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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第五章 帝国のために
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竜の巣

日が昇る前に、私とエルザはエルドリックの屋敷へと戻り、すぐに情報を共有しようとしたのだが、当の本人は留守のようで、とりあえずクレスに体の容態を見てもらうことにした。

「どう?」

「・・・は、なんといいますか、ここまで見事の回復されるとは思ってもいませんでした。」

「それは・・・、治ったってこと?」

クレスの診断によると、魔力欠乏症の主な症状である、体温の低下が起きているにも関わらず、体はいたって健全だという。

「低体温についても、健常者で稀にいる低体温者とほぼ変わらないくらいです。完治、とまではいきませんが、確実に病は治りつつあると考えています。」

「・・・そう、なんだか拍子抜けね。」

薬のおかげなのか、あるいは腕を無理やり生やした粗治療が聞いているのか。なんにせよ、彼の成果はすさまじいものだ。不治の病と呼ばれるものをそうでなくさせたのだから。もっとも、それを成すために、私には想像の付かないほどの努力を積み重ねてきたのだろうけど。

「ですが、まだ安心できません。魔法使うことで、発作的症状が起きてしまうのであれば、結局のところ、この薬は現状維持をするためのものでしかありません。」

「・・・そこは、患者の意思次第でしょう?私はやむなく魔法を使わざるを得なかったけど、本来なら安静にしていればいいだけの話だわ。」

「まぁ、安静にして経過観察をしてみないことには、なんとも言えませんがね。」

それはそうなのだが、そこは学者気質ということだろうか。楽観視はせず、確かな確証が得られるまで、明言しないのが彼の性分なのだろう。私は当事者であるものの、体の急激な変化についていけていない状態だ。実際に、背中の翼が羽ばたけるほど自在に動かせるようになっているとは思わなかったのだ。まだ手足のように動かせるわけではないけれど、正直驚いているし、どう受け止めればいいか悩んでいる。

これはもう、龍化という言葉では表せない現象だ。アレンの言う龍族は、龍に成ることが出来る人のことだと言っていた。だが、龍族であるアレンには翼もなければ龍の皮膚だって無い。だから、今私の体に起きている現象は、彼が推測したこととは懸け離れているということだ。私は、人ではないなにかなろうとしているのかもしれない。そう思うだけで、なんとも言えない切なさがこみあげてくる。だけど、だからと言って、命をあきらめるようなことはできない。どんな体になろうとも、私は貴族としての使命を果たさなければならない。

「ところで、エルドリックはどちらに?」

「はい。主は今、王城へ向かわれました。」

「王城へ?」

「貴族会議の招集がかかったのです。それも、ジエト陛下御自ら。」

それは、まさかジエトは、今回の一連の事件を、口外するつもりなのだろうか。いや、もはや隠し通したところで隠せるものではなくなっているけれど。客観的に見ても、大胆な決断を下したものだ。

「どうやら陛下が直々に招待状を各貴族へとお送りし、同時にアーステイル家の分家にも可能な限りの招集を掛けたようです。」

「全貴族を集めるということは、陛下ははっきりさせたい様ね。敵か味方か、どちらなのかを・・・。」

国王からの招集とは、一種の勅令だ。理由もなく断ることは許されない。今回の件で言えば、招集に応じなければ、今回の騒動の敵とみなすと、招待状に記されていたのだろう。もっとも、招集に応じたからと言って、味方であるとは限らないのだが。それでも直接面と向かって敵か味方かを判断するために、貴族会議という手段を使ったのだ。

「でも、どうしてエルドリックが?エクシア家の当主は、ロイオ様でしょう?」

「ロイオ様は現在、北部戦線防衛の一角を担っております。お嬢様のお父君と一緒に。同じく、アダマンテ家にも、今回の招集はかかっていないようです。」

「動けない者は、現状維持ってわけね。となると、テレジアや、オーネット公爵も・・・。」

「おそらくは。エルドリック様は、ご自身の判断で王城へ向かわれました。エクシアの代表を装って。」

「一人で向かったの?」

「エレノアと、数人の従士を連れていかれました。」

それまた大胆な・・・。自分の身を守る術は持っているのだろうか。いや、帝国王族、それも国王の実弟の息子ともなれば、剣術、魔法にはそれなりに長けてはいるだろうけど、これまでのよくない噂のせいで、どうにも心配だ。少なくとも彼は、エクシアの魔法特性を受け継いではいない。それだけでも魔法戦闘においては、間違いなくハンデを背負っているだろうに。

「それと、エルドリック様から、ロウお嬢様にやってもらいたいことを、言付かっています。」

「なにかしら?」

「これから、私と一緒に、霊峰の麓まで、向かっていただきます。



クルルアーンから、北へ馬車で半日ほど。グランドレイブ山脈への南からの入り口がそこにある。

その昔、霊峰から雪崩のように転がってきた大岩が、大地を貫いて作り上げたと言われる峡谷、ブリジット峡谷と呼ばれる、大きな谷。東西に横幅数ルクスにも及ぶこの谷は、地上からは山の入り口となり、そして谷底からは地下鉱脈への入り口となるのだ。

グランドレイブ山脈の地下には、無数の好物が乱立している鉱床があり、ブリジット峡谷は、その一つに当たる。鉱物資源は、帝国のおいて貴重な物資だ。魔法触媒に使われる宝石類も産出されるため、採掘産業は決して衰えることのないものだった。

私が連れてこられたのは、その峡谷を拠点として発達した都市、ブリジット。工夫たちの街だった。

「賑やかな街ね。近くにスラムがあるとは思えないくらい。」

「エクシアが運営権を持つ街の一つです。王領の中でも末端に位置するので、少々荒っぽいところもありますが。」

クレスの言う通り、スラム街ほどではないが、みすぼらしい恰好をした工夫や、男たちを集めるには華やかさに欠ける衣装に身を包んだ女たちが、街を闊歩していた。それで、彼らが生み出す街の活気は、今まで見たどの都市よりも賑やかで、世紀に満ち溢れた場所だった。

「それで、私にやってほしいことって?」

「エルドリック様は、ご自身が正面きって戦いをするようなお方ではありません。今でこそ、エルザのような武術に長けた従士を何人も従えていますが、ご当人の魔法の腕も含めて、戦闘は決して得意な方ではないのですよ。」

「つまり、私に彼の代理として戦ってほしいってこと?」

「そこまでは申し上げませんが、我々従士としても、ロウ様のような知恵も力もある方に、エルドリック様を守っていただけると幸いです。そのための仲間を、主は準備してくださいました。」

仲間?エクシア直属の私設騎士団だろうか?生憎、剣術にはそこそこ自信があるけれど、本職の騎士を従えるほどのものではないし、自家の騎士団ならば、自身で指揮をとればいいのに。どうして私に?

そんな私の思惑はどうやら間違っていたようで、連れてこられたのは、騎士の兵舎ではなく、峡谷のさらに奥の、巨大な洞穴だった。洞穴の入り口は、かなり入念な警備が張られていて、綺麗な身なりに身を包んだエクシアの者たちが居座っていた。

「お疲れ様です、クレス先生。」

「久しいな、モルコム騎士長。変わりはないか?」

「ええ。ここはいつだって平和で賑やかな街ですよ。エルドリック様が、離れられて、少し寂しいくらいです。」

「ははは、そうか。騎士長、こちらは、アダマンテ領、公爵家の令嬢、ロウ・アダマンテ・スプリング様だ。」

「どうも、はじめまして。」

私が軽い挨拶をすると、モルコムという騎士長は大仰に膝をついて、腰の剣を地につけた。

「歓迎も出来ず申し訳ありません。私は、エクシア家、私設騎士団ブリジット守護隊騎士長のモルコムです。お初にお目に掛かります。」

礼儀正しい。荒っぽいこの街には似つかわしくないほどに。

「そう畏まらないでください。ここはいったい、どういう場所なのですか?」

私がそう問いを投げかけると、クレスとモルコムは、お互いに顔を見合わせ、一度頷きあうと、

「エルドリック様が、貴方様をこちらへお招きしたということは、今この瞬間から、この中にいる全ての同胞たちは、ロウ様のものとなります。」

「は、はい?」

「中に入ればわかります。さぁ、さ。こちらへ。」

何が何だかわからないまま、洞穴の中へと案内されて行った。最初は数人の騎士が寝泊まりできるような宿舎があり、騎士以外にも、どうやら普通の従士が働いているようだ。ただ、その姿が、メイドや侍従のようなものではなく、明らかに家畜を育てているような動きやすい恰好をしているので、訳が分からなかったのだ。

だが、洞穴の奥へ進むにつれて、その声が聞こえ始めた時、私は全てを理解することが出来た。


――― ナニカ クル ―――


――― ニンゲン アタラシイ ニンゲン ―――


――― ツヨイ ニオイ ーーー


「っ!?」

間違いなく、翼竜の声だった。

「どうして、エクシアが、翼竜を。」

洞穴の奥は、ヘイローズのように光源魔晶石が飾られた、強大な空間に、翼竜の巣が出来ていたのだ。数はざっと60頭程だろうか。こんなにも人工的に作られた巣窟は、私も見たことがなかった。

「これは、エルドリック様の幼少からの努力の結晶でございます。エルドリック様は、いずれロウ様にこちらを案内するつもりでした。帝国防衛の最大の要、竜使い(ドラグーン)である、あなたに。」


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