実力主義の弊害
大広間を出てすぐに、シャルリエは見つかった。うつむき加減に廊下で突っ伏していた。
「気分はどうだ?」
「はっ!?」
その目には僅かに涙を浮かべていた。緊張故か、恐怖故か。なんにせよ、やはり彼女はいささか生温い。貴族らしい強さを持ち合わせていないのは間違いない。
「べ、別に。心持ちはいたって穏やかですわ。」
「・・・強がらなくてもいい。君にとっては、一世一代の出来事だっただろうからな。」
「いいえ、な、泣いたりしませんわ。わたくしは、父の首を・・・取らねばなりませんので。」
まったく。これだから温厚な貴族たちは、この国では生きていけないのだ。もっとしたたかに、そして、あわよくばあの傲慢な娘のように、自身を持ってなければ、さぞ心労も多いことだろう。
「シャルリエ。それについてだが・・・。」
「はい?」
「これから、俺と共に、帝国南部へ来ないか?」
「・・・あの、どういうことでしょうか?」
やはりわかっていなかったか。彼女は、父親の首を取ってこなければ、ブレンデット家とそこへ仕える者たちに恩赦は与えられないと思い込んでいる。いや、確かにブレンデット侯爵は、いずれ捕えられ、然るべき罰を与えられるのだが、今のこの国に、そんなお家騒動に構っている暇はない。
「父の首を落としてこなければ、あんな風に啖呵を切った意味が・・・。」
「ああ、ああ、そんなものはいい。」
「え?」
「いいか?シャルリエ?君にとっては、父親を捕えてくるのは大事なことだが、帝国にとって、侯爵家の問題に注視する余裕はない。今クリスハイトが行うべきは、王家と共に敵に抗う勢力を整え、戦いに備えることだ。君が父親の首を持ってこようとこなかろうと、その後、君にもたらされる結果は大して変わらない。それに、クリスハイトは期間を設けなかったし、そもそも、君の親の首に興味なんてない。」
「ですが、そんな勝手に・・・。」
「はぁ、君はもう少し、腹の内の探りあいを学んだ方がいい。」
こんな純粋な娘に育てた父親が、今さら帝国を裏切るような存在なのは、それこそ変な話に思えるが。だが、ブレンデット家が、リベリやコーアと繋がっている可能性もないわけではない。この様子だと、おそらくシャルリエは、真正面から父親の元へ向かってしまうだろう。能力はある。彼女と魔法でやりあえる逸材だ。こちらでしっかり手綱を握っておけばいい。
「それに、俺と一緒に来ることは、君にとっても悪い話じゃない。」
「はぁ・・・。」
「俺は、今、戦力を集めている。今後、帝国内で権力争いが起こるのは必至だ。陛下は、立場上、貴族や帝国王族相手には平等に接しなければならない。私的に同盟関係を結ぶことは難しいだろう。」
「それを、エルドリック様がやるのですか?」
「一応俺は、エクシアの人間だ。父は、陛下の弟。俺にとっては叔父だ。助けない道理はない。父上は今、北部戦線で忙しいからな。俺は権力には興味はないが、いざという時、陛下を支えられるようにしておかなければならない。」
「・・・。」
シャルリエは、目を丸くして俺を見ていた。そんなに不思議だろうか?まぁ、社交内で広まっている俺の噂はお世辞にもいいものとは言えないから、当然といえば当然かもしれないが。今さら気を落としたりはしない。
「君は、腹芸に秀でてはいないが、そこはいい。人には役回りがある。君にしかできないこともだってある。それこそ、俺にできないことを、君はできるはずだ。」
「私に、出来ること、ですか?」
「ああ。クルルアーンの外れ、オオトリ街に行くぞ。いや、その前に、ブリジットへ寄るか。」
シャルリエの力は必要だ。彼女にとっても・・・。
「出立の準備をしておけ。明日の夜に、王城を出るぞ。」
その日のうちに、忠誠を誓う儀は無事に執り行われ、貴族会議は普段と違い、華やかさのない厳粛な話し合いの場となったそうだ。全20のある貴族の内、アダマンテ、オーネットは、現状の危機に直面している故に、出席は免れ、同じく理由で北部戦線のユース家も出席はしていなかった。それとは別に、今回の会議に参加していなかった貴族は、ブレンデット家を除くと4つあったそうだ。1つは、帝国最南部、ミスリアル領のシャカール家。他3つは、全てオーネット領。北部州バレル家、東部州ラッセル家、南部州アイロン家。
貴族の中だけでも5つも王家に従わない家があることに、ジエトがどんな判断を下すかはわからないが、俺からしてみれば、さほど驚きはしなかった。会議はその日の内に、各貴族による臨時の大同盟が組まれ、帝国騎士団とは別の私設武装組織の結成が行われたそうだ。貴族たちが抱えている個別の戦力を集結させ、一時的な現状打開のための戦力とみなすようだ。貴族の方は片付いたから、今度は帝国王族だ。アーステイルの分家をはじめ、大小様々なその血を分け合った家々が、既に王城に集まっている。彼らの中に裏切り者がいるかどうかを確認するのは困難だろう。正確な家系図もないため、どれくらいの家が存在するかもわからないのだ。
(それが、この国の弱点でもあるのだが・・・。)
帝国王族。実力主義を主とせんがために、人間による交配を幾度も行われてきた結果だ。それによって有力な家が誕生した実績もあるだろうが、それ以上にそうはならなかった家もあることを忘れてはいけない。アーステイルの血を引いているというだけで、帝国王族になれる。大地の記憶を受け継ぐことが出来る。そもそもの問題は、その魔法特性にあるのだ。
大地の記憶。その能力は、大地を操り、変幻自在に操作することだ。土、砂、石、鉱物、あらゆる大地を掘り起こし、そのまま彫像のように細かな形にすることも出来れば、そのまま大地に空洞を開けることだってできる。個人差は在れど、その能力を得ただけで、この大地に眠る地中資源を見つける力を得られるのだ。
この国の地底には、深水をはじめとした貴重な資源が無数に広がっている。標高約2ルクスのグランドレイブ山脈を作り上げた、大地の源が丸々埋まっているのだ。鉄鉱石はもちろん、宝石類は魔法触媒等に使われ、金や銀、その他あらゆる資源が、魔法一つで手に入るのだ。
また、大地の記憶は、建築などにも使うことが出来る。簡単に言えば、地面から土の家を生やすことが出来るといえば、その有用性がよくわかるだろう。木材を使わずとも、地面の起伏を作ったり、平地を整えたりできる。ある程度の量の鉱物があれば、それを変形させて、建築物に変えることも出来る。ある意味神の所業に等しい行為を可能にするのだ。
そんな魔法特性を得るには、人としての営みが必要だった。血を分け合い、子を産み、魔法を鍛錬するという面倒くさい工程が必要だったのだ。多くの金持ちや権力者は、こぞってアーステイルの血を得ようとした。しかし、実際には、俺のようにうまく遺伝しなかったり、本人の努力や才能によるところが大きい。誰でも魔法で城を作ることはできなかったのだ。その結果、血統だけを受け継いだ家々が無数に蔓延り、しかしその血統故に帝国王族と呼ばれるものたちが、この国にはたくさんいるのだ。
この国は、血統主義ではない。血を引いているからという理由で、上へ登り詰めることはできない。能力のある者が、国の頂点へと駆け上がれる。その、能力のある、というのも、能力を持っているではなく、最も優れた能力を持っている者、という意味だ。結局頂点に立てるのは極僅かで、それは、己で精進することが出来る人間たちだ。例え、この世界に魔法という概念がなくとも、それは揺らぐことのない真実だろう。
「エレノア。彼女についての情報はつかめたか?」
城内でエレノアと合流し、探ってもらっていたことを確かめたが、彼女は首を横に振った。
「いいえ、ロウ様が、城を離れられてからの城内の出来事をいろいろと探りましたが、特に目立ったことは置きていないそうです。侍女たちからの視点ですが・・・。」
「ふむ、彼女が襲撃されてから、他に仲間がいないというのは考えられないな。それとも、彼女本人が何かしているのか・・・。」
どうあやら城を後にする前に、確かめる必要があるようだ。彼女、シルビア・オーネットの動向を。
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