迫りくる波
「牢屋から解放されてからは、私は私にできることをしていましたわ。実際、公になっていない城内での襲撃が、既に4件。ふふ、いずれも私の力の前にひれ伏すことになりましたが。」
彼女は自慢気にそう話してくれた。彼女の戦闘能力をもってすれば、よほどの相手でない限り、後れを取ることはない。俺が彼女に本気で立ち向かっても、傷一つ付けることなく、こちらは命を落としているだろう。
「誰をねらっていたか、わかりますか?」
「ええ、おそらくクリスハイト様ですわ。」
クリスハイト?・・・これは予想外だった。俺はてっきりジエトやフィリアオールを狙っているものだと考えていた。だが、冷静に考えてみると、確かに彼を狙うのは合理的と言えるかもしれない。
「陛下の右腕である、クリスハイトさえいなくなれば、王家を真に守る存在はいなくなる。いや、そもそも陛下やフィリアオール様を討ち取ったところで、この国の根幹が揺らぐわけではない。帝政を敷くのは国王の務めだが、帝国議会を取りまとめているのは、クリスハイト本人。」
「クリスハイト様が、宰相の座に居続けるだけで、ジエト陛下がたとえ逝去されたとしても、その意志は受け継がれる。逆にクリスハイト様が堕ちると、陛下を守る盾も、帝政の揺らぐでしょう。」
帝国議会は、常に意思統一されているわけではない。当然、議員の中には今の帝政に賛同しない者も存在するだろう。政治とはそういうものだし、それこそ、クルルアーンのように無理やり意思を統一させるなんて言うことは、するべきじゃないし、ありえないことだ。
そういう、賛同できない者たちも含めて、議会は成り立っている。宰相はそれらのバランスを取っているのだ。
「そのことを、本人は知っているのか?」
「いいえ、おそらく気付いていないでしょう。あの方は今、陛下を守ることで手一杯でしょうから。」
どうするべきか、これはかなり慎重にならなければならないことだった。クリスハイトに自信が練らwれ手いることを伝えるべきか。だが、伝えたところで何になる?敵は既に城内に潜んでいる。一番考えられるのは、防衛大臣のノブナ・コーアだが、確証もないのに詰め寄るわけにもいかない。今はシルビアのおかげで、闇討ちからの失敗、という結果だけがあるが、彼女とて完璧に全ての襲撃者に対処できるわけではない。敵からの視点では、すでに王手とみていいだろう。力ある者を送り込めば、今度こそ死人が出てもおかしくはない。
「あなたは今後も、こうして城内で、闇の仕事人を続けるつもりか?」
「ええ。あの子も私も、現状行方不明ってことになっていますのよ?この状況を利用しない手はありませんわ。」
そうだ。今は敵側に、俺たちのことを知られるわけにはいかない。敵は巧妙に姿をくらまして、公に出てこないようにしている。俺たちが動くのは、奴らがその姿を晒した時だ。そこで初めて、第3の勢力として、王家と共に戦う。それまでありとあらゆることに備えなければならない。
「襲撃者は、どんな奴らだったか、覚えていますか?」
「どんな・・・。さぁ?、魔法で姿をくらましてはいるようでしたが、それ以外は凶器を一つ持ったごろつきにしか見えませんでしたわ。安心してください。死体の処理も抜かりありません。」
「・・・結構だ。俺はあなたに、何かを望みはしない。俺の元に着くような人じゃないだろうからな。むしろ、優秀なあなたならば、己でやるべきことをやってくると信じているよ。」
「口がお上手なのですね。あの子とは大違い。そうやってあの子のことも口説き落としたのですか?」
「口説いてなどいないさ。彼女は、どうやら俺を利用しようとしているだけのようだからな。」
あの時、俺との縁談を受けると言った彼女の表情を見れば、本気で俺の元へ嫁ぐ気がないことは容易に分かった。彼女には、添い遂げたい相手がいるのではないかと思っている。出なければ、あんな顔はしないだろうて。
「あなたのことは、ロウにも話しておこう。無事に、上手くやっていると・・・。」
俺はそれを言い残して踵を返したのだが、シルビアは俺の手を掴んで、静止させてきた。
「一つだけ教えてください。」
「ん?」
「・・・オーネット領は、・・・お父様は、今どうしていますか?」
それを聞いて、俺はどういうべきか迷ってしまった。冷酷に事実を伝えることは可能だ。だが、男顔負けの腕力で呼び止めた彼女の様子は、先ほどの気高な令嬢の姿とは全く変わっていた。追い打ちをかけるようなことになるが、嘘を言うつもりもないし、そこまで女の扱いに長けているわけでもない。
「・・・ピスケスは陥落したそうだ。数十万人が魔獣の餌食となり、今も異形と化して街中を埋め尽くしている。オーネット公爵と、テレジア家の魔導師団がどうにかしようとしているらしいが、臣民を救うのは絶望的だろう。」
「・・・そう・・・ですか。」
彼女それだけ溢すと、掴んでいた手の力を緩めて、俺を行かせてくれた。すぐに変装の魔法を装って、何食わぬ顔で元の持ち場へと戻っていった。
今はまだ、何の予測立てられないけど、このままいけば、オーネット家は没落、あるいは貴族としてやっていくのは難しいだろう。生涯をかけて臣民を救おうとするか、それとも全ての罪を背負うのか。公爵も相当な心労だろう。魔導師団と共に、事態を好転させられればあるいは、だが。
俺も静寂の魔法を解き、何事もなかったように正門前を後にした。
ロウがシルビアを開放したのは、確かに間違いではなかったのだろう。彼女は彼女なりに、ロウの思惑を受け取り、この王城でよからぬことを働こうとする者たちを裁く、刺客として存在している。シルビアの言うように、もうすでに何回か阻止しているというのなら、敵側も何らかの対策を討つか、優先目標をシルビア本人に移すこともあるだろう。
「のんびりしている時間はなさそうだな。」
シルビアはやられることはないだろうが、敵の動きが本格化すれば、彼女一人では対処できなくなるだろう。急がないと、最悪の場合、準備が不十分であっても、強引にことを進めないといけないだろう。
「彼女の方の準備ができていればいいが・・・。」
とにかく、シャルリエを連れて、ブリジット渓谷へ向かわなければ。
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