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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第五章 帝国のために
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脱出

暗い地下室の中で、僅かな明かりを頼りに、エルザは見事に斬りあっていた。相手は4人。剣を持つ者が2人。もう一人は背の低い老人で、突然飛び出したエルザに恐れ慄いて腰を抜かしている。最後の一人は、その手に魔力を込めているのが見えた。直感的に、私の相手が彼だと告げている。短刀を片手に私は魔法を放とうとしている彼の元へ駆けだした。

魔剣(キャリバー)付与(エンチャント)。」

「っ!?」

私の声に反応して、彼の魔力を溜めている手が、こちらに向いた。無詠唱、簡易魔法、氷属性の青い輝き。そこから予測できるのは、氷のようなつぶてを飛ばす放出魔法。本来ならば、火属性の魔法で対抗するのが定石だが、今の私にはそれを成す触媒もないし、簡易魔法で対処する度胸もなかった。

彼の手がより輝きを増すと同時にとてつもない速さで氷柱のような物体が飛んでくる。私は短い短刀でそれら叩き切り、刃で受け止め、どうにか対処できていた。

「ちっ、何者だ!」

エルザと切りあっている男が一人、声を荒げた。

「押し通る!」

それに答えた力強いエルザの掛け声に、彼らは圧倒され、繰り出された鋭い一閃に剣を持つ腕が飛び跳ねていた。痛みに悲鳴を上げる間もなく、続けざまに胴体を着られた剣士たちは、瞬く間に絶命した。

「や、やめろ!来るな!」

腰を抜かしていた老人は、もう一人の魔導士に襟をつかまれて引きずられるように上の階へ逃げていった。

「行きましょう。」

エルザと共に階段を駆け上がり、屋敷の中へ戻ってきた。出入り口が存在しないこの屋敷、いや、この空間から出るには、直接構造を破壊するしかない。物理的な方法ではなく、魔法の力で。

「我が眷属よ来たれ。親愛なる聖獣(アルバ・ス・ツォーネ)。アルス、お行き!」

どこからともなく飛び出てきた火属性の守護獣。小さな龍の姿をしたアルスが、窓ガラスに向かって火炎を放った。その火は、ガラスを溶かすほどの高熱ではあるが、決して粉々に砕けるほどの勢いはなかったはずなのに、ガラスは大きな音を立てて、バリバリと割れ、なぜか窓枠や周囲の壁も、ガラスのように割れていった。

壁に大きな穴が開き、そこからは外が丸見えになるはずだった。しかし、そこに見えるのは暗闇だった。

「エルザ!この中に!」

暗闇の向こうは一切先が見えない道だけど、エルザは迷いなく飛び込んでくれた。それに続いて私も暗闇の中へ飛び込んだ。

おそらくあの屋敷全体が、魔法によって生み出された異空間なのだろう。その空間を壊し、無理やり外へ出ようとすれば、入り口である児童保護所の、あの壊した床板へ戻されるはずだ。

来るときにも通ってきた渦の流れに身を任せ、私とエルザは出口から飛び出した。

「うおぁ!」

「っ?ちっ・・・。」

先に飛び出たエルザが、何者かと鉢合わせていた。その何者かは、武装らしきものは無いから、ぱっと見子供たちの世話係かと思ったが、手元で何かが光り始めたので、魔導士であるのは間違いないだろう。

「エルザ!伏せて!」

私の掛け声に一切の迷いなく、エルザは身をかがめ、私と魔導士の間に遮るものが無くなった。

「斬!」

簡易詠唱で放たれた光の鎌が私の手から放たれた。しかし、鎌は形が形成された瞬間に霧散してしまった。同時に、体に酷い倦怠感が襲い、冷や汗が浮き出てきた。

(こんなときに!)

発作か、あるいは、魔力切れか。どちらにせよ、この弱った体には、これ以上の魔法をうまく扱えないようだ。

「お嬢様!?」

そうこうしているうちに、魔導士の魔法がエルザに向けて放たれる。あちらも簡易魔法だが、生身で受ければ打撲では済まない。

「・・・・ぅぅう、あぁっ!!」

私を庇おうとするエルザ。そのエルザに向かって、魔法を放とうとする魔導士。そして、いうことを聞かない体で、無理やり魔法を放とうとした。一度は鎌が姿を見せたのだから、魔力がないわけではない。だったら、この重苦しい体の負荷を無視すれば、まだ戦えるはずだ。

「行けよ!」

声を張り上げ、ただひたすらに魔力を手に集め、それを放とうとした。その思いが通じたのか、今までのようなお綺麗な魔法ではなく、青白い魔力の塊が具現され、それが魔導士の魔法との間に割って入った。ぶつかったとたん、大気の振動が周囲に広がり、大きな音を立てて空中で爆散した。

魔力を放ってから、体の重さが何倍にも膨れ上がるような感覚がしたけれど、もう一度、撃たなければならない。だけど、足が崩れ、立ち上がることが出来なかった。

エルザが魔導士へ切りかかったけれど、次弾を討つまでにはたどり着けないだろう。

(動いて!・・・動けよ!)

懸命に手を伸ばして、魔導士へ放つための魔力をかき集めた。刹那の、ほんの僅かな時間の間に、ありとあらゆる方法を考えた。魔法で対抗、エルザを守るのか、それとも彼女の動きを速めるのか。

(・・・・・・飛べ!)

そう心の中で叫ぶと、体がふわりと浮かび上がった。実際そうなるとは思っていなかったけど、私の体は飛んでいた。飛ぶ、と言っても、翼が大きく羽ばたいて、カエルのようにほんの一瞬宙へ浮いた程度だが、その間にエルザの体を引っ張り、魔導士の攻撃から避けさせることが出来たのだ。当然、勢い余って壁にぶつかってしまったが、受け身を取ったエルザが、間髪入れずに魔導士へと切りかかった。

得物を持たない魔導士に致命傷を与え、今度は私がエルザに担がれ、保護所から一気に飛び出した。

「お嬢様!?大丈夫ですか。」

「はぁ、はぁ、いいから、どこかへ・・・身を、隠さないと。」

追手はこないようだが、体の症状がどうしようもないほどに苦痛だった。暗い夜のクルルアーンの街を駆け抜け、なんとかエルドリックの屋敷があるオオトリ街まで戻ってこれた。私は懐から、クレスに処方された例の薬の小瓶を取り出し、震える手でそれを飲み干した。喉奥、食堂、胃の中へと、液体が通る感覚が嫌に感じられて、まるで冷たい飲み物を一気に飲んだ時のような、頭がキンッとする感じがした。大きく深呼吸をし、逸る息を整えていると、体の倦怠感も徐々に溶けていった。

「ほんと、厄介な病気ね。」

この発作の、何とも形容しがたい苦痛。薬がなければ、気が狂っていたところだろう。・・・こんな苦しみを、味わいながら死んでいった者たちは、一体どんな思いだったのだろう。

あのアルハイゼンも、この苦しみに絶望しながら、死んでいったのだろうか。

「追手は来ていないようです。念のため、痕跡を消してきますので、ロウお嬢様は、ここで待っていてください。」

「ええ。お願いするわね。」

そういうとエルザは、足音を立てずに、静かに来た道を戻っていった。

知るべきことは知り得た。あの保護所へもう一度侵入するのは難しいだろうが、今回の潜入だけで十分だろう。隔離された魔法空間で行われていた実験。そのさらに奥で生み出された存在。エルドリックの言っていたことは本当だった。全ては、彼から始まっていたのだ。いや、もしかしたらそれ以前から・・・。


アルハイゼン、貴方の死が、全ての始まりだったのですね・・・。




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