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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第五章 帝国のために
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潜入

クルルアーン北西に、それはあった。明らかに新築の建物だということがわかる。天幕や土壁の住居ばかりのこの街で、エルドリックの別荘と同じように木造の簡素な建築物。周囲は人の背を優に超える木柵で囲われていて、敷地の広さも随分大きめにとっているようだ。遊具のようなものは見当たらないが、子供たちの遊び場のような広場がある。今は誰も外へ出ていないようだが、建物の中からもこの共たちの喧騒は聞こえてこない。昼寝でもしているのだろうか?

「ここが、クルルアーンの児童保護所?」

「はい。児童保護所、という名前も、自治会が名付けているだけですが。この建物には、少なくとも40人近い子供が暮らしているのを確認しています。」

エルドリックは、既にこの保護所に専門の隠密を送り込んでいるらしく、情報を探っているそうだ。だが、彼らがこの保護所を調べ始めて数か月は立つらしいが、自治会は至極まっとうな事業として、この保護所を運営しているらしい。あくまで、表向きは、だが。裏で行っていることが公になっていないため、裏表を見定めるのは難しい。ただ、保護所としての役割をこなしているのは間違いないのだろう。身寄りのない子供を預かるというのは、誰も疑いはしないだろうから。

「隠密者たちは?どこに・・・。」

「この時間帯は、おそらく自治会の方で、探りを入れているのでしょう。」

「反逆派、ってエルドリックは言ってましたね。・・・どういう意味でそんな名前を付けたのでしょうね。確かに彼らは、帝国へ反逆を企てているのかもしれません。エルドリックが言っているだけならば、話は分かるのですが、自分たちを自ら反逆派と呼称するのであれば、何に対しての反逆なのでしょうね・・・。」

帝国か、ジエトか、あるいは、何者かに対する挑戦状なのだろうか。この帝国に意を唱えるほどの憎しみ、執着心、渇望が、彼らを動かしている。相手があのリベリ家とは言え、そこまでする動機が、思い浮かばない。帝国に何かを求めるならば、議会や貴族会議で進言することはできるだろうに。

「とにかく、どこか身を隠せる場所はないかしら。ここでは丸見えだわ。」

別に見られたところで、注意されるくらいだろうけど、敵の警戒を強めるわけにはいかない。

「普段見張りに使っている空き家があります。そちらへ移動しましょう。」


夜。

空き家に潜伏してから、エルザからもらった簡易食料を口にしながら、少し考えを巡らせていた。今回の作戦というか、今日を決行しようと考えているのだが、寝静まった時間に保護所の中へ入ろうと考えている。

エルドリックによると、何度か中への潜入捜査は行っているようだが、何も不審な点は見られなかったらしい。ただ、潜入した彼の隠密たちは、平民の出だ。魔法に関する知識もなければ、感じ取る才も持っていないという。

専門の隠密部隊が何度も潜入して、何らおかしな点を見つけられないということは、普通の目には見えない何かで隠されている可能性がある。だから私を遣わして、調べてほしいと頼まれたのだ。

空を見ると、ちょうど月が空の真上に見えるあたりまで夜が深まっている。空き家の窓枠から顔を覗かせると、児童保護所には一切明かりが見えない。

「・・・いけそうかしら?」

「・・・そうですね、私の後ろについてきてください。。」

エルザに先導してもらって、周囲を警戒しながら空き家を出た。児童保護所の周辺には、ひとの気配はなく、どこかで鳴いている虫や取り立ちの夜鳴きの声が聞こえてくる。エルザに手伝ってもらいながら、木柵を乗り越えて、敷地の中へ侵入した。庭の雑草で音をたてないように、地面が剥げている場所を通りながら、建物の壁までたどり着いた。

木造建築に取り付けられている窓にはガラスがはめ込まれておらず、木枠だけの上下のスライド式の窓だった。建物自体は新しいし、近づくだけで木、独特の香りが漂ってくる。だが、この暗い視界の中で、窓の留め具を探るのは至難の業だった。スラムの夜の街は、明かりは一切存在しない。僅かな月明かりを頼りにしてはいるが、建物の屋根に遮られてしまえば、手元はほとんど見えなくなっている。魔法で光を灯すわけにもいかない。ゆっくり時間を掛けて夜目を慣らせていくしかないだろう。

とはいえ、この世界では電子機器等は存在しない。点灯する画面の見過ぎで子供のころから目が悪くなっているという現象は、この世界ではありえないから、私の体はすんなりと暗闇に順応していった。

しかし、留め具を外し、木枠の窓を上押し上げようとした時だ。僅かに持ち上げただけで木が軋む音がした。それはとても僅かな音だったが、手の感触で、それ以上持ち上げれば、間違いなく耳障りな大きな音を鳴らすと確信できた。建物自体は新しくとも、細部まで精巧なつくりをしてるわけではないようだ。

「・・・強引に入ることも出来そうだけど、出来るだけリスクは負いたくないわね。」

「ですが、他に入るとなると、正面玄関くらいしか・・・。」

エルザと共に建物の周囲を回ってみたが、窓以外に入れそうな場所は、エルザの言う通り、玄関しかないようだ。ただ、表口から入ってはいけないという理由もない。思い切って玄関口をゆっくり開けると、窓とは比べ物にならないほど素直に扉が横にスライドした。気が擦れる音の分かりに小さな車輪が転がる感触が手から伝わってくる。どうやら玄関にはローラーがついているようだった。

「鍵がかかっていないのは意外ですね。」

「ええ。子供を預かっている場所で、こうも不用心だなんて。」

ここクルルアーンの治安がどうなっているかを私は知らない。スラム街と呼ばれるくらいだから、窃盗や暴力事件等が、日常的に起きていてもおかしくはないだろうに。もっとも、子供ばかりの場所に盗むものなどないのだろうが。

中は真っ暗で、窓枠から差し込む僅かな月明かりで、かろうじて内部の構造を認識できるくらいたっだ。足音を立てないようにすり足で散策する。子供たちが寝ている部屋、運営する者たちが使うであろう部屋。厠や風呂場、調理場、など、おおよそごく普通の保護所であることは間違いない。けれど、確かに怪しい部分は見当たらない。目で見える範囲には、

中を見合回し始めてから、私は魔法による痕跡を幾つか見つけていた。暗くて見つけられたのも偶然に等しいけれど、間違いなくここ数時間以内に魔法が行使された痕跡だった。

「・・・これは?」

エルザが、床板に僅かに残る灰のような粉末に触った。

「おそらく、魔法触媒の残りね。魔法の行使と同時に粉々に砕け散ってる。あとを残さないために、あえて強度の弱い触媒を使ったんだわ。」

要するに、ただ一度の使用のために、弱い触媒を使っているということだ。基本的に魔法触媒は、宝石類が使われる。一度や二度の魔法で砕けるような石は、触媒として成り立たない。だが、この粉末を触った感じ、まるで砂のような感触がする。暗闇で色味までは判別できないが、一般的に使われる魔法触媒ではないだろう。

「つまり、ここで何らかの魔法が使われたのですね。」

「ええ。私の予想では、この床板の向こう側に、通路か部屋があると思う。」

この世界にも機械的なものは存在する。カラクリと呼ばれているが、精巧に作られた部品を組み合わせて、ボタン一つで隠し通路に繋がる道を開くような仕掛けを作ることは可能だ。もっとも、今回のボタンは、おそらく魔法によるものだろう。こういった類の仕掛けは、大抵特定の魔法に反応して、仕掛けが動くものだが、ここを開けることが出来る人間全てが、特定の魔法を扱えるとは思えない。

「なら、ここを壊せば?」

「いいえ、たぶん物理的に壊しても床下に辿りつくだけだわ。これは、たぶん転送の魔法か、隠蔽の魔法がかけられてる。・・・両方かもしれないけど。だから、この建物の地下に出入り口の無い空間があるのよ。」

出入り口の無い空間というのはあくまで比喩だが、わかりやすく言えばそういうことだ。どれくらいの深さで、どれくらい広いのかもわからない。あくまで予想だから、確信もない。

普通の人間ではたどり着けない場所だ。ただ、この床板から、誰かが魔法を使ってその場所へ移動したのは間違いない。

「どうにか、魔法を発動させることはできないんですか?」

「・・・できないことはないけど、音がね・・・。」

「音?ですか。」

怪訝そうにこちらを見るエルザに対して、私は、子供たちが眠っているほうへ視線を投げかけた。

「・・・今は一刻を争います。」

「ええ。わかっています。でも、敵に気づかれる可能性も。」

今帝国に起こっていることを考えれば、たった数十人の子供たちの安眠を妨げるからという理由で、事を成さないわけにはいかない。ただ、敵に気づかれた場合、今の私ではまともに戦うことが出来ない。この忌々しい病気のせいで、魔法の行使をしないようクレスから念を押されているのだ。相手が魔導士である可能性が高いため、エルザ一人では荷が重い。

私はほんの少しの間だけ考え、やり方を変えることにした。



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