた。間違いなく大地の記憶の力だ。しかも、ご丁寧にあの人と同じような使い方をするとは。
「魔剣、付与。」
十字剣に魔力を纏い、私も戦闘態勢を整えた。魔法での戦闘は、そう時間はかからない。その気になれば、3分も時間はかからない。殺すつもりでかかれば・・・。
シャルリエには申し訳ないが、彼にはここで、退場してもらう。