策士
シャルリエから聞かされた話を整理すると、ブレンデット侯爵には、現在、裏切り者の烙印が押されているらしい。そこへきて、私が掴んだ情報ときた。偶然、にしては、何らかの因果関係があるように思える。私の情報を聞いたシャルリエにも、動揺が走ったようだ。
「ブレンデット州に、魔導士の軍隊が・・・。」
「仮に本当だとしたら、由々しき事態だが、こちらから討って出るのも手放しで賛同しかねる。敵の狙いはわからないんだ。奴らが、ブレンデット州へ攻め込むというのなら、公爵であるプラチナムへ攻め込んだも同然だ。それがわからない連中でもないだろう。魔導士とはいえ、たったの3000の戦力では、一領を相手にするには少なすぎる。ロウ、君をおびき寄せる罠かもしれないだろう?」
私をおびき寄せて、今度こそ私を始末しようということか。確かに無い話ではないけど、そうまでして、私をピンポイントで狙うだろうか。
私はあくまで、あの声の主の挑戦状だと思っていたのだ。あの声の主の、遊びのようなものだと。そんな深い目的があるとは思えないのだ。ただ言えることは、間違いなく奴は行動に移すということ。3000人規模の何らかの軍隊を送り込もうとしているのは間違いないだろう。
「なら、私が表に出なければいいだけではないですか?せめて、ブレンデット州との正面衝突だけはどうにかしないと!」
「落ち着け。渓谷の守護隊を割って入らせれば、そういった事態は避けられる。だが現状帝国にとってブレンデット侯爵家は裏切り者だ。横の繋がりがある可能性も考えたほうがいいだろう。」
「それは、お父様が、帝国の敵と繋がっている可能性があるということですか?」
「そのあたりはどうなんだ?シャルリエ殿。繋がりがあるなら、昨日今日で出来たものじゃない。以前から尾を出していてもおかしくない。」
「ええ。そう、かもしれませんが・・・。申し訳ありません。わたくしは、何も。」
彼女の経緯についてもその時聞いたから、事情は分かっているけれど、自分の父親と比べて、彼女は何不自由なく育てられたお嬢様ではないように思えた。そもそも、ブレンデット侯爵は、州の頂点にいる存在。その人物が帝国を裏切ったとなれば、彼に仕える従士や、傘下の名家、臣民たちをも裏切ったも同然だ。領土を任されているのは、帝国への忠誠あってのこと。それがないとなれば、ブレンデット家や、州に住む全てに帝国からの矛先が向けられてもおかしくない。理由が理由なだけに、今後、シャルリエはあまりいい人生を送れることはないだろう。まぁ、本人頑張りしだいでは、ある程度改善されるだろうが。
「とにかく、知ってしまった以上、何もせずにはいられません。」
「わかっている。だから偵察の部隊を送る。今回はそれでとどめておく。いいな?」
いや、全然よくないのだが。以前から思っていたが、どうにも過保護にされる理由はなんだろうか?なぜそうまでして、私を危険から遠ざけようとするのか。いや、潜入をさせたり翼竜部隊を編成させたりと、やることはやらせてもらえるのだが、帝国の危機の渦中へは向かわせてくれない。意図的なものを感じてどうにもこの男が好きになれない。
「・・・あなたの元へ付くといったのですから、あなたの決定には従いましょう。」
「結構だ。それで、君があの児童保護所で見たことについても、そろそろ聞かせてもらおうか。」
エルザと共に児童保護所の中にあった、奇妙な魔法の向こう側で見たものを話した。惨状だった実験室。同じ顔をした無数の遺体。その遺体の顔に見覚えがあること、全部。それと同時に、私はエルドリックから、アルハイゼンの遺体が盗まれていたという事実を聞かされることになった。
「殿下のご遺体が、盗まれていたと?」
同じく、新事実を聞かされたシャルリエは、相当に驚愕していた。王族に限らず、死人の体を盗むだけでも倫理的に罪に等しい行為なのは、この世界でも同じだ。王子の遺体となれば、王家への反逆罪に加え、その他諸々が付け加えられて、死罪は免れないだろう。まぁ、反逆罪だけでも、死罪は確定だが。
そんなことは今はどうでもいい。アルハイゼンの遺体が、彼が死後に盗まれていた。現在も所在が不明となれば、私があの地下室の同じ顔をした死体に覚えがあるのは、間違いではなかったようだ。
「君はどう思う?盗まれた死体と、同じ顔の肉体がいくつも存在する。」
どうと言われても、十中八九、人の複製が行われている。おそらく、魔法で。ただ、それを彼らに説明するには、少々前世の知識を話さなければならない。いわゆるクローンの話だ。
私も前世は単なる一般女性Aだったから、そういった込み入った知識に詳しいわけではないけど、遺伝子情報をもとに、本体と同じ生物を作れるという、まぁ、机上の空論なのだろけど。要は生物としての生殖能力を使わずに、人工的に生命を生み出すことが出来るという話。
そんな話をしたところで、遺伝子とは何?どこでそんな知識を知ったのだと、話の腰がおられる可能性があるため、出来れば私の憶測の体で話したいのだが・・・
「地下室にあったという死体は、性別や体に個体差はあったものの、どれもアルハイゼンと同じ容姿をしていました。」
「ふむ、君の目でそう思うなら、間違いはないのだろう。だが、そんなことが本当に可能なのか?人間の複製なんてものが。」
「例の、魔力の物質化を行えば、アルハイゼンそのものを複製できるんじゃ?クレスが、私の左腕を再生してくれたように。」
「体の一部を補うのと、一から人体を作り上げるのは同じとは言えないだろう?それに、君の腕はもう・・・。いや、その話は今はいい。魔力の物質化で仮に肉体を作れたとしても、それはアルハイゼンに似た容姿を持つ、只の人形じゃないのか?そこから魔法特性を継承させるための血肉を得ることはできないはずだろう。」
だが、あれだけの死体があったのだ。実験記録に、あの血まみれの惨状。今、私たちが想像していることは、あながち間違ってはいないはずだ。ただ、確証が得られないだけで。
それきり、私とエルドリックは、手に顎を付けて考え込んでしまった。そんな私たちを振り子のように見ていたシャルリエが、沈黙を破って口を開いてくれた。
「あの、お二人の仰る通り、アルハイゼン殿下の人形?を複製しているとして、敵は、一体どういうつもりなのでしょう?」
「・・・一番の目的は、魔導士の生成、だろうな。だが、それだけなら、アルハイゼンの遺体でなくともよかったはずだ。ロウ殿は何度か命を狙われている。強力な魔導士を作るために、有力な貴族を攫おうとするのも辻褄が合う。他にも児童保護所のような施設があれば、アルハイゼンにこだわる理由はないはずだ。」
「・・・あの人の、アルハイゼンの力に何かあるのですか?」
私は知らなかった。彼が、魔法を使っているところは見たことがある。決闘という名の喧嘩までしたことがあるのだ。アルハイゼンが大地の記憶を使えることはしっている。だが、それならば、エルドリックと同じだ。アーステイル家の者は大体、同じ魔法が使える。問題は、リンクス家特有の魔法特性の方だ。
「君は知らないのか?」
「ええ。そういう話をしたことはなかったですね。」
アルハイゼンが私の魔法を絶賛することはあっても、私が彼の魔法を特別だと思ったことはあまりない。よく言えば平凡な魔導士で、魔力量は確かにずば抜けていると思うけど、大地の記憶以外、特出したものがあるとは考えていなかった。ただ何となく、意図的に見せないようにしていたんじゃないかと、私は密かに考え始めていた。
「あなたは知っているんじゃないですか?アルハイゼンの魔法を?」
私の問いに足して、エルドリックは、さらに何かを考え込んでいるようだった。話してはいけない何かがあるのか。それとも彼自身何も知らなくて、代わりに何か思い当たる節があるのかは読めなかった。だが、彼はひとりでに頷くと、私の目を見て話してくれた。
「君になら、話してもいいだろう。あいつの婚約者だったんだしな。シャルリエ殿も。本来なら王家の機密に関わることだ。他言無用で頼みたい。」
エルドリックの態度は急に厳粛になった。私とシャルリエは思わず顔を見合わせてしまった。
本当に、全ての出来事が、あの人から始まっているのが、私は未だに信じられなかった。
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