宣誓
「わたくしの名は、シャルリエ・ブレンデット!。ローグ・ブレンデット侯爵の代理人でございます。宰相、クリスハイト様。どうか一時、わたくしの忠誠を聞き届けていただけないでしょうか?」
大広間の中心で、大きな声を上げながら、シャルリエは両手を広げて、そう高らかに言葉を綴った。うまく隠しているようだが、野次馬の中に紛れていてもわかるくらいに、その指先は振るえていた。確か、彼女の年齢は、ロウと決闘を行った時は、彼女より年上だったはずだから、4年たった今では、俺と同い年か、それ以上ということになる。見た目は明らかに子供っぽいし、あまりにも頼りない背中だから、勘違いしそうになる。だが、彼女はもう、年齢的にも一貴族として見られて当然の年齢だ。まぁ、その年まで、結婚もせずに、家の中で燻らせている父親も父親だが。
そうはいっても、こうして大勢の前で、啖呵を切る行為には、少なからず恐れを抱くものだ。自ら父親の罪を告げなければならないとなれば、なおさら。いざという時は、手を貸すと言ったものの、こちらが濡れ衣を着せられるのはごめんだ。さて、どうなることやら・・・。
「シャルリエ・ブレンデット・・・。侯爵令嬢である貴殿が、どうしてこの場に?」
クリスハイトは、いかにもな声音で、脅すようにシャルリエに言い放った。彼の目は、いたって冷静なものだが、かなりの威圧を放っていた。今の彼は、ジエトの代行者。国王の命令に、冷酷に従う者だ。例えどんな理由があろうと、ジエトの招集に応じなかった、ブレンデット家を断罪するだろう。
「父は、・・・父は陛下のご命令に背きました。」
シャルリエの返答に周囲の貴族たちからどよめきが上がる。直球に告白をしてしまうとは、やはり駆け引きそのものは苦手なのだろう。
「愚かなことを、それがどういう意味か、貴方は理解しているのですか?」
「もちろんです。クリスハイト様。我が家は、帝国を裏切りました。」
「正直でなによりですが、であれば、貴方はあなたはいったい何をしにここへ?ここは、帝国へ、強いてはジエト陛下へ、忠誠を誓う場です。爵位を持たないあなたには、裏切り者の代わりにはなれませんし、例えそうであったとしても、ブレンデット家が裏切ったことは揺るぎませんよ。」
クリスハイトの言う通り、現状ブレンデット家の立場は、重罪を免れない位置にいる。そんなことはシャルリエもよくわかっているだろう。だが、足搔こうとしている人間ならば、はいそうですかと、その現状を受け入れられるわけない。矜持も、身分さえも捨て、相手に譲歩をねだり、例え泥沼に足を踏み入れることになっても、立ち向かわなければならない。
「我が家は、もう陛下の温情を受ける資格はないでしょう。ですがわたくしは、例えどんな恥を晒そうとも、我が家が犯した罪を償う所存です。」
「・・・・・それに、何の意味があるというのですか?」
クリスハイトや、その周囲の議員、はたまた、多くの貴族や帝国王族に、冷たい視線を向けられながらも、シャルリエはその場で跪いた。
「陛下に忠誠を誓う方々からすれば、わたくしの行いには、意味がないように見えるでしょう。ですが、わたくしやブレンデット家に仕えていた者たちには、大きな意味があります。貴族の務めは、領民を導くこと。裏切りを行ったのは、父です。わたくしは、ブレンデット家そのものに臣民からの恨みを向けることがないように、行動する所存です。」
シャルリエが言いたいことは、要するに、侯爵家に仕えている臣民や傘下の名家の身を案じているということだ。
「裏切ったのは、ブレンデット家ではなく、貴方の父親であると?」
「現に、わたくしは、帝国を裏切ったことなど一度もありません。ここへ来たのも、私事に熱中し、真にやるべきことを放棄した父の代わりになればと思い、貴族会議へ参加する所存・・・、でした。」
「今は、そうではないと?」
「はい。王城へ入ってから、やはり思い知らされたのです。所詮わたくしは、力も権威もない存在なのだと。ですが、抗わずにはいられません!」
彼女の声は、震えていながらも凛と大広間に響く渡っていて、周囲の野次は止み、彼女の言葉に耳を傾ける者が、彼女を囲っていた。それは、正しくこの国で、幾度となく行われてきたであろう、行いだ。同じことをやれと言われて、これが出来る人間は、果たして1世代の中にどれくらいいるだろうか。自身の思いを言葉にし、揺るぎない信念を他者へ見せつけ、人々の視線を集める。
シャルリエのそれは、まだ輝きが薄いものの、正しくその行いと言えるだろう。
「わたくしは、王家の忠誠の誓いとして、その献上品に、父の首を差し出しましょう!」
「・・・・・・。」
言うは易し、行うは難し。泉の階で、少しばかり彼女と接しただけの判断だが、実の父親を殺めるような行いは、彼女には出来ないだろうと思った。あの内面性では、勇気も覚悟も足りていないだろう。だが、嘘でもなんでも、それをすると宣言できなければ、他者から信用を得るなんて、到底できはしない。
だが、あのクリスハイトが、そう安々と温情を見せるわけがない。国の宰相で、ジエトの忠実なる配下。国内での権力で言えば、国王に次いで、大きな存在だ。帝政を取り仕切るのも、基本的には彼の仕事なのだ。
そのクリスハイトが、冷酷なまでに今回の貴族会議を仕切っているのだ。どのような理由だろうと、すんなり首を立てには振らないだろう。
「よい覚悟です。シャルリエ侯爵令嬢。あなたが罪人の首を取ってくるというのなら、こちらも手間が省けます。ですが、それをしたところで、貴方たちの罪が許されるわけではありません。」
「っ・・・。罰ならば、お受けいたします。ブレンデット家であるわたくしが。」
「・・・であれば、すぐにでも自領に戻り、裏切り者を引っ立ててきなさい。後の処罰は、おって沙汰します。」
「はっ。」
クリスハイトはそう言うと、まるで興味を失くしたかのようにシャルリエから視線を外し、すぐに元の表情へと戻った。そして、他の貴族からの忠誠の儀の続きを、淡々と始めたのだ。
シャルリエは、ゆっくりと立ち上がり、周囲の視線にさらされながらも、うつむきながら、会場を出ていった。
「まぁ、悪くはないな。」
ベストとは言い難いが、最低限の譲歩は得られたのだ。クリスハイトは、シャルリエ本人の罪について言及はしなかった。処罰を後々決めるということは、状況によっては恩赦を得られることもあるということだ。それがどうなるかは、今後の働き次第ということだろう。
「さて、少しフォローしに行くか。」
俺は、彼女が出ていった出口へ向かって、少しばかり胸を躍らせながら、同じく会議場を後にした。
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