原点
「そうだ、ロウ殿。君に土産がある。」
「土産?」
そういってエルドリックが差し出したのは、かつて王城の禁書庫で読み耽っていた禁書だった。
「どうしてこれを?」
「君に必要な物だと思ったからだ。君の魔法の原点だと聞いた。今後の戦いに備えて、君の元へ預けておこうと思う。」
分厚く、13歳の時の細腕では、書棚から引っ張り出すのも一苦労だった懐かしい本だ。細腕なのは今も変わらないけど、龍化の腕があるおかげか、さほど重く感じなかった。
シャルリエも興味津々で、横から中身を覗き見てきた。だが、彼女はすぐに顔を濁してしまった。
「これ、なんていう文字ですの?」
「俺も、道中一通り目を通したんだが、奇妙な文字でな。全てを解読するには至らなかった。そんなものを、4年も前に読み耽っていたなんて、本当に恐れ入るよ。」
「4年前!?では、あの決闘で使った火の魔法は、ここに記されていた魔法だったのですか?」
「え、ええ。そうなの。」
魔導書というのは、魔法の使用方法が書かれている本のことだ。詠唱文はもちろん、それがどんな魔法なのか、ということまで、事細かに書かれている。いわゆる教科書のようなものだ。だが、中にはそうではない魔導書も時々存在する。魔法について書かれていても、実際に自分が発動できた魔法はいいとして、見ただけの魔法を後世に残すために、書き記したものもあるのだ。それがどんな魔法で、同様な時に使ったのか。自分が使ったわけじゃないから、詠唱文も不明で、その時の情景を記すことで魔法を伝聞させるものだってあるということだ。
この禁書は後者に当たる。それもとびっきり、わかりずらい書き方と、文字で。私はこの魔導書に出会えたことを運命だと感じている。なぜかというと、この禁書には、一部、帝国で使われていない文字が書かれているのだ。
「・・・はぁ、気晴らしにはとてもうれしい贈り物ですが、こんなものを渡されても、私は何もできはしませんよ?」
龍化に、魔力欠乏症。体にこれほどまでのハンデを背負っていては、もう以前のような魔法戦闘は思うようにはできないだろう。エルドリックは、今後の戦いに備えてといっていたが、私が戦力として数えられるのは、竜使いの使い手であるからに過ぎないだろうに。
「それは、まだわからないだろう?」
「・・・あなたは不思議な目を持っているんでしたね。魔力の流れを読み取れるとか?今のあなたの目に、私はどう映っているのですか?」
「たしかに、君の体内魔力の様子は、未だかつてないほどおかしな状態にある。二つの魔力が混同して一つの体内に宿っている。その姿も相まって、もはや人間とは言いずらいな。」
「っ、エルドリック様!」
大きな声を上げようとしたシャルリエを、私は制止した。自分でも思っていたことだ。今さら誰かに言われたところで傷ついたりはしない。
「だが、戦力としては申し分ない。魔法には制約がかかるだろうが、俺が君を買っているのは、なにもその魔法力だけではない。」
「・・・私の何を、それほどまでに高く評価しているというのです?」
「言っただろう?俺は、この帝国の存続のために、行動している。あるいは、帝国臣民の平穏のためにな。君もそうだろう?」
彼の志は、確かに私の行動理念と一致している。前世の記憶を持っているからと言って、生まれは貴族、育ちも貴族だ。物心ついた時から、帝王学を学び、いつか領民を守るための存在となるべく、過ごしてきた。その過程で、帝国防衛の要となったり、王妃になったりというものは在れど、根幹は帝国のためだ。この国で暮らす人々を守るため。
だけど私は守れなかった。ピスケスの、何万人という人々を、誰一人、救えなかった。
「あなたは、私を王にするつもりですか?」
「君にその気があるのなら、間違いなくそうするだろう。」
「私に、王の器などありません。」
「それはちがう。」
「なにが違うのですか!」
エルドリックは、ずっと狙っていたのだ。次期王妃候補であった私を。次期国王が死んだなら、王妃の方に任せればいいとでも思っているのだろうか。いや、そんな安直な考えではないだろう。彼は今の帝国の問題を十分に理解している。
ジエトには、後継者がいないのだ。次期国王となる存在を、アルハイゼンの死後、3年もの時間が経っているというのに。それ自体を追求するつもりはないけれど、その結果、ジエトは帝国の生命線になっている。彼が死ねば、玉座を巡って、どんな争いが起こるかわらない。そうなれば、帝国は瞬く間に敵に狙われるだろう。
「私が次期国王として名乗り上げさせることが、貴方の目的ではないのですか?」
「それが出来れば、確かに今の帝国の土台を補強することはできるだろう。だが、暗躍する根っこを絶たなければ、付け焼刃の土台はまた侵食されてしまうだろう。」
「ならどうして、ここまで私に期待を向けるのはなぜですか?私は、ピスケスの人々を救うことすら出来ないというのに。」
自分で言っておきながら、本当に傲慢な性格だと思う。そう、救えると思っていたのに。できなかったのだ。私は自分の力を疑いもせず、出来ると思っていた。できなかった今も、何がダメだったのかを考えるばかりで、出来るものだと思い込んでいる。
「君は、胸の内側ではわかっているはずだ。彼らを救うことはできないと。それは、君の力が及ばないからではない。もう誰にも救うことなどできない。あの時君がやるべきことは、魔物と化した人々を終わらせてやることだった。」
「っ!・・・。」
「君はそれが出来なかった。確かに君は間違いを犯した。街への被害を懸念して、大きな魔法も使わなかった。君のその傲慢さが招いた結果だ。確かに、君は王の器ではないかもしれない。だが、君は傲慢であると同時に、優しさを備えている。魔法は武器だ。人を殺めることのできる道具と同じだ。だけど、君の心にその優しさがあれば、人を殺すための力ではなく、人を救うための力になるはずだ。」
耳が痛い。どこかで聞いたような話だ。そうだ。人を救うにも、殺すにも、力が必要なのだ。
「ロウ。所詮、君は一人の人間だ。一人の人間にできることなどたかが知れている。一人で国を導いていこうという者を、俺は王だとは思わない。君はもっと多くの者を頼るべきだ。そして、今まで通り研鑽すればいい。君に足りないものがあるというのなら、俺がそれに必要な物をそろえよう。しかし、全てを救えるのは君だ。君こそが、一番それを行える可能性がある存在なんだ。君は、あの王子が認めた令嬢なのだから。」
熱い演説、どうもありがとう、と言いたいところだった。焚きつけられているのはわかっている。煽られているのも、所々馬鹿にされているのも。確かに私は、自分一人の力でなんでも、どうにかしようと考えてきた。ピスケスの時だって、アレンを巻き込みたくないが故に、単身で魔物化した人々の中へ飛び込んだ。本当は、私の手で彼らの命を終わらせなければならなかったのに、あの様だ。
エルドリックの言う通りだ。私は、全部一人でやろうとしていた。それが出来ると思っていたし、そうするのが使命だと思っていた。
だから、というわけではないけど、だからこそ、失敗したのかもしれない。そりゃあ、アレンも私を見限って当然だろう。対等な取引をしておきながら、結局は私は彼を対等に見ていなかったのだから。
「俺たちはいずれ、大きな戦いに備えなければならない。それまで、君は力をたくわえるんだ。」
「力。」
「魔法だけじゃない。人脈や、物資。ロウ・アダマンテ・スプリングという旗のもとに、それを結集させる。それが、俺がやるべきことだ。」
やはり私は、この男をどこか好きになれない。こんな話をしておきながら、表情一つ変えないのだから。もっと、こちらがその気になるような声で、私を勇気づけてくれてもいいだろうに。
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