犬猿
翌朝。
まだ城の中の動きが鈍い時間帯。俺が向かったのは地下牢だ。今は誰も収監されていないらしく、お付きの衛兵もいなかった。魔法抵抗の領域魔法も発動しておらず、只の黒壁の牢屋でしかなかった。
シルビアを襲おうとした刺客とやらは、もうすでに裁かれているのだろう。牢の中は、しばらく使われた形跡すらない。さすがにめぼしい手掛かりを見つけるには難しかった。
だとすると、彼女はいったいどこへ行ったのだろうか。ロウが、シルビアを開放したのは、もうずいぶん前のことだろうに。王城を出ていったのなら、探しようがないが、誰にも気づかれずに身一つで子の霊峰を降りるのは自殺行為に等しい。だとすると、やはりこの城のどこかで潜伏していると考えていいだろう。そうなると、やはり問題は食料に関することだ。潜伏と言っても、もとは牢に繋がれていたのだ。解放されたとき、彼女には何の備えもなかったはずだ。衣服だって、仮に自分で着替えが出来る者だったとしても、調達のしようがない。ならば、考えられるのは、堂々と城内で生活をしている可能性だ。
王城の入り口である大正門には、日々多くの出入りが行われている。王城に住まう人々のための食料や物資、人が滞りなく動き続けている。大正門前ではそれらの運営を管轄する総務庁の者たちが、忙しなく働いている。彼らは衛兵とは違った制服に身を包んでいる、いわば城の管理者たちだ。総務大臣、アニスフィアの指揮の元、膨大な仕事量を来ないしている。彼らはもともと市井の出のものばかりで、こんな場所で働けるから、平民では上流階級と言っていいだろう。当然彼らもこの王領に住んでいて、基本的には城下街に住んでいる。王城の城下街は、それほど大きくはない。何せ仕事以外で、こんな高所で暮らす理由がないからだ。街はそれなりに活気だって入るが、街の規模で言えば、他の城下街と比べると見劣りするだろう。
俺が目を付けたのは、王城の大正門前で荷車や馬やルクスを管轄している部署。多くの人の目がありながら、そこへは貴族も帝国王族もやってくることはほとんどない場所。それでいながら、すぐに王城へ駆けつけることも可能な絶妙な位置関係にあるここに、彼女がいると踏んだのだ。
ここで総務庁の者に扮して紛れれば、自身の身分を隠しながら、王城内での動きにも注視できる。人の動きでそれを計ることが出来るからだ。食料に関しても、王城内で働く者であれば、毎日のように配給などで、基本的な食事がもてなされる。長期間潜伏するには、絶好のポジションだ。
正門前に、帝国王族である俺が現れたことに、総務庁の者たちは驚いていたようだったが、部署を管轄する者に話を通し、彼女をしばらく借りることにした。
「随分うまく溶け込んだようですね。」
「なんのことでしょう?」
「・・・静寂。」
「!?」
人の少ないところへ連れてきたつもりだったが、それでも多くの人が出入りする場所だ。完全な人払いは難しい。何事かとこちらを見ている者たちが何人かいたため、魔法で無理やり音を遮断することにした。
「これで、俺たちの声は、周りには聞こえない。あなたも自分を装う仮面を外して大丈夫ですよ?」
俺がそう言うと、彼女はふっと笑みを浮かべて、自分の手で頭の額辺りをさすった。すると、突然彼女の容姿が変わったのだ。
「まさか、この魔法を一目で見破るだなんて。さすがはエクシア家の跡取り。」
「見破ってはいませんよ。ただ、貴方の魔力が、以前お会いした時と変わっていなかったので、気付けただけです。」
「?」
「俺は、見るだけで、相手の魔力の流れを見ることが出来ます。まぁ、言葉で伝えてもピンとこないでしょうが。」
彼女、シルビア・オーネットとあったのは、大分昔の話ではあるが、彼女のような特別な魔力を持っている者は、早々に忘れるわけがない。
「それで?私に何の用でしょうか?エルドリック様?」
「様という程のことじゃない。あなたが、今どうしているか確認したかったのですよ。」
「確認?」
「ロウはあなたを解放したといっていた。そこから、貴方のことだから、王城で多くの情報を得ようとどこかで身を潜めているのではと考えたのです。」
「・・・あの子と会ったの?」
「ええ。随分痛手を負ったようですが、とりあえずは無事です。」
「・・・・・・行方不明だって聞いていたから、どこかで野垂れ死んでいるんじゃないかって、心配していたのに。徒労だったみたいね。」
やはり、彼女は、この王城で多くの出来事を仕入れているようだ。ロウ自身が、こうなることを想定していたかはわからないが、おそらく、ロウもシルビアを信頼して牢から解放したのだろう。
「無事ならいいのよ。あの子に死なれたら、私がこうして身を隠している意味も無くなってしまうしね。」
「なら、その身を隠している間に起きた出来事を教えてくれないだろうか?」
「どうしてあなた様に?こういうのは癪だけど、私は今、あの子の思惑に乗っかっているの。ポッと出のあなたにそれを話して何になるというの?」
「彼女は俺の元に付いたからだ。」
「・・・何ですって?」
「さらに言えば、俺との縁談を受けてくれることになった。」
「はぁ!?」
最後のは余計だったかもしれないが、彼女の信頼を勝ち取れるなら、意味ある余計な一言となるだろう。
「・・・あの子が?まさか、信じられない・・・。」
「まぁ、そんなのはどうだっていい。あなたがあなたが王城で見聞きしたことを共有したいのだ。」
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