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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第六章 新世代の争い
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帝国を守るためなら、死んでも構わない。

渓谷街での暮らしは、今までのどの街よりも埃臭いものだった。何せ、渓谷に街があるのだから、風は強いし、そこらかしこで採掘がおこなわれているから、粉塵が風に舞っているのだ。ただ、そういう生活を不快に思ったことはなかった。もともと私は、前世での記憶があるから、権力者らしい潔癖は備えていない。それでも、この街の暑苦しさには、少々苦笑いを浮かべてしまうが。

男も女も、肌の露出が多いのだ。目のやり場に困る、というわけではないが、この世界では珍しい。一応この世界では北部出身だから、基本的にこの国の気候は肌寒いものと認識している。東北や北海道で生まれ育ったようなものだ。北と南でこうも気候が違うと、少々戸惑ってしまうのだ。

そんな場所にある渓谷街だから、タンクトップの女性や半裸の男が多い。いや、非常識な格好ではないから、いいのだけど。同じ女としても、それでいいのかと思うことはある。まぁ、ようは慣れなんだろうけど。

スノウを巣窟に戻してから、私はクレスらが間借りしている宿舎へ戻った。間借りといっても、エクシアの管轄している建物だが。

「あなたという人は、こんな時間にいったい何をしていたのですか?」

「暗い夜の中で降水、特定の条件下での調教は滅多にない機会ですから、やっておきたかったのです。」

私はいたって平静にクレスに説いたつもりだったが、彼からしてみれば、そういうことじゃなかったようだ。

「せめて一言、言伝を残してください。もし何かあったらどうするおつもりですか。」

「それは、その、・・・ごめんなさい。」

「はぁ、まぁいいでしょう。とにかく、傷を見せてください。」

魔導士の男との戦闘で少しばかり負った怪我の診療をしながら、私は見聞きした出来事を、クレスと共有した。

「成功した実験体の魔導士。お嬢様が潜入して、見つけた実験室の・・・。」

「おそらく。でも、子供っていう程の年ではなかったから、あの保護所以外にも、奴らの実験場があるのかもしれない。」

クルルアーンの児童保護所でも、子供以外の実験記録はあったから、一概に子供だけという話ではないのだろうけど。

出所はともかく、彼の魔法の力は、楽観視できるほどものではない。私相手では見劣りするだろうけど、あの少ない戦闘の間に、致命傷こそ食らってはいないものの、十分に人を傷つけるだけの力があった。万全な状態ではなかったから、彼の力量を見誤っていれば、こちらも無事じゃなかったかもしれない。

「聞く限りでは、脅威となりうる存在とお見受けしますが、問題は・・・。」

「ええ。そうね。そんな、・・・成功した実験体でも、奴らは無下に扱うほど、狂ってる。それは、その程度の魔導士が、他にもたくさんいるからという怠慢なのか、単に、あの声の主が、そういう性格だからなのかはわからないけど。」

物質転送の魔法で、どこへ向かったのかはわからない。そもそも、どうやって遠隔で魔法を発動したのか。魔導士の男が身に着けていた魔法触媒が光を放っていたのは確認したけど、それだけだ。幻影の帯(ファントムベール)だって、本来は幻を見せる魔法だ。当人はそこにはいないし、声だけを飛ばすことが出来るとは思えない。仮に、声の主が、ここではないどこかにいるとして、自領の領城に至り、王城に至り、空を飛び回っていたりする、私に向かって、いつでも声を飛ばすことが出来るなら、人ひとりの動きを完全に把握していることになる。そんなでたらめな魔法、聞いたこともないし、正直認めたくない。

「・・・はぁ、とにかく今は、ブレンデット州に向かう準備をしましょう。」

「お一人で行かれるおつもりですか?」

「う、それは・・・。」

声の主は、10日以内と言っていた。ブリジット渓谷か、西部領のブレンデット州まで、翼竜を使えば半日でつくだろう。ただ、今の私は戦闘面に関して、いろいろと問題を抱えている。愛剣は失くし、お気に入りの魔法触媒だって、アレンに食われてしまった。その上、魔力欠乏症の症状だってあるし、無暗に魔法を使い続ければ、自身の命を危ぶむ。もう一人で行動ができるほど、完全無欠とは言えない。かといって、頭数を揃えて向かうにしても、時間はギリギリだし、そもそも、まともな戦力をそろえられるかどうか・・・。

「山沿いの街道を使えば、馬で3日もあればつくでしょう。」

「3日。・・・それで間に合えばいいけど。」

「・・・主も、その頃には戻ってきてくださるはずです。せめて、主がお戻りになってから、出発いたしてください。」

医者として、私の体を考えてくれているのか、それでも私の意思を尊重してくれるのは、とてもありがたかった。クレスは年齢的には、父と同じくらいだろうから、もしかしたら娘を嗜めることには慣れているのかもしれない。ただ、私とクレスの間には、そこまでの信頼関係があるとは考えていないかったのだが。

「随分と、心配してくれるのですね。」

「患者を心配しない医者などおりません。それに、お嬢様は、主の花嫁候補でもございますから。」

あぁ、そういうことか。まぁ確かにそうなのだが。・・・それもそうか。彼にとって大事なのは、彼の主であるエルドリックと、その周りの者たち。エルドリックとの縁談が決まり、婚約者となれば、クレスは私の従士にもなるかもしれないのだ。

「お嬢様は、主とのご結婚を、それほど本気になられていないようですが。」

「っ、・・・よく見ていますね。エルドリックにもきっと見抜かれているでしょうね。でも、力を失った権力者が、力ある家に嫁いだりすることは、必要なことだとも思います。」

「アダマンテ家の力が弱まったわけではないのではないですか?」

そう、力を失ったのは、私であって、アダマンテ家ではない。アダマンテ家は、いまだ北部戦線で魔物の軍勢と戦い続けている。父は、・・・あの父のことだ。負けるはずがない。例え、何千万という軍勢が押し寄せようとも、きっとこの国を守り抜いて見せるだろう。ユース侯爵や、他の3州の州公も健在だ。アダマンテ家は盤石であり、決して堕ちることはない。

「私もう、かつて次期王妃候補であった時とは違います。自分の体ですから、それくらいはわかっているつもりです。」

自分が変わりつつあることを、認識している。もう以前のように、魔法を使うことはできないかもしれないと。仮にこの病が治ったとしても、もはやそういう次元の話ではなくなっていると感じるのだ。

「・・・主は、誤解をされやすい方ですが、女性にはお優しい一面まりますから。」

クレスがそういって苦笑いを浮かべた。あのエルドリックが?愛嬌があるようには見えなかったし、全てを見透かすようなあの目から、そういう一面があるとは思えなかった。でも、それでもいい。自他ともに認める政略結婚でもいい。今重要なのは、私の結婚相手ではなく、帝国を守ることなのだから。そのために私たちは、命を賭ける使命があるんだ。貴族として、帝国王族として。

「主がいつ帰ってきてもいいように、可能な限りの準備を進めます。」

「ええ、お願いクレス。」



読んでくださり、ありがとうございます。

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