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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第五章 帝国のために
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リスタート

「エルドリックの、努力の結晶?」

「はい。ここはまさしく、主の幼いころからの遊び場だったのです。」

話が読めなかった。ここが、彼の遊び場?平民であれば、その姿を見ただけで恐れ、逃げ出してしまうような凶悪な存在である翼竜の巣が。遊び場だなんて・・・。

「でも、どうしてその遊び場を、私に?」

「もともとここは、エクシアが所有していた鉱床だったのですが、数十年前に鉱脈は枯れ、ただの洞穴となっていました。しかし、エルドリック様が幼少のころ、今の王家、リンクス家からの、7歳の誕生日に贈られた、翼竜の卵が、この場所を作りました。」

クレスはそう言いながら、翼竜の巣窟の一番高いところを指さした。そこに居座っていたのは、赤紫色の角に、雪のように白い甲殻、特徴的な棘のある尾。人間のように黒い瞳。

見ただけでわかる。周囲に子供を寝かしつけているあの翼竜は、この群れのボスだ。

「・・・スノウハイヤード種の、変種。」

欲の中では、比較的小さい部類の方だ。その翼竜の中でも、かなり珍しい種だった。アダマンテの翼竜部隊にも、原種はいるのだが、変種は野生でしか見たことがない。

「気性が荒くて、手懐けるのには不向きだと思っていたけれど。まさか、赤子のころから面倒を見て手懐けただなんて。」

そもそも、翼竜の飼育方法を、いったいどうやって見出したのか。アダマンテでも、翼竜の管理は極秘事項として、厳密に管理されている。その飼育方法も、外部の人間が容易く知れるものではない。

「エルドリック様は、根っからの研究者でしたので。それも一から、探し出されたのですよ。」

「でも、そこまでして世話したこの翼竜の群れを、どうして私に?」

「そこもあの方の性というべきでしょうな。どれだけ素晴らしいものだろうと、それを真に輝かせることのできる者でなければ、懐に抱えていても意味がないと、お考えなのでしょう。」

要するに、彼は、この翼竜たちを管理することには意味があるけど、そこから先は、自分では意義を見出せないと、そう思っているのだろう。この帝国においては、まるで野心を感じられない珍しい人だ。自分が器ではないことを理解していながら、それでも帝国のためにと行動する。王になる気がないのに、国の安泰を望み、そのためだけに私にこんなものまで差し出すなんて。

「エルドリック様は、ここの翼竜たちを好きなようにしていいとおっしゃっていました。ロウ様にとって、必要なものだと。」

「そうね。これだけの子たちがいれば、私にも多くのことが成せるかもしれないわね。」

実際、魔法の使用が制限されてしまった以上、今後訪れる幾多の戦いに身を投じるには、私一人では何もできなかっただろう。エルドリックがどこまで考えているかはわからないけど、これも彼の企みなのだとしたら、乗らない手はない。いずれ決着を付けなければいけない相手が、山ほどいるのだ。

私は、群れのボスである、スノウハイヤード種の眼前まで近づいた。途端に、周囲の子翼竜や、ボスを囲っている取り巻き達が、野太い唸りをあげ始める。

竜使い(ドラグーン)で、翼竜を従わせるには、本来一頭ずつ行うものだ。もっとも、長年翼竜を管理してきたおかげで、今では野生から卵を捕ったり、成獣となった翼竜を無理やり従わせなくとも、自家生産が可能になっているため、ほとんど子供の内から刷り込みを行えるようになった。おかげで、アダマンテの翼竜部隊は、一定数を保っていられている。群れそのものが、人間と共生することを知っているため、棄権も少ない。

だけど、彼らを従わせるのには、野生の翼竜たちを支配下に置くのと同等の危険が伴う。ここにいる翼竜は、人間に育てられたとはいえ、私と出会うのは初めてだし、私のような、翼竜と会話ができる存在も初めて会うはずだ。この洞穴に入ったときから、彼らの声は聞こえていた。ずっと私を経過し続けているのがわかるのだ。

現に、ボスであるスノウハイヤード種へ、近づけてもらえない。血の気の多い性格の子が私を囲んでいるのだ。


――― ナンダ コイツ ―――


――― コイツ ナンダ ―――


――― ・・・下がっていなさい、お前たち ―――


片言で意思を飛ばしてくる取り巻きと違って、ボスの言葉ははっきりと聞こえてくる。その黒い瞳は、決して揺らぐことなく、私を見つめていた。ボスの貫禄なのか、私を観察してはいるが、焦りも、怒りも感じられない。かといって、私を得物だとも思っていない。ボスの言葉に従って、取り巻きたちは、決して視線をそらしはしなかったが、ゆっくりと身を引いていった。

「初めまして、ね。」


――― 何者だ? ―――


「あなたたちの、友人よ。」


――― 否、貴方は人間 ―――


「ええ、そうよ。けれど、私は、貴方の友となれる。」


――― なぜ? ―――


「あなたたちを、愛しているから。」


――― ・・・・・・アイ? ―――


首をかしげるボスに、私は右手を差し出した。怪訝そうにその腕を見ていたボスは、首を伸ばして、その腕の匂いを嗅ぎ始めた。翼竜の嗅覚は、決して良いものではない。獣の中では並程度だろうが、特別優れているわけではない。だけど、これは長年翼竜と接してきたから知っていることで、意外と匂いは残っているのだ。それが、人間にはわからない匂いなのか、翼竜同士でしか認識できないものなのかはわからない。長年翼竜を世話している者は、新しい子翼竜が生まれると、こうやって匂いを嗅がせる。するとどういうわけか、子供は落ち着き、すんなり人間を受け入れてくれるのだ。

今回も、私はそれをしただけ。それだけで、ボスの表情が少しだけ和らいだ。

「おいで。」

私が両手を広げて、そう呼ぶと、ボスは頭をにゅっと伸ばしてきて、私の胸に抱かれに来た。角の下あたりを優しくなでてやると、喉の奥から気持ちよさそうな鳴き声を発してきた。

「ふっ、いい子。」

それを後ろで見ていた、クレス、モルコムや世話係の者たちは、信じられないものを見るような目で立ちすくんでいた。まぁ、無理もないだろう。彼らからしてみれば、翼竜は鋭い牙や爪、巨大な翼を持った危険な生き物という認識なのだ。何の備えもなくその甲殻に触れるだけで、肌を斬ってしまうことだってある。そんな生物と、こうも容易く分かり合える人間を畏怖しないわけがない。

「竜鞍はありますか?」

「・・・あ、はい。すぐに・・・。」

世話係の一人がせわしなく竜鞍を持ってやってきた。私はそれを受け取り、ボスの背中に優しく乗っけた。ボスは鞍をしきりに気にして匂いを嗅いでいる。嗅ぎなれない匂いに困惑しているのだろう。


――― これは? ―――


「私とあなたの、親愛の証よ。」

そういってやっても、どうやら理解できなかったみたいだ。しかし、それ以降は特に気にする様子もなく、鞍を体に縛り付けても、抵抗はしなかった。

「ねぇ、貴方のこと、スノウって呼んでいもいい?」


――― スノウ・・・ ーーー


「ええ。あなたの名前。」


――― かまわない。私は・・・スノウ ―――


鐙に足を掛け、反動をつけてスノウの背に飛び乗った。中型の翼竜とはいえ、甲殻から伝わってくる胎動は、北部戦線で戦っている翼竜部隊のボスにも引けを取らないだろう。よくもまぁ、こんな強い翼竜を育てたものだ。

「さぁ、行きましょう。スノウ。あなたの見る世界を、私にも見せてくれる?」

背中をそっとなでてやると、巣に座り込んでいたスノウは、全身を震わせながら、翼を広げ始めた。周りにいる取り巻きたちは、スノウから距離を取り、子翼竜たちも不思議そうに、群れのボスを見つめていた。

「・・・古よりの友の名において、我、汝の永久の片割れとならん。」


――― 我、汝の片割れとなるもの。古き、友に、感謝を。 ―――


「飛んで!スノウ!」

私が掛け声をかけると、スノウは、力いっぱい地面を蹴り上げ、飛び立った。

久方ぶりの、空を飛ぶ感覚。しかし、洞穴の中、翼竜が飛び回るには、少々狭苦しいようだ。

「お嬢様!こちらに!」

地上でモルコムが叫ぶ声がした。彼が指さした方を向くと、洞穴の一部から光が差し込んきているのがわかった。やはり、いつかこういう時のために、翼竜が出入りできるように、門を作っていたようだ。


――― 出口は? ―――


「あそこよ、お行き!」

鐙でスノウの首を叩くと、勢いよく加速した。門を潜り抜けると、そこは垂直の崖だった。だが、翼竜にとっては、上昇気流を得られる、まさに発射場だ。スノウはすぐに気流を掴むと、ものすごいスピードで地上へと飛び出した。まぶしい太陽の光が、スノウの白い甲殻を輝かせている。まるで無数の鏡に包まれているような感覚だ。そして、すぐ目の前には、巨大なグランドレイブ山脈がそびえていた。

「エルドリック、貴方の思いは受け取ったわ。」

私は、ずっと何かを、一人でやらなければならないと思っていた。それが出来るアルハイゼンこそが、私の理想だったのだ。でも、失敗して、力が及ばなくて、裏切られ。誰かを頼ることをしなかった。

今でも、私がやらなければならない、という思いは変わらない。だけど、私一人ではきっと成し得ない。だからこそ、貴方を信じて、貴方の望む駒となる。賢いあなたなら、こんな私でも、上手く使ってくれるだろう。

全ては帝国のために、理由はそれだけでいい。あなたがそう言ったのであれば、私はあなたを信じよう。あなたが望むままに、この国で成すべきを成そう。

いったいどれくらい、エルドリックの思惑通りなのかはわからない。彼は、いまいちつかみどころがない人だから。だけど、彼が言った、帝国のためにという言葉だけが、彼の真実を物語っていると信じている。どんな思惑だろうと、乗ってやる。

私は、ここからまた、歩みだすのだ。

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