無残
果たしてここが敵の本拠地なのか、それを結論付けるのには少々情報が少なかった。
私とエルザがたどり着いた屋敷は、窓こそあれど、外を見回しても木々が生い茂るばかりで、周囲の状況が全く分からない。中を散策してもごく普通の屋敷のはずなのに、人の気配が全くしない。そして、どういうわけか、入り口が存在しない。建物である以上、出入り口が存在するはずなのに、この屋敷にはそれがないのだ。
「まさしく、魔法でしかたどり着けない場所ね。」
ご丁寧に窓はガラスをはめ込まれただけのものだった。
「これだけ大きなお屋敷、使用人くらいいてもおかしくはないと思っていたけど。」
「・・・静かすぎますね。なんの気配もしないなんて。」
ところどころに蝋燭の火が炊かれているが、それ以外に動きは全くない。一通り屋敷内を散策した後、最も疑わしい地下へ繋がる階段を発見した。エルザを先頭に、遅る遅る降りていくと、突然鼻先にツンと匂う何かが漂ってきた。
「・・・何?この匂い?」
毒物の類ではない。不快な感じはしないが、嫌に鼻の中で残る匂いだった。
「薬草の香りでしょうか?」
「薬草?」
「はい。クレスが、薬を調合する際に似たようなにおいを放っていたのを覚えています。」
「・・・その薬、何の薬かわかる?」
「いえ、私は専門家ではありませんから、そこまでは・・・。」
まぁ、彼が作っている薬だというなら、そこまで不審なものではないのだろう。それに、なんとなくだが、クレスも同じものを作っていたのだとしたら、心当たりがある。私は彼から支給された魔力の供給液の小瓶を開けて、その匂いを嗅いでみた。
「・・・やっぱり、これだわ。・・・少し違う気もするけれど。」
この地下に充満している匂いと同じような匂いがしたのだ。まったく同じではないが、同じ材料が使われているのは間違いないだろう。
「これだけ薬品くさいと、ここにいた彼らも、やはり・・・。」
同じ薬を使って、患者を治療している。いや、患者ではないかもしれない。魔導士を作り出した弊害で、魔力欠乏症に陥った者たちを延命させるために、クレスと同じ薬を作り出した。彼らが魔力の固形化実験に携わっていたなら、エルドリックとクレスの成果にたどり着いててもおかしくはない。
私とエルザは、そのまま地下の部屋を調べ始めた。やはり人の気配はない。ただ、奥へ奥へ進むたびに、薬とは別の匂いが混じっていることに気づいた。その匂いが何かを察してからは、私もエルザも、得物を握る手に力が入り始めていた。
その匂いの根源らしき部屋にたどり着くと、そこは案の定、血まみれの部屋だった。
「・・・ここは。」
見るからにおかしな血の飛び方をしていた。体を刃物で切られた時のような、鋭く飛び散った跡が無数にあったのだ。どんな悲惨な行為だったかは想像がつかないが、ただ、ここにはその被害者はいないようだ。
「なんの痕跡もありませんね。いや、痕跡はありますが・・・。」
「ええ。これでは何が起きたかまで把握するのは難しいわ。」
おそらく、被害者は一人ではない。ただ、あまりにも血痕が多すぎて、現実味がないのだ。体中を無数の刃で切り刻まれていたとしても不思議じゃない。
地下はさらに続いていて、その入り口となる扉には、錠が掛けられていた。
「目的地は、この先かしら。そのあたりに鍵でもあればいいんだけど。」
周囲を見渡しても、錠の鍵は見当たらない。最悪、壊してしまうのもありだが、それは最終手段だろう。その前に、血まみれになった部屋に記録のような羊皮紙の束があったので、そちらを確認することにした。
「捕縛者、第67号。名前、スローン、年齢13歳。性別、男。特級媒体を摂取後、全身の血管から不自然な出血が起こり、死亡。魔法特性の継承成否、不明。捕縛者、第73号、名前、リク、年齢15、性別、男。第1級媒体を摂取後、魔力欠乏症を発症。薬品により魔力供給を行ったが、生命力の回復は見られなかった。10日後に死亡。魔法特性の継承成否、不明。・・・捕縛者、第94号。名前、フサミ、年齢13歳。性別、女。特級媒体を摂取後、すぐに気を失い、そのまま死亡。・・・・・・・全部死亡記録ね。」
「94号って・・・まさか、そんなにも多くの子供を使って実験をしているということですか?」
「子供とは限らないかも。見る感じ、ほとんど成人していないけど、年寄りや親世代の年齢の人もちらほらいるわ。」
羊皮紙に最後に書かれている記録の号数は248だった。つまり、それだけの実験を行っているということだ。それに、番号が飛び飛びなのは、これが死亡記録のみの束だからだろう。例えば、67号から73号の間に実験された被害者は、この実験の目的である、魔法特性の継承に成功したか、あるいは失敗しても、生き残っているということだ。だとしても、この行いが許されるわけじゃないが。
「このなんとか媒体っていうのは、おそらく魔導士の血肉でしょうね。現実的に体の肉は使わないとしても、血を抜いて、それらを摂取させて、新たな魔導士を作ろうとしていたのでしょう。」
かつてジエト等にやって見せたことを、彼らは行っているのだ。だが、相手は魔力をほとんど持たない平民たちだ。ましてやスラム街で育った、決して健全な体を持っているとは言い難い者たちをつかっている。児童保護所としては、確かに機能しているのかもしれないが、その裏でこんな実験を行っていたとは。
「惨いことを・・・。ですが、お嬢様。仮に血液を摂取しただけで、それが原因でなくなることがあるのでしょうか。」
「・・・そうね。確かに気になる点ね。魔力欠乏症によって亡くなるなら、話は分かるんだけど・・・。」
魔力を手に入れたからと言って、全身から出血が起きたりするだろうか?気を失い、そのまま死亡?貴族や帝国王族の血を飲むだけで、その場で死を迎えるほど、危険なものだろうか。
考えられるのは、媒体が単なる血液ではないということ。魔法特性を継承させるのに、何か別のものを混ぜている可能性だ。
「・・・そういえば、以前私たちを襲った子は、確か心臓を移植されたって言ってた。もしかして、この媒体っていうのは、魔導士の体の一部とかなんじゃないかしら?」
「ちょ、ちょっと待てください。それでは、魔導士が自身の体の一部を多くの人間に分け与えているということになります。そんなことをする貴族や帝国王族がいるというのですか?」
ハートに心臓を移植したということは、臓器を提供した側の魔導士は、既に他界していることになる。内臓に限らず、体の一部を提供するという行為は、自身の体を売っているようなものだ。自分一人を犠牲にして、多くの魔導士を作ろうという魂胆は、矛盾しているような気もするが。この悲惨な現場を見れば、それも現実なのかもと疑ってしまう。
だが、250人を超える実験をするために、いったいどれくらいの純魔導士がそんな行いをしたと言うのだ。魔導士を作るために、魔導士を糧にしていては、確かに総数は増えるかもしれないが、その質はどんどん悪くなる一方ではないか?
どんな貴族でも、しっかりと訓練に励めば、ある程度の魔法を行使できる。才能に関わらず、一定水準を上回ることはできるのだ。こんなことをするならば、普通にたくさんの子供を産む方が効率的だろうに。もちろんコストは高いけど、こんな惨い行いに手を染める必要はないはずだ。
「・・・もう一つ気になる点があるわね。この媒体とやらの階級が存在すること。」
特級だったり、第1級だったり。単純に媒体の質のことを言っているのだろうか?
「魔法特性の、有用性で分けているのでしょうか?魔法特性は、どれも異なる性質を持っていますが、戦闘で使えたり、日常的に使えるものであったりするわけじゃないですか。」
確かに、私の竜使いだって、本来戦争でしか役に立たない特殊なものだ。使いようによっては、人の心の声を聴いたりできるのだが、決して現実的に可能なことではない。
他の魔法特性だって、使える使えないがはっきりしている。有用性で階級を付けることは可能だろう。ただ、それでも疑問は残る。なぜなら、
「・・・だとしても、あまりにも特級媒体の実験者が多すぎるわ。」
実験記録のほとんどが、その特級媒体を摂取して死亡した記録だ。第1級から第3級までの摂取者は、ほんの数人ずつだ。
「その特級媒体を持っている純魔導士が、たくさんいるというのも変な話でしょう?魔法特性はある意味唯一無二の個性よ。一人の体をいったいどれだけ細かく分ければ、こんなにも多くの実験を行えるの。」
まさか本当に体を切り刻んで、それを媒体としているなんて言う話ではないだろうか。この特級媒体の持ち主は、そこまでして、自身の力の分身を作りたかったのだろうか?
だが、それを聞いたエルザが、はっと何かに気づいた。
「いえ、もしかしたら、大地の記憶なら、それも辻褄が合うんじゃないでしょうか?」
「そうか。確かに、大地の記憶の魔法特性は、帝国王族内にたくさんの継承者がいるわね。」
となるとやはり、この実験に携わっている者たちは、エルドリックが言っていた者たちだけに限らないということだろう。リベリ家をはじめ、多くの帝国王族が、自国に反旗を翻そうとしている。あるいは、もっと何か大きなことを成そうとしているのかもしれない。
羊皮紙には、死亡記録しか記されておらず、他に情報らしい情報は見つからなかった。
「なら、後はこの先にね。」
実験室のさらに先。鍵が掛けられたその先の通路からは、また違う匂いが漂ってくる。ここまでくれば、もう何が来ても驚くことはない。
錠の鍵は、どうやらここには無いようだから、力ずくで突破するしかない。幸い、追手の気配はないから、迅速に行動して調べるしかない。
「エルザ!」
「はっ。」
エルザに剣で錠の枷を無理やり叩き割ってもらい、私たちは中へ侵入した。やはり妙薬品の匂いがする。これも、決していいにおいなどではない。それと、僅かな腐臭もする。その時点で、おそらく死体があることが察せられた。
案の定、中には人の体をものが、鎖に繋がれて台に乗せられていた。何人も。
「これは、・・・一体?」
「・・・。」
見た感じ生気は感じられない。暗いから肌の色までは確認できないけど、胸の浮き沈みがない以上、生きてはいないだろう。それらの死体は、みんな子供だった。男女共に数十体の遺体が、そのまま放置されている。いや、放置できるようにされている。腐臭がするのに、肉体が腐らずにいるのは、おそらくそういう処置を施されているのだろう。この妙な薬品の匂いがそれだ。
もしくは、彼らは意識が無いだけで、肉体はまだ生きている状態と言えるのかもしれない。精密機器の存在しないこの世界では、心拍数や意識の状態を確かめることはできない。まだ、生きていると解釈してもおかしくはないだろう。
なぜ子供の死体を取っておいているのか。その理由は、彼らの容姿を見て理解した。同時に、彼らを作った者たちの、恐ろしい計画の全貌が、垣間見えた気がした。
「この顔・・・まさか・・・。」
死体の髪をかき上げ、その容姿をしっかりと確かめると、彼らはみなほとんど同じ顔をしていたのだ。男女の差や、骨格に個人差は在れど、それを形成している根本的な容姿が、まったく同じだった。そして、その容姿に、私は見覚えがあったのだ。
「どうして?いや、どうやってこんなことを・・・。」
「お嬢様、彼らはいったい?」
頭の中でよくない妄想ばかりが思い浮かぶ。前世の記憶持っているからこそ、これがどんなに恐ろしい計画かがよくわかる。
ガシャンッ!
先ほど死亡記録を見つけた実験室の方から、何やら物音がした。それと、騒がしい数人の声も。どうやら潜入がばれたようだ。脱出するのに鉢合わせるのは間違いないだろう。
「どうやらここまでのようですね。」
「ええ。ですが、知るべき情報は手に入れました。この目で見たものを、絶対エルドリックへ届けなければなりません。」
私はエルザから渡された短刀を強く握りしめ、意を決意した。今ここで大いに力を振るって暴れても、何も解決はできない。生きて情報を届けなければ、何も解決はできない。
「エルザ、これ以上コソコソする必要はありません。立ちふさがる者は斬って構わないわ。」
「はっ。」
エルザも表情が引き締まり、実験室の方を見据えた。
彼らが行っている実験。それをしている動機なんて、わからないし理解も出来ないだろうけど。本能的絶対に止めなければならないということはわかる。彼らは、生命の業に足を踏み入れたのだ。人間が人間を作り出すという、神にも等しき行為を。